第一章:4 逃走、のち邂逅
「じゃ、行ってきます」
昨日とは違って、俺は大分余裕をもって家を出た。今日も空は憎い程に快晴で、麗らかな日差しと時折吹く暖かなそよ風がなんとも気持ちがいい。
「ふわぁぁっ……ふー」
こんなに穏やかな天気だとやっぱり眠くなるよな。欠伸をしつつ今日は睡眠学習になるかな、いやいやもとより授業ないか、今日は。なんて事を考えながら家を出た――
「おはよう。功司君」
足が一歩目で止まった。何故か家の玄関の前に東がいたからだ。
「……あ、ああ、おはよう。……何でお前はそんな所に?」
「一緒に学園行こうと思って」
そう言って、麗らかな春の陽気のように柔らかく微笑む東。いやそりゃ構わないけど、一つだけ疑問がある。
「お前、いつからそこにいた?」
東は顎に手を当てて少し空を見るような考える仕草をして、
「大体十五分くらい前、かな」
とか言ってくれた。
俺はがっくりと肩を落とした。そしてため息も一つ。十五分つったらもう学園に着くころだぞ? 平均的なカップラーメンを一つずつ作ると五つも作れるんだぞ? それに、平日の朝の十五分っていったら通常の三倍以上の大切さがあるんだぞ? まさかお前……世界という名のアレを使えるのか?
「さ、学園行こ」
「…………」
ツッコミ兼ボケはまたも流され、俺は連行された。
「それにしても、だ」
通学路も半ばへと差しかかり、住宅街も視界に入ってきた頃、俺は東に話しかけた。東は「何が?」と、キョトンとした表情で俺を見た。
「お前、変わったな」
「え、そう?」
「大分変わったと思うぞ」
そう、俺が昨日コイツと再会してからずっと思ってたんだ。再会してから今までの東は、ちょっと大人しい系で思わず守りたくなっちゃったりしないでもない感じがするのだが、昔の東ときたらお転婆で、どことなく、なんというか……腹黒かったし。あとまぁ顔はあんまり変わってないくせに体つきだけは大人に……ってどこのエロオヤジだよ俺は。
「功司君は変わってないね」
「そうか?」
「そうだよ」
東から見た俺は、曰くぶっきらぼうで面倒な事が嫌いでボーッとしているらしい。んで、何かに夢中になると周りが見えなくなって、時折見ている方が恥ずかしい位の勘違いをする、だそうだ。
「それと、興味無さそうな顔をしていながら、実は可愛いものが好きなところとか」
俺の鞄についている、とあるゲームの猫のマスコットのキーホルダーを指してそう言った。
「べ、別にいいだろ」
コイツはなぁ、スゴいんだぞ。何がスゴいってお前、語ってたらもう政治家の言い訳よりも長く流暢に、本にしたら二百ページを超える長編になっちゃう程なんだぞ?
まぁその話はまた今度ゆっくりとするとして、女の子にそういう所を指摘されるって、なんか恥ずかしいというか照れくさいというか。まぁそんなわけで、俺は照れ隠しに早足に歩きだした。思春期ってムズかしいね。
「フフ……功司君、可愛い」
更に恥ずかしくなったので三倍の速さにスピードアップ。これも思春期が成せる業か。
ていうか、何故に朝からこんなこそばゆいやりとりをせにゃならんのだ? これでは世にはこびる悪の権化にして象徴、バカップルではないか。冷静になれ、冷静になるんだ、矢城功司!
そう、こういう時は悲しい事とかを考え――あぁちょっと待ったー! そこは触れてはいけない俺の過去です! こんな所じゃまだ明かせませんって!
「あぁもう……まってよー」
そんなどうでもいい事を考え、無事にクールダウン成功な俺に駆け足で追いかけてくる東。そして、俺の横に並んできたので、俺も東に歩調を合わせる。
「それにしても、なんか懐かしいね。こうやって学園に行くの」
「まぁな」
うん、確かに俺と東は昔も家が近くて、よく一緒に学校に行ったものだ。あれ……でも昔もこんなんだったっけ? こんなちょっぴり思春期の匂いを醸しだすやりとりをしてた記憶がないのだが……。やっぱり、俺ももうそういうお年頃なのか?
