虎の鳴き声
こんな夢を見た。
夢の中で俺は虎になっていた。しかもミニチュアのぬいぐるみみたいな虎。同居している妹や母に「可愛い!」とぬいぐるみ状態にされていた。
何でこうなった?
確か俺はとあるアニメ会社に爆弾を投げ込む計画をたてていた。
アニメ会社が応募しているライトノベル大賞に落選し、逆恨みを募らせていた。こんなに才能があり、アニメを愛してる俺の作品を落選させるなんて許せなかった。しかも大賞は馬鹿っぽい派遣OLの作家。サレ妻が愛人調査をしながら探偵になるという下らないライトミステリ作品だった。
俺が書いた高尚な本格ファンタジーの方が美しい文体だ。十年もかけた最高傑作だった。それを落選させたアニメ会社をどうしても許す事ができなかった。
ネットで調べ、お手製の爆弾を作っているところだった。この爆弾と共に突撃し、テロの計画を綿密にたて、妄想していた。
そんな時に何故虎に?
ただ、こんなシチュエーションどこかで見たような?
そうだ。高校生の時に習った「山月記」だ。プライドが高いくせに臆病で何もできない詩人志望の男が虎になった話だ。
これって俺の状況に似てないか?
プライドが誰よりも高いくせに努力もしない。そのくせ、他責し、人を見下し、独りよがりで自分の殻に引き篭もる。偉そうにしている割には、他人の評価に敏感で行動もできない。「俺は本気だしてないだけ」と呟き、行動している人間を見下げる。挙句逆恨みし、犯罪に手を染めようとしていた。
「俺って馬鹿だった」
虎の言葉でそう鳴いた時、目が覚めた。全て夢だったようだが、部屋の中にある作りかけの爆弾を見ていたら、羞恥心で気分が悪い。弱い自分を直視させられているようだ。
押入れから高校の時のテキストを引っ張りだし、「山月記」を読む。当時はテストの暗記する為だけに読んでいた物語だが、今読むと「これって自分の事を書いてるのか?」としか思えなくなってきた。
遠い昔の文豪が何故俺の今の気持ちがわかるのか? 何かの陰謀を疑ってしまうぐらい不思議な事だったが。
もしかしたら、俺のような思考は平凡でありふれたものだったのかもしれない。
薄っぺらい俺。
これはきっと誰のせいでもなく、自分が悪い。小説も独りよがりで薄っぺらい自分が透けて見えているのだろう。認められない理由がよくわかる。
「もっと勉強しないと……」
思えばアニメやライトノベルばかり読んでいたのも薄っぺらかった。目の前の欲望に流されやすく、分かりやすくて楽な方へと逃げていただけだった。
原因に気づいたら変えればいい。俺は作りかけの爆弾を処分し、代わりに文豪の全集を買い揃え読み始めていた。これを読めば、少しは薄っぺらい自分にも別れを告られそうだ。