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食事を終えた橙真とラブは食後のお茶を楽しんでいた

驚くことにラブは橙真が残した量も軽く平らげた

流石はオーク族だなぁ、と感心しつつ感謝を込めた紅茶をラブの前へ



「トーマの淹れてくれるお茶は絶品なんだが」

「ありがとう、ラブ君」



百合へ美味しい紅茶を飲んで欲しいから、と彼女と付き合ってから練習をずっと、それこそ今も欠かさず行っている

そんな橙真の紅茶をラブが頬を緩めて楽しんでいる



「おら達はどうしたいいだ?」

「んー、多分近くの部隊に混ざってもらう事になるかなぁ」

「任せるだよ」



戦いが始まれば部隊も種族も国も関係なく慌ただしくなるだろう

配置をどうするかなど、言ってしまえばあまり意味は無い

各種族、各個人が生き残るように頑張ってもらうほか無いのだ

5年もあれば種族同士の意識変化もあっただろうが、最早その時間は無い


勿論、その事に関して働きかけもした

だが時間の流れの中でそれはどうしても無くなっていく

結局分かり合うまでには膨大な時間と手回しと他にも様々な要因が必要なのだ


戦後の傷を癒すのに必死なこの世界ではそれはどうしても後に回す必要があった

それだけでは無く、傷がある程度癒えた後はその傷がどれだけ悲惨な戦いの跡なのか認識している者も足りなかった



「トーマ、勝てるだが?」

「それについてはもう分からないなぁ」

「……そうだがぁ」

「僕もこの500年、あの時とは比べ物にならない位強くなった。でも相手は百合さんの身体を持ってる、百合さんの力を使える。それにあの時、あいつは何故か弱ってた。今回もそうとは思えない」




