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アイビーリライブ  作者: 誉 ロウ
4/21

プロローグ 一つの終わりと新たな始まり

”これは、アメミヤ レイの物語”



甘く、蕩けそうなほどの幸せに満たされた毎日。

***が傍に居てくれれば他には何もいらないと、本気でそう思えた日々だった。


小さな丘にポツリ、と平屋が一軒と二人。

ここから見渡す限り、それ以外に物影は一切見えない。

見渡す限りの緑に、映える赤。

***が、緑だけだと寂しいと言って植えた花。たった一輪だった、

“アネモネ”の花によく似たそれは月日が経つごとに広がり、

今では景色の丁度半分以上を赤で飲み込んでいる。


ふと、少し前で花を愛でていた彼女が振り返る。

腰辺りまで伸びた亜麻色の髪を翻して笑顔でほほ笑んだ。


「ねぇ、レイ。私幸せよ。」


ふわっと、彼女を取り巻く世界がトーンを一つ上げる。


何度、向けられても飽きないその笑顔に自分の出来る一番の笑顔で返す。

上手く笑えただろうか、と余計なことが頭を過るが、表情に出さずに心の中でかみ砕く。


「ああ、俺もだよ。」


夕日が幻想的にゆっくりと世界との別れを惜しむように沈んでいく。


晴れた日はその終わりを二人で見届ける、それがここ数年の日課になっていた。

ゆっくりと世界の光が薄くなっていく、その様子を眺めると、あの日々を思い出す。


俺たちは、悪魔が世界にばら撒いた厄災、通称“反因子”を全て討伐し、世界には平和が戻った。

長く、醜悪な戦い。絶望的な状況に何度も陥った。

異世界転生者だっていうのにお約束のチート能力も無し。

唯一、持っていたものといえば、“反因子”への完全な抵抗力のみ。


死にかけた事も、本気で諦めたこともあった。

口で言うのは簡単だが、それを無力な俺が乗り越えられたのは目の前の***を始め、

仲間がいてくれたから。


半端者の俺が手にしている今は、彼らの存在と犠牲を抜きには成り立たない。


神がかり的な奇跡の上に今の現実は存在している。


だから、墓標も無い彼らの為に沈む夕日に目を閉じ、手を合わせる。

届かないと知っていても、謝罪と感謝を祈ることは辞められない、辞めてはいけない。


「ねえ?レイはなんで手を合わせてるの?」


一点の濁りも無い透き通った声が語り掛ける。

その声に祈りは中断され、目を見開いて目の前の彼女の華奢な肩を掴む。


「ん?ど、どうしたの?」


突然のことに驚いているのか、何があったか分からない。といった風に

青色の瞳が右往左往する。


感情が心の器に濁流が注がれる。それも、ものすごい勢いで。

表情に出してしまわないようにと、心の器を踏み壊す。

器さえ失ってしまえば溢れることも溜まることも無い。


「いや、何でもないよ。」


張りぼての笑顔で笑え。


「そっか。」


ゆっくりと彼女の肩から手を放し、背中の後ろで強く握る。


――ダメだ、耐えろ。顔では笑い、心で泣け。たとえ***があいつらの事を忘れてしまったとしてもだ。


頭の中がぐらぐらと温度が上がり、限界を超えて白になる。


「てるの?」


「ねぇ、聞いてるの?」


はっと、その声に風穴をあけられたように急激に温度が下がってゆく。


どうやら、話を聞き洩らしたようだ。

ガチガチに固められた手を解いて身振り手振りで弁明を図る。


