【短編】寡黙な戦士、追放に同調する~だって、もう遅いが見たかったんだもん~
冒険者ギルドには大抵の場合、酒場が併設されている。王都の大通りにあるギルド本部も同じで、味はいまいちだが、この街のどこよりも安く飲めることで有名だった。
それは見るからに荒くれ者な冒険者たち(しかも大抵の輩はそこらのゴロツキと同じような問題行動を起こす)が、余所の店で迷惑をかけないよう、ギルドが赤字覚悟で運営しているからだ。
そんなギルドの配慮など知ったことかと、今宵もむくつけき男たちは陽気に歌い、腕を組み、テーブルの上で下手くそなステップを踏んでいる。
賑やかを通り越して雑然とした雰囲気のギルド酒場の中央に、五人組の男女が座っていた。
新進気鋭のAランク冒険者パーティー『第五の栄光』だ。
メンバーは五人。リーダーにして魔法戦士であるアラン、大司祭イリス、高位魔導師ヴァネッサ、女商人リリィ、そして重戦士ロウ。
『第五の栄光』は王都屈指の冒険者パーティー。メンバー全員が若いこともあり、Sランク昇格も確実視される有望株である。ちなみにパーティ最年少は十八歳のリリィで、最年長のロウもまだ二十六歳だ。
テーブルに腰かけているとロウだけが頭一つ、いや二つ分は飛び出しているのが分かる。ロウは、同業者から食人鬼と評されるほどの大男だ。しかも夜道ですれ違った通行人に冒険者ギルドへ通報されてしまった悲しい逸話の持ち主であった。
その顔も無暗やたらと恐ろしい。眉間に皺を寄せてしまうクセのせいで初対面の人には十中八九、その筋の方と間違われてしまう。子供には「ぎゃー」と泣かれ、女性には「きゃー」と悲鳴を上げられ、猫にはだいたい「シャー!」ってされるのだ。
誰よりも真面目なのに、なかなか報われない可哀そうな男なのであった。
「まずは、生き残れたことに乾杯だ」
金髪碧眼のイケメンであるアランが、美女二人を侍らせながらジョッキを掲げる。
ともあれここには命知らずの冒険者しかいない。怯えられる心配のないロウは上機嫌にアランと酒器を合わせようとし、止めた。
泣き黒子がセクシーなイリスとツリ目美人のヴァネッサが、アランにしなだれかかっていたからだ。
この二人、女だてらに冒険者なんてやっているだけのことはあり、非常に気が強い。万一、酒でもかかろうものなら、やれ洗濯代を寄越せだの、慰謝料を請求するだのと面倒くさいことになる。
アランの正妻の座を射止めんと競い合うライバル同士、という妙な連帯感でもってロウを責め立ててくるに違いなかった。
なお、この三角関係にたまに他の女性が参戦し、大乱闘に発展することがあって、とばっちりでロウが仲裁に駆り出される事態が何度か発生している。
散々迷惑をかけられているというのに、ロウがこの二人とトラブルを起こしても誰も仲裁してくれないのだからたまらない。ちなみにリーダーのアランは二股をかけている弱みから強く出られないのである。
イリスもヴァネッサも、パーティーに色恋沙汰を持ち込む恋愛脳の持ち主。単独で付き合う分にはいい奴のアランも女が絡むと途端にダメになってしまう。
(これで奴らに見込みがなければすぐ切り捨ててやるんだがな……)
口を出そうになる不満を、酒で流し込む。
「ん?」
ロウのジョッキが早々に空になる。すると新しいジョッキがテーブルに置かれていることに気付く。
「ロウさん、おかわり、用意しておきました」
「ありがとう、リリィ」
リリィがはにかんだ笑みを浮かべる。
リリィはダンジョン攻略では必須の荷運び役である。クラスこそ非戦闘職の商人だが、戦いにも参加してくれるマルチプレイヤーだった。
「酒が進んでしまうな。リリィのせいで」
「またまた調子いいこと言って、ただ飲みたいだけじゃないですか」
トラブルメーカーな三人と比べ、気配り上手で、協調性もあり、穏やかな性格をしているため、口下手なロウも安心して冗談が言える。
(それにリリィって地味に可愛いんだよな……)
リリィはいわゆる隠れ美人だった。地味な灰色のツナギ姿、うす茶色のきれいな髪も高い位置でくくったきりで飾り物の一つも付けていない。もちろん化粧っけもまるでなくて、まるで上京したての田舎者みたいだ。
