あ
怒涛の1日を過ごし、虚無から帰ってきた次の日
朝からメイドな男の娘に起こされた橙真はため息と共に出掛ける用意をする
手伝おうとするファータを躱して、別の仕事をお願いして漸く朝食の場へ
「おはようございます、魔王様」
「はい、おはようございます。随分ご機嫌が良いですね」
「可愛い後輩が出来ましたもので」
いや、貴方が作り出したんですよ、とツッコミは飲み込んで朝食を食べ進めていく
朝から感じている疲労感に染み渡るような野菜のスープがとても美味しい
丁度昨日配達されたその野菜はいつも通り味が良く栄養も満点
この野菜の優しい味わいは味付けだけではなく、作って届けてくれる相手の人柄も滲み出ている
それは流石に身内贔屓が過ぎるかな、と口元に笑みを浮かべながら野菜の練り込まれたパンを放り込む
「本日は?」
「ラブ君の所へ行きます。本当は巻き込みたくは無いけれど、きっと参加したいはずですから」
「畏まりました、私はこちらでお帰りをお待ちしておりますので」
「ありがとう、ステラさん」
本日はそんな野菜を作り態々届けてくれる心優しい友人の所へ
ステラが付いてこないと言うことは気兼ねなくゆっくり話してこい、という気遣いだろう
素直に感謝を伝えて、朝食後の紅茶を楽しむ
移動は食糧庫に設置してある転移魔法陣から
見慣れた食糧庫から、これまた見慣れた村の景色へ
辺りを見回せば豚、猪の頭をした人型の魔物オークが生活している
豚人、若しくは猪人と呼ばれるオーク族の村である
畑仕事に精を出したり、新しい家を建てていたり、洗濯をしていたり
子供が遊び回り、親の手伝いをしたり、その生活は人間となんら変わりはしない
「トーマ?おー!トーマだどー!どうしだだー!」
「ああ…ラブ君、会いにきたよ。今は大丈夫かな?」
「もちろんだど!おらの家にいくどー!」
がっしりではあるのだが丸く思える体に、他のオーク族に比べてくりくりな目、細かい様々な傷跡が残る橙真よりも一回り大きな彼
畑仕事の最中だったのだろう、土まみれの洋服でどたどたと駆け寄ってきた相手に思わず笑みが深まる
このオーク族の村における村長にして、オークの魔王であるラブ・リィ
橙真が魔王になる前からの友人で気が付けば魔王として覚醒していた大切な友人である
会った時は名のなかった彼は黒崎百合に命名され、その名を大切に大切にしてくれている
「トーマごめんだ、トーマ用のコップはチビたちに持ってかれだだ」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと僕には大きいけれど、少し大切なお願いに来たんだゆっくり飲ませてもらうよ」
ラブが普段使っているであろうコップは人間が使うと小さめの湯桶ほどもあるが、今日は色々と長くなるであろう
黒崎百合に教わったハーブティを今でも大切に思い出しながら飲んでいるのだろう、鼻腔に懐かしい香りが漂う
なんとなく元の世界の友人を思い出すラブを見ながら橙真は早速切り出す
「一月後、百合さんを取り戻せるかもしれないんだ」
「ほんとだが!?」
「ただね?前と同じように、ううん前回よりも悲惨な事になるかもしれない」
昨日起こった事を全て話し、これから起こりうる事も全て打ち明ける
準備ができない事、時間が足りない事、人手が足りない事、何もかもが足りない事
「ラブ君、その上で君に」
「やるどー!トーマ!やるど!戦うど!おらの大切な友達返してもらうど!」
「ああ……ありがとうラブ君……」
「トーマ?!なんで泣いてるんだど?!」
頼みを言い終わる前にラブが断る素振りも考える事もせず協力を申し出てくれた事に橙真は涙が出てきてしまう
大きな体をあわあわとさせながら焦っているラブに涙を拭きながら、大丈夫、と伝えてからハーブティを一口飲む
どれだけ危険か分かっている筈なのだ、前回どれだけの被害が出たかもどれだけの仲間が死に絶えたかも
絶望の中でラブの悲しい叫びも聞こえてきた、他の仲間の声も沢山聞こえた
それでもすぐ様戦う意志を見せてくれた友人に頭が上がらない
「きっと百合さんも喜んでくれるね」
「ほんとだが?!ユリに恩返しだどー!おら達全員で戦うどー!」
「ラブ君達には色々な所を守って欲しんだ」
「トーマと一緒に戦わないんだが?おら頑張るど?」
ただ1つ言っていない事を打ち明けるか、どうか
その戦う相手こそ黒崎百合の身体だと言う根底にして前提のどうしようもなく避けられない事実
橙真やグランツでさえ、いざ目の前にすれば戦えるか分からないのだ
この優しい、心の底から優しい友人にその刃を向けることが出来るのだろうか
出来なくても構わない、いや出来ない事こそ安心できる
それだけ大切に思ってくれているのだと分かるから
しかしそれでこの掛け替えの無い友人を失いたくは無い
守りを固めて欲しいから、戦いの後のために被害を少しでも抑えたいから、言い訳はいくらでも出来る
最前線に来させないように、何も知らせない内に戦いを終わらせる為に
