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アイビーリライブ  作者: 誉 ロウ
13/21

ゲシュタルト崩壊

”どこからどこまでが本当なのか”

異様な光景だ。

人の死に関わる事など、前の世界で言えば、

小学生の時に好きだったおばあちゃんを結核で失くして以来の事。

自分の死を論点から外せば、となるが。


ともかく、好きだったおばあちゃんの葬式は記憶の濃度が薄いレイにとって一番辛い記憶

である。感情が留められずに涙が際限なく溢れたのを覚えている。


しかし、目の前に広がる景色には酒場に居た客、店長を含めた30人近くの人間が地に伏し、

立ち上がる気配はない。


いったい、どれほどの人がレイと同じ思いを味わうことになるのか。


「あら、なぜお兄さんは立てているのかしら?」


この情報を作り出した張本人、元凶の声がする。

“あの子”の曲がることを知らない声とは真逆、その声は歪みながらレイの耳に届いた。


不快な声に、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながらレイはその声に視線を向ける。


「ここで、来るかよ。」


視界に映ったのは、口角を愉悦に上げ妖艶に佇む女性だ。

その矮躯は、人ひとり殺すどころか傷つけることすらも叶わないだろうといった

印象をレイに抱かせる。


距離は目測で数メートルほど。今すぐ飛びつき、組み伏せられないかと考えたが、

頭を振り、考えを破棄する。


「あら、賢明な判断。正しいわ。」


黒いドレスを靡かせながら、女性はレイの判断を正解と評価する。

この矮躯な体で、これほどの人間をどうやって一息に屠れたというのか。


「綺麗な花には棘、いや。毒がある。」


その答えを言い換えて口にする。

毒使いの“お姉さん”、三度目の初めましてだ。


「あら、手の内はバレているってことなのね。お兄さんは同業者かしら?」


自分の武器を早々に見破られたのにも関わらず、その声には幾分かの余裕を孕んでいる。


「同業者だなんて親父ギャグより寒い冗談はやめてくれ。」


「あら、残念。」


冷や汗が体を伝うのを感じながら、レイは背中に隠れた手に木樽を握る。


――心もとなさすぎるがこれで何とかするしか……


「いや、むしろ好都合かしら?」


そう言って朧な瞳がレイを見据える。


「クッソ、これでもくらえやあ!」


半ばヤケクソに手に握った木樽を耳の後ろに持ち上げ、振り下ろす。

コントロールは完璧。


――当たる。


最低限の動きで投げられた木樽は、これまた最小限の動き、

体を二足分ほど横にずらして楽々と回避させられる。

その直後、固い壁に当たり、木樽がバラバラに壊れながら落下する。


「スムーズな動き。運動神経が良いのね。」


「人並みには出来てもそれ以上は絶対行かねえけどな。」


今の投擲の速度がプロ野球選手並みであったら命中してたかもしれない。