しかし、近くで見ればそんな野暮ったさを吹き飛ばすほどの美人だと分かる。特に黒目勝ちの大きな瞳がよく動いて、小動物みたいで非常に可愛らしいのだ。
しかも、リリィはスタイルも抜群である。恋人でもないロウがなぜそんな事を知っているかといえば、ダンジョン攻略中にリリィが背負う巨大なリュックサックのせいだった。負荷軽減のためにクロスされた肩紐のせいで形状がまる分かりという寸法だ。
そのためロウは冒険中、極力、後ろを振り返らないようにしている。だって視界に入ったら自然と目が行ってしまうから。
(ほんと勿体ないよな。着飾ればヴァネッサやイリスなんかよりずっと美人なのに……)
もちろん、そんな失礼な態度はおくびにも出さない。
ロウは寡黙な戦士の振りをした、むっつりスケベさんであった。
「あ、オーク揚げ、こっちです! ロウさん、これ、好きでしたよね? 頼んでおきました!」
「ああ、ありがとう」
「いえいえ」
リリィは、ロウに甲斐甲斐しく世話を焼く。酒を注ぎ、ツマミを頼み、冒険中の話、街中での出来事を話してくれる。
口下手なロウは、ただ相槌を打つだけだったが、リリィと一緒に過ごすこの時間がお気に入りだった。
どこか年季の入った夫婦のような二人のやりとりを、向かいの三人がつまらなさそうに見ている。
「ねえ、アラン。そろそろ教えてやりましょうよ」
「ええ、全く分かっていないようですし。このままでは困ります」
アランの女たちが何かを促している。
「そうだな……おい、リリィ、いい加減にしろよ」
「えっと……何がでしょう……?」
アランが眉間に皺を寄せる。
「何をヘラヘラしてるって言ってるんだ。今日のダンジョン攻略失敗はお前のせいだろ? 少しは反省したらどうなんだ?」
「あの、ちょっと待ってください。なんで、私のせいなんですか……」
「言わなきゃ分かんないのか? 最後のオーガの群れとの戦いだよ。お前がバックアタックにもう少し早く気付いていればヴァネッサは怪我をせずに済んでいた!」
「そうよ、魔法使いが詠唱中、無防備になることくらい分かってんでしょ!」
見なさいよ、これ! とヴァネッサが包帯に巻かれた腕を見せる。
「そうです。いくら商人が非戦闘職だからといっても体力だけはあるんですから、迂回してきたオーガの一匹くらい足留めしてくらいしてもらわないと困ります!」
「イリスの言う通りだ。ああいう時は戦っていないお前が真っ先に気付くべきだ! あの時、ヴァネッサの範囲魔法さえ決まっていれば、おめおめと逃げ出さずに済んだんだぞ!」
「いや、後衛でも周囲の警戒くらい自分でもするべきで……それに、最後の戦い以外はお二人をきちんと守ってますし、そもそも荷運び役の務めは果たしているじゃないですか」
商人は非戦闘職だ。本来の役割は物資の輸送や、ダンジョンで手に入れたアイテムの鑑定である。
「それに本職には及びませんけど、移動中はマッピングもしてますし、鍵開けも罠の解除もやります。野営では、設営から食事の用意、あとは簡単ですけど武器のメンテナンスだって……」
「そんなの当たり前じゃない! 戦いには全く、まーったく貢献できてないんだから、雑用くらいやって当たり前よ!」
「そうです! 荷物を運ぶことくらい誰だってできます。栄えあるAランクパーティーのメンバーなら雑用以外のこともやってもらわなくでは困ります」
リリィが目を白黒させる。本来なら専門家のすべき仕事まで雑用と切り捨てられては、どう言い返せばいいか分からない。
「おい、ロウ。お前も何か言ってやれ!」
アランは、一人黙ってエールを飲んでいた重戦士に話を向ける。
「リリィは頑張っている」
「……ロウさん」
リリィがほっと息を吐く。これでロウの評価まで得られていなければそれこそパーティーでの居場所がなくなってしまう。
「どこがだよ! 俺たちはいつもこのウスノロに足を引っ張られているじゃないか!」
「そうです。ロウさんは、いつもリリィさんに甘すぎます! えこひいきは困ります!」
「まさか二人、出来てんじゃないでしょうね!? よく一緒に出掛けてるし」
ロウは鼻を鳴らす。出来てるのはお前等だろ、と思うが、口下手な自分では口喧嘩に勝てないので沈黙を貫く。