「本当、久しぶり。懐かしいなぁ。昔はよく一緒にお風呂入ったり同じ布団で寝たり……」
「…………」
俺は一度空を見上げた。青空に転々と浮かぶ雲がのんびり泳いでいる。今日は雲量一の快晴かな。そんな事を考え、視線を下ろして一つ呼吸を置く。
「東」
「ん〜?」
「それ絶っっっ対桐垣や龍鵺やその他諸々の男子の前で言うなよ」
「言ってほしくないの?」
「ああ」
俺がもれなく天国or地獄への片道切符を渡されるからな。行き先は九九%地獄だろうけど。
俺のその言葉を聞いた途端に、東は悪戯っぽく笑った。
「……フフフ。どうしよっかなぁ」
あ、まずい、あの顔は何かを企んだ時の顔だ。十中八九、俺を何かしら困らせる事を。
「……何が目的だ」
「ん〜……とりあえずお昼一緒に食べよう」
ぐおっ……こいつの性格上、このパターンはおごらせる気だ。遠慮も容赦も無しに。
「いや、今日昼飯食う前に帰るんだが……」
「言っちゃっても私は別に構わないけど」
「…………」
俺は朝から二度目大きなため息をした。やっぱりこいつは昔と変わってなかった……。
学園に近づくにつれて、段々と同じ制服を着た人が増えてきた。
そしていつもの桜並木。いつもどおり見知った奴らと軽く挨拶を交しているんだが……
「なんだ……このヒシヒシと俺に伝わってくるこれは……」
なにか視線を感じる。いや、視線以外にも色んな何か(主に殺気とか嫉妬とか)を感じるのだが……。
「どうかしたの?」
「い、いや……別に……!?」
うわっ!? 強くなった!!
何なんだと辺りを見回した俺の目に写るのは、ほぼ獣人化している男子生徒諸君。彼らからは、それはそれは強烈熱烈な、なにか知らない方が幸せなものを感じる。元凶はこやつらか。
「おい矢城」
「のわっ。……なんだ桐垣か」
周りにビクビクしながら歩いていると、いつの間にかに後ろにいた桐垣が俺の肩に手を置き話かけてきた。何用じゃ。
「…………」
何かしてくるのかと警戒していたが、奴は無言のまま。
「おはようございます、え〜っと……」
「桐垣 秀智です。おはよう。東さん」
桐垣は東に自己紹介+挨拶をすると、
「フッ。どうやらお邪魔のようだな。お先に失礼」
そう言ってさっさと学園へと歩いていってしまった。
「何がしたいんだ、アイツは?」
桐垣がわけわからんのは今に始まった事ではないが、今日は一段とわけわからんな。
――ゾクゾク!!
そんな事を考えていると、この暖かい陽気の中だというのに悪寒を感じた。
「?」
風邪でもひいたかな?
