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陽だまりの色、色あせた景色

ルナの説得に想像以上の体力を使って既に少しダメージを負った橙真だが、『ブレイブ・ハート』勇者達の組織の本部があるとある国の王都まで辿り着けばすっかり元気になっていた


シャルロット、汐里の転移魔法によって一瞬にして辿り着いた王都

以前ここに来たのはいつだっただろうか

段々と姿を変えていくその街であるが、やはり面影は残っている


中央に聳え立つ白く立派な城は相変わらずだが、王都を囲う防壁も白く染められている

街中も区画整理とまではいかないが、ある程度建物はきちんと道を確保するように建てられている

ある程度迷わないようにわかり易い道が作られて、所々で露天商が商っており、馬車も忙しなく走っている


相変わらず街中に複数設置されている噴水は人々の憩いの場になっているようで、様々な人が集まり商いはもちろん、吟遊詩人や見世物もある

忙しなく時間が流れる場所もあれば、噴水の周りのようにゆっくりと時間が流れる場所もある




「………私は勇者王さんの所へ行ってきます」

「はい。後で念話でも飛ばして下さい、適当にぶらぶらしてますから」




シャルロットとして姿を変えた汐里はそのままスタスタと『ブレイブ・ハート』へと歩いて行く


それを見送って、さて、と身体を伸ばした橙真はステラへと姿を変えているルナへ向く




「どこから回ります?」

「1度こちらへ」




手を引かれ、人通りの少ない路地へと連れ込まれる

襲われる?!と身構える橙真をよそにステラはその場でくるりと回って本来の姿へと変わる





「え………!ちょっと不味いんじゃ!?」

「ふふーん、この500年アタシも進歩してますー!数日なら問題ないよーん」

「なら良いですけどね」





急な行動に冷や汗を流すが、すぐ様安心へと変わる

困ったように笑う橙真をイタズラが成功した子供のような顔でルナが笑う


ステラとは体型が違うので窮屈そうなメイド服を魔法で大人しい服へと変えてルナもその場で身体を伸ばす




「じゃあ、お互い懐かしの王都でデートっ!しよっか!」

「そんなに強調しなくても………」




気持のいい笑顔で差し伸ばしてきた手を掴んで、困ったように笑う

たまにだから、と言い聞かせて繋がれた手に困ったような笑みを向けてあまり考えないように努める


そのまま適当な喫茶店へと入って軽食を注文

ちょうど昼時の店内は賑やかで、空いている席はあまりないが運よくオープンテラスへと案内される




「お天気もいいし、丁度良かったね」

「そうですね、風も爽やかで気持ちいいですね」




サンドウィッチと紅茶、ハニートーストと紅茶をお互い注文をして街並みを眺める

空に顔を向ければ、眩しくも美しくいつまでも見ていたいような、ともすれば泣いてしまいそうになる広大な青空が広がっている


あまり長い時間見ていたつもりはないが、視線をルナへと戻せばいつの間にか届いていたハニートーストのホイップを掬って食べている所で目があった




「食べる?はい、あーん」

「いえ、だいじょ」

「食えよ」




こてんと首をかしげて聞いてきたルナは答えを聞くより早く、スプーンで掬ったホイップを差し出してくる

いらない、と伝える途中で強制的な威圧で食べれば、目の前には満足そうな満面の笑み

それに困ったような笑みで返す橙真


その後、勿論お返しにサンドウィッチをあーんしろと脅されてやらされたのは言うまでも無い




「どこもかしこもさ、どんどん変わってくよね。まあ、アタシがそれだけ色んな所に行ってないだけかもしれないけどさ」

「そうですね………でも、面影は確かにありますよ」




食休みに紅茶を飲みながら、ルナがテーブルに肘をつき両手の手のひらに顔を載せて呟く

橙真は指で四角を作って、その中から再び景色を覗く


先程とは違って、今回は思い出の中の色あせてしまった景色が今の景色と重なる

今とは比べられない程発展はしていなかった、今とは比べられない程ここまで食事も種類はなかった

何もかも今とは比べられない程だったけれど、確かにあの時は温かい景色と陽だまりの中にいるようなゆったりとした時間が流れていた


セピア色の景色になってしまった今も、思い出せば温かな気持ちが胸の中に溢れて止まない




「ルナさん、セピアってなんの事だか分かりますか?」

「え?セピアってあれでしょ?モノクロの親戚みたいなやつでしょ?」

「ええ、それです。でも、セピアってイカ墨の事を言うらしいですよ?細かい話は忘れましたけど」

「ふーん、それも教えて貰ったの?」

「はい、イカ墨の情報で殆ど詳しい話は忘れましたけど」





意味無いじゃん、と苦笑するルナに橙真も困ったように笑う


それから、一応デート中だと言うのに他の女の人の話は失礼だった。これは激怒されてしまうとハッとルナの顔を見るが目の前の相手は深い慈愛を感じさせるような表情をしていた