無言でいるほうが効果があることを知っているのだ。ロウは体格のいい冒険者たちをして食人鬼と呼ぶほどの巨躯の持ち主。普通に険しい表情を作っていればそれだけで迫力が出る。
「な、なあ、ロウ。こいつのどこが役に立つってんだ?」
「色々だ……ダンジョン内だけじゃない。物資の補充、武器の手配、依頼の選別、パーティーハウスの――」
「それだよ! それ! そもそも何でパーティーリーダーである俺を差し置いて、ただの商人が受ける依頼を決めるんだ! それだけならまだしも、持ち物や俺たちが使う装備にまで口を出してくる! 戦ってもないコイツがな!」
「でも、私がやらなきゃみなさんは――」
「もういい!」
アランがテーブルを叩く。
(まさか……コイツ……)
ロウは顔を上げる。目を見開いて次の言葉をじっと待った。
「リリィ、お前はクビだ」
(来た! 来た来た来た! 『もう遅い』の始まりだぁぁああぁぁぁ!!)
寡黙な重戦士は無表情を貫きつつ、内心で狂喜乱舞した。
*
『もう遅い』。それは旧時代の遺跡などで発掘される書物のストーリー体系のひとつだ。
作品ごとに違いはあるが、大抵は主人公が所属する組織や冒険者パーティ―から不当な扱いを受けている描写から始まる。
そして些細なミスやトラブルから組織のリーダーの勘気を買い、追放されるのだ。
しかし、組織の栄光は主人公の能力や献身によって成り立っていたものだった。
組織を追放された後、ソロになった主人公は隠れた実力をいかんなく発揮し、周囲から認められていく。
一方、主人公の実力で有名になっていただけにも関わらず、それを己の実力を勘違いしていた追放側は途端に全てが上手くいかなくなっていくのだ。
無駄に肥大化したプライドが徐々にへし折られていき、破滅寸前まで追い詰められた時、アホ共はようやく過ちに気付く。
最後の望みをかけ、主人公に『帰って来てくれ』と頭を下げる。しかし、主人公は既に周囲から実力を認められており、素敵な仲間やホワイトな労働環境を手に入れていた。
当然、『もう遅い』と拒絶されてしまう。
これにより追放側の破滅が決定する。物語冒頭で溜まりに溜まった読者のヘイトはこの瞬間に浄化されるのだ。
つまり『もう遅い』とは読者たちを、スッキリ爽快な気分にさせてくれる素敵な逆転劇を讃えた言葉なのである。
ダンジョンの収穫品の中から、この手の物語を見つけて読んだロウは、翌日には『もう遅い』シリーズの虜になっていた。
そして、次第にこう思うようになる。
(見たい……この目で『もう遅い』が……できるなら生で……)
別に、思うだけなら自由である。しかし、ロウは自分の所属する冒険者パーティ『第五の栄光』が『もう遅い』をするのにうってつけの状態だと気付いてしまった。
商人のリリィは非戦闘職ながらその実、パーティの要だ。
職業スキルのおかげで大量の物資を運ぶ事が出来る商人は、ダンジョン攻略では欠かせない存在だ。上級ダンジョンともなれば一週間以上、ダンジョンに潜り続けることもある。しかし、パーティーが物資不足に悩まされたことは一度もない。
大量の荷物を抱えながらダンジョンの深層部まで同行し、戦闘時には足を引っ張らないばかりか、ひ弱な後衛を守る中衛的な役割までこなしてくれる。
つまり下手なベテラン冒険者よりも強いのだ。
そんな商人、リリィ以外に聞いたことがない。
しかも、探索中はマッピングや罠解除など斥候の役割まで果たし、野営では天幕を設営、温かい食事まで用意してくれる。
街に帰還すれば、冒険者ギルドに通い、掘り出し物の依頼を見つけ出し、商人や職人たちとの伝手を使って高品質な物資や装備品を格安で調達することさえあった。
リリィのいない『第五の栄光』など有り得ないのだ。
それなのにAランク冒険者への昇格を果たし、調子に乗ったアランたちは、自身が得意とする戦闘能力でのみ仲間を評価するようになった。
「よし、ここで決を採る! リリィのパーティ追放に賛成する奴は手を上げろ!」
「賛成よ! ようやくこの目障りな女とオサラバできるのね!」
「私も賛成します。こんな足手まといに居座られては今以上の栄達など望めません!」
「ロウ、もちろん、お前も賛成だよな!」
「……どうでもいい。好きにやってくれ」