でも体調は悪くないしなぁ、と首をかしげつつ、俺は東と学園に向けて歩きだした。
……そもそも、嫌なことのきっかけっていうのは必ず決まっているものだ。それはありきたりなもののはず。だから、簡単に回避できる。だってそれはきっとお約束に入る部類だから。そう思っていた矢先が……
これだもんなぁ……。
さて、何故俺は今こんなとこ――生徒棟一階の階段の下の薄暗い倉庫の片隅――で体育座りをしているんだろう。……いや分かっているさ。ただ少し現実から目をそらしたいだけさ。
というわけでこんなとこにいるに至るまでの経緯をどうぞー。
きっかけは、そう。もうお約束な感じに桐垣。コイツのやらかした事。それは――
学園に着いた俺と東がが見たのは、噴水広場の人だかり。さて、何をしてるんだろー? と近づいて俺はそれを見たと同時に俺の時間が止まった。
噴水広場の掲示板にどでかく貼り出されている記事。内容は、
『美少女転校生と2−C矢城功司のイケない関係!?』
…………………またありきたりだな。
記事を良く見てみる。下の方には昨日の俺達の様子が激写した物が貼られている。いつの間に撮ったんだ一体。気付かない俺も俺なんだけど……。
そして、一番でかく貼られているのは……
『衝撃の瞬間! 保健医は見た!』
俺が東を保健室に引きずり込んだ瞬間(多少語弊あり)。
『担当の保健医のS先生(本名明かせや。隠す意味ないだろ。ちなみにこれ俺のツッコミね)はこう言います。「う〜んいきなり二人して入ってきたら慌てて二人して出て行ったわね〜(……確かに事実だけどさぁ……そりゃないぜ)。あっ、でもKちゃん(いやさっき思いっきり俺の名前書いてたよね? 一番上にでかでかと書いてたよね?)が引っ張って行く感じだったわねぇ」とのこと。ちなみに矢城 功司氏は、この美人と評判の秋葉学園の癒されたい人ランキングと罵られたい人ランキング、イケない関係になりたい人ランキング共に第一位〔当新聞部調べ〕のS先生と妖しげな噂がたっていた事も記憶に新しい人である(いやまて! あれは勝手に桐垣が……というか学園側はそんなランキングの集計を許していいのか!?) 』
ふぅ……リアルタイムでのツッコミは少し疲れるぜ……。それはいいとして、俺の明日は一体どっちだろう?
「フフフフ。どうだ矢城よ。この記事は」
「やはりお前の仕業か、桐垣よ。一体、いつ撮ったんだね」
いつの間にかに後ろにいて、愉しそうに笑っている桐垣に聞いてみた。
「フッ……お前等が朝礼の時に楽しそうな事を話していたのを聞いてね。後をつけさせてもらった。あの程度の尾行に気付かぬとは、まだまだ甘いな」
この後気を付けるんだな。そう言って桐垣は生徒棟へ向かって行った。気を付けろとか言うならやるなよ、と思ったが敢えて言わない。言ったところでどうにもならんからな。
今はそれより、
「フ―――!!!」
後ろの方で野獣と化した親友、悪友、その他etc……をどうするかだ。
考えてみよう、僕の未来を。
どうする? 話し合うか? しかし今のアイツらには言葉は通じないような気がする。蹴散らす……のは無理だな。なんかヤバい数いるし。というか案外俺も冷静だな。………………(思考中)…………よし逃げよう。(←結論)
今回の指令は『生きろ!!』だ。
「東、悪い!」
「えっ?」
あまり状況を飲み込めていない東を置いて、俺は一先ず生徒棟へと駆け出した。
「逃がすかぁぁぁぁ!!!(悪友A)」
「俺がお前を討つ!!(友達A)」
「フオォォォ――!!(知らない人)」
少し遅れて一体何人いるか分からない獣達が動きだした。俺という獲物めがけて。先頭にいるのは俺の悪友A(氷室龍鵺)だな。暇人め。
かくして第一次秋葉合戦〜春の日差しと嫉妬の嵐。舞い散る桜と飛び交う血しぶき〜(命名桐垣秀知)が開戦した。テストに出るぞ。ここ。
俺の勝利条件:時間まで逃げ切る事。
敵の勝利条件:時間までに俺を捕える事。
捕まってたまるか!!
で、今に至る。外ではドタバタと人の足音が絶えない。
「ハァ……かったりぃ……何で俺がこんな目に……」
ぼやいてみた。が、虚しくなった。誰もいるわけないもんな。
「う〜……ん」
と思った俺は甘かったらしい。人いたし。つか誰? 声からして女の子だが……。
俺は警戒しつつ薄暗い、何か色々あってごちゃごちゃしてる倉庫の奥、声がした方へ近づいてみた。そこで俺が見たものとは――!!
