それはまるで恋焦がれるように
「橙真さん、会いたかったです」
「ありがとう、僕も会いたかったよグランツ君。元気そうで安心したよ」
「はい、橙真さんもお元気そうで」
感慨深い面持ちでお互いが再会を喜ぶ
10年振りに会う相手に、お互いが喜びを隠さず表す
お互いが定命な存在から不死な者へと存在が変化した今、時間に対する感覚も変わっている
以前程時間に関して縛られる事や拘り、待望をするような事が無くなったように思う
勿論、会わなくても寂しくないと言うことでもない
ただ、そう思うまでの時間が長くなったような感覚
元から長命な種族や不死不滅な存在が持つ感覚までにはならないが、段々とそれに近い物へと変わっている
勿論例外もある、これから起きるであろう事件、現象は焦がれるように待ち続けた
早く、早く訪れろと何度も何度も思い馳せた
「取り敢えず、少しだけ話したら帰してあげないとシャルロットさんが困るだろうから細かい話は今度にしようか」
「やはり念話が届きましたか?」
「うん、怒ってた」
あはは、と笑いながら伝えるとグランツは恥ずかしそうに紅茶を飲んで誤魔化す
グランツもサポート要員として汐里になんだかんだと頼りにしている様子なので、あまり無茶を言って困らせるような事はしたくはないらしい
もっとも汐里は汐里で、これもテンプレと言えばテンプレでありかも、等と思っているので特に問題は無いといえば無い
「では、少しだけ。橙真さん、魔王達の動向は?」
「一応、勇者達が『七芒星』とか『七凶星』と呼んでいる僕とルナさんを含む七人の魔王には通達済みだよ。怪しい動きもあるけど、問題は無いかな」
「ほんとさ、『七芒星』はまあ仕方ないにしてもさ、『凶星』は止めて欲しいよね。アタシ、一応吉星なんだけど」
「急にどうしたんですか?良いじゃないですか、もっと悪意のある呼び名を付けられるより。僕はそれより、星が好きだからと『七芒星』なんて名乗られた方が嫌ですよ」
「うっさいなー!良いじゃん!格好良いじゃんよ!」
今『ブレイブ・ハート』によって特に危険性が高いと認識されている魔王は七人
それには橙真やルナも含まれている。橙真個人としては、何故自分が入っているのかわからない。寧ろグランツ以外が何故リーリウム・シュヴァルツが入っているのか分かっていない
その話は置いておくとして、特に呼び名も無かったこの七人なのだが、ルナが魔王をまだきちんとしていた頃にルナが世界に対して細かい台詞は割愛するが、手を出すのなら相応の覚悟を!我々『七芒星』が容赦しない!云々かんぬんと中々に決まったこと発言したことが由来となって未だに使われている
その時代橙真はまだ魔王では無かったのだが、確かに強大な力を有した魔王ばかりだった記憶がある
まさか自分が魔王となって、500年と言う長い時間君臨することになりその『七芒星』に数えられる事になるとは思わなかったが
気がつけば橙真も二番目の古参、一応世間的にはルナは行方不明若しくは死亡となっているので表向きは自分が一番の古参メンバーになるのだが、隣に本当の初期メンバーで且つ最古参であり名付け親のルナが居るので出来れば早く復帰をして欲しいと切に願う
最弱と呼ばれるだけあって、古いだけの腰抜け等と呼ばれているのだ
特に偉ぶっているわけでも、率先してしている訳でも無いのに扱いが酷すぎるので早くルナに戻ってもらいその悪名を持って黙らせて欲しい
「まあ、冗談は置いておいて。他の成り立てや力の弱い魔王なんかの有象無象が何を企んでも障害には成り得ないけど、残りの5人は敵対すれば少々厄介だからね」
「僕も直前まではトラブルには対応するつもりです」
「僕もそうするつもりだよ。兎に角本命が現れたときに邪魔をされないようにしておかないとね」
「そうなったらアタシが対応する。2人はアタシ達に任せて行っておいでよ。最古の魔王の名に懸けて邪魔は絶対にさせない」
「助かります、ルナさん。打てる手は大いに越したことありませんからね、『落ち人』全員にもこの世界に来た理由を果たしてもらいましょう」
今回に懸ける想いは三人ともが強く熱く重い、それだけ待ち望み待ち焦がれ、それこそ身を焦がすような思いで待ち続けた
故に、周りに対しても遠慮をせず使える手は使っていく
それだけ世界的に及ぶ被害は大きく、使う手を躊躇すれば本命に辿り着く前に世界が悲鳴を上げてしまう
シュミレーションは必要だが、いざその時になれば長考等していられない
いかに事象が始まる前までに、使える手を多く用意できるか、そして各地で次々と変化していく状況下で対応できる人員を割きながら自分たちの戦いの邪魔になるような障害を排除できる手を残して置けるか
この三人がどれだけ強くとも、どれだけ永きを生きてこようとも、どれだけ功績を立てていようと
結局は個人でしかない。全てを救うことなど出来ない、最強だからなにもかもに手を差し伸べることが出来るわけではない、ただ1番強いというだけなのだ
だからこそ、多くの手が必要になる。自分だけではなく、他の手が
自分の代わりに差し伸べることが出来る手が、しかも大量に
「まあ、詳しいことはまた今度。今は久しぶりの再開を堪能しようよ」
「はい!どうですか、久々の王都は?出来るだけ思い出の強い場所は変えず、面影を残しつつ新しいものを取り入れているんですが」
