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そんな学園の日常  作者: 檜 楓呂
五月二十二日水曜日の出来事
29/31

第三章:16 矢城功司VS……?

「小僧、最期に一つだけ尋ねておこう」

「……何か?」

 残された俺は、溜め息をついて御更木の言葉を促す。

「薫とは、どこまでいった……? いや、薫に何をした?」

「……何も」

 もう一つ溜め息をつく。なんて質問だよ。

「嘘をつくな! 貴様、嫌がる薫に、無理矢理、何を、やったんだッ!!」

「うるせぇですよ!? つーかちょっとなんか今不穏当な言葉混ぜてませんでしたかアンタ!?」

「俺は事実を述べたまでだ!!」

「事実だったら俺は既に国の治安機関のお世話になってますから!!」

「そこは上手く薫に口止めしたんだろう!? 薫の、は、はは、破廉恥な写真でも撮って脅して!!」

「誰がんな事するかボケ!! そんな事リアルでやったらテレビデビューだよ嫌な意味で有名人だよ!! 第一、俺は純愛派だ!!」

「くっ、これだから最近の若者は! 純愛で何でも済まされると思うんじゃねぇ!!」

「いや済ます気ないから!!」

「き、貴様今認めたな!? 薫と、そ、その、生命の営みをしたと今認めたな!?」

「認めてねぇからそんな事!!」

「言い逃れは許さん!! ふ、ふふふ……貴様はやはり断罪されるべきだな、他でもないこの俺に!!」

「はぁ!?」

「例え世間が貴様を許そうと、俺は絶対に赦さん!! 裁いてやる!!」

「はっ、上等だよおっさん! さっきから訳分からん事を声高に叫びやがって!!」

「『上等』? やっぱり貴様認めたな!? 薫を、て、て、手篭めにした事を!?」

「だぁ――!! 違うから!!」

 もう嫌だこのオヤジ。なんでこんなに坂上と俺との既成事実を作り上げようとすんだよ……?

「問答無用!! 生まれた事を後悔しろ!!」

 そう叫んで、俺に飛びかかってくる御更木。大きな体格に似合わず、かなり素早い動きだ。

「断る!!」

 それを、身を低くして前へ足を踏み出し、御更木の下をくぐるようにしてかわす。かわした姿勢のまま、後ろを――御更木の様子を確認する。

 御更木はズボンのどこかに隠してあった、一丁の小さな拳銃を俺に向けていた。

「避けようと無駄だ!! 娘をキズものにされた恨み――」その照準を俺に定め、指に力を込める。「晴らさずにいられるか!!」

 前へ踏み出した足が廊下についた瞬間、俺は右へ跳ぶ。

 ――チュンッ!

 鋭く小さな銃声の後、俺がいた地点で跳ねる弾丸。確認できた弾道、銃声、弾速。そのすべてがさっき撃たれたものとはまるで違う――

「おいお前、それ本物だろ!?」

「何を今更! 薫が受けた傷、痛みはこんなものじゃない!!」

 銃口が右へ移動する。着地して御更木の方を向いている俺へ――

「っ! 冗談じゃない!!」

 俺は左へ、廊下の壁めがけて跳躍、そして壁を蹴ってやや斜め後ろへ跳ぶ。

 俺が通ったところを、少し遅れて駆け抜ける銃弾。

「ええいすばしっこい奴め!! そうやって薫を、し、使用済みにしたら逃げる気か!!」

「んな事してねぇししねぇ!!」

 御更木との距離は、大体七歩。銃弾なら一瞬、俺なら一呼吸ちょっとで詰められる距離で、睨み合ったままいったん膠着こうちゃくする。

(くっ……どうする、あいつ予想以上のバカだ……)

 相手の手には遠距離の対峙で圧倒的有利を誇れる武器。

 対する俺には……

(透視……サイコメトリー……テレパシー……念写……念動力……パイロキネシス……)

