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地球―ほし―のはじまり  作者: 高山 由宇
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中編



挿絵(By みてみん)



 王女が辿り着いたのは、王族以外が入ることを禁じられている祈りの間です。

 王族以外と言いましたが、ある日を境として、王女も入ることを禁じられておりました。


 祈りの間。

 そこには、ディレイアスの星の核が安置されており、毎朝毎晩、王族たちはことあるごとにその部屋で祈りを捧げるのです。


 ディレイアスの王は、代々神官としての役割も兼任しておりました。また、王族には、長いこと守られている決まりがあります。それは、一族の中で、最も強く星の声を感じられる者こそが、次の王となる資格を持つというものです。


 王女は、生まれながらに神官としての強い力を備えておりました。王はそれをたいへんに喜び、王女こそが次の王に相応しいと誰もが思ったものでした。

 しかし、ある時、王女から神官としての力が失われました。

 星の声を聞くことができなくなったのです。


 王女は、それまで、誰よりも強く星の声を聞くことができました。それは、ディレイアスの声だけにとどまりません。赤い月の声も、青い月の声も、近隣の星々の声をすべて聞くことができたのです。


 惑星には意識があります。高度な科学技術を持たない代わりにその声に耳を傾けることで、ディレイアスはさまざまな危機から星を守ってきたのです。


 そして、誰よりも強くその声を聞く力を持った王女は、聞きたくないものを聞き、知りたくないものを知りすぎたために、耐え切れなくなって自らその力を手放したのでした。

 それ以来、祈りの間に入ることを固く禁じられたのです。


「星の嘆き……」


 ディレイアスの核は、握り拳大ほどの鉱石で、白い輝きを放って回り続けています。その核を前に、王女はつぶやきました。


「お父様には、ディレイアスの嘆きが聞こえているのかしら」


 子供の頃は、王女にも聞こえました。王女は、星と会話をすることができたのです。

 ですが、今はなにも聞こえてはきません。

 幼い頃に、もうなにも聞きたくはないと、力を自分の奥底へと封じ込めてしまったからです。


「なぜ、そんなことを願ったのかしら……」


 かつての自分がどうしてそう思ってしまったのか、今となっては王女にもわかりません。ただ、無性に悲しくて、苦しくて、辛かったことだけは憶えています。でも、原因はわからないのです。

 王女は、その時の記憶ごと、力を封じてしまったのでした。


「ねえ、ディレイアス……」


 核に向かい語りかけます。


「どうして、私は力を失ったのかしら。あの時、私は、ひどく恐ろしい未来を見たような気がするの。でも、それがなんなのか、どうしても思い出せないの」


 なにも答えない核に、王女は話し続けます。


「昔はね、青い月と赤い月ともお話ができたように思うの。青い月はね、かっこいいの。星にかっこいいというのはおかしいかもしれないけれどね。それから、赤い月はね、なんか……かわいいの」


 目の前がちかちかとする感覚に、王女は一瞬、息を呑みました。

 ディレイアスの核は、先程よりも強い光を放っています。


 ――あれ? 私、今、なにかを思い出しかけたような気がする……。


「うふふ、変よね、私ったら……。あの怖い人たちの住む赤い月が、かわいいだなんて」


 ――え……っ?