しかし、レイのはなったスピードは百を超えていたことすらも危うい。

回避されて当然だ。


「一つ、質問していいかしら。」


「嫌だと言ったら?」


「貴方も酒場の床に這いつくばってもらうことになるわね。」


ふふっ、と笑いながらさらっと死刑宣告を突き付ける。


「クソ、何だよ。」


「それも賢明な判断よ。時間稼ぎするのも無駄なのだけど、正解。正しいわ。」


時間を稼げば、この世界の警察、騎士辺りが助けに来てくれるのではないかという

考えをあっさり看破される。

反論の余地なく、沈黙で返すと“お姉さん”が口を開いた。


「じゃあ質問、お兄さんは、何故立っているのかしら?」


手に空き瓶を持ち、それを手首で揺らした。


――あれは、


その空き瓶には覚えがある。

一回目で“あの子”とぶつかった時に道路に落ちたものと同じものだ。


「立つも座るも、何んともねえからな。それ、不良品じゃねえの?」


「へえ、色男に磨きがかかる返事だわ。」


「ゾッとするからやめてくれ。」


実際、今にも逃げ出したいし叫びたい。

それをしないのはただ単に死に向かっていくようなものだから。

僅かでも希望があるのなら、それに縋るべきだ。


「もしかして、お兄さんあの方たちと同じ、“悪魔”に選ばれた人間なの?」


「は?」


言葉の意味単体は理解できる。が、それらで構成された言葉の意味が分からずに頭に不可解だけが浮かび上がった。


「お方たちって、まるで人を敬うように言うんだな。」


不可解な分の中でも不相応な部分を問う。


「そう、そうなのよ。」


ふと、“お姉さん”の瞳が激しく揺れる。

体を震わせ、恍惚の表情を浮かべるその様に、何か地雷を踏んだと理解する。


「この毒は“反因子”を模倣したモノを軸に作ったの。それをまともに受けて何の以上もきたさないのはあのお方たちだけ……!!」


人の死にすら感情を震わせない“お姉さん”が嘘のように感情を剥き出しにする。

それを見てレイは理解した。


“お姉さん”に感じた、オカルト宗教員のような気配。

虚ろなその瞳が映し、縋っているのはあのお方達に間違いないと。


「しまっ、」


考えに気を取られている内に、レイの眼前まで“お姉さん”は迫っていた。

レイ自身、気づいていたが反応できなかったことを感じるのはこれが初めてだ。


「私の毒で死なない人達なのよ?これほどに興味深くて、不思議なものは無いでしょう?ねえ、ねえ!!」


目の前で狂ったように自分の価値観を投げつけてくる。


「お兄さんはそれと同等、いや。新しい発見という観点から見ればそれ以上の価値があるわ!!!」


息を荒らげ、頬を火照らせるようにして言葉は止まらない。


「本当はこの場で始末しなくてはならない契約だけれど、私の毒で殺せないんだもの。致し方無い、ええ、しょうがないのよ。仕事を粗末にしてはいけないし、連れ帰って体の隅々まで調べて、調べ尽くして……」


