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そんな学園の日常  作者: 檜 楓呂
誘われて~遊園地~
9/31

第二章:3 やっぱり危ないお化け屋敷

 ピチョーン……ピチョーン……

「…………」

「…………」

 辺りは静寂の空気に支配されている。

「…………」

「…………」

 光源となるものは申し訳程度にある提灯の、ほのかに赤い光だけだ。その光が頼りなく足下を照らしている。光に照らされている道の先は、おぼろ気ながらも右に折れている事が確認できた。

 カツカツカツ……

「…………」

「…………」

 静寂の中、二人分の足音と、どこかで水が滴る音だけが響く。

「…………」

「…………」

 え〜と、何か他にこの空間を形容する言葉は……。

 ――ガゥゥゥ!!

「ぅゎっ……」

「…………」

 と、そんな事を考えながら曲がり角を曲がると、いきなり何やら得体の知れないハリボテ――ゾンビライオンってところか?――が効果音と共に飛び出してきた。流石に少し驚いて声を出してしまう俺に対して、

「…………(ペシ)」

「……ぅゎっ」

 先行していた俺を追い抜き、無言無表情(暗いためよく見えないが)でそのハリボテを払いのける天笠さん。それに対して、先程と違う意味で声を出してしまう俺。天笠さん、普通、女の子ってこういう時驚くもんじゃ……。

 天笠さんはまた無言無表情で俺の背後に着く。

 さて、こんな描写をするアトラクションはもうお化け屋敷しかない訳で、俺と天笠さんは今、お化け屋敷にてゴールを目指して歩いている訳だが……なんだか気まずい。つかお化け屋敷よりも後ろにいる天笠さんの方が怖い。なんでだまったままず〜っと俺の後ろを歩くんだ? とても不機嫌そうに……。

 え〜と、確かお化け屋敷に入りたいって言い出したのは天笠さんだったよな。俺はつい先程の、観覧車から降りた後のやりとりに思いを馳せる――

 

 俺が冷静さを取り戻したのは、確か、もう木と同じくらいの高さまでゴンドラが降りてきた頃だと思う。あの時のゴンドラ内の温度は近年稀に見る暑さだった。それから、ものすごいおぼろ気な記憶ながら激しくもつれあっていた龍鵺との戦闘は相互の理解によって不毛なものとされて停戦調停が結ばれ、何だかいい感じに乱れた服を整えて、俺達は観覧車から降りた。

「…………(じー)」

 すると、一つ前のゴンドラに乗っていて、先に降りていた東が俺達の事を妙に熱の込もった視線で見ていた。なんだあの目は? とは思ったものの、今の俺は無駄に体力使いまくり+汗だくだったので、あまり気にしなかった。龍鵺も然りだ。

「みんな無事だね」

 そのまま息を整えていると天笠さんと一緒に坂上さんがゴンドラから降りて来て、そんな物騒な台詞を吐く。……いや、あながち外れてもないか。

「さて、それじゃ次はどこへ行くか?」

 先ほどの会議同様、桐垣が場を仕切ってみんなに質問をする。対するみんなの反応は、

「…………(じー)」(東)

「はぁ、はぁ……」(俺)

「どこでもいいよ」(坂上さん)

「ふー、ふー……」(龍鵺)

「…………(じー)」(東)

「……お化け屋敷」(天笠さん)

 と、真面目に答えているのは天笠さんと坂上さんのみ。俺と龍鵺は戦闘の傷がまだ癒えてないため答えられないのはともかくとして、東は一体どうしたんだ?

