”詰み直し”
”綺麗な花には棘がある”
カラン、と来客を告げる鐘の音がレイの思考に割り込むようにして入ってきた。
自分の手の平を見つめ、にやけていたレイは下を向き、慌てて手を後ろに隠した。
お礼を言わなければ、と、ろくに考えていなかったお礼の言葉は文構成がめちゃくちゃ。
支離滅裂な言葉を吐き出した後、返事が無いことを不審に思い、顔を上げると、
驚きと疑問が同時にレイの脳内をぶん殴った。
露出狂と言われても仕方ないほど、布面積が少ない黒一色で作られたドレスに一切見覚えは無い。しかし、その虚ろな視線と大人びた風格は忘れては居ない。
レイの年頃に留まらず、男子の中でコアな支持を集めるいわゆる“お姉さん”という属性に
分類される彼女は、不思議に表情を染めながら言葉を口に出した。
「店長さんは居ないのかしら?」
舌なめずりをしてこちらを見据える美人のお姉さんは、一回目で今も寝こけている彼女
と道でぶつかった人物だ。その右手に下げたバックも記憶と一致する。
「なんで、ここに……」
この能力に、歴史の強制力が働いているのはほぼ間違いない。
彼女の繰り返していた言動がそうと教えてくれた。
一回目では道の酒場には近寄ってなかったはず。何故今ここに。
「あら、お兄さん私の事を知っているの?」
薄い光しか宿していない、灰色の瞳がじっとこちらを見つめる。
つかみどころのないその瞳にやりにくさを感じて、一感覚置いてから言葉を出した。
「俺の事、覚えてないのか?」
「う~ん。」
唾を飲み込み、目の前のお姉さんに一石二鳥の質問を投げつける。
肯定なら、タイムリープが確定し、否定ならほかの能力だということが知れる。
レイの質問に、人差指を当てて思案顔のお姉さんは暫く色っぽく記憶を探る。
「ごめんなさい。お兄さんみたいな色男を忘れるなんて私、ダメね。」
「いや、良いんだ。忘れられる俺の方がどっちかと言えば悪いだろ。それに、確かめたいことも確かめられた。」
そう言ってにやけ顔を浮かべるレイを見て、再度、人差指を口に当てて首を傾げた。
「確かめたいこと?」
「ああ、こっちの話だ。気にしてくれなくていい。」
「何か悩み事?お姉さんでよければ……」
そう言って歩み寄ってくるお姉さん。
薄暗い路肩では実力を隠していた色気という武器が存分に発揮され、視線を合わせられずに思わず、右下を見る。
「どうしたの?」
そんなレイの様子を不思議に思ったのか、優しくレイに問いてくる。
木造の床が軋む音が聞こえながら、こちらに近づいてくるのが分かる。
声音が甘い、そう思ってしまうほど彼女の音は艶やかだ。
「いやその恰好、彼女居ない歴=人生の俺にとって目に毒で、こうしなきゃ俺の健全な男の子的な反応が抑えきれなくなって……」
「ふふ、可憐な物には毒がある。可愛いのね。私は構わないけど?」
その言葉に面を上げたレイを品定めするように舌なめずりをする。
その光景に、レイの顔は最上級に赤くなる。
――この世界、童貞一人狩るごとに寄付金でも貰える少子化対策でもしてんじゃねえかってくらい優しいな……
一度目の店長然り、今のお姉さん然り。
一度目は勿論論外だが、少し頭がおかしそうなところに目を瞑ればお世話になるのも
良いんじゃないか?
そんな思考が頭をめぐり、心臓が脳内に響き渡り、舌唇を噛みながら鼻息を荒くする。
目の前で、白く細い脚が視界に止まり、それらはタカが外れたように暴走する。
「お兄さん、お名前は?年はいくつ?」
「雨宮玲、18歳。」
「うふふ。素敵、素敵ね。」
脳内が沸騰し、聞かれたことに最低限のことで返事しかできない。
まさに脳内ピンク一色となったレイの耳元に
とどめを刺すように恍惚を帯びた声音が響いた。
「貴方はどんな声で悲鳴を上げるのかしら?」
「は?」
ぞわっと全身が総毛立ち、悪寒がレイをかき乱した。
レイが不安でお姉さんの方向を見ると、優しく笑いかけている。
――なんだ勘違いか。
「えいっ。」
ほっと胸を撫で下ろした瞬間、やけにおどけた声が聞こえ、目の前が青に覆われる。
「ぶわっ、なんだこれ!?」
感触からして掛けられたのは液体か。彼女の手には空き瓶が握られている。
顔に付けられた液体を反射的に手で拭う。
「何してんだよ……?」
「少し、反応が遅かったかしら。」
思案顔でレイを見つめるお姉さん。
その虚ろな瞳が激しく揺らめいている。
「何が……?」
ゴトッ、と何かが手から床に落ちる音がして自然に床に視線を送る。
――何か握ってたか俺?
