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そんな学園の日常  作者: 檜 楓呂
五月二十二日水曜日の出来事
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第三章:8 過去2―トラウマ―

 ……それから一年後の春の事だった。そう、それは忘れもしない、小学校の卒業式から二日経った日の夕方の事。多分、俺のトラウマ。

 赤く染まった公園。

 めちゃくちゃな顔になって倒れる、醜い大人。

 景色のように赤くなった、俺の拳。

 尻もちをついて俺を見ている、東。

 ――その日、俺たちは小学校のクラスの卒業パーティーに行っていた。ほんの三日前までは毎日のように顔を突き合わせていたクラスメイトとも、ほとんどがお別れだという事で、そのパーティーはけっこう盛り上がった。

 笑い声が溢れる空間。

 楽しくて、楽しすぎて涙が出るような時間。

 平和で平凡で暖かい日常の中の出来事。

 そして、その帰り道の事だった。

 いつも通り、東と俺は家路を辿っていた。楽しかった時間とは対照的な、物静かな夕暮れの道を。お祭りが終わった後のような、寂寥感漂う道を。

 その時していた会話の内容は思い出せないけれど、確か、公園にでも行こう、とかいう方向になって、俺と東は公園に向かおうとした。

 そして……その時に、東が誘拐未遂に遭った。

 いきなり車が俺たちの横に止まってきて、ドアが開くと同時に大人の手がそこから伸びてきて、東を車の中に引きずりこんだ。

 驚いて呆然としている俺を置いて、車は走り出す。そこで俺は我に返る。

(な!? 東!?)

 一瞬、手荒い東家の迎えの車かと思ったけど、その場から見える、その車の後部座席にいる、俺に向かって何か叫んでいる東を見て、そんな場違いな思いは消し飛んだ。

 そして、頭に血が上った。

「……の野郎」

 東はこっちを見て、何かを必死で叫んでいて、すごく悲しそうで怖そうで、スキナヤツ一人守れない自分に腹が立って、その車に乗っていた奴らを――シタクナッテ。

 俺は走り出していた。

 ふと、父さんの言葉が脳裏に蘇る。いつかの夜に言われた言葉を。

 ふと、いつかの夜には見れなかった、母さんの笑顔が思い浮かぶ。

(……ごめん)

 なんとなく謝りたい気分になった。多分、この後めちゃくちゃ迷惑かけることになるから。

 でも今は東の方が大事だから。

 本当に――

「……ごめんなさい」

 俺は今からこの力を使ってしまいます。大事な人を守るために、あの日から、初めて自分の意思で――

 

 ――そして車は俺と東が行くはずだった、静かで小さな公園に着いた。その車に少し遅れて、俺も辿り着く。俺は公園の入り口付近に身を隠す。力を使ってるせいか、頭が痛かった。

(たしか、父さんが言ってたな……。こういう時は、かくれてチャンスを待てって)

 車に乗っていた大人は二人いるようで、一人は外に出てきて何やら携帯電話を耳に当てている。もう一人の大人と東はどうやら車の中にいるみたいだ。

 俺は遠目にそれを確認すると、即判断した。

(あの電話してるヤツから倒すか)

