前編
悠久の昔。
ある銀河の、ある星団の中に、ディレイアスという小さな星がありました。
ディレイアスは豊かな自然に恵まれ、近隣の星々からは緑の惑星と呼ばれておりました。そして、今の地球と同じように、大気があり、水があり、酸素があり、生物を育むためのよい条件を兼ね備えてもいました。
ディレイアスを支配するのは、地球人とよく似た容姿の者たちです。彼らには地球人と同じように男女の別がありますが、ただ、平均身長が地球人よりも20センチメートルばかり高いのです。また、その肌の色は、地球人の白色人種よりも白く、本当に透けるように白い肌色であるという特徴がありました。
そして、男も女も、それぞれが光り輝くほどの美しさを誇っていたのです。
ディレイアスの人々は、何よりも美を重んじ、また調和することに喜びを感じながら暮らしていました。
ディレイアスからは、夜になるとふたつの月が見えました。
赤い月と青い月。
そのどちらもが、ディレイアスとは比べようもないほど、高度な科学技術を持った星だったのです。そのため、豊かな楽園のように見えるディレイアスですが、常に脅威にさらされてもおりました。
それは、侵略への脅威です。
赤い月は、かねてより、資源豊かなディレイアスを植民星とするべく狙っておりました。そして、ディレイアスの住民たちを、自分たちのために奴隷として働かせることを考えていたのです。
ディレイアスの住民たちは、赤い月の思惑に気づいておりました。けれども、科学技術に優れた彼らであっても、それを容易にはできないことも知っていました。
なぜなら、青い月の存在があったからです。
ディレイアスの人々にとって、青い月はまさに英雄でした。
青い月は赤い月と同じだけの科学技術を持っていました。けれども、青い月の住民たちは、赤い月の住民たちよりもはるかに優れたものを持っていたのです。
それは、人の心です。
青い月の住民たちは、武力や科学技術によって他惑星を侵略することを嫌い、友好的な関係を築こうとしていました。少なくとも、ディレイアスの住民たちにはそのように見えていたのです。
実際に、青い月は、何度も赤い月の侵略行為からディレイアスを守ってくれています。ですから、青い月を「守護星」として敬うディレイアスの住民たちは少なくありませんでした。
けれども、そんな風潮に危機感を募らせる人々もおりました。
ディレイアスの王もまた、その中のひとりだったのです。
「青い月も、所詮は外の惑星のひとつにしかすぎない。信じすぎてはいけない」
青い月の住民たちを神の如く語った娘に対し、王はそう諫めました。
「ですがお父様、ディレイアスの民の誰もが青い月を守護星と呼び敬っております。実際に、青い月が守ってくれているおかげで、赤い月は我が星に手出しができないでいるのです」
「外に救いを求めすぎてはいけない。青い月がこちらの味方であるうちはいいが、いつその均衡が崩れないとも限らないではないか。今、我々がすべきことは、我らの星を我らの手で守れるほどの力をつけることだ。そのために、友好関係であるうちに、青い月からその科学技術を盗む必要がある」
「盗むなどと……星の王の発言とは思えませんわ」
「しかし、青い月は我が星から資源を盗んでおる」
「あれは盗んでいるのではありません。守ってくれているお礼に、民が快く差し出しているのです」
「礼にしては量が多い。奪うものがなくなったら、青い月がどのような行為に出るか……」
「お父様、考えすぎですわ。青い月の住民たちは、みなよい人々です。いつまでもよい関係を築いていけますわ、きっと」
調和を愛するディレイアスの民の多くは、疑うことを善としませんでした。また、美しく豊かな世界の現状維持を願う彼らには、発展の思想も極端に足りなかったのです。
ある日、夜空にたくさんの火花が散りました。
赤い月と青い月が戦っているのです。それは、今までに見たことがないほど白熱した光景でした。
「青い月の民が赤い月を滅ぼしてくれたらいいのに」
王女の言葉を、王が叱責しました。
「星の王の娘ともあろう者が、そのようなことを軽々しく口にするものではない!」
それは、普段の温厚さからは考えられないほどの激しさを帯びておりました。
「お前には、星の嘆きが聞こえないのか……」
怒りと悲しみを孕んだ父の言葉を聞きながら、叱られたショックのあまり、王女は泣きながら部屋を出て行ってしまったのです。