「よし! 決まりだ!」
「そんな……」
リリィが絶望する。ギルドの規約では、パーティー追放は追放者以外が一人でも反対すれば無効となる。しかし、反対票を入れてくれるはずのロウが、回答を放棄したことで追放が決定してしまったのだ。
(よし! ずっと我慢してた甲斐があったな)
ロウはひとりほくそ笑んだ。これまでロウが、リリィを庇うだけで、彼らの認識を改めるようとしてこなかったのは『もう遅い』への伏線だったのだ。
いや、『もう遅い』を知ってもしばらくは注意していた。しかし、アランたちは聞く耳を持たず、元々、口下手だったロウも止めてしまった。
こうして増長した三人はますます調子に乗った。
現に追放が決まった後もリリィを責め立てている。役立たず、能無し、パーティの輪を乱す、など言いたい放題だ。
ロウはその辺を聞いちゃいなかった。ついに現実味を帯びてきた『もう遅い』のせいで昂ってしまい、それどころじゃなかったのだ。
「という訳だ、リリィ。今日中にパーティハウスからも出て行けよ。それでいいよな、ロウ?」
「……仕方ないな」
ロウがゆっくりと顔を上げる。泰然とした顔をしつつも本当はちょっぴり焦っていた。生返事したのはいいものの、興奮しすぎて会話をほぼほぼ聞き逃している。
「よし、決まりだ! 明日からはリリィなしでやる! いいな!?」
そして気付く。
(あ、やべ。このままだと俺まで没落する…………)
ロウは、アホ共が『もう遅い』されるのを生で見たいだけで、アホ共と一緒に『もう遅い』されたいわけじゃない。
「……さようなら、ロウさん」
諦めたように席を立つリリィ。
何とか食らいつきたいロウは慌てて手を伸ばした。
「ロウさん、離してください……私なんか……」
「俺は、リリィと離れるつもりはない」
半端に立ち上がったせいで顔が近い。リリィの顔が紅潮している。多分、自分の顔も真っ赤になっているだろうとロウは思った。
夢にまで見た『もう遅い』への興奮で。
「あ? どういうことだよ、ロウ」
アランがいぶかし気に尋ねてくる。
「……俺も出て行く」
ロウはとりあえず宣言する。リリィを追放した時点で『第五の栄光』の没落は決定した。もはやこのパーティーは沈むのを待つ泥船と同じである。
「「「はぁ?」」」
逆を言えばリリィさえいればどうとでもなる。中層程度なら二人だけでも潜れるし、格下のBランクパーティぐらいならメンバーに入れてもらえるだろう。
(何より、リリィの傍にいなければ『もう遅い』を見逃してしまうかも知れんしな!)
もはやロウの脳内は『もう遅い』への期待感でいっぱいだった。
「何でだよ! お前が抜けたら誰が敵を食い止めるんだよ!」
「勝手な真似は困ります!」
「せめて理由を言いなさいよ!」
しかし、泥船の主たちがロウの勝手を許さない。
(しまった、その辺、何も考えてなかった)
馬鹿正直に『第五の栄光』が没落することを話してしまえば、『もう遅い』が見られなくなってしまうかもしれない。
(なんでもいい、適当な理由を付けて脱出しなければ……)
寡黙で知られるロウだが、本当はただの口下手だ。聳え立つ巌のような外見をしているだけで、言いたいことをろくに言えないまま、ストレスをため込む小心者である。だからこそ、手軽にストレスを発散できる『もう遅い』に耽溺したといえる。
「何とか言ったらどうなんだよ」
「黙っていては分かりません」
「そうよ、いつもいつもアンタは――」
脳みそをフル回転させながら脱退理由を考えていたロウだが、海で溺れる要救助者のごとくアランたちが脱出を阻んでくる。
「――知らん!!!」
その圧力に耐え切れず、ロウは知らず声を荒げていた。
「グッ……な、なんだよ、知らんって……」
「う……大声で、耳にダメージが……」
「や、止めてよ……怪我に響くじゃない……」
オーガさえ怯ませると言われる重戦士の咆哮に、パーティーの面々がひるむ。
(やばいやばいやばい、みんなしてこっち見てる……)
仲間たちの勢いこそ止められたものの、変に声を出したせいで注目を集めてしまった。酒場の冒険者たちはおろか隣接するギルドの受付嬢たちまで興味津々でこちらを窺っている。
(緊張して何も思いつかん……!!)