「う〜ん……」
ごちゃごちゃと何かが積んである上に、マットを敷いて器用な格好で寝ている少女。…………さぁどうリアクションしようか。
とりあえず俺の友達Aが言っていたこういう場合の一般論。おっと、何故そんな事を話していたかについてのツッコミはNGだ。野暮ってもんだぜ。
「そういう時はやさーしく添い寝だろう」
続いて悪友A。
「愚問だね。無防備な状態って事は……(R18指定)……という事さ。ハァハァ」
……違うな。どっちかと言うと一犯論だな、二人とも。
ちなみに悪友Aはこの後女子に引かれまくっていました。
まぁ常識的にここは起こすべきだな。
「おーいお嬢さーん」
呼びかけてみる。が、効果なし。それにしても可愛い寝顔だな。少しあどけない感じがするし、一年生かな。入学早々こんなところで寝るとは太い精神だ。
ちなみに、その娘は無防備な格好で、制服のスカートから綺麗な足がのびている。つかなんか見えそう。イカン、ダメだ、と俺の中の天使が叫んでいるが、やはり悪魔と仲良しなお年頃。ついつい目がそちらの方に……。ヤバい、段々変な気持ちに……って、ハッ!! これでは奴ら(我が友)と同じではないか!! ちょっとへこんだ……。
「う〜……む〜……誰かいるのか……?」
俺が一人で傷ついていると、寝ていた娘が起きた。
「ん〜……」
と思ったが、まだあちらの世界にいるようだ。
少女は寝惚けた顔で、目を擦りながらこちらをボーッと見ている。そして、その姿を見た俺は驚いた。
まず、制服。うちの学園は、男子が普通に深い茶色のブレザーと深い茶色のズボンに淡い黄色のネクタイ。女子もほとんど同じで、男子と違うのはYシャツの上に同じく深い茶色のベストを着用している事。
さて、俺が何に驚いたかと言うと、ブレザーの左胸についているワッペン。
この学園は、入学する年ごとにワッペンの色が違う。その色は三色あって、卒業した三年生が使ってた色が、新一年生にあてがわれる。そして、今しがた微妙に目を覚ました女の子のワッペンは赤。赤は昨年度二年生がしていた物。つまり彼女は年上の三年生。
そして、もう一つ驚いた事がある。それはその娘の容姿だ。
まず髪型。今はリアルにあるかどうかも疑わしい、髪の毛を頭の左右に束ねている髪型――要するにツインテール。
顔は、寝惚けているからかも知れないが、その髪型が見事に似合うほど幼い。
身長は、座っている所を見ても、大分低い。
結論として、自分より百%年下だと思った女の子は年上だった、という世の中の神秘に驚いているわけだ。ちなみにスタイルは身長を除いて平均的な高校三年生と同じくらい。
『反則だな……色んな意味で』
どこかからそんな悪友の声が聞こえた気がした。とりあえず黙っていてくれ。
「ん〜……」
一方、少女(?)は眠そうに目を擦っている。またその仕草が子供っぽくて、微笑ましい。どうやら彼女はまだあちらの世界の住人になっているらしい。さて、どうするか……
色々考えた挙句、結局起こすという結論に至った。まぁ当たり前、だよな。さて、どうやってこちらの世界に戻すかな。
パターンA:声をかける。
パターンB:衝撃を与える。
パターンC:悪戯する。
待った。少し待とう。タイムお願いします。
どんな事をするのかを一高校生として考えてパターンCは犯罪だろう。いたいけで無防備な汚れなき少女(外見幼女)にそんな事ができるわけ……
不意に、目に入る少女の姿。乱れた制服。そこから出るスラリとした足。小さいけれども、出てる所はしっかり出てる身体。まだ眠いのかどこか遠くを見ているボーッとした表情。
できるわけが……
こちらをキョトンと眺めたあと、再び船を漕ぎだす姿。あまりにも無防備なその格好。
……………頑張れ俺。
ここで負けちゃダメなんだ。そう、きっとこれは試練なんだ。永遠という名の物語(物語は英語でテイル〈ズ〉[tale(s)])だって、試練の果てに極光の力を手に入れたじゃないか。きっとこれは神様がうさばらしか暇つぶしにやっている事なんだ。それに俺はロリコンじゃない。断じて。
だからここはじっくりその姿を鑑賞……
ジ――――――
じゃないだろうが!! これでは空に散った悪友達と同じじゃないか!!(死んでません) だから大人しくパターンAで……
パターンA:悪戯する。
変わってるし!! じ、じゃあパターンBで……
パターンB:添い寝。
なっ!? か、変わっとる……
誰だ? 一体誰の陰謀なんだ?
