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そんな学園の日常  作者: 檜 楓呂
五月二十二日水曜日の出来事
20/31

第三章:7 過去1―発端―

 はじめは、確か体育倉庫での事だった。

 友達によるふざけ半分の、子供ながらの無邪気さと残酷さによって東と閉じ込められた、夕暮れの体育倉庫。

 生徒の声もなにもなく、ただ静かな放課後。

 ともすれば、生きているモノの気配がしない放課後。

 薄暗い体育倉庫の中で、東の俯いた顔がすごく泣きそうで……。

(だれだ、おれの友だちを泣かせようとするのは……)

 そう、隠してたけど、東が泣きそうなのに焦って、それから――どうしようもない怒りを感じた。そうしたら、体中がカッと熱くなって――

(開けよ! このォ!!)

 ――ガコォン!!

 ――扉を蹴ったら、それが軽くすっ飛んで、人気のない校庭にものすごい音を響かせた。

 その光景に、俺はしばらく呆然とした。子供心でも、こんな頑丈そうな扉が、小学生に蹴破れるはずもないと分かっていたから。

(やべーどうしよう、扉壊しちゃったよ……)

 間抜けにそう思って東の方へ顔を向けると、驚いた顔をしていた東と目があった。しばらく間抜けた俺の顔を見ていた東は、やがて笑ってくれた。

(……よかった)

 好きな人が泣かずに済んだんだ。なら、こんな扉壊したくらい別にいいや。そう思うと、どうしようもない怒りも焦りも消えてなくなった。

 俺は東の方へ足を踏み出す。途端、クラっとして倒れそうになって、頭もなんだか痛くなったけど、我慢した。東を心配させないように笑いかけた。

 そうして、俺と東は一緒に帰った。大分傾いた陽に照らされた、いつもよりも遅い帰り道を。

 東とさよならをして、一人、玄関のドアノブに手をかけた時、今更になって恐怖が湧いてきた。

(おれ、何であんな事が出来たんだろう?)

 自分がすごく怖くなった。もしも、喧嘩とかして、誰かを蹴っちゃったら……。

 脳裏に浮かべてしまった、蹴破られた扉のように、吹き飛ぶクラスメイトの姿――

(いやだいじょうぶ。ケンカしなきゃいいんだ……)

 俺は頭を二、三回ふると、自分に怯えながら家に入って行った。

 ――その日の夕食。

 俺は、どんどんと酷くなっている頭痛のせいで、全然箸が進まなかった。

「どうしたの? 功ちゃん?」

 それを心配した母さんが、俺の目を覗きこんできて――

「っ!」

 息を呑む気配がはっきりと聞こえてきた。

「お、お父……さん」

「ん? どうした、和泉?」

「功ちゃんの……目が……」

 ガタッ、と椅子を蹴って立ち上がる父さんの姿。

 心配そうに慌てている母さんの姿。

 それを見る俺は、問題の中心は俺だと思いながら、どこか他人事みたいな心境だった。

「…………」

「…………」

 俺の瞳を覗きこんだ二人は、黙り込んで何かを考えているようだ。それも他人事に思えた。

「……功司」父さんのごつい手が俺の肩に置かれる。その感覚も、なんだかおぼろげだった。「今日、なにかすごく頭にくる事がなかったか?」

 普段そんな学校の事を聞かれたら、照れて適当にはぐらかすだろうが、今日はそんな雰囲気じゃなかった。

「今日、あった事……」

 俺はおぼろげた思考のまま、今日の出来事を簡潔に話す。学校の授業で、三回連続で当てられたこと。昼休みに東絡みでからかわれたこと。そして、放課後、東と閉じ込められて、扉を蹴破ったこと――。

「それが原因か……」

 そこまで話すと、父さんは天井を見つめて溜息を吐く。

 母さんはまだ心配そうに俺を見つめている。

「あなた……」

「……こうなったらしょうがない。少し早いが、功司にすべて伝えてしまおう」

 何を言ってるんだろう。

 熱に浮かされた気分で、俺はぼんやりと二人のやり取りを見ていた。

 

「功司、とりあえず、そこに座りなさい」

 夕食もそのままに、俺は父さんと母さんに連れられ、お父さんの部屋に連れられて行った。普段は入ると怒られるのに、なんだか不思議な気分だった。

 お父さんの部屋には、難しそうな本とかがいっぱい入った本棚があった。それから、良く分からない世界地図が壁に貼ってある。父さん曰く、漢のロマンらしいがよく分からない。

 その部屋で、父さんはカーペットの上に正座、母さんはその後ろにあるベッドに腰かけた。俺は、父さんの前に、同じように正座しようとして、上手くできなかったから片膝を立てて座った。

「功司、今から話す事を、良く聞いておきなさい」

 父さんはそう言うと、普段のおちゃらけた態度とは程遠い真面目な態度で、話を切り出す。母さんは、いつもののんびり穏やかな雰囲気など微塵も見せずに、ただ俺を心配そうに見つめていた。

