変身〜ある朝、目覚めたら〜
朝、目覚めたらチー牛になっていた。チー牛というのは、ネットスラングで差別的ニュアンスがある。意味はモテない、冴えない、暗い、無能な男性の事をさす言葉のようだ。
鏡を見てびっくり。目が細く、糸のよう。口もボコボコとし、鼻も豚にそっくり。
翔太はイケメンだったから、チー牛バージョンの自分にひたすら違和感。中学高校はサッカー部のエース。国立大学に進学後は、語学力を活かし、大手企業に就職。今YouTuberもやっていた。イケメン俳優にそっくりだと評判もいい。
幼少期の頃に発達障害のグレーゾーンの診断を受け、密かにコンプレックスもあったが、動画で打ち明けると視聴者に好意的に受け入れてくれた。むしろ動画再生回数も伸び、コンプレックスも武器になるとさえ思っていた所だったのに、なぜチー牛?
体毛も濃いし、変な体臭もする。下っ腹はブヨブヨ。体力もないのか、ちょっと動くだけで息切れもするんだが。身体も脳も全体的に重く、しゃっきりしない。高性能のAIから質の悪いパソコンにでもなったような感覚がした。
そういえば、朝起きたら巨大な虫になっていたという小説があった。カフカの「変身」だ。あのオチを思い出し、翔太の顔は真っ青になっていた。
案の定、翔太は家族からも無視されるようになった。父は「自己責任だ。男だろ?」と責められ、母は泣き叫び、妹には「キモい!」と。飼い猫のミャー子からも避けられ始めた。
職場も何だかんだ理由をつけられて退職となり、コンビニ店員からも睨まれるようになり、電車内では痴漢疑惑も持たれた。おかげで電車に乗る時は、両手をあげている。どんな罰ゲーム?
YouTubeもコメント欄が荒れに荒れた。特に発達障害グレーゾーンを告白した動画は「自己責任だろ」とか「気持ち悪い」とか「発達障害の天才と違くない?」と散々だった。
翔太は気が狂いそうになり、精神科に受診。しかし医者はやる気もなく、ろくに話も聞かず、あっという間薬漬けになり、廃人化した。
イケメンだった過去は遠い昔のようだ。障害者手帳をとり、就労移行にも行ったが、福祉士から連日暴言を受けた。別のところの移動すれば、幼稚園児のような扱いを受け、明らかに見下されていた。この就労移行では税金を着服している噂もあった。そんなの陰謀論だという者も多いだろう。実際、翔太が訴えても誰も信じてくれないが、想像以上に福祉の闇は濃いようだった。
気づくと貧困ビジネスやWEBライター講座や自己啓発セミナーのカモにされ、お金も人脈も何もなくなった。遺書をしたため、山奥のダムへ向かう。
イケメンの時に得ていたものは、一体何だったのか。家族も上司も同僚もYouTubeの視聴者も、翔太の外見やスペックしか興味が無かったのか。絶望感しかない。
「ようやく厄介ものがいなくなった」
「うん。お兄ちゃんが死んでくれて嬉しい」
「今夜は焼肉だよ!」
「ミャー!」
ダムへ出掛ける直前、家族の笑い声に耳を塞いでいた。