記憶には無いが、音はした。ならば握っていたのだろう。
落した何かを拾おうと椅子の下に手を伸ばすが、
違和感が酷く邪魔をして何度掴もうとしても感触がない。
「おい、何しやがった。」
拾うのを諦めて、恍惚の表情に顔色を染め、レイを見つめるお姉さんに向き合った。
「ああ、素晴らしいわ。この分量で調合すれば気が付かないのね!!」
頬をに朱に染め、訳の分からないといったレイに、床の方を指さした。
「嘘だろ?おい。」
それに釣られるがままに視線を向け、全身から血の気が引く音を聞いた。
驚愕に震えながら、何度も、落としたものと自分の腕を交互に見やる。
――右手が、取れた。
「て、手があぁアア!!」
“熱い”そう認識した瞬間、焼けるような痛みが顔面を襲った。
「あぁぁぁぁ!!熱、痛いアアあぁ」
「認識が及ぶと痛みは感じるのね。」
のたうち回るレイを構いもせず、様子をじっと観察して
手提げから手帳を取り出して書き込んでいく。
「でも、おかしいわ。私のとっておきで意識は失わなかったのに、劇薬は効くなんて。やっぱり、“反因子”の完全な模倣には難しいのかしら。」
「この子も辛うじて息があるのだし、不完全もいい所ね。」
テーブルに突っ伏した彼女を横目で舐るように見てそう言った。
――熱い痛い熱い痛い熱い熱い熱い熱い!!
痛みで暴れるレイの体が、椅子の一つをなぎ倒した。
ゴン、と何か重さを有したものが、床に逆らわずに落ちてくる。
「ああい、ああい!ああいいい!!!」
口が言うことを聞かなくなり、焼けるような痛みが針を刺すような痛みに変わる。
劇薬が触れた部分に床が擦れると痛みで体が反応して暴れ、また擦れる。
その地獄のような繰り返しにのたうち回り続けるレイに、
興奮冷めやらぬ表情でしゃがみこんで語り掛ける。
「まあ、やっぱり。あなた凄いわ。普通の人ならもう痛みで耐え切れずに死んでるのに。耐性でも持ってるのかしら?生きたサンプルが欲しかったのだけれど仕方ないわ。あなたの手、貰っていくわね。」
痛みで、頭が覆われているレイに言葉は届かない。
その様子を見てレイの右手を手提げから液体の入った瓶を取り出すと、
持ち上げ、一度舌で転がして瓶の中に入れた。
「まあ、おいしい。」
コポポ、と気泡が上がり、うっとりとそれを見つめると栓をし、手提げに大切に仕舞った。
レイの苦痛に満ちた叫び声すら、小鳥のさえずりと言わんばかりに
軽やかな足取りで出口へと向かう。
ふふ、と最後に笑いかけ酒場のドアに手を掛けて振り返ってこう言った。
「ああ、お兄さんの横に倒れているその子も、店長も客も全員まとめて殺してあるから安心して?」
カラン、と鐘が鳴る。
「よかったわね。あなたは一人じゃないわ。」
そう言って、酒場のドアは閉められた。
何分、何時間、何秒、経っただろうか。
意識が飛びかけては、痛みが連れ戻し、連れ戻してはまた飛びかけてを繰り返す。
熱くて、痛くて、刺されて、擦れて、擦り切れて。
床の木を自分の血で赤く染めて、広げていく。
「ああ、いあい。」
ついに体から感覚が無くなり、無限と思われた地獄から脱出する。
重く、鋭い痛みがまだ絶えず襲うが、抗う術も無くただ地面に伏す事しかできない。
右目は完全に視力を失い、辛うじて残った左目もぼやけた光を写すだけ。
「いあいいあいいあいいあい。」
喉が、声を絶え間なく発する。
死ぬしかないレイに身体はまだ生きろ、と声に出すことで痛みを和らげようとする。
「いあい、いいい。」
左目の視界が揺れてぼやける。
