ヘタレでも魔王です
女勇者とシャルロットが帰ってから数日が経ったある日の昼下がり
執務室にて仕事を熟すリーリウム
女勇者が討伐に来てからサボっていたと言う訳では無いが、言い訳にしてあまり手は付けていなかったのも事実
「多い………これは挫けそうだなぁ」
リーリウムしか居ない執務室に独り言が虚しく消える
勇者が去ったと思ったら再び自分を苦しめる難関が立ち塞がるとはなんと不幸だろう、とリーリウムは愚痴る
「『ブレイブ・ハート』の人達が来ないだけマシなのかもなぁ………」
『ブレイブ・ハート』それは勇者達が所属する組織
本来ならば『勇者』とは選ばれし者がなる栄光ある立場なのだが、この世界においては『勇者』とは職業の1つである
勿論それは、勇者になります!はいどうぞ。と簡単にはならない
この世界の人々は生まれながらに職業が定められている
ゲーム的に言えばジョブシステムのように
それは『ステータス』と呼ばれる自身の情報を表示させる魔法にも載っており、そこから自分の職業を判断する
そこに最初から『勇者』と載っている者もいれば、特殊な方法での転職時に『勇者』を選択出来る者もいる
さらには急に頭の中に『勇者』が選択できるようになったと文字が浮かんだと報告もある
「でも、まさかあんなに大きな組織になるなんて思ってもみなかったなぁ………」
ただ、『勇者』と言う存在は1人では無いのだが確かに『勇者』という存在は貴重であり光栄な立場であり人々の希望である
在り方については差程変わりはない
そんな多くの『勇者』が1つの組織として集い、機能しているのが『ブレイブ・ハート』
冒険者ギルドのように様々な土地に支部があり、様々な国に貢献している
勇者以外にもシャルロットのような強力な存在も席を置いて居るため、魔王やそれに準ずる者への対応に全力を注いでいる
「魔王様」
「ステラさん?どうしたんですか?」
コンコンと、扉をノックする音と共に魔王リーリウムのメイドであるステラが執務室へと入ってくる
美しい銀の背中まで伸ばしたセミロングの髪、気品すら感じる少し冷たさを覚える顔の造り、しなやかな手足
その麗しさは訪れる客人達を魅了させる
何故あの魔王リーリウムのメイドなどしているのか、と投げ掛けられる疑問や質問は数しれず
どんな時もあらゆる状況下であってもリーリウムを支える
そんなステラが紙の束を持って入室してきた
「ま、まさか…………」
「お疲れとは存じますが、急ぎこちらを処理して頂けますか?」
冷や汗を流しながらリーリウムが問えば、ステラからは残酷な答えが返ってきた
なんとも素敵な悪戯な笑みを浮かべて
困ったようような笑みを浮かべて、それを受け取った後に書類の上に手紙が乗っていることに気がついた
上質な紙質、真っ赤な封蝋が施された手紙
何となく手紙の内容が分かったリーリウムは困ったようような笑みを浮かべてその手紙の封を切る
「『ブレイブ・ハート』からですか?」
「ええ、勇者王さんから直々にお手紙ですね」
リーリウムの天敵『ブレイブ・ハート』のトップである勇者王
数多くの人々を助け、世に名を轟かせる勇者達を育て上げ、数々の魔王を討伐してきた男
権力者が等しく欲して止まない不老不死に辿り着いた英雄
人々から尊敬と羨望の眼差しを向けられ、最早信仰すら捧げられ神が如く扱われる存在
そんな相手からの手紙が魔王であるリーリウムへと出された
受け取ったリーリウムは困ったような笑みを浮かべ、内容に目を通していく
リーリウムが予想した通りに内容は挨拶から始まり、手紙での簡単な通達への謝罪に続き、今回の討伐失敗を鑑みて、暫くはリーリウムへの勇者の派遣を辞めると言う内容
真面目だなぁ、と勇者王の性格へ困ったようような、懐かしいような笑みを浮かべて内容を読み進めていく
「予想通りでしたか?」
「ええ、予想通りの内容と予想外の内容がありましたよ」
「予想外の内容ですか」
「世界規模での魔物の増殖と凶暴化の傾向が見られるそうです」
勇者王からの情報にリーリウムは真剣な眼差しを手紙へと落とす
確かに最近は外に出る事も出来なかったが、自分の治める国の民に害が出来るだけ出ないように兵士達には周囲の安全や他の街から村までとは細かな連絡や意思疎通をするように指示してある
どんなに小さな事でも自分への報告は必ず行うようにも厳命してある
何か報告があればステラが知らせてくれるが特にそのような報告は今まで入っていない
勇者と比べれば魔物と戦う頻度が低いだろう兵士達
それでも凶暴化の兆候くらいは掴めていてもおかしくはない
「そのような報告は入っておりませんが、聞いてまいりましょうか?」
「んー…………そうですねぇ」
首を傾げるようにステラは聞いたが、リーリウムは重なる書類をちらりと見て席から立ち上がる
そんな様子を見て、ステラはにこりと微笑む
「魔王様、先ずは目の前の仕事を処理して頂けますか?」
