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金字塔

 俺にとっては、アニメは神様だった。特に千葉アニメーションが作っているアニメが好き。緻密で丁寧な作画。キラキラした世界の青春もの。美しい声。


 俺のような底辺をのたうち回っている男にとっては、唯一の光だ。


 両親は幼少期に離婚。元々不倫の末に結ばれたカップルだったためか、常に不仲だった。父はだんだん働かなくなり、ギターを片手に「武道館行くぞ」などと夢物語を口走っていた。そんな父に嫌気がさした母は、子供の俺を置いて逃げるように消えた。今も行方はわかっていない。


 父は音楽活動が上手くいかないストレスを俺にぶつけ、虐待を受けていた。それでも何とか定時制高校を卒業したが、世の中はコロナ不況の只中。非正規雇用を転々とした。


 そんな中で千葉アニメーションが作るアニメは光。眩しい。唯一の癒し。救いだった。


 誰もいないアパートの中で千葉アニメーションの作品を見ている時。その時だけ上手くいかない現実から逃げられた。


「ああ、この作画は神!」


 アニメを見ながらついついそんな事を呟く。アニメはこんな俺でも救ってくれる神様でもあったのだ。


「ああ、神だ……」


 テレビの前でひれ伏し、手を合わせて拝む。その姿はメッカに祈りを捧げるイスラム教徒にも似ていたが、「神を拝む」という宗教行為をしている自覚はない。あくまでも無神論、無宗教の一般的日本人だと思い込んでいたが、「神」という言葉は軽く使う。こんな日本人は特に珍しくないだろうが、自分が何をしているのか全くわかっていなかった。


『よんだ?』

「は?」


 ひれ伏していた俺だが、どこから声がして顔を上げる。


 アニメの声か?


 確かに可愛いらしい女の声に似てるそこそこ声優にも詳しい俺だが、知ってる声ではない。それよりも可愛い声。そう、天使みたいな? その声だけでも惚れそうになった。


『神様なのは、あなたよ』

「は?」

『君は創作者だよ。そんな才能がある神様よ。ぜひ小説を書いて? あなたは神になれるよ』

「誰だよ、どこから言ってる?」


 声は聞こえなくなった。俗にいう精神疾患の症状だろうか。


 わからない。


 それでも、あの声は嘘には思えなくなってきた。小説なんてスマートフォンさえあれば出来るだろう。俺は軽い気持ちで書き始めた。


 すると、また声が聞こえるようになった。あの声が。


『すごい! 君は天才だよ。君は神様だよ。才能があるよ!』


 精神疾患かもしれないが、こんな声が聞こえると気分は良い。もしかしたら俺は才能があるかもしれない。


 心の中で自尊心が暴走し、塔のようなものが建てられていた。そうだ、天まで届く塔を建てよう。俺は神。俺が一番。この世界で誰が神なのか分からせてやる。


 そんな声に導かれ、作品は数日で完成。


『すごい。君は神様だね。どこかに応募しよう?』


 ちょうど千葉アニメーションでライトノベルの受賞があった。大賞はアニメ化。神になった俺は必ず受賞できると信じ、応募した。あの神アニメを作ったもの達と俺も肩を並べられる。そんな妄想にいつの間にか支配されていた。


 しかし。


 数ヶ月後、落選通知が届いた。


 なぜだ? なぜだ?


 理由がわからず、家の中で暴れる。小説のネタ帳もズタズタに引き裂く。素晴らしい金字塔ができたと思ったのに。あの声に導かれ、神のような作品が出来たと思ったのに。


『落選は君のせいじゃないよ』


 どこからか声がした。


『千葉アニメーションが君のアイデアをパクったの。あそこは悪魔崇拝をしていて、闇の人物とも関わりが深い。見て、これ。このアニメのヒロインは眼帯で片目を隠しているでしょ? 悪魔崇拝している証拠よ』

「そんな」

『信じて。あなたのような神様の作品が落ちるわけが無いじゃない。そうよ。あそこがパクったのよ』


 ふと、テレビを見ると、千葉アニメーションの作品が流れていた。しかの俺が書いた小説と同じシーンだ。ヒロインがコンビニで半額弁当を買うシーンは、俺も書いた。


 パクってる!


『そうよ。あそこがパクったのよ』


 毎日毎日、あの声が聞こえるようになった。憎しみが止まらない。


 テレビを見れば千葉アニメーションの作品。


 キラキラと眩しい世界。そこには神々がいる。金字塔の作品は、どちらだ? 神はどっちだ?


『あなたよ。あなたが神よ』


 自分の思考なのか、あの声なのかわからない。何か巨大な渦のようなものに巻き込まれた感覚だった。


『パクりを辞めさせるのには、あのアニメスタジオを潰すしかないわ。そうよ、そうしなよ』


 可愛い声。でもその声は、悪魔の囁き?


『こんな事はやめて。偶像崇拝から目を覚まして。ニセモノを神々にすると、必ず気が狂うのよ。悪霊の声に支配されるようになる。ニセモノの神々も必ず滅ぼされるんだ。彼らは神じゃないの。悪戦苦闘して理不尽な事も飲み込みながら努力し続けた人間だよ。誰も人間は神様になれないの。それに本当の神様はあなたみたいな底辺の人間を一番愛してるんだよ。神様もこの地上の底辺の場所で生まれた。あなたを救えるのは本当の神様だけなんだよ』


 もう一つだけ別の声もしたが、天使の囁きかもしれないが、こんな声はもう聞きたくない。


 声を止めさせないと。パクってるのとかやめさせないと!


 俺は千葉のアニメスタジオに向かっていた。包丁、ノコギリ、金槌。それにガソリンを持って。


『馬鹿だねえ、人間って。こんな偶像崇拝なんてしちゃってさ。こんなニセモノを拝んでいるヤツ、悪い思いを吹き込んでこっちが奴隷にしてコントロールしてもいいよねー? そういうルールでしょ? そう聖書にも書いてありますよねぇ! ねえ、神様。あなたこうして訴えてやるんだ! あなたが愛した人間は、失敗作だってね?』


 どこからか声がしたが、もう悪魔の声か天使の声かもわからない。


 気づく目の前は、火の海。俺も神々も火に包まれている。神々も火の海に打ち勝っていない。本当は神様ではなかったのだろうか。俺も含めてみんな人間だった事を自覚させられてしまう。


 俺の心の中にある塔もバラバラに崩れてしまった。全部偶像だった。何の意味もないものだった。

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