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アイビーリライブ  作者: 誉 ロウ
2/21

予測不能な出会い

”有った物の大切さは失った後で気付く”



「どう、いう状況?」


見慣れない町の道の脇に座り込んだ彼は目の前で起こったことに困惑していた。


先ほど通り魔に心臓を一突きにされ、人生を齢18歳という若さで幕を閉じたはずだった。

が、しかし。


「傷もなけりゃ、血も出てない。」


カッターシャツを上げて確認してみるものの、そこには刺突の痕も無ければ、自身の血で真っ赤だったカッターシャツは血痕どころか、汚れ一つ見当たらない。


「そうだ、スマホは……」


右ポケットをまさぐるが、そこに求めた感触は無い。

仕方なく、逆からコンビニで買ったミント味のガムを取り出し口に放り込み。

そのまま、一分ほど噛みながら思考を巡らせる。


「傷、服はどういうことか元通り。持ち物はスマホ、カバンと共に行方不明。持ち物らしい持ち物は、このガムだけっと。」


そう言って味の無くなったガムを包み紙に吐き出して一つ深いため息をついた。

このガムは一口目は美味いが持久力に欠ける。

貧弱気味のガムにもう少し頑張れよ、と包み紙を後ろポケットにねじ込んだ。


彼はこれと言って秀でた才能は持ち合わせていない、凡庸な人間だった。

何かが極端に不得意、ということも無ければ反対に周囲に誇れるような得意も無かった。

運動も勉学も容姿ですら平均的。

一つ、容姿で特徴を上げるのならば、右目が二重で左目が一重。

右半分だけ見れば多少格好は付くのだが、それを完璧に中和する左半分。

このなんとも言えない顔の造形は皮肉にも、

中途半端な自分を象徴しているかのようだった。


「まさかの、まさかだよなぁ。」


そう言って視線を上げる彼をまるで“好奇”な物として見るような視線が四方八方から襲う。


彼がイケメンと呼ばれる部類の人間でも無ければ、好奇の目で見られるほど面白い顔ではないことは先ほど説明したことに誤りはない。


が、それでもなお、そのような視線を向けられるのには理由がある。


その視線を向ける者たちは人であることは間違いない。

が、そこにスーツや学生服に身を包んだ者は見当たらない。


大木すらも真っ二つにしてしまうような大剣を装備していたり、100tと書かれていそうな

ハンマーを彼より細身の女性が担いでいたり、と彼からしてまともな格好をしているものは誰一人として存在しない。

見た感じ、庶民の部類に分けられる人たちの身に着けた服も彼からすれば違和感が凄い。


「コスプレイベントって線は……」


隻腕のいかにもな剣士や、世紀末並みの筋肉をした大男を見てその仮説を消した。

流石になりきりのために腕を切り落とすような馬鹿は居ないとそう判断した。


こうなれば、彼の頭に残った線は一つに絞られる。


「これは、うわさに聞くあれなのか。」


彼は口にもう一つ、ガムを追加して空を仰いでこう言った。


「異世界転生ってやつ、だよな。」


カリッ、と音がして口の中に爽やかな風味が広がった。





彼、雨宮アメミヤ レイは現在18歳の男子高校生である。


彼の性格や歩んできた人生を統計して、彼を表す一言を送るとすれば、

『中途半端』が一番当てはまるだろう。


彼にも、上手くなろうと時間と労力を割いて取り組んだ事があったのは確かなことだが、

才能と彼の気力の問題、その他もろもろ諸事情など話せばキリがないが、