「まず……家の事――家系の事からだ」

 父さんは、俺に色んな事を話した。まず、家の事。なんでも、矢城家は昔――苗字がまだ矢城ではなかった頃、とてつもなく強力な能力を持つ一族だったらしい。ものすごく眉唾な話だが、実際に俺にその能力的なものがある時点で、それを信じるしかないのだろう。

 それから、その一族が辿った歴史も聞いた。伝承的な怪物に襲われた村を助けた話だとか、お偉いさんの用心棒をしていた話だとか、異能を持つゆえに助けた村から疎まれたり、差別されたり、迫害され、あちこちを流浪していただとか。……本当に眉唾な話だ。

 だから信じたくなかった。信じなかった。そんな誰かの為に頑張った人が頑張った分だけ報われない、不幸な話なんて。そして少しムカついた。なんで助けてもらったのに、虐めるんだとか、なんで力を持ってるのに、黙ったままなんだとか。

 一族の話を終えると、次は俺の話になった。

 現代において、その一族の能力を持つ人間は矢城の家系にはけっこういるが、ほとんどその能力は使い物にならないという。そう、普通の人間とほとんど差のない超能力者。それも人間の環境適応能力だな、と父さんは言っていたけど、良く分からなかった。

 しかし、その中にも例外はいるらしい。生まれながらに、目には見えないモノが見えてしまう人。手も触れずに大きな物を動かせる人。人の心が分かってしまう人。探せばどこかにいそうな、超能力者たち。

 どうやら、矢城功司もそういう人間らしい。名字が漢字五文字以上の人に出会う確率以上マンボウが生魚する確率以下の確率で生まれた、強力な超能力者。

 しかもご丁寧に、一際凶暴で凶悪な。

 怒りや焦り、負の感情によって暴走してしまうケモノの力。オリンピック選手なんて目じゃない、野を駆るケモノ以上の運動能力。百マイルの剛速球すら止まって見え、至近距離からのボクサーのパンチすら交わす神経。矢城の家系に刻まれた異端能力。

(ああ、だからか)

 それで理解した。恩人を迫害する村も、迫害されてもただ流浪するという選択を貫いた理由も。

 自分たちが我慢すれば、全て丸く収まるんだ。自分たちが暗いものをすべて背負えば世界は平和なんだ。

(それでも……)

 納得はできなかった。したくなかった。だってそうだろう。そんな哀しい話、嫌じゃん。俺は嫌いなんだよ、そういう暗い話。笑い飛ばせるくらい、誰もが笑うしかないくらい、明るい話の方が好きなんだよ。失笑でも冷笑でもなんでも。とにかく誰もがそれぞれ笑ってられる話が好きなんだよ。

 暗い話なんて、傷つく話なんて――大嫌いだ。

「――お前が今日、体育倉庫の扉を蹴破れたのも、その力のおかげだ。そういう能力があるっていうのは分かってたんだが――ここまで強いとはなぁ」

 そこまで話すと、父さんは呑気な声でそう言った。その声で、現実に連れ戻される。

「功司」

「……なに?」

 今まで父さんの話を黙って聞いていた俺は、この部屋で初めて声を出す。

「怖いか?」

「…………」

 怖いか、という父さんの質問。その意味は……一応でも分かっているつもり。

「……うん。怖い」

 この力を使い――使ってしまって、もしも友達を傷つけてしまったら。

「そっか、怖いか。……なら大丈夫だな」

 その答えに、父さんは満足そうなのに寂しそうな表情で頷く。ずっと黙ったままな母さんは、なんだか泣きそうな顔だ。

「怖いなら、その力の意味が分かってるって事だ。……あとはいつも通り、楽しく日々を過ごすこと!」父さんはその表情を隠して、笑顔を浮かべると、ごつい手を俺の頭に置いて乱暴になでる。少し嫌だったけど、振り払おうとは思わなかった。「ん……? 待て、なんかこの言葉カッコ良くないか? ヤバいな、今日から矢城家の家訓に載っちゃうぜこれ?」

 そしていつもの明るい声。おどけた口調。これで本人は大真面目らしい。

「だめですよー、お父さん。それを入れると、もう家訓が58個になっちゃいますからね〜」

 母さんもいつもの、間延びしたのんびり声で父さんのボケ(重ね重ね言うけど、本人は至って真面目)に返す。

 そして俺は。

「家訓その23って『むやみに言葉を増やすな、男は黙して語れ』じゃなかったっけ?」

 その場の雰囲気に沿った言葉を発する。だって俺、明るい方が好きだもん。

「うるさいぞ〜功司〜。お前はいつからそんな揚げ足をとる子に育ったんだ〜」

「多分――ていうか絶対に父さんのせい」

「うわひどっ。母さんや〜功司が俺を苛めるんだ〜」

「あらあら、図星を指されちゃったわねぇ、それはつらいわね〜」

「うわ〜ん、みんなが俺を苛める〜」

 父さんはそう言って、泣き真似をする。それを母さんが「よしよし」なんて慰める。本当、若い夫婦だ事で。

 そんな両親を見つめながら、一つの決意をした。それはきっと拙い決断。子供の精一杯の背伸びだったかもしれないけれど。

『これからは、自分以外の誰かを優先しよう』


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