「も、もちろん。俺が***の話を一言たりとも聞き逃すわけがないだろ?」


「ふーん、じゃあ、本当に良いんだぁ。」


少し屈んでいたずらに微笑む***。

確実に聞いていないことがバレている。こうなればお手上げだ。


「ごめんなさい、聞いてませんでした。教えてください***様。」


「あれ~?一言たりとも聞き逃さないって言ったのはどこのレイさんでしょうか?」


「た、たぶん隣町の……」


痛いところを付かれて視線をそらし、苦し紛れの言い訳をする。


「また、へりくつ……」


「その視線、痛い。いた……」


ジト目でこちらを見てくる***。

あまりの心の痛みに声に出して訴えていると口が塞がれる。


「んっ、」


***の声が耳元で弾ける。

嫌な感情も、苦しみも、混ざって、溶ける。

頭と視界が、至上の幸福に耐え切れずに真っ白に染まる。

この瞬間だけは、何も考えずに済む。

ただ、身を預けてそのまま窒息するまで、ずっと、ずっと。

いっそこのまま、死んでしまおう。


そう思った瞬間、体が勢いよく酸素が取り込まれる。

一気に白の世界が瓦解し、最後に繫がった糸が切れるころには世界は色を取り戻していた。


「ねぇ、レイ。私幸せよ。」


酸欠でぼんやりとした頭でも彼女の声は真っすぐはっきりと届く。


「ああ、俺もだよ。」


彼女はそれを確かめるように何度も問いて来る。

そのたび、変わらぬ思いを返すだけ。


「ふふ。嬉しい。」


彼女はその返答を噛みしめるようにそう言って背を向ける。


「今日はご馳走にしてあげる。」


手を後ろで握り、顔だけこちらに向けてそう言い、平屋へと歩いていった。


「はあ、」


プツン、と糸が切れた操り人形のようにその場に倒れこむ。


終わりの来ないこの世界で、徐々に記憶を失っていく彼女と、

どんな顔をして過ごせば良いのだろうか。


気が付けば日は沈んで、夜が訪れている。

まだ少しだけ残った太陽の残り日に手を合わせ、先ほどの祈りの続きを再会する。


「なあ、みんな。***とうとうみんなの事忘れちまったよ。」


当然、返答は無い。


「俺のこともいつか忘れてしまうのか?」


***の記憶喪失の原因は“反因子”の影響であると考えている。


ことごとく、倒していった“反因子”は次の宿主として***を選び続けた。

神の悪戯か、完全な抵抗を持ったレイではなく、***を。


***はその身に収められるはずのない、“反因子”を抑え込み、その結果として

世界は***を中心に人体に有毒な“反因子”の大気に染められた。


そんな中、“反因子”の絶対抵抗を持つレイだけが生き残った。

かつて共に戦った仲間たちが苦しみながら死ぬ姿を見た。

恐らく、世界にはもう二人以外生きてはいないだろう。


そう、世界には“平和”が訪れたのだ。


「俺にとっては……」


苦しみの声を上げて死んでいく仲間たちと、これまで過ごした***との日々が頭を過る。


「天国だな。」


皮肉に口を歪ませながら腰を上げる。

ほんわり、といい匂いが鼻をくすぐった。


「いい匂い。」


――これは昨日罠に掛けたウサギの匂いだな。


もう二度と、さっきのような失敗は起こさない。

心を保て、***に罪は無いのだから。


今一度、自分にそう言い聞かせながら、ドアを開く。


カラン、と今では二人になった来客を知らせる鐘が鳴る。


「戻ったのね。お帰り。」