誰に聞かれても、分からないとしか答えようの無い問いかけ

もしも黒崎百合本人に聞かれても同じように答えただろう、いや彼女相手だからこそこう答えたかもしれない




「そう言えばグランツ君とは会ってる?」

「会ってるだ、この前も野菜を届けに行ったら来てくれただ」

「あはは…」



実は『ブレイブ・ハート』にもこの村で育てられた野菜が届けられている

所属している勇者達はまったく知らないが、美味しいと食べている野菜はオーク族の魔王達によって育てられしかも魔王本人によって届けられている

憧れ、目標とし崇拝している勇者王様が実は汐里に怒られる事も厭わず、仕事を放棄してひっそり会っていることも知らない


こっそりお昼ご飯を一緒にしたり、橙真のように村へ来たり、少しまったり過ごしている事も知らないのだ



「時間が無くても焦ったらだめだど?」

「うん、大丈夫。もう間に合わないのは分かってるから」

「違うど、早く早くって焦れたらだめだど?」



真剣な眼差しのラブに、橙真は図星を突かれた様に生唾を飲み込む

これはきっとこの先何度も言われる度に思い知る、自分でも分かっている事


けれどどうしても願わずにはいられない

一分一秒でも早くその時が訪れろ、と




「焦れたらいざ戦う時に空回るんだど?だめだど?」

「ルナさんにも言われた気がする……」

「ルナはトーマの事よく分かってるど」



これはきっと百合さんにチクられるなぁ、と困ったように笑って返す

ラブも怪しいが、ルナは言わずもがな1から10まで全て暴露するだろう



「ラブ君、どうしたら百合さんに今までの情けない話を内緒に出来ると思う?」

「トーマ……それは無理だど…ルナは全部言うど、トーマの困った顔見るのルナは好きだど。実はおらもうっかり言いそうで怖いど」

「実はラブ君のうっかりが一番怖いよ」

「トーマ……酷いど!」



目を見開いて言うラブに橙真は声を出して笑う

ラブも自覚がある分そんな橙真の反応が分かっていたのだろう、同じ様に声を出して笑う



「きっとグランツも言うど、ユリにお願いされたらグランツは言うど」

「そうだね、グランツ君も言うだろうね」



普段から橙真よりも百合のお願いの方が強かったのだ

今まで一緒に居られなかった分、グランツは百合のお願いには恐らく逆らえない


どう手を回しても自分の情けない姿を晒した話は伝わる事を再確認した橙真は深く息を吐く

言い訳した所で、きっと愛おしそうに瞳を細めて見つめられるのがオチだ



「500年、どうして僕はもっとしっかりとした人間に成長出来なかったのか」

「それもトーマのいい所だが、おらなんかもっとダメダメだど」

「あはは……お互い大変だね」




ニコニコと笑うラブに橙真もふっと笑みが溢れる

最後の紅茶を口に含んでから、席を立っておかわりを用意する

少し温くなったお湯を沸かし直す


いつまでも話していられそうなこの場所に心地良さと、帰るときの寂しさを感じる

それだけ心を許しているのかもなぁ、と思わず優しい笑みが溢れてしまう



「懐かしいど、昔はこうやって4人で良く話してたど」

「そうだね、4人で交代でお茶を淹れながら話してたね」

「トーマとユリのお陰でおら賢くなったど」

「グランツ君と勉強してたもんね」



子供だったグランツとただのオークだったラブに言葉の読み書き、地理、数字や計算など色々と教えた

息抜きの時間は4人でクッキーを作ったり、お茶の淹れ方も教えたり、料理もしてみたり


当時は小さかったグランツは勇者王、ラブは背も橙真達と変わらないぽっちゃりなオークだった



「昔のグランツは容赦無かったどー」

「ライバルだと思ってたみたいだからね、負けたく無かったんだよ」

「ちょっとトラウマだど」




当時のグランツは良くラブと張り合っていた

ラブさんには負けません、ラブさんよりも頑張ります等良く口にしていた


体力作りに走り込みをすれば、バテたラブの背を押したり

食事の時間にラブより食べようと倒れる程食べてみたり

剣の扱いで攻め役と守り役を交互にやれば、いつの間にか守る側のグランツが攻めていたり


橙真もそれには思わず苦笑し、百合はあらあらと楽しそうに見ていた


時に衝突する事もあったが、それこそ兄弟の様に切磋琢磨していた様にも思えた

良きライバルであり、兄弟で、友で、尊敬をし合っていた




「時間はあっという間だねぇ」

「大事に大事に生きてもあっという間だど」

「大事に生きてるからあっという間なのかもね」



しみじみとカップから立ち昇る湯気を見ながら呟く

この時間の流れがゆっくりに思える空間に居ても、いやだからこそ早く感じてしまうのかもしれない



「こんな事思うのは歳を取ったみたいで嫌だなぁ、おじさんみたいだ」

「ふふふ…トーマ、殆どの種族から見たらおら達立派なじぃじだど?」

「それもそうだね、500年以上生きてるんだからすっかり歳も取るね」



つい自分の見た目が変わらないので実感もあまり無いが、500年以上生きているのだ

この世界に生きる様々な種族から見ればすっかり生きた化石にも等しい

年数に未だに拘るのは人間の名残だろうか


ルナはその辺りは全く執着は無く、ラブも特に年数がどうとは気にしていない

若輩の魔王は気にしている者も多いが、それも次第に無くなる


その点、橙真もグランツも未だに年数に関しては執着がある

恐らくこれは黒崎百合が関係している、と言うのもあるだろうが

それが無かったとしても経過年数はきちんと把握している気がする


女々しいかも、と思いながらもこの執着に愛おしさを感じる

まだ自分が人とはそう掛け離れていない様な気がして


ふと考えてしまう時がある

取り戻せたとして、彼女は今の自分を見てどう思うだろうか

500年以上を生きて、様々な力を手にして、魔王になって、彼女を連れ去った存在とそう変わらないであろう力を宿した自分を

落ち着きを取り戻した彼女をの瞳に、自分は一体どう写ってしまうのだろうか


泣き叫ぶだろうか、化け物と罵るだろうか、今すぐ元の世界へ帰せと怒るだろうか

それともそんな事は瑣末である、と変わらない愛情で包んでくれるのだろうか

取り返す事だけに夢中で、それだけが目標で、それだけを生きる理由にしてきた

けれども、本当に何度かだけそんな思考が過ったことがある


だがそんな思考は全く無駄だ、とその度に振り払った

取り戻す、その大前提を為せていないにも関わらずその先を妄執する事に意味は無い

その先は言わばゲームのボーナスステージ、クリアが前提の話をクリア前にしても仕方が無い



「トーマ?どうしたど?」

「ん?ああ、ごめん。少しね、考え事をね」

「面白い顔してたど?悩んでみたり頷いてみたり唸ってみたりしてたど?」

「あはは…お恥ずかしい」

「大丈夫だど、おらも沢山恥ずかしい所見られてきたんだど」




知ってるよ、覚えてるよ色々と

とは口には出来なかった

何故なら自分も同じように色々と恥ずかしい姿を見られているから


ここで口に出そうものならお互いの恥ずかしい話で盛り上がってしまう

それは少々精神的に辛い、出来ればお互いの胸に閉じ込めておきたい


何故癒されにきているのに羞恥に悶えて疲れなければいけないのか

何故お互いに相手の羞恥を曝けながら自傷ダメージを負わなければならないのか




「うん…まあ…お互い色々恥ずかしい事はあったよね……」



遠い目をして、過去の自分に想い馳せながら、ちょっと思い出して恥ずかしくなって

橙真は無理矢理この話を打ちやめた



「トーマ、今日は泊まって行くんだが?」

「んー、どうしようかなぁ。でも帰らないと怒られそう」

「あっはっは!ルナは怖いどー!」



そうなんだよねぇ、と泊まってしまいたい欲求と明日からの事を考えて泊まったら怒られそうだなぁ、と欲求と現実の狭間で板挟み

確か帰りを待ってるって言ってたもんなぁ、と思い出す


あの待ってるはきっと何日でも不在を預かるの待ってるじゃなくて、遅くなっても起きて待ってるの待ってるだよなぁ、と言葉の真意を間違えて解釈しないように考える



「今日は諦めて帰るよ……」

「トーマ、それがいいどー」

「うん、またゆっくり来るよ」

「いつでも待ってるだよ、トーマ」



お互いにお土産を渡し、最後にギュッと固く握手を交わしてから、別れる

ニコニコと優しい笑みを名残惜しそうに眺めてから村を見回して深呼吸


ああ…楽しかったなぁ、と何度目か何度も何度も心の中で呟いた感謝をもう一度

転移魔法陣に着くまでに、また何度も何度も

目の前が見慣れた城になるまで何度も何度も


終わらない感謝を心の中で溢れる程伝えて、橙真は心優しい友人との温かな時間から帰ってきた

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