それは一粒の雫となり、頬を伝って零れ落ちる。
「いいあうあい……」
死にたくない、と口に出し、残る希望に全てを掛ける。
レイがすぐに死ななかったのは縋るものがあったから。
“積み直し”という能力がその力を振るえば、全ては元に戻るはず。
「ああういおぉぉ」
しかし、いくら待てど待てど、剥がされるような感覚も無ければ、
急に意識を失うことも無い。
「あああぁぁ」
体から、力が抜け、意識が遠のく。
もう、終わりが近い。
――結局、何もできずに死ぬのか。
レイを繋ぎ止めていた痛みが遠のいていく。
それを感じながら瞳を閉じ、只々、終わりへと沈んでいった。
ズッ、
意識が眠りに付くその刹那、レイの耳は音を捕らえた。
微かな音、だが確実に聞こえた。
その音に縋りつき、なんとか意識を保つ。
それは、何かが這う音だった。
ズッ、
近づいてくる。
ズッ
ゆっくりと、だが確かに近づくその音。
ズッ、
レイの左目にぼやけて映る視界の赤に白い物が映りこんだ。
ズッ、
「ああぁあ」
ズッ、
ハッキリと見えずとも、それが何かレイには理解できた。
彼女だ。
ズッ、
目の前まで這ってきた彼女は口を数回パクパクと動かした。
その瞬間、体が痛みを忘れる。
耐え難い鈍痛が嘘みたいに掻き消えた。
「は。」
口から、しっかりとした言葉が出る。
体を起こそうとするが、全く反応がない。
ふっと、左目の視界が元に戻り、世界を正しく映し出す。
「なん、で。」
目の前で横たわる、自分を治した彼女に疑問を投げつける。
自分の目の前で倒れる彼女は返事の代わりにほんの少しだけ口角を上に上げた。
ゆっくりと機能を停止させようとしていた心臓が大きく鼓動する。
左目をはち切れんとばかりに見開いた。
「ふざけん、じゃねえよ。」
彼女を助けようと体に命令を下すが、反応は無い。
「おい、性悪の“影炎”、戻せ。」
目の前で今にもこと切れそうな彼女を視界に捕らえてそう言い放つ。
直接、届くかどうかは分からない。が、声にせずにはいられない。
「助けてもらったお礼も、今助けてくれたお返しも、何もやってねえんだ俺は。この子に返さなきゃいけない恩が山ほどあんだよ。そもそも、まだ名前も知らねえ。」
思いの丈を言葉にする。
酒場でも、今だって自分の事は後回し。お互いに名前も知らない赤の他人同然の関係。
なのに、それなのに。彼女は二度世界が回っても変わらぬ言葉で助けてくれた。
「させねえ。」
どこまでも中途半端な少年は覚悟を決める。
何もできない自分が、諦め癖が染みついた自分が。そう、自分がこの力を持つのだ。
『無力で、中途半端なお前が、お前だけが“あの子”を救ってやれる』
『可能性を信じろ。どんなに絶望的でもお前だけは諦めるな。そうすればお前は何度でも』
アメミヤ レイの言葉が、再度頭の中で鳴り響く。
雨宮玲の決意とアメミヤ レイの思いが重なる。
「『“詰み直せる”』」
もう、そこにはニュアンスの違いは存在しない。
その言葉が雨宮玲の背中を押し込んだ。
「バットエンドには絶対させねえ!!!」
その声は、音の失せた酒場に強く、響き渡った。
――――――――――ブチッーーーーーーーーーーーーーーーー
まるで、その決意を待っていたかのように、レイの意識は無造作に引き剥がされていった。
四人目:絶対に助けてやる。
今回も今作を読んでいただきありがとうございます。
綺麗なお姉さんには毒がありました。
覚悟を決めたレイは果たして中途半端を乗り越えることが出来るのか。
次回、必見です。