 そう思ったら、自然と体が動いていた。俺の体に宿っているという超能力のおかげで、何倍にも増強された身体能力で。

 距離にして十メートルとちょっと。普段よりも圧倒的に軽い体で、一瞬で距離を詰める。

 電話の男はこちらに気づかなかった。俺は近づいた勢いのまま思いっきりその男を殴った。

「ぐほぁ!?」

 その男は、まるであの時の扉のように吹っ飛んだ。冗談でも比喩でもなく、同じような軌道を描いて、その男の身長の三倍くらい。

 足もとにはその男が持っていた携帯電話が落ちていた。それを拾い、耳に当てる。

『あの……もしもし?』

 そこから聞こえる、怪訝そうな声には聞き憶えがあった。この声は多分、東のお父さん。

「えっと……もしもし? 矢城です、矢城功司です」

『ああ、なんだ功司君か。どうしたんだい?』

 とりあえずその声に応答してしまったが、何を言えばいいか分からなかった。

「……えっと、あの……ちょっと帰りがおそくなります」

『帰りって、浬亜のがかい?』

「えっと、はい。ちょっと東は手が離せない状態なんで、俺が電話する事になって……」

『ああはいはい。了解したよ、功司君。迎えとかはいりそうかい?』

「いや、大丈夫です」

 話しながら、少し車の方を窺う。もう一人の、車に乗っている大人の方はこちらの様子に気付いたのか、車から出てこようとしていた。

『そうかそうか、君が送って来てくれるもんな〜。君になら、別に浬亜をあげても――』

「ああすいません、こっちも忙しくなってきちゃったから切ります」

 そう言って、有無を言わさず通話を切る。それどころじゃなくなったし、なにやら話がアレな方向になりそうだったから。

 車から出てきた大人は、電話をしている俺を見て訝しげな表情になり、吹っ飛ばされて横になっている大人を見て驚愕の表情をする。

 俺は携帯電話をその場に放って、車へと走り出す。そして後部座席のドアを開ける。

「東……」

 そこには東がいた。俺を見て、ビクッと怯えた、東が。

 それを見た瞬間、頭が真っ白になったような気がした。

 そして、その後に訪れたのは……どうしようもない破壊衝動。

 全て壊したい。壊して壊して壊しつくして……オレモコワレタイナ。

 少し乱暴に東の手を引いて、車から降ろさせる。

 降ろさせたら、その手を離す。そして、目の前に立っている大人を睨みつける。

 その大人は変な風に笑いながら、何かをぎゃーぎゃー言っていたけど、良く聞き取れなかった。すごく気に障る。

「うるせぇよ」

 いいかげん騒音妨害で訴えられないように、そいつの膝に横蹴りを入れる。そいつの膝は、面白いように右に曲がり、そいつの顔からは変な笑いが消えた。清々する。

「てめぇ、人の好きな女を攫っといて、何を喚いてんだ?」

 なにか、信じられないものを見たような目で見られる。ああ、めちゃくちゃうざい。

 膝が折れた分低くなって、俺の顔と同じくらいの位置にあった相手の顔を軽くビンタ。それだけで、そいつの顔が面白いようにビンタされた方向に向いた。

 そして、またそいつは何かを喚きだす。

「あぁ? 聞こえねぇよ」

 それがまた気に障る声だったから、俺はそいつの胸倉を掴んで持ち上げる。またそいつの身長は俺よりも高くなった。

 そいつは今度は何も喋らずに、俺が蹴った脚以外の手足をジタバタさせだした。

「うぜぇな……」

 俺はそいつの腹を殴る。そうしたらそいつは大人しくなって、今度はぐったりしだした。

「おい、お前。聞いてんだよ。東を攫っといて、何を喚いてんだって」

 ぐったりしたそいつを地面に放り、尋ねる。しかし返事はなく、そいつはぐったりしているだけだった。

「使えねぇな……」

 それはその場に放置して、俺は先ほど吹き飛ばした奴のところに行く。

「おいお前」

 未だに寝転がったままだったそいつの胸倉をつかみ、上半身を起こさせる。

「無視すんじゃねぇよ、おい」

 返事がなかったので、そのまま頬を殴る。一発、二発、三発……。

 だんだんそれが楽しくなってきた。黒くて昏い感情が心を占めていく。

 自然と笑い声が漏れそうになった。それでも止めない。十五発、十六発、十七発……。

 そういえばなんか近くにある顔もけっこうボコボコになってきたなぁ……。でもすごく楽しい。

 そういえばなんか変なリズムで振られる俺の拳も赤くなってきたなぁ……。でも止めらんない。

 二十三、二十四、二十五……

「……こうじくん……」

 ふと、後ろから声がかかる。三十発目を放つところで俺の拳も止まった。

「なんだ、あず――」

 振り返って東の顔を見た俺は、サッと血の気が引いた。

 東の目。まるでいつも俺を見る目ではなく、なにか恐ろしくおぞましいものを見てしまった、恐怖の目。

 東の声。まるでいつも俺にかける声ではなく、思わず漏れてしまったような震えて弱々しい、拒絶の声。

 ほんの二十分くらい前には俺に向けられていた、温かなそれらは、ほんの二十分くらいで、冷たく無機質なものになってしまっていた。

「…………!」

 俺は、そこで気を取り直す。

 今、俺がしていたことを振り返り、寒気が走る。俺が抱えていた昏い気持ちを知って、吐き気がする。

『壊したい。東を悲しませた怖がらせたコイツラを壊して壊してコワシテコ―シテシマイタイなぁ』

 その自分の気持ち以上に、思う事。

『東に嫌われた。東に怖がられた』

 さっきまでの友達が、俺の事を見ている。友達を見る目じゃない目で、俺を見ている。

「あ……ああ……」

 俺は何をしたんだ? 何をしたかったんだ?

 掴んでいた、大人の胸倉を離して、のろりと立ち上がる。

「っ!」

 東は、俺が立ち上がったのを見ると、一歩後ずさろうとして、さがれず、その場に尻もちをついてしまう。

 ――赤く染まった公園。

 ――めちゃくちゃな顔になって倒れる、醜い大人。

 ――景色のように赤くなった、俺の拳。

 ――尻もちをついて俺を見ている、東。

『――さて問題です。オレハナニガシタカッタンデショウカ――?』

「う……うぁ……」

 口から嗚咽が漏れる。

 何がしたかったって? 決まってんだろ、東を守りたかったんだよ。

 何をしたかだって? 決まってんだろ、あの大人をぶっ壊したんだよ。

「ああ……」

 酷いな、なんて醜くて馬鹿なんだろう俺。もう東と話すこともできないだろうなぁ……。

 それでも、怖がられてても嫌われてても、最低でも馬鹿でも、やらなきゃいけない事がある。

 嗚咽をかみ殺して、俯きながら東に近づく。

 東は口をパクパクとさせて、何かを言おうとしている。

(きっと、俺に対して「来ないで」とか言いたいんだろうなぁ……)

 ぼんやりと、自虐的な考えを浮かべる。

 東の前に立つと、俺は尻もちをついてへたり込んでいる東を背負った。意外な事に、抵抗はなかった。

「……ごめん」

 そして小さな声で謝る。届かなくたっていい。俺でさえ、何に対して「ごめん」って言ったのか分からなかったから。

 俯いたまま、俺は東の家を目指す。……もしも東のお父さんやお母さんに会ったらなんて言い訳しようか。

 東がちょっと怪我してる事と、俺が泣いている事を。

 

 そして俺は、東の家の前まで着くと、東を背中からゆっくり降ろした。幸い、東の両親とは顔を合わせずに済みそうだった。

 東を降ろし、しっかりと立てた事を確認した俺は、すぐに背を向ける。

「それじゃあ。……っ」

 そしてそれだけを言い、俺はすぐに駆けだす。……東にだって、泣き顔は見せたくないから。

 


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