―――フッ……陰謀なんかじゃない。それは君の願望さ……。
どこからかそんな神様の声が聞こえた……気がした。
ふざけるな。そんな神様、世界は必要としていない。かの運命の第二章の物語(物語は英語でテイル〈ズ〉[tale(s)])で、父親のDNAを忠実過ぎる程に受け継いだ彼も言ってた。もう神はいらないんだ、と。だからここは何もせずに鑑賞――
「ハッ!!」
そこまで考えて、俺は我にかえった。危ない危ない。何を考えているんだ俺は。
あやうくあっちの世界へ旅立つところだった。あっちの世界というのは深く追求しないでくれ。
(ん……?)
あれ、なにか視線を感じる……?
ジ―――――
俺をチクチクと射している視線を辿ると、少女が眠りから覚醒して、こちらを警戒しながらジト目で睨んでいる――つもりなんだろうが、全くそうは見えない。むしろ可愛らしい。
「お前、そこで何をしている?」
外見通り幼く、それでいてよく通る声で、そしてそんな声が似合わない口調で少女は言った。きっと、ロリコンな伯爵さんがいたら連れて帰っちゃうであろう感じに。
「いや、何って……」
どう説明すればいいんだ? ただ、朝から桐垣のせいでまたひと騒動に巻きこまれて悪友とか知らない奴から追いかけられていつもどおり学園秘密通路を通っていったら女子更衣室に出ちゃったけど幸い人がいなくて良かったような残念なようなで食堂を走ってたらバナナの皮に滑って転びそうになったりしてとりあえずこの倉庫に隠れてる、と言ったところで果たして信じてくれるだろうか? 無理だよなぁ……。やっぱりバナナの皮はありきたりすぎるもんな……。
「まぁ……色々あるのさ」
という訳で曖昧にお茶を濁しておいた。
俺は普段、初対面の人とはあまりわだかまりなく話せない。要するに若干人見知りなのだ。子供のころは人見知りと顔見知りの違いが分からずよく誤用していたものだ。
それはさておき、むしろこっちが何をしているのか、とか色々含めて聞きたい。まずは……年上かどうか、かな。それによって話かたが変わるからな。
「そういう君は……」
「年上を君と呼ぶのか? お前」
あっ……質問の一つが自然消滅した。日本じゃありえない飛び級かと思ったけど……やっぱり年上なのか。
「えーと、それは失礼……しました」
でも、やっぱり抵抗あるなぁ。
「少し、質問いい……ですか?」
「なんだ?」
何だか警戒してるみたいだが、あっさりと許可がおりた。聞きたい事は山ほどあるが、さてまず何から聞こうか……。うーん…………よし決定。
質問開始。
質問1:何歳ですか?
「見てわからないのか?」
外見でいくと十歳以上十四歳以下。
「……ふざけているのか? 制服を見てみろ。どう考えてもお前より一つ年上だろうが」
見えません(心の声)。
質問2:何をしているんですか?
「寝ていた」
……………。
質問3:何故?
「眠いから」
………………。
「というかお前。人に質問してばかりだが、お前は誰だ?」
次は何を聞こうか、と考えていたら、そう言われた。そういや名乗ってなかったな。
「フッ……俺はこの学園の二−Cの生徒。名前は……名乗るほどの者ではないさ(キラーン)」
という訳で勇気を振り絞り、一度言ってみたかった台詞を言ってみた。うん。我ながら似合わない。そして、言って気付いたが、彼女の名前をまだ聞いてなかった。
「そうゆうあなたは?」
「別に名乗る義務も義理もない」
確かにそうですね。でもなんか損した気分……。
「ところで名乗るほどではない者よ。お前、一体いつからそこにいた?」
呼び方が何か引っかかったが、普通に答える事にした。
「え〜と……」
ブレザーの内ポケットから携帯を出して、時刻を見てみる。そこには八時二十二分とでていた。それは奇しくも昨日俺が目覚めた時刻だった……。あっ、八時二十三分になった。
それはどうでもいいとして、えーと……五分くらいか。
「では、」
コホン、と一つ可愛らしい咳払いをしてから彼女は続けた。
「その五分間、何をしていた?」
彼女の言葉が刺々しく感じられるのは何故だろうか。分からない。
「何を、していた?」
少し口調を強めて彼女はもう一度問う。
「隠れてたら、あなたが寝てたので、観察していました」
爽やかに、言い切った。やってやったぜ俺。そしてこの後どうなるかなんて考えてないぜ?