 この中で今実用できるのは……念動力かパイロキネシス……。

(でも人間に対して使うのは……)

「ふ、ふふふふふ……どうした小僧! やっぱり薫の事は遊びだったのか!! 体のいい、せ、せせせ、性欲処理の対象だったのか!!」

「うっせぇ!! アンタの発言、さっきから生々しすぎんだよ!!」

「実行したのはお前だろうが!!」

「してねぇ!!」

 下らないやり取りをしながら、俺は辺りの様子を伺う。

 前方、七歩の距離に、銃を構えた御更木。五歩の距離の壁際に、消火器。

 後方、多分二歩くらい後ろに、トイレ。六歩くらいのところに、理事長室への扉。

(人間に、対して……)

 ……そういえば、前に龍鵺に対して使ったような気がするな……。

「こんな事なら、マシンガンでも装備してくるんだったな! そうすればお前に、薫で一時の快楽を得た事と、生まれてきた事を同時に後悔させられたのに!!」

「だから変な発言は控えろこの変態が!!」

 ……なら、無機物に対して使うのは、アリだよな。

(その場合の速さは……そんなに変わらないか。よし……)

 決めたのなら迷わずに。礼を言うべきかどうなのか分からないけど、とりあえずありがとう、龍鵺。おかげで決心がついた。

「変態だと!? 娘を大事に思う心のどこにやましい思いがあるというんだ!?」

「ねぇよ! 親が子を思うのは当たり前の事、正しい姿だ!!」

(『燃えろ』)

 御更木の真上の電灯に、念を送る。

(あんまりこういう能力は使ったことないけど……多分大丈夫、このくらいの距離からならできるはず……)

 ――パリン!

 軽い音の後に、ガラスの破片と燃えた電灯の材料が御更木に降りかかる。

「ぬっ!?」

 御更木の注意がそちらにいったのと同時に、後ろに跳ぶ。

(『外れろ』)

 トイレのドアノブを握り、引く。大した抵抗もなく、ドアが壁から外れる。

 その扉を盾に、御更木との距離を詰める。

「――くっ、小癪な!!」

 御更木はその扉に容赦なく銃弾を浴びせる。一発、盾にしている扉に当たる度に、銃弾が当たった部分が歪に飛び出てくる。

(あと一歩……もってくれよ……!)

 扉の左下の端から、赤い置物が見えた瞬間、持っていた扉を蹴り飛ばす。御更木めがけて。

 蹴り飛ばした瞬間、すぐに壁際に置いてあった消火器を手に取る。

 桐垣に、必要もないのに何度か説明された消火器の使用手順。

 1、上部の黄色い安全栓を抜く。

 2、ホースを外し、目標に狙いを定める。

 3、上下のレバーを握り――

「そんな事、言われなくたって思い知ったさ!!」

 ――目標の視界を潰せ。

 4、よい子は真似しないように。

 飛んできた扉を跳ね飛ばした御更木の顔面めがけて、消火器から純水が放出される。

「ぬぐぉ!?」

 避けきれず、それをまともに喰らう御更木。それでも、おおまかな俺の位置を推測したのか、俺のいる方角へ向けられた銃口から発せられる弾丸。

(その角度からじゃ俺には当たらない)

 弾丸は俺の右足の近くを通り過ぎて、廊下を跳ねた。

 俺は、左手で顔を覆い、右手に持った拳銃を二、三発、明後日の方向に撃っている御更木に近づく。

 そして拳銃を持っている右手を掴み、銃をたたき落とす。

「――だから、俺は生まれた事を後悔なんて、絶対にしない」

 がら空きの腹に、膝を入れる。

「かはっ……」

 御更木からは力が抜け、そのまま廊下に倒れこんだ。

「……分かったか、この親バカ野郎」

 そして倒れた御更木に向かい決め台詞。……誰かに聞かれてたら、相当恥ずかしいけど。

 

『……分かったか、この親バカ野郎』

 

