決意と作戦
”三度目”
ゆっくりと瞳を開ける。
感覚としては寝起きのそれと似通ったものを感じる。
しかし否、それは睡眠からの覚醒ではない。
胸に灯った炎はじわじわと熱を持ち、鼓舞するように体に広がっていく。
――大丈夫だ。
一度大きく息を吐いて振れる感情を凪へと鎮める。
「よう、陽炎。」
一面、黒だけが広がる世界に寂しそうに佇む“影炎”にそう声を掛けた。
それは動揺か挨拶の返答か、“影炎”が一度、大きく揺らぐ。
「ははっ、ビビってねえ俺がそんなにおかしいか?」
嘘、ハッタリ、やせ我慢である。
心臓は絶えず最大音量で警告を鳴らし、
体のいたるところから噴き出す冷や汗が今すぐに逃げろと如実に訴えかける。
血の通った感覚は無く、膝は震え、顔は青ざめているだろう。
しかし、逃げない。
指の爪を手に食い込ませて恐怖を痛みで誤魔化し、口で虚勢を張る。
「どうした?早く来いよ。」
想定外もいい所だ。
一回目と二回目は獲物を目の前にした肉食獣のように襲い掛かってきたのに、
今は、僅かに揺らぎながら佇むだけ。
「手ごろな餌が目の前で食べて良いですよって無防備晒してんだ。飛び掛かって食うか、なんとか言うかどっちかしろよ。」
『………………』
「答える口がねえのか?」
『………………』
「悪いけど、優雅な午後のティータイムには付き合えねえぞ。時間が無ぇんでな。」
「余裕もねえ。」
最後の一文を聞えぬように呟く。
“影炎”は只、黙って揺れるのみ。
返事も動く気配すらないその様子にレイの気持ちは速度を上げて逸る。
「もういい、さっさと戻しやがれ。」
『………………』
張り詰めた虚勢もそろそろ限界だ。
崩れ、醜態を晒す前にと、レイは声を尖らせる。
「戻せって言ってんだよ!俺は“あの子”に恩を返さなきゃなんねぇんだ。お前に、お前なんかに構ってる暇なんてねえんだよ!!」
『!!!!!』
怒号に握りしめた手に力が入り、食いこませた爪から血が滴った。
一瞬、それに気取られるが、今はそんな場合じゃない。
「おいなんとか……」
後続の言葉は音も気配も無く目の前に現れた“影炎”によって遮られた。
激しく、何かを訴えるように激しく揺らぎ、空間を歪める。
叫びたい、と訴える心を唇を噛んで無理やりに抑え込む。
「肉食獣に食いつかせるには血が一番ってか?」
痛々しく血が流れる自傷の後を見ながら皮肉に口角を上げてそう呟く。
後は目を閉じ、呑まれる感覚に歯をくいしばって耐えるだけ。
そうすれば、もう一度、いや。
「何度でも、詰み直してやる。」
そう呟いたレイの意識は“影炎”に呑まれて掻き消えた。
カラン、と来客を告げる鐘の音が最初の感覚としてレイを揺すり起こした。
目を開くと、店長の魔の手が自分を鷲掴みにせんとばかりに迫ってくる。
「っと、あぶねぇえ!!」
体を無理やりに捩じって椅子から滑り落ちるように回避、その直後手が空を切る。
――これはスネーク大先生で培った俺の華麗な受け身がばっちり決まって……
ゲームで妄想の限りを尽くした受け身を見事に失敗する。
「ぶっ!!」
顔面から見事に床に突っ込んで派手に口付けを決める。
ジンジンと伝わる、ある意味正常な痛みに戻ってきたと実感しながら、
目的を持って起こした行動の是非を視線を入り口に移して確認する。
「よし。」
目の前の状況に驚いているのか、“あの子”はドアの前で立ちぼうけ。
これで彼女がレイを助けるルートは別ルートに変わったはず。
――天才でもない俺がいくら頭を使ったところで打開策は出てこないし、攻略法も見つからないまま、トライアンドエラーを繰り返すわけにもいかねえ。さすがにあれを繰り返すのは精神面でよろしくないからな。
「へへっ、よく叫びださなかったぜ俺。」
自画自賛をしながら鼻を擦りながら上体を持ち上げる。
途端、背後にただならぬ気配を感じて振り返った。
「へえ、お兄さん?叫びだしたくなるほど嫌だったってことかい?」
そこには、まさしく般若のように顔を変化してこちらを見下ろす巨体、店長が。
「有無を言わせないその存在感に、頭地面に擦り付けたいところなんだけど……」
――こんなの、“影炎”に比べたらまだマシだ。
「言っただろ?聞きたいことがあるって。話はそれからだ。」
顔面受け身の影響で、垂れてくる鼻血をすすりながらそう言った。
――どこまでもまあ、カッコ付かねえなぁ。
唖然と驚きの色に満ちた酒場でレイは打開策の一歩目を踏み出した。
「お兄さん、アンタ中々骨があるじゃないかい。」
目の前でレイをマジマジと見つめる店長。
酒場の注目を思いのほか浴び、とりあえず場を収めるのが先決だと促した後、
それぞれが自分の席に意識を戻して暫く、
追加で頼んだ“ファジー”というオレンジ風味の
飲み物をちびちびと口に運んでいると店長が目の前のカウンターに腰を下ろし、
レイをそう評価する。
「普通だったら素直に喜べたかもしれないけど、エリさんだからどうも素直に受け取れねえ。」
当人のレイは苦笑いを浮かべ“ファジー”を口に運ぶ。
程よい酸味と甘みが爽やかな味わいは、例えるならオレンジとレモンといったとこ。