だが純粋で素直なラブを前にするとそんな自分のエゴが胸を刺す
「ラブ君…戦う相手はね、百合さんなんだ」
思考で埋め尽くされ、心配そうに橙真を覗き込むラブを見ていると不意に言葉が口から出てきた
ああ、しまった。そう思う間もなくラブは驚愕に顔を染める
「ど、どういう事だが?!ユリは悪い奴になってしまっただが?!」
「ラブ君、難しいかもしれないけど聞いて欲しい。百合さんは連れ去られたんじゃないんだ」
当時はなんと言えば良いか分からず、その場に居なかった相手には連れ去られたと言う事にしてある
自分の力で百合は守っているからいつか救い出す、と
勿論当時はただのオーク族だったラブにもそう伝えてある
「百合さんは乗っ取られてるんだ、今も変わらずに。だから僕たちが戦うのは百合さんの身体を使ったあの時の相手だよ」
「お、おらにはユリと戦うなんて…出来ないだ…と、トーマも!グランツも!戦うだが?!ユリと戦うだが?!」
「戦うよ、取り戻す為に必要なら百合さんを傷付けても」
決意の籠もった瞳で見つめられて動揺したように下を向くラブに、橙真は内心で感謝を告げる
この優しさに何度も救われた、ラブにも沢山支えて貰った、2人でみっともなく何度泣き喚いたか
本当は戦いなんて大嫌いの癖に、沢山の大切な物のために傷だらけになっても戦って戦って戦って
魔王に覚醒するまでそれだけ辛い事を乗り越えて来たんだろう、そこに何度支えになれたんだろうか
自分は友人として最低だ、橙真は自分に唾を吐いて嫌悪を抱く
言わなければラブを苦しめる事は無かった、優しい嘘で騙しておけば良かった
仲間外れにしたくない、だなんてそんな子供じみた理由で本当の事を話してしまった
「ラブ君、良いんだよ。僕も君が百合さんに武器を向ける所なんて見たくない」
「おらも…トーマとグランツとユリが戦う所を見たくないだ…」
「百合さんは必ず連れて帰ってくる。だからラブ君、百合さんが愛したこの世界、壊れないように守って欲しんだ」
けれども、どうしても言わなければいけない気がした
ラブにはどうしても伝えておかなければいけない気がした
「…トーマ!おら達に任せるだ!絶対に守るだ!だからトーマ達は絶対帰ってくるだよ?」
「約束する、絶対に百合さんと帰ってくる。またみんなでピクニックにでも行こうよ」
「行くだ…!おらユリのサンドイッチ食べたいだ!」
「僕も…食べたいな、百合さんのサンドイッチ」
それから感極まって2人で涙を流した
お互いを慰め合って、泣き止んだかと思えばまた涙が溢れて、そんなやりとりを何度か繰り返して
すっかり空腹になった2人は少し早めの昼食を作る
「トーマ、トマトとナスはまだ苦手なんだが?」
「あー、うん…まさか500年も苦手なものが変わらないとは思わなかったよ」
困ったように笑う橙真にラブはニコニコと笑みを返す
慣れた手つきで新鮮な野菜を切っていく橙真とラブ
本日はナスとトマト、チーズを使ったパスタ
好き嫌いはいけないど?というラブの意見からこの献立に
パスタはラブが、橙真はコンソメのスープやサラダ、それにデザートにフレンチトースト
小洒落た喫茶店のようなメニューを作っていく
「ユリと食べる時は我慢してただが?」
「内緒だよ?少しだけ、本当に少しだけね」
「内緒だど、絶対に言わないど、ユリには内緒にするど」
ふふふ、と笑いながらラブは楽しそうに料理を進めていく
ぽろっと言いそうだなぁ、と橙真は困った笑みを浮かべながら隣で同じように進めていく
「出来たどー!」
「さあ、冷めない内に食べようか」
「渾身の出来だど、トーマも美味しく食べられるど!」
すっかりラブと同じ量を用意されてしまった橙真は困った笑みと共に席へ着く
パスタとサラダ、コンソメスープにフレンチトースト、ちょっと良い紅茶を食卓へ並べて
きちんと手を合わせていただきますをしてから食べ進めていく
「うん、美味しい。でも苦手だなぁ」
「好き嫌いはいけないど?」
「百合さんに何度も言われたよ」
「ユリは何でも美味しいって食べてたど、見習わないとだめだど?」
確かになぁ、と困ったように笑う橙真
しかし量が多すぎる、食べれらるだけ食べて残りはラブに任せてしまおうと考えてサラダを口に運ぶ
折角作ってくれたのだ、残すのは申し訳ない。と思いつつそれも限界がある、と目の前の大皿を見つめる
お互いに楽しく会話をしながら何の違和感も無く作り進めてしまった
鍋に大量のパスタを入れた時も何も思わなかった、目の前で見ていたにも関わらず
いざ目の前に大皿がある時にやっと気が付いた、もう全てが手遅れの段階で
「ラブ君、残ったら食べてね」
「任せるど、おらのうっかりはおらが受け持つど」
「頼れるなぁ」
「こんな事で頼られてもあんまり嬉しくないんだど」
お互いに見合って笑って、大量の食事を胃袋へ収めていく
そんな昼下がりに橙真は安らぎと感謝を何度も何度も感じている
小さな日々と大きな友人に