 王女は、困惑して目を見開きました。

 核が、明滅しはじめたからです。


 核の光が明滅するところを、王女は初めて目にしました。

 しばらくは呆然とその光を眺めていましたが、これを見続けてはいけないように王女は思いました。

 この光を見ていると、長い間忘れていたなにかを思い出してしまいそうになるからです。


 ――思い出したい……? いえ、思い出したくない。でも……思い出さないといけないような気がする……。


 複雑な感情に、王女の心は揺れました。そして、その葛藤を感じ取ったかのように、核の明滅が激しさを増していったのです。


「……そうだわ……そうよ。赤い月と青い月は……。私は……」


 その時です。祈りの間の扉が開かれました。


「姫!」


 入ってきたのは父王です。


「ここに入ってはいけないと、あれほど言っておいたではないか!」


 厳しい口調ですが、怒気は感じられません。王は、ただ王女を心配しているように見えました。


「お父様……! 私は、どうしたらいいの?」

「……どうした?」

「ああ……私は、どうして……」

「……姫よ。まさか、思い出してしまったのか……?」

「どうして、忘れていたの……? 忘れてはいけなかったのに。お父様、どうして? どうして、忘れることをお許しになったの?」

「お前は幼かった。力に目覚めるのが早すぎた。お前ひとりに星の未来を背負わせるのが、不憫でならなかったのだ」

「でも、お父様……」


 王女の瞳から、滴が零れ落ちました。


「そのために……もうじき、星が滅んでしまうのです」


 その時でした。

 今までに見たこともないほどの明るい光が、ディレイアスに降り注ぎました。


「ああ……っ」


 王女は両手で顔を覆い、跪きます。


「逃げなくては……逃げなくては……っ」


 尋常ではない王女を気遣いつつも、王は光の根源を探して祈りの間に設置されているスクリーンに映し出しました。


「……青い月が、沈黙している……」


 王のつぶやきに、王女はがたがたと震えています。


「滅んだのです」

「青い月が、滅んだというのか」

「だから、逃げなくてはいけないのです」

「そうか。青い月が滅んだとあっては、赤い月の民を止める者がなくなる。我らが植民星になることも時間の問題というわけか」

「植民星になることなど、たいした問題ではありません。そんなことよりも、もっと恐ろしいものが迫っているのです」

「もっと、恐ろしいもの……?」


 王女が、蒼褪めた顔を上げて滅んだ月を眺めています。そして、その隣に寄り添うようにして浮かんでいる赤い月のことも、同じように見つめていました。


「お父様には、あの嘆きが聞こえないのですか」

「嘆き? ……いや、ディレイアスは……」

「違います。ディレイアスではありません。あの……赤い月の嘆きです」

「赤い月の……?」

「あれは、慟哭です。悲しい、苦しい、辛い、切ない……そんな想いの込められた、嘆きの声です」

「なぜだ? 赤い月は、戦いに勝利したのだぞ?」

「もしも、その戦いを、星が望んでいなかったとしたなら?」


 はっとした表情で、王は王女と、そしてふたつの月を見つめました。


「星にも心があります。彼らの声を聞くことこそが、我ら神官の力を与えられた者のつとめ。その力ゆえに、私たちは民より星を治める王族として認められているのです。それなのに、私は……そのつとめを放棄致しました」


 王女が、泣き腫らした目を王に向けました。


「どうして、私の我が儘をお許しになったのですか。お父様……?」


 その言葉に王は、自分がたいへんなことをしてしまったことにようやく気がついたのです。


「赤い月と青い月は、互いに想い合っているのです」

「なに……? 星同士にそんな感情があるのか」

「意識があり、心があるのですから、そういう気持ちがあってもおかしくはないでしょう。そして、私たちの星は、彼らが安寧に暮らせることを願っていたのです。彼らの友として」

「そんなことが……。そうとも知らず、赤い月と青い月の民たちは、互いにいがみ合い、あれほど激しく争い続けていたのか」

「そして、ついに……青い月が滅んでしまいました」


 青い月の沈黙からほどなくして、(そら)に新たな異変が起きました。

 赤い月が激しく明滅したのち、公転することをやめてしまったのです。


「これから、赤い月の民たちがこの星に押し寄せてきます」


 その言葉に従うかのように、赤い月から次々に脱出してくる船がスクリーンに映し出されました。


「しかし、それは……意味がない」


 王は、蒼褪めた表情で首を振っています。


「赤い月も、青い月も、公転をやめて沈黙している。均衡が崩れてしまった」

「……ええ。間もなく、死の星となったふたつの月が、ここに落ちてくることでしょう」


 スクリーンに映し出されたふたつの月。

 輝きを失った月は、もう赤くもないし青くもありませんでした。

 そして、その月は、輝いていた時よりも大きくなって見えていたのです。


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