慣れという才能
"環境が変われば使うべきものも変わる”
“慣れ”
何事も誰もが最初は初心者だ。
しかし、全ての物事には必ずと言っていいほど上がいる。
しかし、秀でた上の者たちはどうしてそこに至るまでになったのか。
その要因の一つとして“慣れ”に対して異様に速く、寛容的であると此処では言いたい。
情況にいち早く対応し、慣れることにより最大限のパフォーマンスを発揮する。
その点、雨宮 玲という人間は“慣れ”という機能にとても優れていると言って良い。
何事も、はじめは躓くこと無くそつなくこなすのだから。
しかし、彼には上に行くために必要な心が欠如している。
自分は中途半端、ここまでしかできない。と自分で自分に線引きをしているのだ。
故に、彼は自他共に認める“中途半端”となった。
しかし、元の世界では日の目を浴びることの無かったであろう“慣れ”という才能が
“詰み直し”によって徐々に頭角を現しだす。
雨宮 玲は、紛れも無い“慣れ”の才能者。
それに気が付かないまま、上手な転び方を知らないまま、時は只進む。
彼がそのことに気が付くのはまだずっと先のお話。
身に帯びた毒はゆっくりと詰みまで蝕んでゆく。
「やっぱ、人間一人じゃ何もできやしねえ。」
青い壁に文字通り断絶された空間に今は力なく横たわる殺人鬼と雨宮玲は居る。
中には人を一瞬で死に追いやる“反因子”という毒が蔓延しているはずだが、どういうことか
レイにはさして何の影響も感じられない。
「俺の能力って毒無効化……いいや。」
焼けただれるような痛み、劇薬に顔を焼かれたことを思い出し、今は付いている右腕を摩る。
「それにしても、上手く行き過ぎたな。」
元凶、アズ・ギフトが“反因子”を使う時だけは姿を見せなかった。
レイが違和感を感じたのはそこだった。
この時間軸で“反因子”が使われたのは今を除けば二回。
一回目は劇薬を掛けられる以前、
あの時、酒場に居た客が帰ったのか、何処に行ったのか。
未だに見当は付かないが今になっては確かめる方法も無い。
そして、二回目。
“夢遊の霧”が使われる前、“反因子”の残虐性はそこで知る事となった。
酒場の客が一瞬にして死んでしまったあの光景は今も苦い記憶として
へばり付いて離れない。
この二回とも、使われる瞬間にはアズ・ギフトは姿を見せていない。
ここでアズ・ギフトには“反因子”は通じるのではないか、ということが予想できたのだ。
戦闘中、数が不利なのにも関わらず、この切り札を使わなかったという観点から見ても
この予想は間違ってなかったし、今の現状が証明してくれている。
これが1アウト目。
「胸糞悪い“夢遊の霧”もこいつだけ動けてた。」
他人に都合のいい幻想を見せる“夢遊の霧”という毒。
ハッピーエンドに見せかけて実は死んでましたなんて最悪な夢オチである。
店長に追い詰められた時、アズ・ギフトはこれを使って店長に勝利した。
レイもその猛威に襲われ、夢をみさせられたわけだが。
ここでアズ・ギフトには毒が通じない何かがあると踏んだ。
“あの子”を助ける時に投げた劇薬が命中すれば証明もできたのだが、仕方がない。
これで2アウト。
「まさか、“他言無用”のルールに救われるとはな……」
“詰み直し”の力の一つとして、自分の状態を他人に伝えることは不可能という縛りがあった。
一度は恨んだそのルールだが、レイが注目したのはそこでは無い。
「伝えた相手に起る、不自然なタイムラグ。」
秒数にして2、3秒。“詰み直し”の干渉故か、相手は虚ろに硬直する。
たかが数秒、だがされど数秒。
この数秒が無ければ、アズ・ギフトから“反因子”を奪うことなどできなかったであろう。
これで3アウト。
“詰み直し”にしてはペナルティーのないこの力はこれからも重宝しそうである。
「まあ、他言無用ってこと自体が十分、重大なペナルティーなんだけど。」
レイの異世界能力、“詰み直し”には不鮮明な点がまだまだ多い。
種類としてはタイムリープ能力。
しかし、自分では制御不能。
それに付け加えて発動するたびに“影炎”との逢瀬が待っている。
これは言わずもがな、趣味が悪いとしか言いようがない。
しかし、死を選べば、スタート位置が早まるがコントロールは可能。
そして唯一、目に見える力、“他言無用”。
「RPGかよ。ストックが無くなってゲームオーバーが一番怖いな。」
改めて自分の力を整理してそんな印象を抱いた。
まるで、ゲームのような世界ではないか。
「まあ、一先ず脅威も去ったことだし。暫く、使うこともねえだろうな。」
そう言って、このステージのボスであろう人物の亡骸へと視線を向ける。
「自分の武器で自分が殺されちゃ分けねえよなあ。」
あの子の青い壁の干渉力がどれ程の物なのか、だとか意思疎通がうまくいったことなど
その他、危ない橋は渡ったが、目の前の今は紛れも無く勝利でゲームセットである。
真下に横たわる今は光さえ映していない瞳がこちらを見た気がして背中に悪寒が走る。
蹴り飛ばしてやろうか、と思ったが、理性がレイを留める。
「地獄で十分、反省しやがれ。」
しゃがみこみ、ぎこちない手つきでアズ・ギフトの瞼を下ろした。
それからゆっくりと視線を上げる。
青い壁の向こうには店長と“あの子”が心配そうな表情で様子をうかがっている。
それに笑顔と手を軽く振って答える。
体の底で存在を主張する、託された“詰み直し”が歓喜に打ち震えているのが分かる。
「ステージクリアってか?」
返答は無いが、その代わりに何かを一心不乱に食い漁る。
隔離された空間が再び外と繋がりを取り戻す時には、蔓延していた“反因子”は跡形も無く
消え去っていた。