「じゃあお化け屋敷に決定だな」

 桐垣はそう結論付けると園内マップを見てすたすたと歩き出す。流されるままにほかの面々も歩き出す。

「なぁ、桐垣」そんな中、俺は疲れた体のまま走って、先頭を歩いている桐垣に追いつく。「東、どうかしたのか?」

 俺の質問に「う〜ん」と頭を捻る桐垣。

「いやなぁ、俺にもよく分からないんだ。観覧車で普通に話をしてたらいきなりあんな感じになって……」

 ん? なんか「普通」って辺りがひっかかるな……。

「普通の話って、例えばどんな?」

「確か、頂上付近でお前たちのゴンドラが激しく揺れていた辺りから少し様子がおかしくなってだな。それで、お前と氷室について話している時にあの状態になったんだが……」

 桐垣はそう言って首だけで振り向き、東を見る。東はまだ熱に浮かされているような赤い顔でぼんやりとしている。

「付き合いでいえば矢城の方が東さんとは長いだろ。そんなお前に分からないんだったら、俺にはもうどうしようもない」

「そうか……」

 ひとまず桐垣に礼を言い、俺は思考に専念する。

 さて、まず東がああいう状態になった時が昔にあったかどうかを思い出してみよう。

 ……とはいうもの、小学生の時の記憶なんかなかなか蘇ってこないぞ。よし、こうなったら奥の手だ。

 ――それは精神の象徴。

 精神を集中させ、自分の思い描くものをしっかりとしたものにしていく。

 構成概念、用途、なぜ生まれ、使えるようになったのか。

 自分の内側へ、深く深く潜っていく。

 あいまいで真っ暗な自分の内側にあるものを、手探りで探していく。

 ――あった……

 目的のものを探し当て、それを表の世界、現世に運び出し、発現する――!

 よし、いくぞ!!

 

 ―――『天国への扉』―――!!!

 

 ……三行待ってあげよう。さぁ、君が考えた突っ込みを入れてみるんだ!

 

 

 

 まぁ妥当なところで「お前は空中に絵が描けないだろ!!」とか「最初っからそれを東に使えよ!!」ってところか。

 さ、ふざけるのは止めにして真面目に考えるとしますか。

 あいつがあんな状態になった事か……ん〜、確か一度だけあったような気がする。

 ……………………あ、思い出した。そうだよ、あれは小学五年生の時の事だ――

 

 あれはまだ俺が穢れを知らなかった小学生の頃のこと。その日はたしか雨が降ってたな。

 昼休みにて、雨の為外では遊べない俺と、仲の良かった数人の男子で大富豪(地域によっては大貧民とも)を嗜んでいた時のことだ。

 ゲーム開始の前に、誰だったかな、まぁ俺達のグループの中の一人が唐突に言ったんだ。「罰ゲームありにしようぜ」と。

 その提案に最初は嫌がる奴もいたが、そこはノリと状況に流されるままに承諾してしまうのが若さというもの。多少強引に決定されたこの罰ゲーム制度の内容は、各々が考えた罰ゲームを紙に書き、ビリの奴がその中から一枚をクジのように引いて、そこに書かれている罰を受けるというありきたりなものだった。

 さて、結果から言って名誉ある第一回目の罰ゲーム当確者は室崎海斗。性格はおとなし目で、怒ったところを見た事がある人は親ぐらいあろうと思わせる程に穏やかな印象を人に与える。

 ……こいつの名前は忘れもしない……。俺のトラウマの一つだからな。

 

 

 時は昼休み。いきなり決まった罰ゲーム制度の餌食とならない為、俺は大富豪という決闘で戦っていた。この決闘では考えていた作戦が大きく外れ、俺は思わぬ苦戦を強いられていた。

 友達が次々とあがっていくのをみて、そりゃあ俺はもう焦ったさ。気付けば俺と海斗しか残ってないんだもんな。

 そして紆余曲折を経て、俺はなんとか勝利を手にした。んで、壮絶なビリ争いに敗れた海斗が引いた罰ゲームは『昼休み中、男同士で愛し合う』といったもの。……誰だ、こんなの作ったやつ……。

「あ、これ僕が書いたのだ」

 ってお前自身が書いたのか、海斗よ。

 そんな突っ込みはさておき、この罰ゲームには一つの難点がある。察しの通り、それは一人ではできない、という点だ。で、こういった場合に罰ゲームを受けさせられるのは――

「……俺かよ」

 そう、ブービーの奴に決まってる。

 なんとなく反論したい気もしたが、決まってしまった事は仕方がない。俺は甘んじて罰を受けることにした――のはいいのだが。

「…………(じー)」

 何故に顔が赤いのだ、海斗。その事が気になってしょうがない。だけどここでその故を問いただしたら、もう戻れなくなる気がする……。

 ということで、結局俺は何も聞かずに罰ゲームを受けることにした。

「ところで、愛し合うってどんな事をすればいいんだ?」

「フフ……それはね……」

 海斗は俺の質問に答えず、今まで見た事のない笑みを浮かべ、手をワサワサと蠢かせながら迫ってくる。

「なぁ海斗。俺の質問に答えてくれないか……?」

 ジリジリと間合いを詰められないように下がりながら言う。

「百聞は一見に如かず、だよ。功司……」

 語尾がものすごく甘えるような声色だったあたりに、俺は人としての尊厳の危機を感じた。

 ――ドンッ!