シンプルな白のエプロンに身を包んだ***が振り返る。

雪のような印象を受ける彼女には、やはり白が似合う。


「ただいま。」


何百、何千と繰り返してきたこのやり取りは未だに心の安寧をもたらしてくれる。

帰る場所があるのだと、まだやることが残っているのだと、

自分に言い聞かせることで、壊れた心を補える。

それが、原形をとどめていなくとも。


「今日はね、レイが昨日捕ってきてくれたウサギをね……」


手を洗おうと、調理場の蛇口に手をかざした時、異変を感じて横を見る。


「何で、泣いてるんだ?」


***の表情とは裏腹に、目からは絶えず涙が零れ落ちている。


「あ、あれ。何でもないのに、疲れてるのかな?」


涙を流しながらそう言う彼女を思いっ切り抱きしめた。

きっと、その涙は……


「え?」


突然のことに動揺する彼女をお構いなしにきつく抱く。

今のこの表情を見られてはいけない。


この生活が終わってしまう。


「大丈夫だ。心配することは何にもねぇ。俺がいる。だろ?」


――声に出すな、声に出すな、声に出すな。悟られるな、隠しきれ。


強く、頼れる、アメミヤ レイであらねばならない。

最後の最後、***が幸せに命を終える、その時まで。


「レイ?」


そうやって心を保ってきた。


「どうした?***」


原形が分からなくなるほど壊して、


「愛してるわ。」


そのたびに補って、


「俺もだ。」


そうやって、作り上げた自分が偽物だったこととしても。


***の、君のために。


「ねえ。」


「ん?」


「もう、良いんだよ。」


その一言で、すべてが壊れて、崩れる。

自分の“心”を対価に積み重ねて手に入れた今が。


「なに、言って……」


「知ってたの。レイが無理してるの。」


「無理なんて、してない。これが俺だ。」


――ダメだ。否定しろ、手放すな。誓っただろ自分自身に。


崩れてゆく心を寸での所で繋ぎ止める。


「俺だ!!」


もう一度、自分に言い聞かせるように強く、固くその揺れる瞳に向かって言い放った。


もう、心が揺らいでしまわぬように、有無を言わせぬように口を口で塞ぐ。


もう、何も言わなくていい。

もう、悲しまなくていい。

もう、不幸にならなくていい。


俺が、


代わりに口にする。

代わりに悲しんで、苦しんでやる。

代わりに背負ってやる。


だから、幸せに……


“ありがとう”


絶対抵抗を持つはずのレイの体に“反因子”が注がれる。


バケツに注がれた真水に一掬いの黒い絵の具が落とされた。


身体から力が抜けその場に倒れこむ。


「なん、で」


辛うじて言葉を紡ぐ。


訳が分からない。


――何処でしくじった。間違えた。クソ、絶対抵抗はどこ行った……!!


――治れ、治れ、治れ、治れよっ!!!


身体は一切の命令を拒否するようにピクリとも動かない。

身体に注がれた“反因子”だけが灼熱を放ち、存在を主張し続ける。


「ねぇ、聞いて。」


――動け、動け。


身体に依然、反応は無い。

その代わりに“反因子”が燃えるように反応する。


「レイとこんな生活が続けられるなら、私他に何もいらないって思ってたの。」


ー言わせるな、


びくともしない体、それに抗おうと灼熱で白に染まる思考。


時間が、ゆっくりと確実に進んでゆく。


――今、この瞬間に動けなけりゃ意味がねえだろうが!