ここでロウの器の小ささが仇となる。基本的に彼は小心者なので、人の視線とか大嫌いなのだ。
余計に焦ったロウが妙案など思いつけるはずもなく、次第に表情を取り繕うことさえ出来なくなっていく。
「そ、そんな怒るなって」
「れ、冷静になりましょう……?」
「……みんなで決めたことじゃない……ね?」
(なんだ、こいつら、急に下手に出て来たぞ……?)
本当は焦っているだけのロウだったが、傍目には激怒しているようにしか見えなかった。
当然である。普段は寡黙で感情さえろくに表に出さない重戦士が、怒声を上げ、顔を真っ赤にしながら仲間たちを見下ろしているのだから。
それが追い詰められた上、周囲の視線を集めてしまった緊張によるものだなんて、当人以外分かろうはずもない。
「……まさか、分からないのか?」
試しにロウは露骨な時間稼ぎを行った。本当は聞いた本人が一番、分かっていないのだが、三人は気づいた様子もない。
「あ、ああ……すまん、でも、主力のお前に抜けられたら困るだろ」
「そ、そうです、突然、言われても困ってしまいます」
「ア、アンタ、これまで不満とか言わなかったし……」
泥舟組が時間稼ぎに応じてくれたおかげで野次馬たちの視線が自然と三人へ向かう。
(こ、これはイケる! この路線で行こう!!)
「……まずは、自分の胸に手を当てて考えてみたらどうだ?」
そうやって相手に考えさせる振りをして、一番考えているのがロウであった。そしてあわよくば三人が出した答えに便乗するつもりなのである。
三人が黙りこくったことで酒場が静寂に包まれる。しかし、王都を代表するトップパーティーの内輪もめだ。他の冒険者の興味を引かないはずがない。
すぐにひそひそ話が始まる。
(なあ、これどういう状態だ?)
(バカ共が、商人のお嬢ちゃんを追放しようとして、ロウがキレた)
(そりゃキレるわ)
ロウは三人の回答を待つ振りをして耳を澄ましていた。同業者たちの会話からいいヒントが得られるかも知れない。
(可哀そうにな)
(お嬢ちゃん、あんなに頑張ってたのに)
いい流れが来ている。特に、ベテラン冒険者が集う窓側席の会話がいい感じに同情的だった。
「本当に、分からないのか? 俺が怒っている理由が」
なので、ちょっと誘導してみた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
アランの見せた戸惑いに、ひそひそ話が一層盛り上がる。
(なあ、あいつ、何で分かんねえの?)
(追放なんて犯罪者や、裏切者への制裁措置だろうに)
(だから、寡黙なロウが怒ったんだろ)
(あいつ、ああ見えて、すげえ仲間想いだからな)
(リリィちゃんを庇ったり、エロガキの女トラブル仲裁したり、それ以外でも色々助けて回ってな)
(散々助けてやった奴がこんな馬鹿やらかしてんだ。やるせねえだろうよ)
(つーかよ、あんな連中と一緒に冒険してたと思うとぞっとするよな)
(ああ、いざという時、助けてやらんってわざわざ宣言したようなもんだ)
(そんな連中と命がけの冒険なんかできねえよ)
(そうでなくとも前衛は歳を取ったら終わりだしな)
(これだ!)
