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アイビーリライブ  作者: 誉 ロウ
8/21

刹那の逢瀬と浮き上がる現実

”気が付いたことにも気づけないほど自然に現実はそこに在った”


「もう、店長。この子、困ってるじゃない。」


それは笛の音のように、屈折することなく真っすぐに耳に届く。

その声に自分が今どこにいるのかを薄っすらと教えてくれる。


「は?」


――どうして、


「何か聞きたいこと、あったんでしょう?」


――戻ってんだよ。


辛うじて、目の前の現状をそう認識するが、どこか、違和感がある。

目の前で動いてゆく場面が紛れも無い現実だというのに、受け入れられない。


“実感が湧かない”


現実と自分の認識のズレはここまで違和感をもたらすものなのか。

思考の視点が今に追い付かない。


「ねえ?どうしたの?」


「あ、ああ。なんでも、ない……」


その声に顔を上げながら答える。

紺木梗の色をした瞳孔が真っすぐ、真っすぐにレイを見つめる。

本気で心配してくれているのだろう。


――しっかりしろ。俺、


その言葉を取っ掛かりに顔を一撃引っ叩くと、意識を無理やりに戻す。


「顔色、悪いわよ?」


そう言って差し伸べられた手。


「ああ、問題なし。だいじ……」


その手を取ろうとした瞬間、悪寒が背中を駆け抜けるのをレイは感じた。


「なにか……」


背後に気配を感じて体ごと振り返るが、当然、誰も居ない。


「何にも居ねえじゃねえか……」


杞憂だったと胸にたまった空気をほっと吐き出しながら彼女に再度向き合う。

大丈夫だ、と一言言わなければ。


「ホントの、本当に大丈夫?」


近い。


「っつ!!!」


レイが背後を確認している間に、眼前に迫り、手を差し伸べる彼女。

その姿と覆い被さってきた“影炎”の姿が重なる。

言うべきことも表情を取り繕うことも忘れ、頭から冷静という機能が吹っ飛ぶ。


「あああああ!!!」


「えっ?」


善意で向けられた手を叩く。

レイの突然の奇行に彼女の表情は驚きと不可解の色に染まる。


「お兄さんどうしたって言うんだい!!」


一連の流れを傍で見ていた店長が、呼吸の荒いレイに怒鳴り声を上げた。

その声に煽られるようにして恐怖が跳ね上がる。


「俺に、触るなああ!!」


目の前に映るのは影の怪物だ。

炎天下のアスファルトに揺らめく陽炎のように実体を持たない。

故に触れられない。止められない、全てが一方通行の恐ろしい存在。


何も近寄せるな、そうすれば防げるのではないか。

無駄だと薄々感じとりながらも、その感情に身を任せて稚拙に腕を振り回す。

テーブルに置かれた空の木樽が右手の腹に当たり、少し残った中身を散らして吹っ飛んだ。


狂ったように声を上げながら腕を振り回すレイに酒場の注目を一身に浴びる。

しかし、今のレイにそんなことは関係が無い。

ただ、目の前の怪物を追い払いたいだけなのだから。


「来るんじゃねえ!!寄るな触れるなあああ!!」


“影炎”との逢瀬の時間は、それほど、長くは無かった。

しかし、それ以上にレイの心には恐怖が刻まれた。


「一般人に元騎士団員が手を出すのはご法度だけど、仕方ないねぇ!少し、眠っててもらうよっ」


そう言って、腰を低く構えて打ち出された拳は振り回すレイの腕など意にも介さずに

レイの眉間に迫る。


―――――――――――ゴン、――――――――――――――――


何か、鈍器で殴られたような音が脳内に響き渡る。

光のような速さで眼前にいきなり現れた拳が眉間を打ち抜いた音を最後に、

目覚めて間もないレイの意識は再び無意識へと沈んでいった。






“****、****。”


「いい加減にしろ、何言ってやがんだお前!」


その声の主はいくら逃げようと追ってくる。決して逃げられない。

息も絶え、限界を超えて走ってきた体がついに限界を迎え折れた膝からその場に倒れこむ。


光を閉ざすと音で、音を塞ぐと感覚で“影炎”はレイに絶えず存在を主張し、訴える。

影炎から逃れる術を何度も模索し、実行するが、どれも通用しない。


“****、****。”


「もう、止めてくれ。」


地に縮こまるように身をかがめ、逃げ場などないと手の打ちようが無くなったところで

細く弱弱しい声で目の前の影炎に訴えかける。


こんなことで止むはずが……


「止んだ??」


無い、と心の中で思うが、声はピタリと止んだ。

恐る恐る、目を開け頭を抱えていた手を解く。

ついさっきまで体を絶え間なく駆け巡っていた違和感もすっかり消えている。


「いませんように、いませんようにっ!!」


願うように二回そう唱えると目をゆっくりと薄眼から開く。

視覚のピントが徐々に定まってゆき、映った光景にほっと安堵する。

映るのは、ただ広がる地平線まで黒の寂しい世界。


「なんだ、泣き落としが効くの、か……?」 


やけにあっさりと存在をくらました影炎に肩透かしを食らう。

なんとなく、背中に痒い所を感じ、背後を片目でチラ見する。


“****、****。”


言葉を出すことはおろか、脳が怖いと感じる暇すら与えられず“影炎”はレイを

飲み込んでいった。


レイと影炎の存在を分けていた線が薄れてゆく。

ゆっくり、ゆっくりとレイは自分とバケモノが混ざる感覚を味わう。


溶けた。


最後に薄く、そう思うとレイの意識は白に包まれ浮上していった。









「もう、店長。この子、困ってるじゃない。」


その声は力強い。


何か明確な目的があり、

それに向かって努力しているものだけがそんな声を意図せずとも発することが出来る。


そんな声。


「何か聞きたいこと、あったんでしょう?」


のぞき込むその顔と瞳には邪な色は一切存在しない。

白雪のように白く、清い思いで自分の保身をうっちゃって人のために考動している。


「ああ……」


レイの口から出たのは質問に対する答えではない。

その発音は肯定を示さず、意味を持たない無機質な音を数メートル範囲で響かせた。


「訳、分かんねえ。」


ふらっと、視界が横に傾く。

驚いた表情の彼女が駆け寄ってくるのを辛うじて視界に捕らえる。


今度は、存在を剥がされる音も眉間が砕かれる音も聞こえずに、

静寂がレイを無意識へと攫っていった。



:三人目 何事も慣れが必要

今回も今作を読んでいただき、ありがとうございます。

いつもなら、もう少し文字数を増やしてから投稿する所ですが、

暫く毎日投稿をしたいと思い、この量での投稿になりました。


日本の皆さん、台風にお気をつけて!

ではまた次回でお会いしましょう!

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