最早、レイが聞いていることなど関係の無いことだと言わんばかりに。


「殺してあげる。」



「しゃがみなァ!」


その声が聞こえてきたのはほぼ同時の事だった。

死という運命が待ち受ける穴に落とされた自分の頭上に一本の糸が垂らされたのだ。

レイは迷いなくその声に従ってしゃがみこむ。


「フッ!!」


力がこもった声が後方からすると、スピードに乗った酒瓶が“お姉さん”に迫る。

レイに当たらないギリギリの神がかり的なタイミングで襲う酒瓶は、さながらコントロールも完璧、それ故に一撃決着も十分あり得た攻撃だった。


しかし、“お姉さん”はその攻撃を見るや否や、素早く足を横にさばいて回避する。

何という完璧な対処。その後、背後の壁に行く手を阻まれた酒瓶が派手な音を立てて粉砕する。


「あら?」


しかし、視界が悪くなったせいで、反応が遅れたのか右頬に一直線に傷が伝い、血が滴った。


「おかしいわ。貴方は死んでいたはずよ?」


右頬から口に伝った血を舌で掬い取りながら首を捻る。


「奥の!手を!使わされたよ!」


問いを投げかけられた人物は、避けられたことに驚く暇も無いと言いたげに次々と投擲を繰り返す。致命傷級の暴力と化した酒瓶が同時に幾つも襲い掛かる。


「ふふっ、」


しかし、“お姉さん”の表情には依然、余裕の色が見られる。

襲い来る酒瓶を跳ね、舞い、踊りながら躱していく。

背後の壁で砕け散る酒瓶の音と相まって、その様子はまるで踊り子のよう。


「何ボーッとしてるんだい!今のうちにこっちに来るんだよ!!」


あまりの華麗さに、戦闘中であることを失念していたレイは

その怒号に、この戦闘の意味を理解する。


「わ、悪い。俺が逃げなきゃ意味ねえよな!」


幸い、酒瓶の弾幕に押されている“お姉さん”との距離は取れている。

レイは攻撃の邪魔をしないように匍匐前進で這うように前方に進んでいく。


「行かせると思う?」


そう言った“お姉さん”は隙を縫ってナイフを投擲してくる。

回避しながら放られたにしてはコントロールが完璧、匍匐前進中のレイにはよける術は無く、ふくらはぎ目掛けて一直線。


「甘く見られたもんだね!」


その直線上に投げられた木樽が割込み、身代わりとしてナイフの脅威からレイを守る。


「そこから走りな!!」


その指示に、間髪入れずに従い5メートルの距離を全力で駆ける。

カウンターに手を掛け、体重を乗せ飛び越えた。


「あっぶねえぇ。」


すぐさま内側に身を隠すと、レイが通ったところをなぞるように壁にナイフが突き刺さった。


「リアルに蜘蛛の糸だったよ。助かったぜ、エリさん。」


爆音で鳴り響く心音をそのままに、この窮地を救ってくれた恩人に感謝を述べる。


「全く、ギリギリだったよ。運がよかったねぇ。」


そう言って手の平を振る店長の後ろには

棚一杯に敷き詰められていた酒が一本も残っていない。

軽く見積もって三十は下らない量があったはずだが、

それをこの一瞬で投げることが可能なのか。

それにこの量を最初の不意の一撃以外全て無傷で避け切った“お姉さん”も底が知れない。


「全く、付いてるのか付いてねぇんだか。」


一度、頭を掻きむしって浮き上がった精神を鎮める。

要らない情報は捨て置く。

この盤面で俺はどう動くべきなのか、それだけに頭を使え。


「エリさん、分かってると思うが敵は毒使いだ。しかもこの人数を一瞬で殺すほどの猛毒を持ってやがる。使わせたらアウトだぜ。」


分かってるとは思うが、一応敵の特徴を告げておく。

正直、エリさんが最後の希望だ。


「そんな不安な顔しなさんな。知ってるんだろ?私が元騎士団長だってこと。」


そんなレイを見かねてか、店長がカウンターを軽々と飛び越えてそう言った。


「借りるよ。」


手前で倒れていた騎士にそういうと、傍らに落ちていた剣を手に取った。


「準備はできたのかしら?」


一連のやり取りを傍観するように見ていた“お姉さん”は、欠伸を上げ、毛伸びする。


「大人しく待っててくれるなんて、気でも狂ったかい?」


「隙なんて微塵も無かったわ。だから待ったの。でもおかげで“とっておき”が使えそう。」


向かい合った二人は軽く言葉を交わしている。

恐らく、その言葉には薄っぺらい物しか存在していないだろう。

闘いの火ぶたを切る何かが必要なのだ。


「毒使い、アズ・ギフト。」


――アズ・ギフト。


初めて名を名乗った“お姉さん”からは、余裕など一切感じない。戦闘態勢に入った、と

初心者のレイでもわかるほど、明確な違いがあった。


その様子に、店長も一度大きく息を吐き、剣先をアズに向け同じく自己を述べる。