「いえ!そういう訳にはいきません!国民の人達に何かあったらどうするんですか!?」
「御安心下さい魔王様、我が国の兵士達は皆優秀です。有事の際は私も参加致しますので」
「そうですね!ステラさんが出てくれれば一安心ですね!」
一先ず書類を後回しにして、息抜きがてら話でも聞きに行こうかと思ったリーリウムだがステラにすぱっと切り捨てられる
彼にしては珍しく爽やかな笑顔を浮かべて席に座る
もうどうやってもステラを納得させられないと理解して諦めたようだ
そんなリーリウムを見て、ステラは溜息をつく
「分かりました………話を聞いて、納得されたらこちらにお戻りください。念の為、私も参りますので」
「ステラさん!ありがとうございます!」
瞬間的に立ち上がり、ステラの前まで目に追えぬ速度で移動して、ステラの手を握りこれ以上無いくらいの笑顔を向けるリーリウム
対してステラは仕える主の真似では無いが、困ったような笑みを浮かべて支度のために執務室から出ていく
それから大した時間もかからず、城からリーリウムとステラが揃って街へと降りてきた
住人達は二人の姿を見て、呼び掛けたり手を振ったり、ステラに見惚れたり求婚したりと反応は様々
「魔王様ー!」
「ステラさん!ああ……今日も可憐だ………!」
「ステラさんンンンンっ!素敵な貴女にこの曲を捧げます!」
「「「ス!テ!ラ!ス!テ!ラ」」」
「ステラお姉様………」
訂正箇所があるとするならば、8割はステラへの反応だと言うところである
魔王様と言いかけてステラに反応するのはまだ可愛いレベルで、リーリウムなど眼中に無い輩も多数存在する
リーリウムも親しみがあって好かれてはいるが、ステラのそれはリーリウムが霞む程にひどい
何せステラの主と言うだけで怨念を込めた視線と殺意を向けられているリーリウムがいるのだから
「やあ、ステラさん。今日も美しいですね、本日はおひとりですか?魔王様は居ないようですね。それは危ないッ!御安心を、僕が守りますから」
「あはは…………居ますよー?魔王様隣に居ますからねー?僕はここですよー?」
「ま………っ!ままままッ!魔王様っ!?いつから?!いえ!すみません!急用がッ!」
と、こんな光景は良くあるとは言わないがまあある
ステラを見過ぎてリーリウムを見失う、ステラと会話しようと下心満載で近づく、ふと気が付けばリーリウムが隣にいる、パニックからの逃走
最初にこの現象が起きた時はリーリウムもパニックになったが日に日に頻度が多くなればもう慣れたものだ
「人気ですねぇ…………流石はステラさん」
「お止め下さい、本来ならば魔王様に対してあのような行動は罰すべき対象です」
「いいじゃないですか、みんな楽しそうですよ?」
あははー、と困ったような笑みを浮かべてリーリウムはなんだかんだと楽しそうに周りを見渡す
誰も彼もが活力に満ちた顔を浮かべ、楽しそうに生活をしている
子供達はリーリウムとステラに手を振り、大人達はステラにお目付け役は大変だ、とからかう
平和そのもの、今まで守ってこられた平和が今日も変わらず存在する
恒久的な安寧は難しいかもしれない
でも、今ここにある笑顔がリーリウムの表情を穏やかにさせる
「特に変わりは無さそうですね」
「ええ、この城下に異変は無いかと」
「各詰所を回って、最後に城の兵士に聞きますか」
「畏まりました」
昼時期も終わり、何となく街自体がまったりとした雰囲気を醸し出している様子から特に不安や恐怖を抱えている様には見えない
勇者王の報告が嘘のように街は特に変わりはない
だからと言って勇者王を疑う事をしないリーリウム
嘘を吐くような人間ではない事をリーリウムが1番分かっているからであろう
念の為、街の人々にも外での変化は無いかと聞きながら複数用意されてある詰所を回って話を聞く
急なリーリウムの出現に兵士達は緊張を表し、中には挙動不審になる者もいた
だが、リーリウムの困ったような笑みに兵士達の緊張も多少和らぎ本題へと入っていく
「魔物の数ですか………?いえ、特には増えたような印象はありません」
「凶暴化している様子もありませんか?」
「ええ、同じく凶暴だという記憶もありません。同じようにこの国の町村からもそのような報告は上がっておりません。確認致しますか?」
「そう、ですね………お願いします」
「はっ!お任せ下さいっ!」
最初の詰所では兵士達が揃って最近の記憶を思い出し、お互いに確認し合って最終判断を聞いたが特に変化は無かった
同じように他の詰所でも特に変わりが無いと言う結果
門番達にも話を聞いたがおかしい様子は見られないと言う
仕方が無いので城へと帰っていくリーリウムとステラ
どこか抜けた様な印象のあるリーリウムの顔だが、今は真面目な表情で考えている
なんともスッキリしない様子の主をステラはなんともスッキリしない表情で見守る
住民達のリーリウムを心配するような視線にも気が付かず、二人は特に収穫の無いまま城の兵士の元へと向かうのであった