リアリスティック陰謀論
T男は他罰感情の強い男だった。上手くいかない事があれば、社会や親、他人のせいにし、自分の事は一切考えない。口癖は「お前らのせい」。
そんなT男のルックスも悪い。生まれながらの土台も悪いが、髪や体型もだらしがない。「自分は怠惰です」というメッセージが外見から滲んでいた。そんな中年男だった。
T男の趣味はアニメ鑑賞。といっても作品を深く理解もせず、作り手のメッセージを考察する事もなく、性的なものを目的に鑑賞していた。アニメ内に片目やピラミッドの絵があると「イルミナティの連中が作っている!」と脳内で陰謀論を繰り広げて溜飲を下げる。
T男は陰謀論も好きだった。陰謀論でも様々な知識がベースに無いと意外と楽しめないのだが、T男は単に溜飲を下げるために楽しんでいた。「ネットで目覚めた俺」に陶酔している事の方が多い。一言で言えば他責思考の厨二病患者。このタイプは上っ面だけの陰謀論にハマり、ガセネタをつかまされたり、セミナーや有料記事などに時間と金を消費する。カルトやスピリチュアル方面に向かうものも少なくはない。似非科学的な薬を広めたり、社会で問題視されるのもこのタイプだ。
しかし、そんなT男にも転機があった。SNSで知り合った陰謀論者がいたのだが、フラットアースを信じるクリスチャンだった。その人に聖書も終末予言が書いてあると推され、読んでみる事にした。
どうせ宗教の書物だろと馬鹿にしてたが、驚く。宗教というと熱心に修行する清い人のようなイメージだったが、この本では「人間は限りなくクソ」という論調だった。性悪説なのだ。旧約聖書は不倫や愛人と正妻のバトルも描かれ、なんともいえぬ人間味が溢れる。意外とドロドロしている。人間は悪魔の子だとも書かれ、妙にリアリスティック。
こんな書物を読みながら思う。陰謀論がいう支配者層、イルミナティ、闇の人物、DSなどを潰しても、似たような悪いヤツが出てくるんじゃないか?
何故なら今の我々だって清くて善なる存在でもないから。みんなの心に悪魔みたいなものが住んでいるから。いじめ、暴力、犯罪、パワハラなどがこの世から消えない理由を理解してしまう。悪い心がある人間一人一人が今の世の中を構成しているとしたら、色々と辻褄があう。全てが一部の悪人のせいではないのだ。まして社会でも親のせいでもない。
急に他人のせいにするのが恥ずかしくなってきた。自分だって心の中は十分に汚い。一部の悪人を責めるのは、矛盾していた。間違っていた。イエス・キリストも罪が無いものだけが石を投げろと言っている。
とりあえず、この怠惰な容姿だけは何とか変えてみるか。どうせ性悪説のこの世の中なら、清潔感は出しておいた方がお得だ。
さっそく美容系のアプリをダウンロードして美容院の予約を入れる。たぶん、ネットの陰謀論を見て目覚めた気分になるより、こっちの方が生きやすくなるだろう。