ロウはくわっと目を見開いた。
「……お前らに、仲間への思いやりはないのか」
ロウは重々しい口調で告げた。
「おいおい、まさかリリィのことを言ってんのか? あんな役立たず仲間じゃねえ、そうだろ?」
「そうよ、何度、あいつに足を引っ張られたことか」
「ええ、リリィさんは私たちにふさわしい仲間じゃありませんでした」
「……リリィの追放については当然呆れている。しかし、俺が脱退する最大の理由は違う。そうやって簡単に仲間を切り捨てるような奴らと一緒に行動なぞできんと言っているのだ」
ロウは一度、(時間稼ぎの為に)言葉を切り、三人を睨みつける。
「イリスには失望した。聖職者はもっと慈悲深いものだと思っていた。少なくとも仲間を裏切るような真似はしないだろうと」
「なっ、わ、私は裏切りなんて、そんな非道な真似はしてません!」
大司祭のイリスが反発する。
「では、苦楽を共にしてきた仲間を自分たちに相応しくないと犯罪者のように追放する。これを裏切りと言わず、何と言う?」
「それは……」
「ヴァネッサの傲慢さにも付き合いきれん。例えば後遺症が残るほどの怪我を負った時、追放されてもお前は文句を言わないのか?」
「それとこれとは違うわよ!」
「何がどう違うんだ。無能も怪我人もパーティーの足を引っ張るお荷物には違いないだろう?」
「で、でも……」
「アラン、お前の浅はかさにも愛想が尽きたよ。いずれ俺もお前も歳を取る。前衛として戦えなくなった時、追放されても構わないのか?」
「そ、そんな訳ないだろ!」
「なら、お前がリリィにしたことはなんだ? 力及ばず敵襲に気付けなかった仲間を断罪し、追放するのが正しいリーダーの姿か?」
「そ、それは……」
「いいか? お前たちは、いざとなれば仲間なんていつでも切り捨ててやる、と宣言したんだ! それが本当の仲間と言えるのか!? 俺たちはお前等の都合のいいように使われてやるための道具ではない!! こんな非道な真似を平然とできる連中とどうして命がけの冒険など出来るというのだ!?」
ロウの言葉(実際にはオーディエンスの意見)に、三人が顔を歪める。
自分たちがやらかしていたことに気付いたのだろう。
何も言い返せない様子の泥船組を尻目に、ロウは周囲の様子を窺う。
(よし、よしよしよし! なんとか切り抜けられたぞ!)
三人はうつむいたまま動く様子はない。野次馬共もパーティー離脱が当然といった雰囲気を醸し出してくれている。
「行こう、リリィ。もう、ここには用はないはずだ」
千載一遇のチャンスを見逃してなるものか、とリリィに声をかける。
「……はい、ロウさん。行きましょう」
(よし、これからは相棒としてしっかり張り付いて来たる日を待とう)
ロウはニヤつきそうになる頬を鋼の意思で抑えつける。
そのまま二人がギルドから立ち去ろうとしたその時、アランが立ち上がった。
「ま、待ってくれ、二人とも! 俺たちが悪かった!」
「そ、そうね、ごめんなさい……追放は取り消すわ」
「わ、私たちにも悪い点がありました。悔い改めますから」
なぜか泥舟組が追いすがってくる。
(おいいぃぃいぃぃぃぃ! ちょっと待て! いくら何でも『帰って来てくれ』が早すぎるだろ! 追放から十分も経ってないぞ!?)
ロウは様式美を守ってくれない三人を睨みつける。
(これは、ダメだ……いくらなんでもあんまりだ)
いくらロウが無類の『もう遅い』好きだとしても、これは頂けない。こういった台詞は最低三回はクエストを失敗してもらい、実はリリィのだったんじゃないか、アンタが追放なんてしたから、お前だって賛成したじゃないか、的な内ゲバを経験した後で言って欲しい。
「ふ、ふざけないでください! そんなの今更、勝手すぎます、もう――むぐ」
(だからああぁぁぁ! リリィまでつられて先を急ぐなって!)
勝手に物語を進めようとするリリィの口を慌てて塞ぐ。
(『もう遅い』には早すぎるんだよ! こっちにも都合ってもんがあるんだから!!)