 同時にマジな寒気と肌が粟立つのを感じていた俺の背に、現実を突きつけ、絶望へと振り落とす衝撃が。振り返ればそこには壁と窓。いつの間にか教室の隅に追いやられている……!?

「さぁ……いくよ、功司……」

「ちょっ、まっ――!!」

 とてつもなく熱のこもった海斗と裏腹に、全身から血の気が引いていく俺。

「君と僕とはこうなる運命―――〜〜!!」

「や、やめて―――〜〜!!!」

 ――薄れゆく意識の中、考えたことは二つ。

 大富豪で俺の邪魔ばかりしていたのは計画だったのか、海斗……。

 それと東。なんでお前までそんなに真っ赤なんだ……?

 

 

 そうだよあの時と全く同じ表情だよ。

 ということは、東の脳内では俺と龍鵺の壮絶な、その……コミュニケーションが繰り広げられているというのか? 自主規制をかけずにいられないような。

 マズイな。このままでは主人公としての面子に関わる。俺はそっち方面に関しては至ってノーマルだったはずだ。……ここは東にキチッと言っておかないと……。

「なぁ、東」

 少し後ろを歩いている東に歩調を合わせて話しかける。

「ん、な、なぁに、功司……君……」

 ボーっと夢心地な東は、俺の顔を見ると一瞬ビクっとなってから妙に歯切れ悪く反応を示した。

 ……さて、こんな重症なコイツを元の道へと正すにはどうすべきか。三択だ。

 A:超真面目。

 B:おちゃらける。

 C:全肯定。

 まぁ当然Aになるわけだが、とりあえずCを選んだアナタ。マジで勘弁して下さい。

 話を続けよう。

 俺はガシッと東の両肩を掴み、恐らく年に二、三回しか出さないような真面目Voiceで語りかける。

「俺と龍鵺で――」この時点でビクッとまた過剰反応する東。「――なにか良からぬ想像をしていないか?」

「し、してないよ〜……」

 ギギギーとグリスの切れた人形の様にとてつもなく鈍い擬音をたてながら顔ごと目を明後日の方向に逸らす東。

「俺の目を見ろ、東」

「…………」

「俺の目を見ながら言え、東」

「…………………」

「何故黙ったままなんだ、東」

「…………………………」

 はぁ……まったくコイツは。昔から変わらんな、こういう、自分の圧倒的不利状況になると黙ってそっぽを向くところ。こういう時の対処法は……。

「……何もしないから、正直に言ってごらん?」

 優しく諭すように話す。

「……本当?」

「ああ、本当だとも」

 すると東はひょいと釣られて、

「……思いっきりしてた……」

 素直に真実を告げてしまうのだ。こういう辺り、コイツも素直だよな。

「よし。よく言ってくれた」

 俺はそう言うと東の頭をくしゃくしゃと撫でる。ああ、このやり取りも何年ぶりかな……。

「思いっきり功司君と氷室君が観覧車という密室で――(ごめんここらへんちょっと自主規制)――なんて事を想像してた」

 ……うぅむ、なんとスゴイものを頭の中で創造しちゃってるんだ、この娘は。

 まぁ本来の俺ならばここらでキッツ〜イ突っ込みを入れるところだが、何もしないと明言約束してしまったからな。何もせんさ。いやべつにこういう素直な東は可愛いな〜とか思ってやらない訳じゃないですから。いや本当だってこんな気弱そうに上目遣いですがるようにオドオドした雰囲気まとった東に手なんかあげられないていうか守ってやりたいな〜みたいな事なんかこれっぽっちも思ってないって。