「うん、凄いよ。懐かしい温かさと、新しい所に着たわくわくが同時に感じられて不思議な感じ」
「アタシ個人的にはもう少し甘味のお店欲しいなぁ」
う~ん、と腕を組んでルナが唸る
あれだけ色々と甘いものを食べておいて、そこにダメ出しするなんて………と橙真は思ったが変にツッコムと後が怖そうなので黙って紅茶を飲む
使用人からお代わりを貰って、お茶菓子を一口。甘さを控えた味が口に広がり、その後に紅茶を飲めば言葉に表せない旨味が重なって口の中を満たす
「そうだ、何日後の何処で待ち合わせしようか」
「そうですね………2日後にまたここでどうですか?」
「うん、問題ないよ。それまでは王都をブラブラしてるからさ。勿論勇者達には見つからない様に行動するよ」
「はい、申し訳ありませんがよろしくお願いします。もし、行動に不都合があったら言って下さい」
その言葉にすぐさまルナが貴族エリアへの手配と会員制の店を利用する為の紹介状を強請った
多少嫌そうな顔をしたグランツだが、橙真からも頼まれて快諾
その場で紹介状と通行を融通させる手紙を書き上げ、家紋が刻まれた印を押す
ルナは橙真のサポートしているので、今は嫌ではあるがきちんと対応をする
本来なら敵対し最も力を入れて討滅すべき相手なのだが、橙真のサポートを自ら買って出て橙真もそれに対して少なくは無い恩を感じている為グランツはそんな相手を無下に扱う訳にもいかない
グランツも魔王として活動していたルナを知っているわけではない
だが、どんな行動及び活動をしてきたかは嫌でも耳に入る
真偽の程は不明だが、『ブレイブ・ハート』を率いる事になってから500年
ルナに関する様々な噂や信憑性の高い話、実話として知られた話を聞いてきた
グランツ個人としては今すぐにでも橙真を説得したい、が今まで支えてきたと言うその事実が余りにも大きすぎて強すぎるので何も出来ない
「え、何………?そんなに嫌だったなら別に良いよ?なんかごめんね?」
「いや、なんでもない。貴女に関しては半ば諦めている」
「ちょっと?!アタシがなんかした?!何で急にそんな問題児みたいな扱いすんのよ!」
色々やらかしているだろう、とグランツは言いたくなったがグッと堪える
ここで言葉にしては折角の橙真との接する時間が短くなってしまう
何の為に周りを欺いて大人げもなく全力で抜け出して来たのか、今一度橙真を見て思い出す
その後しつこく絡んでくるルナを捌きながら、橙真との久しぶりの会話を楽しんだグランツ
夕方には名残惜しいと言う感情を全く隠すことは無かったが、大人しく『ブレイブ・ハート』へと戻っていった
「さて、僕達はどうします?宿でも取りますか?」
「んー、トーマ君はちゃんと寝たい?」
「そ、それはどういう………」
「エッチな意味じゃないよ。寝ないで遊びたいけど付き合ってくれる?」
少し寂しそうな顔をした橙真が問うと、ルナが意味深な質問を返す
それに対して一気に挙動不審な態度になった橙真を見てルナが苦笑する
アタシそんな事しか考えてないみたいじゃん、と思ったがすぐに強ち間違えでもないかと思い直して言葉にせず飲み込んだ
「そんな事なお安い御用ですよ」
「ありがと、どっかでご飯食べてお酒でも飲みにいこっか!」
「そうですね、折角の王都ですから珍しいお酒でも飲んでみましょうか」
段々と日が落ちで来る王都、昼間とは違った賑わいが辺りを騒がせ始める
賑わいを纏って歩いていく、切り離されて置いていかれないように、騒がしさに馴染んで
暗闇が支配する時間帯までまだもう少し。暗くなっていく世界の中で、ルナの銀髪が映える
太陽の光に当てられ、星の瞬きのような美しさを誇った銀が、今は夜闇の中で怪しく誘うように揺れる
再び周りの興味をルナが惹く、隣の橙真はとても居心地の悪そうに困ったような笑みを浮かべる
当事者であるルナは、そんな周り視線や向けられる興味など眼中に無く抱きついた橙真の腕の感触を楽しみながらその持ち主へ次から次へと話題を振っていく
最初に入った店で夕食を済ませる、エールを飲みながら注文したパスタやサラダ、肉類などを平らげていく
エールを飲み干してからスパークリングワインを、その後にワインを飲み終えてから次の店へと梯子する
量も進んでほろ酔いになった頃に、ルナが酒場の客たちを煽ってどんちゃん騒ぎ
その次の店では団体客の近くでわざと声を掛けられて、浴びるほどの酒を奢らせた
「ひやー、飲んだー!風が気持ちいいねー」
「そうですね、ルナさんのお陰でかなり得をしましたよ」
「感謝したまえトーマ君!」
闇が深まった深夜、今は夜風に当たるために丁度良い建物の屋根に勝手にお邪魔をしてウィスキーのポケット瓶を呷る
「夜が明けたらどうしよっか?」
「早速貴族エリアを冷やかしにいきましょう」
「んー、掘り出し物に期待したいね!」
「そうですね。お土産ももう少し種類を集めておきたいですね」
夜風が火照った体を冷ましていき、ポケット瓶も容易く飲み干す
ルナがんー、と下や周りを見渡してとある方向へ空の瓶を投げ捨てた
どうやら強引なナンパが行われていたようで、得意げな顔とブイサインで橙真へと向いてきた
それに困ったような笑みで橙真も返した