氷河期ユートピア
俺は面接からの帰り道、異世界転移していた。異世界と言っても、剣や魔法の世界ではなく、現代日本とそっくりだった。コンビニやスーパーなどの施設もあり、電車も走っていた。日本語も通じるようだ。
ただ、どこか雰囲気が違う。道を歩く人は誰もマスクをしていないし、服装もカラフルな人が多い。何より笑顔な人も多かった。
「すみません、ここはどこですか?」
「ここはユートピア国ですよ。もしかて現代日本から、転移しちゃった?」
道行くおばさんに声をかけたが、やたらと親切だった。現代日本とそっくりの異世界だが、国名はユートピア国。
「転移しちゃった人は、とりあえず役所の福祉課にいくといいわ。色々と支援してくれるから」
おばさんは、市役所までの地図を書いて教えてくれた。
「給料は低いけど、月給三十五万円ぐらいの仕事は、役所が斡旋してくれるから」
「え、月給三十五万円!?」
「ええ。最低月給だけど、ごめんね」
おばさんは、そう言って去って行った。月給三十五万円が最低?
何かの間違いではないか。俺が今面接を受けている企業は、その半額以下だ。
若い頃に病気と怪我をし、うまく職にありつけず、非正規の仕事を転々としていた。いわゆる氷河期世代でもあり、世間からの目は冷たかった。
努力不足。自己責任。
そんな言葉は呪いとなった。気づくと自分で自分に呪いをかけていた。面接の自己PRもほとんど作り話だった。
おばさんに言われた通り、市役所の福祉課に行くと、職員の初老の男性が、涙目で同情してくれた。異世界転移者とし、仕事や住む場所など、色々と手厚く支援してくれ、誰一人努力不足とも自己責任とも言わなかった。
剣も魔法もチートも無いが、この世界は俺の理想の異世界のようだった。
人間が人間として扱われるだけで、呪いの言葉を吐かれないだけで、幸せだった。まさにユートピア。元の世界では、顔を暗くしていたが、気づくと笑顔でいる日が増えた。
仕事は、町にある郷土資料館で学芸員だったが、無理なく働いていた。氷河期世代の俺としては、それだけでここはユートピア。何の不満もなかった。
「先輩ー! この資料破っちゃいました!」
部下・立花明日美は毎日のように失敗をやらかしていた。元いた世界では、発達障害だと病名をつけられそうな若い女だったが、この世界では、そういった概念は無いようだった。調べると、病名の数が元いた世界より明らかに少なく、自然療法なども発達していて、医者の地位もさほど高くないようだった。科学技術の進歩は、元いた世界より遅れているが、かえって過ごしやすい。不便な面もあるが、AIに仕事を取られる心配もない。
思えば、発達障害だって本人の自己責任なのか遺伝なのか何なのかわからない。社会が一方的に「コイツはダメだ、世の中の役にたたん」というレッテルをつけた病気な気もしてきた。事実、明日美はこの世界では普通に容認されていた。
俺は別に障害などは無いが、社会から見捨てられた世代として、何となく理解出来るものはあった。
これから元いた世界はAIが活躍し、「普通」の基準もどんどんあがり、社会からレッテルを貼られた病人や障害者が増えるかもしれない。ホームレスや犯罪者も増えるだろう。治安も悪化するだろう。でも、これは他人の失敗を許さず、コスパや利益だけを追い求め、そういう社会を作っていった一人一人の自己責任だね。
「いいよ、いいよ。失敗は誰にでもあるさ」
「そうですかぁ〜」
明日美は泣きそうに顔を歪めていた。
「先輩は優しいですね」
「そうかなぁ」
「自分の良さに気づかないのは、鈍感ですよ。もしかして、自分で自分に呪いをかけてないですか? 先輩は優しいです」
仕事に余裕があるおかげで、趣味を楽しむ希望も出てきた。初給料でカメラを買い、色とりどりの草花や鳥などを撮っていた。元いた世界では、仕事に追われ、決してできなかった事だ。
こうして趣味を楽しんでいると、徐々に呪いが解けていくように感じた。初めて人間になれた気がした。
もう元の世界に戻らない。それだけが俺の唯一の願いだった。