体に確固たる意志が稲妻のように駆け巡った。


レイの中で“反因子”が芽吹く。

飛び出した“それ”は瞬く間にアメミヤ レイの体内を駆け巡り、瞬く間に体を満たした。


「でも、」


***の言葉は弱弱しくも確かに立ち上がるレイによって遮られた。


「だから、終わりだって?」


「だって、これ以上、レイを失いたくない……」


顔を塞いで泣き崩れる***。


「私が記憶を失うたびに、レイに対する気持ちも少しずつ失っていくの。」


紺木梗の瞳から涙を流しながら叩きつけるようにそう言った。


「それが、どうしたんだよ。」


「どうしてっ……」


レイの言葉に紺木梗の瞳が大きく見開かれる。


「私、覚えてないんだよ?」


「もう、どうやってレイと出会ったか覚えてないの。それからのことも。」


「知ってるよ。」


当然だ。***が、思い出話をしなくなったのも最近の話では無い。


「どうやって恋をして、結ばれて、ここで二人で暮らすようになったことですらっ。」


「全部、ぜんぶ、全部っ。」


「知ってる。どれだけ一緒に居たと、思ってるんだよ。」


未だ痺れの残る口角を吊り上げる。


恐らく、今までで一番出来の悪い笑顔。

鏡で見せられたら即座に叩き割るくらいの最悪な出来具合。


しかし、心は偽っていない。


こちらを見上げる***に今一度笑いかけて言葉を紡ぐ。


「例え、お前が何もかも全部忘れて、俺を好きじゃなくなったとしても、俺は***が好きだ。大好きだ。」


「私は、嫌。レイを忘れた私になんてなりたくない。」


怖がるように首を振る***。


「良いじゃねえか。酒場の時と同じように好感度ゼロから始めればいい。」


「あの時みたいに自己紹介から、酒場を出て行った***を追い掛けたあたりだな。それから、二人で一緒に世界を見て歩いていったらいいじゃねえか。」


今は***の中に残っていない記憶の話をする。

この状況こそ、分かりやすく。嘘を混ぜてまで言い聞かせるべき時だろう。


しかし、今は、今だからこそ。

偽ってはいけない。


「いいの、本当に?私がレイを嫌いになってしまったら?」


「大丈夫。あれだけの大ゲンカしても仲直りできたじゃねえか。」


「俺が悪けりゃ全力で謝るし、お互いが悪かったときは納得するまで話し合おう。***が悪い場合は……ん~なんでも許しちゃうかもなあ。」


頭の中で次から次へと、大切な思い出とともに言葉が湧き出てくる。


「でも、そうやって、仲良くなった私が記憶を失ったとしてもレイは、私のこと嫌いにならない?」


「ああ、ならねえよ。」


「どうして、そう思うの。思えるの?」


すがるような瞳がじっと、こちらを見据える。

レイは屈んで視線を合わせて再度、言葉を重ねる。


「俺が、***を好きだからだよ。」


「っつ。」


震えながら唇を噛みしめ、偽りのない、自分の言葉を聞いてくれる。

それだけでどれだけ救われていることか。


「何回でも、何百何千何万回***が記憶を失ったとしても、そのたびに一から積み重ねていけばいい。それで今の君に追い付いたら好きだって言ってOK貰って、今の生活をするんだからよ。」


左目を閉じながら、不細工なウインクをして告白する。


そう、何度だって積み直したらいい。

例え、君が忘れても俺が場所を、順番を覚えてる。


「もう、仕方ないなあ。」


涙を煌めかせながら、笑う。

その表情は、“あの日”見せた笑顔と同じで。


全てが報われた気持ちになったのと同時に絶対の覚悟を刻み込む。


「お言葉に甘えることにします。」


人差指で涙を払って嬉しそうにそう言った。


「任せとけ。」


確かな覚悟を持って、自分の胸を叩く。

彼の顔に長いこと居座って剥がれなかった偽りは少しの後も残さずに消え去っていた。




静けさが深さを増す夜に、少女と少年の間に不変の思いと願いが交わされた。


少女は、後の自分に願いと想いが継がれるようにと願い、

少年は、先の自分に絶対の想いと誓いを刻み込んだ。


そんな清い夜。


どうか、いつまでもこの時が続いてほしいと二人は願った。


しかし、時はただ歩みを止めることなく、平等に歩んでいく。

その先に待つものが希望であれ、絶望であれ平等に。





――何でだ。


次の日、***は俺のことを忘れた。


――何を間違えた。


その一週間後、***は外に出なくなった。


――どうして。


半年後、***は言葉を話さなくなった。


――俺の、俺たちの、何が悪かった。


一年後、***は何も行動を起こさなくなった。


――何をしていれば防げた。何をどうすれば、こうならなくて済んだ。


そして、その一日後。***は昏睡状態に陥った。


彼女の体は“反因子”の影響か、食事も排泄も必要としなかった。

とうの昔に成長の止まった体は朽ちることも果てることも無い。


――そんな、俺は誓ったんだ。


『その結果、どうなった。』


昏睡している彼女と自分以外誰もいないはずの寝室に声が響く。

その声は意地が悪い。


――見て、わからないのか?


『口に出さないと分からないことだってあるだろ?』


――……言いたくない。


少しの間を開けてそう返答する。


『だからお前は“中途半端”なんだよ。』


――っつ!お前に何が分かる!!!