 まぁその話はまた今度するとして。

「そうか」

 俺は未だに東を撫でながら、それだけを言う。

「……怒らないの?」

 おとなしく俺に撫でられ続ける東は、遠慮がちに尋ねてきた。

「いや別にいいさ。ただ一つだけ分かっておいてほしいのは、俺と龍鵺はそういう関係じゃなくて」一度言葉を区切る。「――友達、だから」

 ああなんかこのセリフ、すげ〜青臭い。これを照れを持たずに言い切るには俺は汚れすぎてしまったようだ。

「と、とりあえずその辺りをしっかりと押さえといてくれ」

「あっ……」

 途端に恥ずかしくなった俺はそこで話を区切ると、東からぱっと離れ、桐垣の隣へと駆けていった。

「話は済んだのか?」

「ああ。問題はどうにか解決された」

「東さん、まだ顔が赤いぞ?」

「……たぶん解決されたはずだ……」

 少し後ろを振り返り、東の様子を見てみる。

「…………(ぽー)」

 ……たしかにまだ顔が赤いが、まぁ大丈夫だろう。

 そう判断した俺はそのまま桐垣と他愛もない話をしながらお化け屋敷を目指した。

 

 

 ――で、お化け屋敷前に到着してまたクジ引いて俺は天笠さんとペアになって最初にお化け屋敷に入って……。

 そういえば龍鵺がうるさかったな。「春が来た―――!!」とか叫んでて。対照的に東は大分落ち込んでたな。まぁ、龍鵺とお化け屋敷だもんな。

 ――って、今はそんな事を考えている場合でなくて。

「…………」

「…………」

 この状況をどうするかだ。どうすればいい?

「……ねぇ」

「……は、はい?」

 現状打破の方策を練っていた俺の耳に微かに届く天笠さんの声。すごく小さい声だったから聞き逃すとこだった。

「……さっきからずっと黙っているのは、恐いから?」

「いやまぁ……一応(天笠さんが)怖――」

「それとも放置プレイのつもり?」

「はぁ!?」

 い、いきなり何を言い出すんだこのお方は!? ていうか、年頃の女の子がそんなワードを発音しちゃいけません!!

「……またそうやって、女の子扱いする」

 いやいやいやいやあなたは見た目的にも生物学的にも霊長類ヒト科ヒト目の女の子でしょう!?

「つまり私はただの雌である、と……」

 いやいやいやいやいやいやだから生物学的にはそういう分類が為されるけれどもあなたは女の子ですていうかそのワードもなんかダメだって発音したら!!

「あなたはどうしたいの?」

 それはこちらのセリフですから!! どうしたのさ天笠さん! あなたはそんな人じゃなかったハズでしょ!?

「あなたに私の何がわかるというの?」

 いや確かにそりゃ分る事と言ったら……

「ほら、私の事なんてあなたはどうでもいいの」

 いやいやいやだからこれは……

「いいの。別に、そういうの嫌いじゃないから」

 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやあなたその発言もマズイってほらあの倫理的? に!!

「……放置プレイの次は、束縛プレイ? あれもダメ、これもダメって……そんなに私を苛めて楽しい?」

 また言ったよこの人!! 人の話聞いてましたか!? ていうか苛めているつもりは当方にはありませんから! ただ単にあなたを更生させるために愛のムチ――

「精神的に苛めたら、次は鞭で肉体的に苛めるつもりね。私はさしずめ調教される――」

「ダメ―――!!!! それ以上は発音しちゃダメ――――――!!!!!」

 ていうか墓穴った俺―――!!

「……あなたは結局何がしたいの?」

「そして論点はそこに戻るのかよ!?」

 ……ていうか、なんでお化け屋敷でこんなとんでも会話してんだ、俺? ほら見ろ、あそこに隠れているお化けも俺達が恐くて出てこれないっぽいぞ。まったく、いつになったらゴールに着けるんだ?

 おぼろな光に照らされている、前へとある道を見る限り、まだまだ先は長そうだ。

「はぁ……」

 この爆弾トークの終わりが早く来ることを祈り、俺はお化けがまともに出てこないこのお化け屋敷を騒々しく歩いた。


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