結果、人に誇れるものは出来なかったし、そう自分で解釈している。


何度も改善しようと決心したものの、人の性が簡単に変わるわけも無く、

その時その時で、自分が納得できる理由を作っては辞め、作っては逃げを

繰り返している内に気が付けば何のとりえもない見事な“脇役”が完成したわけである。


そこからは、手が届くものにしか手を出さず、無理を強いられる場面になれば、

何かと理由を付けて回避する。


そんな逃げ腰生活を続けた結果が-----


「通り魔に殺され異世界転生って、俺の引き運壊れてんじゃねえの?」


好奇の目から逃げるように人目の付かない路地に逃げ込み、段差に腰を下ろす。

肉体はまだまだ余力があるが、精神的に疲れたのか地面にあ~、とため息をついた。


「しかし、これはどうやら本当の異世界らしい。」


この路地裏にたどり着くまでに目と耳にした事を鑑みて、

この世界がレイの居た世界とは異なる世界。

つまり、異世界であることは、まず、間違いない。

道は全て石畳で作られており、道の中心にはにはせかせかと

馬車がひっきりなしに行き来し、歩道では果物屋や肉屋などが活気良く商売を営んでいた。


「店の売り文句が聞き取れたってことは会話の心配は無し。けど、文字は読めなかったな。」


店に付けられた看板を一通り眺めたが、一つとして解読できたものは無い。


建てられている建物は木造が主流で、遠目に見た豪邸は石作。

見た感じ、この手の話ではよく見る西洋風の街並み、といったところだ。


「文字が読めない時点で少し不親切だが、こうもお約束が続くと異世界転生モノの話って実話もあったりするのかな。」


作り話の夢物語だと、思っていた名作たちが一気に現実味を帯びだした。


――これを単なる偶然として片付けるには無理があるよな。


「まさか俺の恥ずかしい妄想が見せてる夢?」


そういって頬をつねるがしっかり痛い。

今更ではあるが、夢オチの線は頭から消え去った。


恥ずかしさから一度頭を掻き、目にかかった髪の毛を掻き上げた。

そして脱線した思考をもとに戻し、考える。


――転生直後の状況把握はチュートリアルみたいなもんだからな……


「それにしても本当に実在するとは。“ケモミミ”ってやつ。」


果物屋で赤色の“バナナ?”を買っている女性の頭には確かにウサギの耳らしいものが付いていた。周りの人も特に気に留めていなかったし、イヌっぽい物やクマっぽい物までこの目で目にしたことから、この世界には“ケモミミ”が普通に存在、共存していることは間違いない。


街並み、言語、人。これらを要約するに……


「典型的なファンタジー世界で、時代と文明の発展具合は中世あたり。科学の発展はあるのかないのか不明で、魔法も今のところは目撃していない。人との会話は恐らく可能。しかし、文字は読めないと。人間も俺みたいなノーマル人類から“ケモミミ”族。獣人が共存してて、武器の装備が必要な状況ってことは

戦争か、何かと戦わないといけない状況にある。」


今持てる情報を整理して把握したレイは、一つ大きくため息を零した。


「ここまでは良い。良いんだが……」


異世界転生モノには欠かせない一番肝心なお約束がいまだにレイには起こっていない。


「俺の無双チート能力、どこよ。」


レイの見てきた異世界転生を果たした者たちは皆、『急に見知らぬ土地で生きるのは苦労するじゃろう』と、神様とか、『この世界を救ってください勇者様』と、女神様がチート級の力を与えられてから異世界にほっぽり出されるのが主な流れだ。