「酒場の店主、エリザベス・ローゼ。」


空気の濃度が上がってゆく。

静寂だけが満ちた酒場に、一切の隙を見せずに佇む二人。

一秒一秒が重いこの空気を打ち破ったのは、店長だった。


「行くよ。」


そういうと、店長の巨体がブレた。いや、人の目で捉えることの出来る最高速を超えて加速、

真っすぐに敵目掛けて突っ込んでいく。


「屋内でそれは不正解ね。」


その動きを読んでいた、と言わんばかりにアズは椅子を掴むと軽々持ち上げて放り投げた。


「こんなの私の妨害にはならないよ!」


眼前に迫った椅子を剣で一刀両断、一瞬にして椅子は原形を忘れ、木くずと化した。


「ふふっ、お返しね。」


その様子を見て、身近にあるもの全てを投げつける。

木樽、皿、ナイフ、椅子。次々と酒場にあるものが店長を襲う障害になるが、

それらを一切避ける事無く切り伏せ、叩き落とし、完封した。


「あら。」


店長を中心にするようにして残骸が広がり、巻き上がった粉塵で視界が悪くなる。


「準備はいいかい?小娘。」


最後に飛んできたコップを片手で振り払い、









剣先を向けて今度は店長が問う。これは最後の警告。何の準備かは言わずとも明白。


「ええ、しっかりと準備は出来たわ。」


間髪入れずに、アズがそう返す。

視界の悪い中、店長の巨体が加速、表す言葉を用いるとすれば、一閃。


「取った。」


レイの口から自然と言葉が漏れ、

最高速に乗せられた刃が横からアズの体を一振りに屠った。


僅かに聞こえた断末魔と、水の中に身体が倒れる音が勝利を確信的な物にする。


「お、おっしゃあ!」


「勝った?勝ったんだよな?」


あまりの呆気なさに、確信を得てもなお心配がぬぐい切れない。

何か、確実な。信用できる言葉が欲しい。


「ああ、勝ったよ。全く、何てことしてくれたんだい。小娘。」


「あ、」


しかし、帰ってきた言葉には嬉しさも勝利の愉悦に浸るような印象は微塵も感じなかった。


喜びはつかの間、ふと足元を見れば三十余りを超えた死体が転がっている。

元凶を仕留めてとはいえ、大はしゃぎする気にはなれなかった。


「いや?」


店長が何かに気が付き、倒れた一人の客の胸に耳を当てる。


「まだ生きてるじゃないか!!」


「本当か?エリさん!!」


「ああ、まだ心臓は動いてるし、微かだが、息もある!」


その声に釣られてレイも近くに倒れた男の胸に耳を押し当てる。

そこには確かに、命を刻む音が聞き取れた。


「人手がいるね、これは……」


幸運とは、これほどまでに重なるものなのか、店長がそう言った瞬間、

カラン、と来客を告げる鐘の音が鳴り響いた。


「エリさん!何かあったの?」


急いできたのか。

頬を朱に染め、息を途切れ途切れに酒場に駆け込んできたのは紛れも無い“あの子”だった。


「嘘、だろ?」


こんなあり得ないことが起こって良いのだろうか。

いや、今まで困難な事ばかりあり得ないほど連続してきたじゃないか。

逆に幸運が連続したところで何もおかしくはあるまい。


心配事が一気に回収できて、気が抜けたのか、その場に座り込む。


「へへ、とにかく、掴んだぜ。四回か、長いような、短かったような。」


月の光が酒場に差し込み、酒場を明るく照らす。


まるで卒業式にでも出ている気分に浸りながらその光景を見つめた。


――ああ、頑張ってよかった。


この気持ちをゆっくり味わうために瞳を閉じる。


今はこの光景が見れただけで十分だ。


「よし!後は酒場の客全員助けてハッピーエンドといこうか!!」











「はい、お眠のお時間はおしまい。」


意気揚々と、ハッピーエンドに向けて立ち上がった

レイの耳に届いたのはあるはずのない声。


その声を引き金にするように世界が一つ、また一つと剥がれてゆく。


「な、んで。」


あの子も、奇跡的に生きていた客も、月夜に照らされる酒場も。

全てが瓦解し、崩れ、風にさらわれて消えてゆく。


「嘘、だろ?」


二度目、いや。レイは初めて力が抜けその場に座り込んだ。

目の前に佇む黒のドレスを靡かせる女性は酷く歪んだ笑顔でこう言った。


「おはよう、お兄さん。」


死の気配だけが漂う酒場に、死神が嗤って佇んでいた。


今回も今作を読んでいただき、ありがとうございます。

一度、データが吹っ飛んでしまったので今日の更新となりました。

何卒宜しくお願い致します。

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