「ほぅ……では、私の寝顔を見ていたということだな……?」
「はい。そうなります」
彼女は顔を伏せ、プルプルと震えだした。顔の前に出して、握り締めている拳もプルプル震えている。チラリと見えた頬が、恐らくは複数の理由で赤くなっていた。そこがまた子供っぽくて微笑ましい。が、今はきっとそれどころじゃない。
「うわっ……と」
彼女はいきなり俺に殴りかかってきた。しかしながら、目の前から突っ込んでくる彼女の体は小さく、見た目通り力もないので、痛みを殆ど感じなかった。しかし、それでも彼女は俺を押し倒し、殴るのをやめない。
「いきなり何を――」
「うるさい!! 普通寝てる女の子を眺めたりする!?」
顔を真っ赤にして怒ってるんだか恥ずかしがってるんだか分からない様子で彼女は言った。というか反応遅いな。起きた時にそういう反応するだろ。普通。
「馬鹿! 変態! ひとでなし!!」
「ちょっ――待て……それは……」
ドガッ!
不可抗力だ――と言おうとしたら、顔を蹴られた。流石にこれは痛い。つかスカートの中見えてるぞ。そこを恥じらえよ。
「見るな!! そしてそうゆう事を言うな!!」
スカートを押さえて若干遠ざかる彼女。ふぅ……ひとまず助かったな。流石にあれ以上殴られるとギャグで流されなく――
「!」
と、俺は倉庫のドアの向こう側に、人の気配を感じた。とっさに隠れる場所を探して倉庫内を見回す。そして、隠れるのに最適な場所を見つけた。
「ちょっと来て!」
若干離れている彼女の手を取って、無理矢理掃除用具が収納されているロッカーに入った。そのロッカーは、どこにでもある灰色の鉄製で、扉が二枚あるやつだ。中には大掃除の時にしか使わない掃除用具が入っていて、少し広くできているが、二人で入ると流石に狭かった。という訳で自然と密着する体と体。
……先に言っときますけどべつに狙った訳ではないのですよ? ただあそこに彼女が一人でいると危ないかなぁーとか告げ口とかされたら俺も危ないかなぁーって心配しただけであって合法的な理由をつけてこういうシチュエーションに持っていった訳じゃないのであって俺はロリコンじゃないしつまりは成り行きな訳なのですよ? 誤解するのはよしましょうね?
ともかく。
「な、何を――!」
「いいから静かに!」
声に出さず叫んで、扉を閉める。そうすると、光は僅かにしか入ってこなくなり、ロッカーの中は大分暗くなった。そして腕の中にはいたいけな少女。……なんだか犯罪者になった気分だな。
「何をする気!?」
「隠れるだけ!!」
「何で!?」
「色々あって追われてるから!!」
互いに小さく叫びながら言いあった。彼女は憮然としていたが、静かになってくれたので好都合だ。そしてこのまま彼女の体を――って俺のバカ!
少ししてから、倉庫のドアが開く音と、数人の足音、話声が聞こえた。
俺はその様子を息を殺して、ロッカーの扉の上の方にある横に細長い穴から見ていた。ちょっとしたソリッド・ス〇ークな気分だった。
それにしても、だ。
俺は男達の挙動を気にしながら思った。今、自分の腕の中にすっぽりと収まっている、機嫌が悪そう(←当たり前)な少女。女の子特有の柔らかさと、シャンプーか何かのいい匂い。それが、現在これでもかというほどに俺に押し付けられている。……はっきり言って、非常に危ない。俺の理性が。彼女は黙ったまま、俺に抱き締められている。不機嫌そうに。ヤバいな……この状況……。何がヤバいかは一口に言い切れないのだが、
敗北条件の変更:敵軍に捕まる→敵軍に捕まる+俺の理性の崩壊
って感じだな……。くそっ、早く消えてくれ! 名も知らぬ男達よ! そして謂われなき俺を追いかけ回すのは止めて!