その声は心の触れてほしくないところに遠慮なしに触れ、弄ぶ。最悪だ。


『お前が、***に確証も無い未来をあたかもいずれ来る確定したものとして話した。だから、***は未来をを手放し、昏睡する今を選んだ。違うか?』


――黙れ。


『また、そうやって逃げる。お前は変わってないよ。半端者の“脇役”のままだ。』


変わってない、とはいつのことを指すのか。 

そんなの、自分が一番理解している。


――ああ、俺は主人公に憧れた、紛い物だよ。


その返答が聞けて満足だったのか、声はそれっきり文字通り音沙汰も無くなった。


それからは一度も、目を覚ますことの無い彼女を見ながら、茫然と日々を過ごした。

一定間隔で刻む呼吸と、その際に僅かに膨らむ胸が、

彼女がまだ生命活動を維持していることを教えてくれる。


それは進んでいく未来への希望であり、絶望でもあった。


渦巻く後悔と、終わらぬ地獄。


少年は“死”に救いを求めた。


しかし、皮肉なことに彼女の存在が少年を縛る鎖となった。


「ごめん、ごめんなぁ。」


届かぬ謝罪を眠り続ける***に語り続ける。


「許してくれ***」


途端、視界が眩んだ。

空腹か、体が貪欲に栄養を欲する感覚に吐き気を覚える。

まともなものを食べたのはいつだったか、とうに思い出せない。


体が、眩暈に耐え切れずに椅子ごと、横に倒れる。


「痛え。」


自分の口から謝罪以外の言葉が出たことに僅かに驚きながら、

体を起こそうと腕に力を入れた瞬間、視界が違和感を捕らえる。


「何だ、これ。」


ベットと床にできた僅かな隙間に手紙が挟まっていた。

震える手、それは空腹のせいではない。


おぼつかない手で手紙を抜き取り、表面についた埃を払う。

真っ白な宛先も、差出人も不明な手紙。


自分が置いた記憶は無い、ということは***が書いた手紙ということになる。


そのことに気が付くと、空腹だったことも忘れ手紙に全てを没頭する。


封を、開け、中身を取り出す。

未だ、イマイチ見慣れない文字、書いたのは間違いない***だ。


そこに書かれてあったのは日本語で言うところのひらがな。

宛先は紛れも無く自分自身。


「レイへ。」


一文字一文字声に出しながらその文字に執着する。

二度と声を聴くことの出来ないはずの***が手紙を介して今一度言葉を紡いでいる。


「私は早ければ明日にでも、記憶を失ってしまうでしょう。」


あの誓いの夜の後に書かれたものだと確信する。


「レイは優しいから、私がどうなっても傍に居てくれてるでしょう」


枯れ切ったはずの涙が頬を伝う。


「さて、これを読んでいるという事は私がレイに迷惑をかけている状態にあると思います。」


――何が、迷惑だ。俺のせいで***は。


「もう、十分です。永遠に老いることも、朽ちることも無い私の世話は要りません。それよりも、レイの人生を生きて。幸せになって。」


「最後に。私を愛してくれて、幸せにしてくれて、ありがとう。大好きだよ。」


何度も、何度も、何度も、何度も、読み返した。


***は最初から全て分かっていた。


分かっていて、分かっていたのに。

レイ一人の欲求に答えるために眠りにつくことを選んだのだ。


「変わっちゃいないのは同じ、か。」


あの日、声が言った言葉を思い返す。


「あの酒場の時から何も、何一つとして変わってないじゃねえか。」


手紙を持つ手に力がこもる。


「そんなの、ほっとける訳ねぇだろうが。」


あの笑顔、色あせることの無い笑顔が脳裡に浮かぶ。


「取り戻す。」


砕け散った心を、今一度かき集める。


「何があっても。」


バラバラになった積み木を積み直す。

俺が、***が望む未来に繋げるために。

どれだけ高かろうと届くまで。

たとえ途中で“詰み”になろうとも、別のところから一から積み直せばいい。


「これが“脇役”の決意だ。」


芽吹いたまま、奥にしまわれていた“反因子”が再び強く主張を始める。


『どうなりたい。』


答えなんて、決まってる。



「***を救う英雄になる。」



これは、ある一つの終幕の形であり、全ての始まりの物語。

半端者の少年が、半端者のまま。英雄を志すようになるまでの話である。


“一つの願いと幾つもの罪”


ここで、物語はいったん崩される。

彼の願いのもとに、世界は世界と繋がる。





「さあ、“詰み直し”に行こう。」


英雄を志した少年は足早に路地裏へと向かう。

詰み直しのための最初のピースを渡すために。


「ごめんな。多少の初期装備は整えてやりたくてな」


行きしなに見かけた手ごろな二人組の冒険者を襲い、

最低限の金銭と着ていたローブを拝借して目的地へと向かう。


――ははっ、


腰の引けた空手の構え。我ながら笑えて来るほど弱弱しい。

神はなぜ自分という人間を異世界に呼んだのか。そんな考えが頭を過るが、

いまさら、と一蹴して口を開いた。


「お前、右利きだろ?あと、その右手の砂利も危ないから捨ててくれ。」


「なっ。」


想定通りの反応に笑いたくなるのをこらえて、こう言った。




「俺はアメミヤ レイ。お前だよ。」


思った以上に文字数が多くなってしまいました。

さて、作中に出てきた”反因子”とは、いったい何なのか。

これから、物語が進んでいくにつれてはっきりしていきます。

次回、ヒロイン出ます。

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