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そんな学園の日常  作者: 檜 楓呂
五月二十二日水曜日の出来事
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第三章:13 救出

 生徒達の教室があるこの棟は、一階が空き教室や倉庫、二階が三年生の教室、三階が一年生の教室、四階が二年生の教室、といった造りになっている。はっきり言って一階を使うことはほぼ皆無。なんでも他の二つの棟が四階建てになっているため、一つの棟だけを三階建てにすると景観がどうとかいう理由でこの棟も四階建てになったらしい、と、前に桐垣から聞いたような気がする。

 とにかく、この棟の一階層は、授業中の時間帯となれば人が通ることがまずない空間となるのだ。

「だからっていきなり襲ってくるとはなぁ……」

 その廊下で、のびている『何でも屋』の構成員二名。

 坂上が棟に入り、俺も続いて棟に入ったその途端、入り口から廊下に繋がるT字の死角から二人が襲いかかってきたのだ。

「それにしても……武器が鉄パイプってどうよ?」

「……まぁ、そういう奴らもいるんだ。気にしないでくれ」

 坂上はそう言って、その倒れてる奴らを跨いで先へ進む。

「そう言えば、一つ聞きたかったんだが……」

「私の個人情報に関わること以外なら受け付ける」

「…………」なにか警戒されている気がする。「……『何でも屋』が使ってる銃ってさ、本物なのか?」

 それもとりあえず気にしない事にして、坂上に質問を投げる。

「いいや、おもちゃを少しいじった程度のもので、当たっても死にはしない。ただ少し痺れて行動不能になるくらいだな」

「ふーん……けっこう器用なことしてるんだな」

「いやただ貧乏なだけだ」

「…………」

 そんな身も蓋もない。

「だからあいつには分からないんだろう。年頃の女子高生が毎日毎日コンビニのお弁当やらおにぎりやらで満たされる訳がない事を。確かに体は満たされるかもしれないが、心までは満たされないんだよ、コンビニのものじゃあ。……だって、そこに愛がないだろう?」

「いや、店員さんの愛とかが詰まってる――」

「ダメなんだよ、そんな出来合いの愛なんかじゃ。その点、君は恵まれているな」

 坂上は少し羨ましそうに俺の事――というか、俺の胃腸の辺りを見る。

「体も心も満たされていそうだ……」

「…………」

 ……多分、今なかなかいい話をしてるんだと思うんだけど、表現的にいやらしく感じる俺の心は濁っているのだろうか……。

「……とりあえず、来宮さんを探しに行こうか」

「そうだな。この議論はまた後でするとしよう」

 ……まだ続くんだ、この話……。俺は内心溜め息を吐きながら、来宮さんの捕えられている倉庫を目指した。

 

「さて、目的の倉庫まで着いたのはいいが……」先ほどのトランシーバーの会話で、『何でも屋』のリーダー曰く来宮さんの捕えられているらしい倉庫の扉を前にして、俺は一つの懸念を口にする。「……本当に来宮さん、ここにいるのか?」

「ふむ……こちらからあの広守備範囲の変態に裏切り予告をしてしまった以上、来宮梢がこの中にいる、という確証はないが――ん? どうした、矢城?」

「いやなんでも……続けてくれ」

 そこまでぼろくそ言われてるリーダーさんに同情していた、なんて言えるか。……反抗期の女子高生って、みんなこんなんなのか? つかリーダーさんって本当、どんな人なんだろう……。

「とりあえず、他に手掛かりは何もない。それに、いくらこの時間帯とは言えども、気絶した少女を運ぶのはいささか危険すぎるだろう。ここは、この倉庫に賭けてみよう」

「分かった」

 坂上の判断に従い、俺は扉に手を伸ばす。その手を、坂上が止める。

「いや待て。ここに来宮梢がいるにしてもいないにしても、待ち伏せぐらいはされているだろう」

「まぁ、確かになぁ……」

 計画の邪魔をする、という事は来宮さんと理事長の身柄をこちらに奪うって事だし。

「それじゃあどうするんだ?」

「そこはそれ。先ほど受け取ったあのフラッシュバンの出番だろう」

「ああ……」

 俺はポケットにしまっておいた例の桐垣製フラッシュバンを取り出す。……本当に、パッと見てただの缶ジュースにしか見えない。

「使うのはいいけど、どうやって使うんだ、これ?」

「さぁ? 普通は栓みたいなものを引き抜いて着火させて相手に投げるのだが……多分、そのプルタブで飲み口を開ければいいんじゃないか?」

「プルタブって……」

 確かにこれ、飲み口開いてないけど……。

「まぁとりあえずやってみろ」

「ああ……」

 とりあえず、プルタブに指をかけ、力を入れて開けてみる。『プシュッ』という、ガスが抜けるような音の後に、飲み口から薄い煙があがる。

「うわ、マジで着火された……」

「よし、投げ入れてみるか」

 坂上は俺からフラッシュバンを奪うと、倉庫の扉を少し開けて、その隙間からそれを転がすように投げ入れた。そして扉を閉める。

 時間にして、約一秒後。

 倉庫の中から、何かドタバタとした音と、何人かの男の呻き声が聞こえてきた。

「どうやら上手くいったようだな」

 坂上はそう言うと、倉庫の扉を開いて中に踏み込んだ。俺もそれに続く。そして、薄暗い倉庫の中では――

「……なんか、少しデジャヴを感じる……」

 呻きながら倒れている『何でも屋』構成員三名と、器用な格好でマットの上に寝かされている来宮さん。そういや、この人と初めてあったのもここだったなぁ……。

「よし、来宮梢を運び出すぞ」

 坂上はそう言って、変な感傷に浸っていた俺を見る。

「……え? 俺が運ぶの?」

「もちろん。女の子の細腕には箸以上の重たいものが持てない事を知らないのか?」

「…………」

 俺の周りにいる女性の方々は、絶対にそんなか弱くはない、と言いたいけど言えない。言ってはいけない気がする。

「……分かった」

 俺は溜め息をついて、横になっている来宮さんを背負う。

「おや、私の時はお姫様抱っこだったのに、来宮梢は背負うんだな」

「……それがどうした?」

「いや、それはつまり来宮梢や浬亜には背負って楽しめる感触があっても、私にはないと言われている気がしてな」

「そんなもん、時と場合と状況によるだろ」

「つまり私には胸の厚みがない、と言いたんだな?」

「誰もそんな事言ってねぇ!」

 というか何だ? 坂上って、自分の体形気にしてんのか?

「当り前だろう、女で体形を気にしない人間はそういない」

「ふーん……別に、そこまで気にする体形でもないだろ、坂上は」

「……本当にそう思うのか?」

「ああ。別にただスレンダーな体形なだけじゃん。均整も取れてるし、髪も綺麗だし、なんというか……浴衣とかすごく似合いそうな気がするけどな。ああそれと――」

「いやもういい」

 身長も少し高めだし凛々しいと思う、と続けようとした俺を遮る坂上。俺に顔を向けていないけど……多分赤くなって照れてるな。

「人に自分の事を聞いておいて照れるなよ」

「うるさい。純情なんだ、私は」

 そう言ってさっさと倉庫を出て行ってしまう坂上。俺は溜め息をつきつつ、女に対しての背が高くて凛々しいっていう言葉は果たして褒め言葉のうちに入るのだろうか、なんて考えつつ坂上の姿を追った。


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