ラノベ作家を志し十年かけた渾身の力作
ナカノトミの本職はWEBマーケティングだった。どういうカラクリでバズるのか。人々が受けるものは何か。そもそも人間の心とはなんぞや。そんな事をテーマを仕事をしていたおかげか、仕事の空き時間や昼休みに書いたライトノベルが、とある新人賞の佳作を獲ってしまった。
アラフォー独身女の趣味としては、地味すぎるだろうが、本人は好きでやっている事だった。人間の欲望なんてWEB上でもラノベ上でもさほど変化はない。上手く時流を読み、大衆に受けそうな要素を構成し、書いたものだった。
元々WEBで公開していた趣味の作品だったが、この受賞をきっかけに逆恨みのコメントが届くようになった。「パクリだろ」とか、「二次選考通過のナントカさんの作品のが良い」とか。
くだらないので無視していたのだが、時々香ばしいコメントも混じる。
「俺は十年かけた渾身の力作が落選したんだ! お前のようなクソなろう作家が俺様のすごいアイデアをパクった!!!」と。
時には殺害予告のようなものがあり、身の危険も感じる。何より文章からチー牛臭が漂う。とても臭う。香ばしい。実際プロフィールを見ると発達もちの生活保護受給中のチー牛らしい。
彼の逆恨みのコメントだけでもトータルで数万文字あった。泣きたくなってきた。あまりにも無駄な努力で。実を結ばない努力すぎて。切ない。
彼の書いているWEB小説もチェックしてみたが、十年かけた割にはお察しな出来だった。そもそもネタが古い。令和に出来上がった作品である事が信じられない。今だに女子高生がキャピキャピしている日常もののラノべなんて……。
今はライトノベルも昔の少女小説のような雰囲気の作品が書店で目立つ。元々はライトノベルも女子向けレーベルが発祥なので、先祖返りか。令嬢系やシンデレラストーリーも目立つ。長年日本も不況で読者も保守的嗜好なのだろうか。社会の流れもよく観察していないと。ニュースや新書をよく読んでおかないと。そうしないとライトノベルの流行りも読めない。十年前のネタは化石になるだろう。
そんなラノベを十年もかけている彼を思うと、色んな意味で涙がでそう。彼のエッセイなどを読むと、ラノベで一発逆転を狙っているようだが、ありふれたチー牛過ぎて余計に泣きそう。生活保護受給者からベストセラー作家になったハリーポッターの作者にも憧れているそうが、あれは例外中の例外だ。本物の呪文が描写され、原理主義クリスチャンや一部のカトリック教徒に「悪魔に魂売った作品」と嫌われている。陰謀論者からはイルミナティ関係者の可能性も指摘されている。生活保護からのシンデレラストーリーは、マーケティング目的で盛った話かもしれない。弱者の逆転ストーリーでブランディングする事は、マーケティングでは初歩的なテクニックだ。こういったストーリーも強者になって初めて成立するものだ。
一方、出版事業自体が縮小傾向にある日本では仕事をしながら通勤時間や昼休みに書いている作家が大半だろう。一発逆転思考の人間は騙されやすい傾向にもある。WEBライター講座や小説講座、陰謀論や自己啓発セミナー、スピリチュアルやカルトにも騙されなければいいが。まだ宝くじを買った方がコスパが良いだろが、パチンコ屋が駅前に堂々とあるような日本。本当は真面目で勤勉ではなく、一発逆転的なギャンブル思考の国民が潜在的に多いのかもしれない。神社仏閣やスピリチュアルがこんなに流行っているのも日本だけだ。
彼は身の丈にあった障害者雇用の事務や清掃のパートなどなどの職業についた方が幸せだろう。しかし人間は夢を見てしまうんだ。人間はお金だけで生きてるわけでも無いから。希望や夢みたいなものも必要なんだ。多くの一般庶民が宝くじを買うように、ラノベ作家になる夢ぐらい見たって別にいいじゃないか。
ナカノトミは彼の十年かけた渾身の力作を最後まで読み「いいね!」を押しておいた。ランキングやpvも最低レベルだが、これで自暴自棄にならないで欲しいとも思う。無敵の人にならないで欲しいと思う。底辺チー牛のWEB小説を読む事もある種の社会貢献かもしれない。そもそも作家になりたいと言いながら一作も完結作を作れない人の方が大半だ。それについては、自分で自分を認め、前向きに次へ活かしてほしいところだ。
「しかしこのチー牛の小説つまらんな。プロローグと第一章を風景描写とポエムで終わらせないでほしい。っていうか主人公誰? 一体これは何をしたい話なの? あらすじにできない話だ。そこは改善余地はアリね。そもそもラノベなんかに十年もかけるなよー。私は鼻くそほじくりながら一週間で十万文字書いたけど。短編は一時間ぐらいよな……。一カ月に百万文字書く作家もいるね。十年かけた傑作というキャッチコピーが許されるのは村上春樹ぐらいだろ……。こんな風に突っ込んでくれる友達が彼に居ればいいけど」
ナカノトミはため息をつきながら、再び彼のつまらない小説を読み続けていた。