「何か棘のある言い方だねぇ。それにその呼び名、どこで聞いたんだい?記憶力には自信があるけど、お兄さんはまだ……」
「あ、あ~入り口、そう入り口で聞いたんだよ。店長への親しみこめた呼び方って町に一軒はある地元民に愛された老舗店勘が出てとてもいいと思うんだよ、俺的に。」
痛い所を付かれ、会話が詰む前に即席で話をでっち上げる。
ここ一番でのあがり症は今後の課題だが、発動具合はさしずめ小。
話しのつじつまはあっているはず。
「嘘を付いているようだけどあまり深く詮索はしないわ。その呼び方で構わないよ。そう呼びな。」
「やけにあっさりだな。そう来られるとなんか拍子抜け……」
「伊達にこの店の店長やってないんだよ私は。この店にはいい意味でも悪い意味でも色々な人が来てくれるんだ。経験があるからこそ、聞かないのさ。」
「はは、流石、だな。」
「そうだろう?」
動揺の色を隠しきれないレイに店長は淡々と追い打ちを掛けない理由を述べる。
飲食店で成功する秘訣を教えてもらったような気がして、
将来機会があればと言葉を記憶に焼き付ける。
切り替える意味も込めて、グイっと残りのファジーを喉に入れ込む。
気合の意味合いも込めて、テーブルに派手に音を立ててグラスを置いて、言葉を吐き出した。
「エリさん、お願いがあるんだ。」
「あら、聞きたいことじゃなかったのかい?」
レイの条件の繰り上げに少し顔色をしかめる店長だったが、
どうやら話は聞いてくれる様子。
想定の中でのまずまずの反応に、レイはニヤリと口角を上げる。
――ここからはアメミヤ レイに頼りきりの賭けだな。
「これで、護衛を頼みたい。」
そう言いながら、テーブルの下から小包を店長の前に突き出す。
店長はそれに眉一つ動かすことなく、小包とレイの表情を見比べる。
その圧迫的な視線に、小袋を握ったまま動けずに返答を待つ。
「私が、元王国騎士団団長と知っての頼みかい?」
貫くように炎のように赤い瞳が見つめる。
その視線に喉が渇き、手汗が滲む。しかし、小袋を握った手に再度力を込める。
「ああ、知ってて、だからこその頼みだ。これじゃ少ないどころか笑って店追い出されるレベルの金額かもしれないけどあいにく手持ちがこれだけで……」
「ああ、分かったよ。」
「想定通りの断わられ方だけど、これだけは必用……ってええ?」
断られた時用にと日本人の和の心が生み出した最終兵器、土下座もいとわないレイの考えをこれまた拍子抜けするあっさりさで引き受けた店長に目をパチクリさせてアホ面を晒す。
「なんだよ、私だけじゃ不服かい?」
「いやいや、ソシャゲのガチャで来るとも思ってなかった目玉引き当てた時並みに驚きと喜びに打ち震えてるよ。」
「さっきから思ってたんだけどその表現、独特だねぇ。お兄さんもしかして大陸の外から来た人間かい?」
「テンプレに従うと東の島国ってとこからだな。」
ひそかに、夢見ていたお約束の件が出来て小さい達成感が僅かに身を喜ばせる。
しかし、今はいわば商談中。愉悦に浸っていてはせっかく取った商談も撤回されかねない。
「東の島国ねえ。」
思い当たる節でもあるのか、記憶を探るように思案する店長に気になりつつも、
次へと話を進める。
「で、護衛対象の話なんだが……」
「おや、お兄さん自身の事じゃなかったのかい?」
「ああ。」
手に握った小包を店長の方へと押し出して手を放す。
しかし、店長はそれには目もくれずに話を真摯に聞いている。
社会で成功する人ってこういう人なんだろうな、と尊敬の念を感じながら、
レイは先ほどまで空席だった隣の席の人物に目線を写す。
「この子の護衛を頼みたい。」
「ひぇっ、!」
ガタッ、と座る椅子を跳ねさせ、音を外した楽器のように声を上げ、分かりやすく動揺する。
その様にこらえきれずに笑みがこぼれる。
「いや、想定はしてたけどそれを君ですら超えてくるって、俺の物差し短すぎねえ?時代ってか世界の波に乗り切れてねえ。」
隣に座った常連客、紺木梗をその双眸に宿し、身も心も雪のような印象を受ける美貌の持ち主、なのにもかかわらず世間から“悪魔”呼ばわりされる彼女。そして何よりレイが返すべき大恩を受けた“あの子”。
「だけど……」
ローブに隠されたその顔立ちがレイに決意を新たにさせる。
同時に、死に際の彼女が映り、被る。
剥がれぬ記憶が、確かにあった現実がこの後、彼女に起りうると分かっている。
だから、
――絶対に死なせねえ。
心を自分で鼓舞するようにもう一度目的を中で唱える。
「俺は君の味方だよ。」
レイは、今自分にできる精一杯の笑顔を作り、微笑んだ。
どうしても、頭に焼き付いて離れない彼女の死を目の前にいる彼女に悟られてはいけない。
あの世界でもらった恩を返すのだ。こんなところで自分すら制せない奴にどうやって彼女の運命を変えられようか。
そう不自然に笑むレイを、紺木梗の瞳はじっと見つめていた。
:四人目 敵を見定める
今回も今作を読んでいただき、ありがとうございます。
明日も登校しますのでよろしくお願いします。