こういった台詞は今より格上のSランクパーティーに加入するか、同じく追放された有能な冒険者を仲間に加え、周囲の評価を改め、期待されまくってから言うべきものだ。
こんな『もう遅い』は認められない。
だって、美しくない。紆余曲折が少なすぎて圧倒的にカタルシスが不足している。
ロウはため息を吐いた。部外者がしゃしゃり出るのはどうかとは思ったが、この場は主人公でも追放側でもない傍観者たる自分が調整するしかないだろう。
「黙れ――」
ロウはアランたちに向き直ると、彼らを射殺さんばかりに睨みつけた。
「もうお前らに、預けられる背中なぞない」
物語の主人公たるリリィに代わり、キッパリと拒絶してやる。
(よし、これでしばらく時間が稼げるだろ)
「行こう、リリィ」
ロウは今度こそギルドから出て行った。
また追いすがられてはたまらないとばかり、いつもよりも早歩きで――
*
運命の日から半年が経過した。
(おかしい……なぜ『帰って来てくれ』がないんだ……)
リリィが注文してくれたエール酒を流し込みながら、ロウは憤る。
(なんでだよ! リリィが居なくちゃ滅茶苦茶、困るだろうが! 荷物運びはもちろん、斥候の仕事に、野営準備、物資の補充にメンテの手配、ギルドや商人との交渉、依頼の選別に裏取り、その他諸々、全部やってくれていたんだぞ!)
出来る限りロウも手伝うようにしていたが、リリィがこなしていた作業量と比較すれば一割にも満たない。
そもそもアランたちが問題視していた戦いの場面でも、後衛を守るという地味ながら重要な役割をこなしてくれていたのだ。
こんな有用な荷運び役などリリィ以外に存在するはずがない。だから、アランたちはすぐに音を上げる、
――はずだった。
(なのになぜ、追放から半年も経っても姿を現さない! 全く、何をちんたらやってるんだ! こっちは準備万端、整えて待っているんだぞ!!)
アランたちがもたついている一方、『第五の栄光』を離脱したロウは素早くフロント活動を行い、翌週には移籍先を見つけ出していた。
現在二人が所属しているのは、王都を代表するSランクパーティー『鋼の絆』である。それは奇しくもあの日、追いつめられていたロウに天啓を与えてくれたベテラン冒険者たちが所属するパーティだ。
どうも前衛の一人が引退を考えていたらしく、信頼できるメンバーを探していたそうな。もちろん、彼らはパーティの要であったリリィのことも正しく評価してくれており、是非、二人とも加入して欲しいと誘ってくれた。
ちなみに『鋼の絆』は二十年近くに渡って第一線で活躍し、Sランクを維持してきた超名門である。人気実力ともに王都、むしろ王国一といっても過言ではない。新進気鋭という名の成り上がり者に過ぎない『第五の栄光』など足元にも及ばない存在。
そんな超一流パーティーに意気揚々と加入したロウは、それからずっとアランたちを待ち続けている。
そう、半年もだ。
(なあ、アラン、早く来いよ……何を躊躇ってるんだよ……このままだと、お前、本当に没落しちまうぞ……)
正直、お預け期間が長すぎて頭がおかしくなりそうである。
しかし、待てど暮らせど、アランたちはやって来ない。それどころか、最近はギルドでも見かけなくなった気がする。
「どうしたんですか、ロウさん。そんな恐ろし……怖いか……いえ、難しい顔をして」
「ああ、いや、大丈夫だ」
何気に失礼なリリィの発言にも気付かず、ロウは言葉を濁す。
いくらロウが無類の『もう遅い』好きといえど、追放された張本人に追放者側の動向を聞く気にはなれなかった。
「……アランさんたちのことですね?」
「あ、いや……なぜ……?」
「だって、ロウさんが私に聞けないことなんて限られているじゃないですか」
「……リリィには、敵わないな……聞いても、いいか?」
「ええ、まず『第五の栄光』は解散しました」
「か、解散!? 仮にもAランクパーティ―だぞ!?」
いくらなんでも半年で解散は早すぎる。リリィが抜けたことで、遠からず没落することは決まっていたが、ギルドだって高ランクパーティーを維持するために新メンバーくらい紹介するはずだ。
「そのメンバー募集に誰も応じなかったんですよ。その内、王都にも居づらくなって引退して故郷に帰ったそうです」
「……道理で見ないはずだ」
ロウは無表情を装うが、内心で盛大に荒れ狂っていた。
(クソ、なんて根性のない奴らだ! こんなことなら追放当日にリリィに『もう遅い』してもらうんだったわ!)