「さすがに異世界をその身一つで生き残れ!だなんてまさかそんなことないよな……」


自分の体に変わった様子はないし、内に秘めた力的な物も感じない。


冗談じゃない、と不安をははっ、と笑い飛ばす。


「あれだ、隠された潜在的なやつだな。死の危機に瀕したら覚醒するタイプの。うん。きっとそれ。」


一連の不安を後回しにしてレイは最重要項目へと思考の駒を進める。


「この転生が偶然か、必然だったか。」


これは、これからこの世界で生きていく上で最も重要な事である。

この転生が誰かの手、または神様によって引き起こされた必然の出来事であるなら、

何らかの力が自分に備わっている可能性はぐんと上がり、それに付け加えてこの先の生活、

衣食住が用意されているか、なんやかんやで整う場合がほとんど。


反対に、これが偶然だった場合にはそれら全て無しという状況もあり得ない話でもない。

レイの現在の所持品はガムだけという心もとない状況なのでそれだけは避けたいところ

ではある。あるのだが、


「俺のこの状況、どう考えても“偶然”じゃねえか。」


第一、今思えば、異世界転生した理由も目的も全くの不明である。


「このままじゃ、順風満帆、俺最強物語の始まりどころか、野垂死ぬんじゃね?」


現状把握の結果、絶望的な状況にあるとレイは理解した。

追い打ちのように、ヒューヒューと風が不安を煽ってくる。


「冗談じゃねえよ。俺に何やれって言うんだよ。」


心なしか、このタイミングでお腹もすいてきた。


「なにか、食い物は……」


確認したばかりだが、すべてのポケットを探るが、あるのはやはりガムのみ。

はあ、とため息をついて泣く泣く、口に放り込んだ。


「加えて無一文、か。」


元の生活に、衣食住に何一つ心配の要らないあの生活に戻りたい、と心から願った。

この中途半端な人間に一から異世界生活を強いるなんて神様がいるのならなんて心の無い、

意地悪な神様だろうか。


異世界に来てまだ小一時間も経っていないが、“一寸先は闇”のこの状況にレイの心は

早くも折れかけていた。


「せめて、超絶美少女のヒロインだけでも欲しかったな……」


そう呟きながらただ頭を垂れる。


「もし、“願いが現実になる”とかそんな能力だったら楽だった、いや。最強か。」


先の見えない状況からくだらないことを考えて気を紛らわしていたレイだったが、不意に視線を上げる。原因は音。


「まさか、本当に美少女が……」


レイ以外、人がいないこの路地裏に真っすぐ誰かが歩いてくる。

恐らく、男。ローブを深くかぶっているせいではっきり断定することはできないが。


「なんでこんな路地に?後ろは行き止まりだし、こんなところに用なんて……」


疑問が頭をよぎるが、はっと目的を悟った。


「強制戦闘イベントかよ」


――マズい。


空手なら習ったことはあるが、

あれは実践には不向きなうえに、レイはかじった程度の実力しか持ち合わせていない。

いかにもなこの世界の人に襲われでもしたら負けは確定だ。


――でも、俺と同じくらいか?


ビビりまくっていたレイだったが、歩いてくる男の体格を見て僅かに気力を取り戻す。

右手を体の後に隠し、地面の砂利を静かに拳に握って立ち上がった。


――なにかされそうだったら、これをフードの中にぶち込んで逃げてやる。


「こんな不親切な世界のイベントに付き合ってなんてやるかよ。」


握りこんだ砂利をカモフラージュするために、普段とは逆の左半身で空手の構えを取る。


レイの準備が終わるとほぼ同時にローブの男は2、3メートル前で足を止めた。


――来るなら、来やがれ。一歩でも動いたら先に砂利をお見舞いしてやる。


秒数にして10秒足らずの時間だが、張り詰めた空気を破ったのはローブの男だった。


「お前、右利きだろ?あとその右手に握った砂利、危ないから捨ててくれ。」


「なっ、」


しばらく、頭が動かなかった。

自分の狙いを利き手まで看破されたからではない。

いろんなことが起こったこの日の中で一番の衝撃が頭をぶん殴ったからだ。


「おまえ、なんで、その声?」


レイの右手から砂利が落ちるのを見て男はフードを取った。


「一人で心細かっただろ。雨宮 玲くん。」


そこには一重の左目をウインクする自分がいた。



:0人目:


初感想をいただきました。

嬉しくてガッツポーズしました。

ありがとうございます。


さて、レイの異世界生活の第一村人は何と、自分自身でした。

もう一人のアメミヤ レイは何故、どんな目的で現れたのか。

次話、必見です!



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