シンデレラストーリー
kはライトノベル作家だった。といってもゲームのシナリオライターやドラマCDの脚本なども書き、仕事を掛け持ち。カツカツな状況で執筆活動は決して楽ではないが、読者からの手紙を読むと救われた。作品を作る一番の目的は読者の笑顔なのかもしれない。
「k先生。今はシンデレラストーリーが流行りです。このジャンルで企画をあげてください」
編集と打ち合わせしたら、そう言われた。確かに今はシンデレラストーリーがブームらしい。特に今は女性読者の好みも保守化し、手垢まみれのシンデレラストーリーも売り上げが良いらしく、そんなジャンルを所望された。何かの陰謀がある事を疑ってしまうぐらい、今はシンデレラストーリーが市場を賑わせていた。
ラノベ作家といっても別に好きな事など書けない。むしろ流行やテンプレを書かされる。既存の有名タイトルも挙げられ、後追いする事だってある。別に夢ある仕事でもない。サラリーマンや公務員と一緒だ。多くの人は好きな事を仕事なんてできないのだ。こういったエンタメ職に過剰に夢を見て一発逆転を狙うワナビも多いが、現実はこんなもんである。
「シンデレラストーリーなんて思いつかんよな……」
kは中年男だ。本音ではシンデレラストーリーなんて全く興味もないが、仕事なので仕方ない。正直、不幸な女ヒロインなんて想像つかないし、上手く書ける自信もないが。とりあえず医者がヒーローで無能な令嬢のシンデレラストーリーの企画をあげ、OKも貰い、取材も始めた。締切まで一ヶ月弱。一日一万文字から二万文字書けば間に合うだろう。
取材として都内の総合病院へも向かう。内科に行くフリをしながら。病院内の様子をメモ。本当は患者でも無いのに何やってるんだという感じだが、ラノベ作家はこんな地味な行動も仕事だった。
「うん? もしかしてお前、赤羽?」
病院のロビーでお茶を飲んでいたら、車椅子姿の男と目があう。どこかで見た顔だと思ったら、高校時代の同級生だった。
赤羽真也。真面目なヲタクで、太っていた。今もデブな体型。足や手は包帯がぐるぐる巻きだ。痛々しい姿だが、思わず「弱者男性」というネットスラングが浮かんでしまう。
「実は俺、自殺者未遂したんだ」
「えー?」
深刻な告白だったが、作品のネタになると思い、すぐにメモを取りだす。
なんと赤羽は虐待を受けて育ったという。いじめ、派遣切りだけでなく、発達や精神障害を患い大変な半生を語る。こんな底辺人生に嫌気がさし、自殺未遂をはかり、大怪我。今はここでリハビリしつつ頑張っているらしい……。
「お前、そんな半生があったのか。虐げられた悲劇のヒロインみたいだ」
高校の時は全く気付けなかった。申し訳ないとも思うが、赤羽の表情は何故か幸せそう。
「実は看護師や医者が優しくてさ。人からこんなに優しくしてもらったことは、今までになかった……」
赤羽は感動し、ポロポロと涙をこぼしていた。
何か閃きそうだ。そうだ、こんな涙のシーンを新作のシンデレラストーリーに取り入れよう。もちろん、赤羽はシンデレラヒロインとはほぼ遠いデブで傷だらけなおじさんなわけだが……。
「弱者男性でも救済があったんだな」
赤羽はそう言い残し、看護師の方へ車椅子を向けていた。気の強そうな六十歳ぐらいの女性看護師だったが、赤羽は満更でもない表情だ。
これも一種のシンデレラストーリーか。これは、弱者男性があいされて幸せになるまでの物語か。そう思えば、あまり乗り気でもない今の仕事も、この赤羽の事を思い出せばリアルに描写できそうだ。
kは家に帰ると、新作の作成に意欲を見せ、バリバリとキーボードを叩いていた。ヒロインは赤羽を参考にしたとはとても言えないが、美しい物語にしよう。プロの腕の見せどころだ。