ロウは後悔する。下手に勿体ぶらずにリリィに断罪してもらえばよかった。そうすれば多少、物足りなくても『生もう遅い』の夢は叶っていたはずである。
(つまり、これは欲をかいた俺のせいってことか……)
ロウは肩を落とした。奴らならやってくれると期待していた分、落胆も大きい。
「…………悪いことは、するもんじゃないな」
「ええ、本当に。まさかあの人たちも、ロウさんの最後の一言が流行するなんて思わなかったでしょうし」
ロウが哀愁を漂わせていると、勘違いした様子のリリィがうんうんと頷いている。
「俺の言葉?」
「あれ、知らないんですか? ロウさんの去り際に言った台詞ですよ。一時期、みんな真似して言ってたじゃないですか」
――もうお前らに、預けられる背中なぞない。
決め顔のリリィがいい声で言った。
「なんだ、それは……?」
「あ、流石に本人の前じゃやりませんよね……ともあれ、ロウさんのこの一言が流行し過ぎたせいで、アランさんたちも王都に居づらくなったんじゃないかなと思います」
「……まさか、俺のせいで……?」
「ま、まあ……間接的には? ロウさんとのやりとりが広まったせいで『第五の栄光』は悪い意味で有名になっちゃいましたし」
「……クッ、俺が考えなしだったせいで……!」
激しく落ち込み始めたロウを見て、リリィは自らの過ちに気付く。
仲間想いで知られるこの寡黙な戦士が、仲間の不幸を聞いて悲しまないはずがないではないか。
「ロウさん、ごめんなさい、私……」
もちろん、全てリリィの勘違いである。ロウは『もう遅い』が見れなくなったと悲しんでいるだけで、アランたちのことなんて毛ほども考えちゃいない。
「……いや、リリィは悪くない」
本当に彼女は何も悪くない。マジで何も悪くない。悪いのは『もう遅い』への情熱ゆえに、下手なこだわりを捨てきれなかった自分にある。
確かに時間をかけて紡がれる、壮大な『もう遅い』は文句なしに美しい。しかし、細かいページで行われる小ぶりな『もう遅い』にだって趣がある。むしろ、これくらいのほうが好きという人もいるだろう。
(『もう遅い』に貴賎なし、そんな当たり前のことさえ、俺は忘れていたというのか!!)
カタルシスの大小で価値を図るなどおこがましい。ましてや脇役の分際で『物語』に介入し、自分好みにシナリオを改ざんしようなど言語道断。カタルシスハンターの風上にも置けない所業である。
「でもでも、あれはアランさんたちの自業自得ですよ。それに私、あの時、ロウさんのおかげで、私、凄く救われたんです」
ロウの事情など知る由もないリリィは、不器用だけど誰よりも優しい相棒を励ますべく言葉を紡ぐ。
「みんな、ロウさんのこと、褒めてます。なんてすごい男なんだろうって、あんなかっこいい男がいるのかって。好き勝手なことばかり言ってるから、最高の仲間から見捨てられたんだって……多分、あの場に居た全員が私と同じ気持ちになったと思うんです――」
そうしてリリィは一度、言葉を切り、優しい笑みを浮かべた。
「ざまあみろ、『もう遅い』んだよって」
(俺が『もう遅い』してたぁぁああぁぁあぁぁぁーー!!!!)
ロウはショックのあまり白目を剥き、テーブルに突っ伏したのだった。
了
次回予告
自らの失言で念願の『もう遅い』を台無しにした寡黙な戦士ロウ。
過去のトラウマから逃れるように『もう遅い』からは距離置いていた。
ロウの最近のお気に入りは『婚約破棄』シリーズだ。そんなロウたちの元に『王立学園の卒業パーティーへの参加』というクエストが舞い込む。
華やかなパーティーの最中、男爵令嬢を侍らせた王太子エドモンドが現れ、声を荒げた。
「ソフィア・ファーシル!! 貴様との婚約を破棄する!!」
(キタ――(゜∀゜)――!!)
果たしてロウは生『婚約破棄』を見ることができるのか!?
次回
寡黙な戦士、卒業パーティーに参加する~だって、婚約破棄も好きだもん~
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あなたはきっと真実の愛の目撃者になる




