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選択肢

作者: もじゃ
掲載日:2018/08/11

 『力』とは何か?


 『力』は『選択肢』だ。


 筋力、経済力、権力等。


 どの『力』も自身が往く『選択肢』を大幅に増やしてくれる。


 それが事実。


 故に人々は望む。




『力が欲しい』と。




『力があれば幸せになれる』と。




 だが本当にそうだろうか?


 実際はそうではない。


 『幸せになれる選択肢』は、もちろんあるだろう。


 だが、その中には当然『不幸になる選択肢』も存在するはずなのだ。


 ではなぜ人々は『力があれば幸せになれる』と盲信しているのか。




 それは『力ある者達』の外面しか見ていないからだ。




 別の言い方もできる。




 『力ある者達は幸せそうな面しか見せない』とも。




 当然のことだろう。


 人々は誰しも己の醜い部分を隠そうとする生き物なのだから。


 『よく見られたい』と思う生き物なのだから。


 だから自分が『不幸せです』なんて公衆の面前で声高々に叫んだりはしない。


 それが『力ある者達』となると、そこに『世間体』という要素が加わり、その思考は一層強まる。




 だから気づかないし、気づけない。




 そして、『力なき者達』は『力ある者達』の外面だけを見て確信する。




 『幸せなのだ』と。




 『力ある者達』の苦労も知らずに。


 そして盲信する。




『力こそすべてだ』と。




 『力ある者達』の『選択肢』は確かに広い。


 膨大だ。


 だが、その『選択肢』の中には、『選ばなければ行けない選択肢』――つまり『義務』も当然のことながら発生してくるのだ。




 選べるが故に行わなければいけない『義務』が。




 それだけではない。


 広すぎる『選択肢』を持つ者達には、その『選択肢』が採れない人達が群がってくる。


 自身が採れない『選択肢』を選んでもらおうと大挙する。


 様々な手法で。


 その手段は多岐にわたる。


 依頼、要望、注文、申請……そして懇願。


 中には、詐欺という手法を採る輩もいることだろう。


 そんな者達は得てして狡猾だ。


 そういった人々の対処もまた『選択肢』を持った人達の一種の必須事項となる。


 『貧乏暇なし』などという諺があるが、実際はそうではない。




 『力ある者達』もまた、暇など存在しないのだ。




 甘えれば即、『力無き者達』の仲間入りをしてしまうのだから。


 だから隠す。


 『力ある者達』は必要最低限な情報以外は、外の人間にはひた隠す。


 悪目立ちを防ぐ。


 私はこれだけの『選択肢』が採れますよと声高々には叫ばない。


 叫べば有象無象に押しつぶされるから。




 だが、急に『力ある者達』の仲間入りをした者はそれには気づかない。




 なぜなら、今まで持っていなかったから。




 『力ある者達』の葛藤など知るはずもないのだから。


 故に目の前に提示された膨大な『選択肢』に歓喜する。




 『これで私も幸せになれる』と歓喜する。




 だが実際はどうだろうか?


 『宝くじで大金を得た多くの人達が不幸になった』という話をよく耳にするのはそういうことだ。


 あまりの環境の変化に対応できず、本来自分の『選択肢』であった『選択肢』が、いつしか隣に居る他人にその『選択肢』を強制されてしまっているのだ。


 (そそのか)されているとも知らず、眼前に迫るわかり易い幸福を凝視し、『選択』させられる。




 その先に自身の不幸があるとも知らずに。




 そして、実際に目の鼻の先で不幸が手招きして待っていると気づいた時にはすでに手遅れだ。


 逃れることのできない不幸。


 それに遭遇して初めてこう呟くのだ。




 「宝くじなんて当たらなければよかった」と。




 その本質には結局気づくこともなく。




 これらの話を裏付けるかのように、巷で聞く噂にどれもあまりいいものはない。


 それはそうだろう。




 なぜなら、急に『力ある者達』の仲間入りをして成功している者達は、上手に隠しているからだ。




 故に、その存在を世の中の有象無象に知られることもない。


 結果、世の中には不幸話だけが伝搬する。


 単純にそれだけ。


 それだけの話。




 では、その者達の差は一体なんなのだろう。


 不幸に陥る者と幸福を謳歌する者。


 この差は何か。




 それは知識の量だ。




 急激な環境の変化に耐えうるだけの知識を得た者達だけに幸福は訪れる。


 そして、これは単純に勉強すればいいというだけの話ではない。




 重要なのはイメージすること。




 自分がもしその状況に陥ったならば……というイメージ。


 わかり易い目先だけの幸せではなく、その先に巻き起こる混乱、葛藤、(いさか)い。


 それらを事前にイメージしていることが重要なのだ。




 逆に言えば、それらをイメージできていない間は、無闇矢鱈に動かないのが肝要だ。


 自分の欲望のまま動けばそれは即、不幸への片道切符となる。




 だからまずはイメージ、次にそれらを解決するための知識。




 これら無しにきっと幸福な『選択肢』を選ぶ日は訪れないだろう。




 ただし、これらは口で言うのは簡単だが、実際行うのは難しい。


 だからこそ、そんな急激な変化を求めるべきではない。


 少しづつでいい。




 自らの『選択肢』が広がる『選択肢』を選んでいこう。




 その方がずっと幸福への道に繋がるはずだから。




 自らが切り開いた『選択肢』は、その先もきっと見晴らしの良い場所であるはずだから。




 広がった『選択肢』の先を見据えるために。







 そこまで打ち込んだ後、男は近所で行われている工事のせいでギシギシと揺れる部屋の中、()だるような暑さに顔を(しか)めながら安物の椅子に背を預け、天を仰いで呟いた。




「あぁ~どっかに二億円くらい落ちてねぇかなぁ……」




最後の一言が言いたかっただけという。

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