「……え?」

 どこかから、聞こえてきた、聞き覚えがあるようでない声。少しノイズ混じりで、なにかに録音したものを流しているような……

『――だから、俺は生まれた事を後悔なんて、絶対にしない』

 あっれーどこで聞いた声だったけなぁーなんか毎日聞いているようで聞いていないような――

「って坂上ィ――!!」

 階段に繋がる廊下の死角から、顔を半分だけ覗かせて、ものすごーく嫌な笑みを浮かべながら右手に携帯電話を持つ坂上を、発見。ついでに音の発信源は、彼女が右手に持つ携帯電話のようです。

「なかなか、かっこいい事を言うじゃないか……」

「お、おおお前、いつからそこに隠れてた!?」

「最初から♪」

「あ、あああ……」

 ものすごくご機嫌な坂上と対照的に、体中が熱くなって冷や汗出まくりの俺。

「くくく……いやぁー良い声をありがとうございました〜」

「……消せ。今すぐ俺の存在をこの世から抹消してくれ……」

「ははははは、なにもそんなに恥ずかしがることはないじゃないか、矢城功司君。君はかっこよく闘っていたよ。ほら、」

 坂上が右手に持った携帯電話のボタンを操作する。

『――だから、俺は生まれた事を後悔なんて、絶対にしない』

 少しの間を置いて、

『……分かったか、この親バカ野郎』

「な?」

「な? じゃねぇ!!」

 終わりました。矢城功司の尋常なる生活、ここに終焉を迎えました。明日からは『矢城中二病自演乙功司』の称号と共に後ろ指さされる道を歩んでいきたいと思います。

「いやまだだ! そうなる前にそのケイタイを奪取!!」

「そう来ると思ってブレザーの内ポケットに即収納!!」

 動き出そうとした俺より早く、携帯電話を胸の内ポケットに入れる坂上。

「奪えるものなら奪ってみろ、矢城功司よ!」

「…………ッ!」

 奪えるわけねぇだろ!! 無理だよもうあそこに入れられたら手が出せないよ!!

「はっはっは〜」

 俺が手を出せないのをいい事に、内ポケットに突っこんだまま、先ほどのアレを連続再生する坂上。

(くっ……誰でもいい! 誰でもいいから、そのスイッチを押させないでくれ!!)

 携帯電話のスイッチ(ボタン)を押すごとに、確実に爆発する俺の大事なナニか。誰か止めて、この悪夢を。

「さて、これは早速明日から――」

「坂上様。お止め下さい。あなたがやめて下さるのなら、私はできる範囲で何でもやる所存でございます」

「ほう? なんでもやると?」

「やります。できる範囲なら、罪さえも被れます」

「それでは明日、教室で大告白ライヴ。好きな人と嫌いな人の名前をシャウトしてくれ」

「情け無用!? この悪魔!!」

「それは冗談だとして」

 心臓に悪すぎる冗談だ。というか、リアルで冗談じゃねぇ。

「そうだな……」

 坂上は少し逡巡すると、

「それじゃあ、今から私の事を薫と呼べ」

「……はっ?」

 そんな事を言った。

「ほら、『さかがみ』よりも『かおる』の方が短いだろ? それに『かおる』の方は子音が入ってるから実際キーボードを叩く手間が三回も減る。あと『坂上』だと『さかがみ』なのか『さかうえ』なのか混乱する人が出てくるかも知れないだろう?」

「…………」

 最初の理由はまぁ分かるが、後の二つの理由がよく分からないんだが……。

「嫌か? 嫌なら明日から私の着信メロディがアレになるだけだが――」

「薫カオルかおるかをる。何度でもどんな風にでも呼ぶから勘弁して下さい」

「ならばこれはみんなには隠しておいてやろう」

 坂上――薫は嬉しそうにそう笑うと、上機嫌で歩きだした。

「それでは、理事長に会いに行くか」

「…………」

 俺は何となく憮然としながら、坂が――薫の後をついて行った。


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