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ディストピア2030〜信じるか信じないかはあなた次第〜  作者: 地野千塩


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リアルなウエポン

 弱者男性。チー牛という言葉がある。


 ネットでは自分のような男がそう呼ばれていた。蔑まれていた。いや、ネットだけでは無いだろうが。


 Aはため息をつく。インフレエンサーが弱者男性を馬鹿にした発言で大炎上していたが、気が滅入るコメントばかりが並んでいた。


 Aは発達障害や精神障害があり、就労移行支援に通っていたが、午後三時にはプログラムが終り、する事もない。


 家に帰ってネットを見るが趣味の小説を書くぐらい。Aはアニメやライトノベルのヲタクであり、見様見真似で作品を書いていた。三十歳ぐらいからこんな暮らし。もう数年も経つが、これから人生を立て直す方法がわからない。今は一応障害年金と貯金で生活しているが、正社員になるのとラノベ作家になる難易度は同じぐらいになってしまっていた。もちろん、正社員求人なんて探せばあるだろうが、Aには発達障害もあり、学歴もなく能力も低かった。だったら、ペンで身を立てられるラノベ作家だっていいじゃないかと非現実な夢を見てしまう。どうせ難易度は同じぐらいのなら、非現実の方を向いてしまっていた。


 一人暮らしの家は事故物件。古い家で隣家からの声も聞こえて執筆に集中できない。作品は何年も書いては消しを繰り返している。こんな時間をかけたのだから、素晴らしい文体の傑作だと思い込んでいた。いや、思い込まなければやってられなかった。


「うるせぇな!」


 隣の家の音が気になり、集中もできない。執筆作業をやめ、テレビをつける。


 アニメが流れていた。


 男子高校生の日常を書いたものだ。部活動に励み、主人公は未来に夢見てる。


 一方Aは弱者男性。チー牛。えぐいぐらいの格差を感じるが、このまま無能のまま終わりたく無い。焦る。だからといって作品作りも進まない。夢を見なきゃ。成功しなきゃ。今の弱者男性でチー牛な自分が許せない。アニメを見れば見るほど、焦ってくる。


「は? 何だ、このシーンは?」


 しかもアニメは自分が書いた小説とそっくりなシーンがある。主人公達がスーパーで割引き弁当を買うシーンはAも書いた。


 パクってやがる!


 怒りで頭がいっぱいになるが、一方で「こんなありふれたシーンなど被って当然」とも思う。そもそも自分に才能なんてない。弱者男性やチー牛が大衆に受ける面白い小説なんて書けるわけがないのだ。ネットで人気の作家もリア充やセレブ専業主婦なんかも多いらしい。


 そんな現実も考えれば考えるほど、逃避したくなる。


 何でこんな格差があるんだ? アニメを作ってる連中は光の道を歩んでいる。一方自分は暗闇しか無い道。


 理不尽。納得いかない。


 テレビに映るキラキラしたアニメを見ながら、悔しさで涙が滲みそう。何か心に悪い考えが浮かぶ。例えば放火とか殺人とか。


 自分はもう失うものなど何もない。無敵だ。今更犯罪をやっても変化なんて無いだろう。


 悪い思考に満たされた後だった。アニメ終わり、次の番組がはじまった。偉人の名言などを紹介する教育系の番組だった。全く興味は無いが、消すのも面倒でそのままにしていたが。


「言葉は神と共にあった。言葉は神であった。この言葉は、初めに神と共にあった。万物は言葉によって成った。成ったもので、言葉によらずに成ったものは何一つなかった」


 テレビからはそんな言葉が流れていた。どうも新約聖書にある言葉を取り上げているらしい。聖書はキリスト教の聖典という事は知っていたが。


 宗教なんてクソだと思っていたが、何故かこの言葉はすとんと心に入ってきた。解説によると、聖書は言葉=神と定めた書物。言葉によって人の心を変えていくのがキリスト教の根幹らしい。


「日本でも言霊ってありますよね。あれに近いのかもしれません。言葉は剣より強し。取り扱いには注意したいです。場合によっては人を殺す事も可能ですから。リアルな武器ですね」


 そんな解説を聞きながら、確かに言葉は武器かもしれない。Aもラノベを読んでから実際に自分で書いてみようと思った。


「そうか。別にリアルで犯罪行為なんてしなくてもいいのか……」


 それからAは再び小説を書き続けた。一般的なライトノベルを書く方針はやめた。サスペンスやマーダーミステリーを書き、嫌いな人間を作中で殺していった。その為に色んなジャンルの本や指南書も読み、アニメやライトノベルへの執着も減ってきた。


 こんな事をしても充実感などはなかったが、溜飲が下がるというか、満足してしまう。特に殺人シーンを丁寧に丁寧に書いていると、別に現実で犯罪などしなくても良いのかもしれないと思えてきた。これも言葉の力というものなのだろうか。


 そういえば太宰治は芥川賞を逃した時、納得できずに言葉で訴え出ていた。確か審査員の川端康成に「刺す」と手紙を書いた。現代でこんな事をしたらSNSで炎上はするだろうが、太宰は自作を評価しなかった人間に殺人や放火をする事はなかった。文才もある為か川端康成への手紙も単なる脅迫文でもない。川端へのリスペクトやユーモアも滲み出ていてる。これはこれで文学性がある。


 その後Aはネットにも作品を載せ続けた。確かにpv数はほとんどなかったが、毎日更新し、十万文字以上の作品を完結すれば、千ぐらいはpvがついた。最初にpvがつかない事で全部辞めてしまうのは、勿体ないかもしれない。


 Aは自身の悲惨な生い立ちや就労移行の闇なども小説に書いた。


 エンタメとしては夢もなく、大昔の純文学路線になってしまった。異世界も転生も書いていないのでpvもかなり悪かったが、読者から感想も初めてもらった。


「俺も主人公と同じように毒親育ちでハッタショです。自分は世界で一番の被害者だと思っていましたが、Aさんの作品を読んで考えが変わりました。不幸なのは俺だけじゃないんだなって。こういう作品も世に中に必要だと思います」


 Aの作品は賞をとったり、書籍化する事は無いだろう。それでも武器はある。言葉がある。言葉は剣や炎、ガソリンなんかよりよっぽど強いのだ。


 今日もAは物語を紡ぎ続けていた。弱者男性でもチー牛でも別にいい。ようやくAは今の自分を許す事ができていた。

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