男達は、しばらく倉庫内を見回して、特に詳しく探す事もなく出ていった。それから十秒程、俺は神経を研ぎ澄まして気配を探る。
……どうやら大丈夫なようだ。
そう判断した俺はロッカーの扉を開け放った。そんなに明るくはない倉庫の中が、若干明るく見える。
そしてロッカーから出た俺は、
「すいません」
開口一番、謝った。
「本当にすいません真面目にすいません全力ですいません」
謝り通した。常々紳士でありたいと思っている俺は必死だ。それと同時に、覚悟もした。先程のあの行動からするに、また殴りかかってくる筈だ。俺はそれを甘んじて、むしろ進んで受け止めよう。勿論ながら変な意味じゃなく。
「…………」
彼女は黙ったままである。
――沈黙が痛い……。
「…………」
まだ、黙っている。
「…………」
俺も頭を下げたまま、黙っている。さぁ、どうくる? 名も知らぬ少女よ。
「別に……いい」
時間が止まった気がした。世界という名のアレを彼女が使ったのかもしれない。
そして、時は動きだす。
「……はい?」
「だから、別に、いいってこと……」
殴られたり辱められたり罵られると思っていた俺にかけられたのは、許しの言葉だった。
思わず顔を上げて彼女を見た。彼女は、どこか恥ずかしそうにそっぽを向いて、赤くなっていた。
「悪気は……なかったんでしょ?」
頷いて肯定。
「なら……いい」
「ああ……うん……。ありがとう……」
―――――――何だこの反応!? 何か、すっごく生々しいぞ!? 何かの策略か!? ハッ!! ……そういえば昨日もこんな状態があったような……。
東の顔を思い浮かべ、すぐに打ち消した。俺は一体何を考えてるだろうね。
「…………」
「…………」
暫く沈黙の時間が流れた。
実際には一分にも満たない時間だったであろうが、今の俺にはその軽く10倍には感じられる。
「……来宮 梢」
「……はい?」
その静寂を破った声に、俺は大分間の抜けた声で返した。
「私の……名前」
……………。
えっと、色々言いたい事は、あると思うんだ。二人とも。きっと、彼女は色々あって混乱しているからそんな事を言ってきたんだと思う。そう、だからそれに対して、俺が言う言葉は一つ。
「何故に今頃?」
これが世界の選択だ。少々パニック状態に陥っている彼女を冷静にさせる為の。
そして、そんな彼女の様子を伺った時、見えてしまった。なにやら来宮さんのスカートのポケットから刃物の柄のような物がはみ出ているという事実を。
(――ッ!!)
そこで、俺は一つの可能性を思いついた。
彼女、きっと俺を殺る気なんだ。お互い正々堂々名乗った瞬間、俺はきっと彼女が隠し持っていたナイフでグッサリと……。そして俺の体は解体され、臓器とかは海外デビュー。名前と顔写真つきで、きっと高値がつくんだろうなぁ。
「べ、別に何だっていいでしょ!? ただ……そう、その、気が変わっただけなんだからね!!」
怒っている。当然か。気が変わったって言うのも、俺を殺る気になったっていうことだろう。
さて、これに対し俺はどう動くべきか。少しでも俺が生き残る為には……。
――キーンコーンカーンコーン……
そんな事と一応辞世の句を考えていた俺の耳に、HRの始まりを告げる鐘の音が聞こえてきた。
「あっ」
その声は来宮さんのもの。
「えっと俺の名前は矢城 功司です」
好機と踏んだ俺は早口で名乗り、
「じゃあ、時間おしてるんで」
と言って神速で倉庫を後にした。
「あっ……」
後ろから何か言いたそうなオーラとボイスを感じる。が、振り返らない。きっと、振り返ったら最後、デッドエンドと救済コーナーみたいなものが俺を待っている筈だ。俺はまだ死ぬわけにはいかんからね。