「本当に大切なんだね」

「すみません。でも、大切です」

「良いよ。あ、でも他の女の話したら殺す」

「肝に銘じますっ!」





ついうっかりで殺される訳にもいかないので、気を付けて話さないと、と意識すると途端に話題が出せなくなる

あー、えー、と1人で焦る橙真を見てルナは楽しそうに笑う




「ヘタレだなぁ。さ、次行こうよ!」

「そうですね、次はどうしますか?」

「んー、歩きながら適当に決めようよ。そっちの方が楽しいし」




会計を済ませて、外へ出て宛も無くぶらぶらと歩き始める

変わってしまった街並みに寂しさを覚えるが、新しい街へ来たような高揚感もある


見たことの無い店や催し物、どれもが新鮮に映りどれもが興味を引く

時間があると言っても、この広い王都を回りきる事は出来ないだろう


見て回るだけならば1日あれば十分かもしれないが、今回は不本意ながらもデート

ただ見て回るだけでは面白味がない

無理を言ってここに来た以上は楽しんでもらいたい、自分も勿論楽しんでおきたい





「後でグランツ君にでも貴族エリアに行けるように頼んでみましょうか」

「それはいいね!よさげなお店が多そう!」

「変な連中も多いですけどね」

「そしたらトーマ君に丸投げする」




賑やかな街並みは記憶の中と変わらず、真新しくも懐かしい

時々、記憶の中と変わらない風景も見られてその感想はより深まる

露天が多く並ぶ通りを冷やかしながら歩いて、名産を扱う店で使用人たちや兵士たちへと土産を購入する


途中の広場では大道芸を見ながら休憩して、移動販売していた飲み物を買って一息つく

レモネードに似た味わいで喉を潤して、ルナがきょろきょろと辺りを見ながら気になった店へ入っていく


女性の下着を扱う店に入り4点ほど選ばされ、夜に使うおもちゃの店に入らされ逃げて、精力剤を危うく買わされそうになり、赤面と冷や汗がようやく収まってきた

悪戯な笑みで謝ってくるルナに困ったような笑いで返して、再び歩き出した所にボロボロのローブを羽織ってフードをした体格の良い人物が声を掛けてきた




「橙真さん!」

「ん?あれ………?グランツ君………?」



声を掛けられるのと同時に、今は『ブレイブ・ハート』で恐らく勇者王と予定調整をしているであろう汐里から念話が飛んできた


傍受対策をしてあるそれは、他人に聞かれる恐れが無いため、シャルロットとしてではなく汐里として話しているのだろう

豪く焦ったような、急いでいるような声が橙真の脳内に響く



『橙真君!観光中にごめんね!勇者王さんそっちにいる?!』

『ええ………今目の前にいますけど………』

『もー!急にいなくなったら怪しいからって必死に予定調整してたのに!目を離すんじゃ無かった!』

『まあまあ、落ち着いてください。少し話をしたら帰しますから。その間何かあったら誤魔化しお願いしますね』




念話を切ってから、目の前に居る人物の切れた息が整うのを待つ

こうなることを考えなかった訳では無いのだが、流石に可能性は低いだろうと思っていた


長年、大きな組織を纏めて先頭に立ってきた人物が今更自分個人に会う為子供のように抜け出してくるなんて無いだろうと、自分を棚に上げて考えていた

だが、500年という長い月日は目の前の人物を変えるには何の障害にも過程にもなりはしなかったようだ


10年前に会った時はきちんとした約束を経て、日程を決めて、自分も今回のように何日も早く来てサプライズのようなことはしなかった

だから分からなかったが、良く思い出せば会った時にとても嬉しそうな顔してたなぁ、と今更ながら気がつく


