第三章:12 複雑な乙女心……?
一先ず来宮さんの救出を優先した俺たちは、まず来宮さんが捕えられているという倉庫に向かう事にした。
そこまで向かうルートは、授業中という事もあるので、まず人気が一番ないこの棟の一階までいってから、一度校舎から箱庭の方へ出て、生徒の教室がある棟に向かう事になった。
俺と坂上は、特別教室のある棟の階段を下っている。丁度今、三階から二階へ降り立つところだった。
「……ん?」
三階からの階段を降り終わったところで、俺は妙な気配を感じた。そう、まるで上の方から何かに覗かれているような――
「! 身を隠せ坂上!!」
「きゃ!?」
俺は前を歩いていた坂上の体を少し強めに押す。当然、能力を開放している俺に押された坂上はヘッドスライディングをするかのように勢いよく前に倒れる。
同時に俺は横に跳ねた後、坂上と同じように前に勢いよく倒れこむ。その一瞬後には、俺たちが立っていたところに銃弾が跳ねた。
「上を取られたか……」
坂上があの裏切り宣言をしたにしては、妙にすんなりと通してくれると思ったら、上を取るために敢えて通したのか……。上の階の階段からは死角にあたる場所で、立ち上がりながら俺は次にどうするべきかを考える。
(どうする……。俺があいつらなら、階段を塞いだところで、もう一つの階段か違う棟から人を送り、挟み撃ちの形を作るが……)
多分そうしてくるだろう。現状ではそれが一番手堅く確かな方法だ。
(そうなると、死角は一箇所しかないか……)
でもその道は少し痛そうだなぁ……。
「おい、矢城功司よ」
「あん?」
その道以外に通れる場所はないかを考えていると、未だに倒れたままの坂上が憮然とした声で話しかけてきた。
「私を助けてくれた事には礼を言う。……だが、ほかに方法はなかったのか?」
「はぁ? 方法って?」
「だから、別に突き飛ばさなくたって良かったんじゃないか、という事だ」
「え? ああ、その事か。いや、急な事だったんでつい……」
「つい、じゃない。顔に傷がついたら責任をとってもらうところだったぞ」
「いや、すまん」
俺は坂上に近づいて、その手を取る。そして立ち上がらせる。
「まったく……小さなところで気が回るくせに、変なところでは気が回らないんだな、君は……」
「気にしないでくれ。……あと、もう一つ気にしないでほしい事がある」
「なんだ?」
「今からお前を抱く」
「ああ抱く――」
ふと、真っ赤になって固まってしまう坂上。
「? どうしたんだ?」
「お、おお、お前……だ、抱くって……どういう……」
「はぁ? 言った限りの意味だが?」
何をこんなに慌ててるんだ、坂上は。
「そそ、そんな事を急に言われたって……その、心の準備が……」
「いや、すまないが今はそんな事を言ってる暇はないんだ」
俺は坂上に近づく。すると、坂上はビクッと身を固まらせてしまう。
「何をそんなに緊張してるんだ?」
「緊張するに決まっているだろ……! は、初めて……なんだぞ……」
そこで、俺の耳が近づいてくる足音を捉えた。その音を詳しく探るために、俺は耳を澄ます。
(人数は……四人か。場所は……違う階段からだな)
だとするならば、すぐに『何でも屋』の奴らはこの階に姿を現すだろう。
「もう時間がない。失礼するぞ、坂上!」
「ひゃぅ!?」
俺は何故かギュッと目を瞑っている坂上をお姫様抱っこすると、迷わずに窓の縁に足をかけた。
(まぁ、二階くらいの高さだったら怪我もしないだろう)
そしてそのまま、俺は窓の縁を蹴って飛び降りた。
すぐに襲ってくる浮遊感。内臓が浮く感じ。その中で、とにかく俺は、抱っこしている坂上を離さない事だけを気にかけた。
地面がけっこうな速さで近づいてくる。
俺の腕に抱かれている坂上は、ギュッと目を瞑ったままだ。
「――ぐっ……」
そして、坂上を抱いたまま、箱庭の外周付近に着地。俺の体重プラス坂上プラス重力加速度分の負担が俺の両足にかかる。痺れるような感覚が俺の体を駆け抜けた。
(……強化してても、けっこうつらいものがあるな……)
それに耐え終わると、俺はすぐに俺達の教室がある棟へと駈け出した。そして、目的の棟の入り口まで着くと、俺は坂上を腕から降ろした。
「…………」
「どうした、坂上?」
俺の腕から降りた坂上は、ものすごく不機嫌そうな顔をしている。
「……穢された。矢城功司に穢された……」
「はぁ?」
「騙されて無理矢理に穢された……」
何を人聞きの悪い事を言ってるんだ?
「別に俺は騙してもなければ穢してもないぞ?」
そう言った俺はキッと睨みつけられた。
「うるさい。普通、抱くなんて言われたら……そう思うだろう……」
「いや思わないと思うぞ、普通は」
「うるさい。……何だか今の君と一緒にいると調子が狂うな……」
そんな事を言われても。
「それに、飛び降りるなら飛び降りると先に言え」
「いやもう近くにまで来てたからさ。『何でも屋』の人達」
「うるさい。よい子が真似したらどうするんだ」
「大丈夫だ。こんな真似する奴は悪い子に決まってる」
「ならお前は悪い子だ。……元に戻ったら仕返ししてやる……」
「……坂上、聞こえてるぞ?」
「……当り前だ。聞こえるように言っている」
「その割には精一杯小さな声を出そうと頑張ってたように見えたけど?」
「うるさい。先を急ぐぞ」
坂上はそう言って、さっさと棟の中に入って行ってしまった。
「……女って、よく分かんねぇなぁ……」
俺は小さく呟きつつ、坂上の後に続いて棟の中へ入って行った。