そんな昔から変わらない相手に懐かしさと慈しみを覚えて、困ったような笑みで近づく

魔法で水を出して、懐のハンカチを濡らして差し出す




「はい、グランツ君。汗はこれで拭くといいよ」

「はぁ……はぁ………すみません、急いで来たもので………」

「嬉しいけど、お仕事を投げ出す人は百合さんに嫌われちゃうよ?」

「それは困ります、でも会いたかったです橙真さん」




僕もだよ、と言いながら彼が着ているローブに付いていた砂埃や塵を叩いてやる

フードに中からは四十半ば程の金髪を後ろに流した獅子を連想させる威圧感のある顔が今は子供のようにきらきらとした笑顔でこちらを見ている


彼が『ブレイブ・ハート』の勇者王であり全ての勇者の頂点、誰よりも多く長く人々の希望を守り続けてきた人物、グランツ・ミスト

500年で挙げた戦果は数多く、人に仇なす魔王を数々討滅してきた

『ブレイブ・ハート』の勇者たちは勿論、各国の王族達も気安く話すことの出来ない雲の上の存在として崇められる程無くてはならない人物

人々からも神の如く扱われ、現人神ではないかとも言われている


そんな人物が、橙真の前で子供のようにきらきらした嬉しそうな笑顔をしている

橙真もこのまま彼の笑顔を見ていたいが、このままここに居れば確実に周りにグランツ・ミストだとバレる可能性が大きい

ただでさえ、身バレ対策をしているといっても目立つルナがいるのでここで騒がしくするより迅速に場所を変える必要があった




「落ち着いた?」

「はい、すみません………」

「勇者王サマもトーマ君が相手だと子犬みたいだねー」




グランツがいくつか所有している物件、所謂隠れ家へと場所を移して使用人に飲み物やお茶菓子などを用意して貰ってから、ようやく一息

恥ずかしそうに居住まいを正し、醜態を晒した事を反省しているグランツを橙真が微笑みで眺めている

橙真の隣にぴったりとくっついて座るルナが、からかうようにグランツを弄る

それにいち早く反応したグランツが厳かな顔を険しい物にして、ルナを睨み付ける




「少し近過ぎではないだろうか?ルナ・エーデルワイス、貴女が橙真さんと来る事は分かっていたが、それは許すことは出来ない」

「えー?そうかな?いつもこんな感じだけど?」

「嘘を吐くな。いくら貴女が橙真さんの協力者だからといっても、橙真さんがそこまでの接触を許す事は無い。そもそもその場所は」

「はいはい!言いたいことは分かるけど今日は良いんですー!今日は特別だから何でも許される日なんですー!」



どういうことですか?と言いたげな顔で橙真の方を見るグランツに事情を説明する

ここに来る為に、なんとしてでもルナを説得する必要があったこと、その為にデートという口実を使ったこと

不本意ながら、言ってしまった以上はデートの形を崩さないように楽しく観光していたこと。ただ、何でも許される日では無いこと。特にこの最後の部分は力強く否定した


途中で、隣からジトーっとした視線を感じたものの臆することなく伝えた

それを聞いたグランツは安心したように息を吐いて、ほら見たことかと言わんばかりの表情でルナへと向く

ぶすくれながらも橙真から離れる気配の無いルナは顔を逸らして、やけくそ気味にテーブルに置かれたお茶菓子を頬張る


そんなやり取りを困ったような笑みを浮かべて、橙真も折角なので飲み物を一口飲んでからお茶菓子を口へと放り込んだ


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