あ
思っていたよりも簡単に蟠りは消えて無くなったので一安心ではあるが、1人だけ納得させられていない人物が未だに橙真を睨みつけている
「えーっと……ヴァッサーさん」
橙真はヴァッサーへ自分の正体を明かす決意をした
この決意は諸刃の剣でもあるのだが仕方がない
このまま嫉妬心を持たれたままではこの先の障害となり得る
それを取り除けるならばこの後のヴァッサーの反応など安いもの、そう言い聞かせて橙真は【ステータス】を発動してヴァッサーに見せる
面倒な問答を避けるために先にステータスを見せたが、きちんと言ってから見せた方が良かった、と橙真は後悔した
驚愕に染まるジガンテとルヴナンの反応は理解できる
だがヴァッサーの反応は予想外も良い所、胸を握り締めて過呼吸気味に浅い呼吸を繰り返して俯いている
「ええーっと……実はリーリウム・シュヴァルツと言うのは偽名でして……本名は……!?」
申し訳なさそうに真実を告げようとした橙真の両肩をガバッと急に顔を上げたヴァッサーが勢い良く掴んだ
瞳は輝いているのだが、その光は輝き過ぎて理性を感じさせない
吐息はいつの間にか興奮時特有の吐息に変化しており、控えめに言っても恐怖を感じる
「ト、トトトトトッ!」
「あ、あの……少し落ち着いて……」
「トトトトトトトトトトウマッ!トウマッ!キリシマッ!様なのですかッ!?ほ、ほほほほほほ本当にッ!?」
「は…はい……そうです……」
ドン引きしている橙真を尻目にヴァッサーが跪いて天を仰いだ
大きく両腕を広げて恍惚の表情で空を見上げ神に感謝を始めた
「神よッ!!!初めて感謝を捧げますッ!!!!トウマ・キリシマ様は俺にとって神であり恵みであり太陽でありこの世を照らす光であり風でありこの身を潤す水であり癒しであり救いであり俺の人生そのものッ!!!!尊き存在であらせられるトウマ・キリシマ様に出会わせてくれた神よッ!!!ありがとうッ!!!!!」
再び鳴り響く頭痛に頭を抑えるがヴァッサーを落ち着かせなければ話が終わらない
いつもクールで鋭い視線を投げつけていた彼はどこに言ってしまったのか
自信に満ち溢れていた彼は今や橙真に跪いて謝辞を述べ続けている
ドン引きしている橙真など関係ないとばかりにどれだけ橙真が素晴らしいかを語り続けている
「あの……それくらいにして貰えるととても助かるのですが……」
「この程度ではトウマ・キリシマ様の魅力や偉業は語りつくせませんッ!!!!」
「それは後ほど……今は僕のお願いを聞いて頂きたいのですが……」
「何を仰いますか?!トウマ・キリシマ様!何なりと御命令をッ!!!この命に代えても遂行してみせます!」
あまりの勢いに困ったような顔も崩れてなんとも表現し難い表情へと変化していく橙真
それを見ているジガンテとルヴナンもなんとも言えない表情を浮かべている
(これは……あの人よりも酷い……)
ヴァッサーの父親と比べても、比べるまでもなく色々と酷い
このまま興奮で勝手に死んでしまうのではないかと思えるほどのヴァッサーにどう対処すれば良いのか見当もつかない
「ジガンテさん、ルヴナンさんもどうか聞いて下さい」
精一杯の対策として一度ヴァッサーを意識から外して話を進める
世界に滅亡の危機が訪れていること、大切な人を取り戻したい事、それにはこの世界の大半の協力が必要な事
見返りなら出来るだけ用意するからここにいる全員には必ず協力をして欲しいこと
「我ら巨人族の誇りにかけてその戦いは挑もう。協力などと言っている場合では無いだろう」
「儂らも同様じゃ。あの魔法がもしも願い通りなら儂個人としては恩返しには足らんくらいじゃがな」
「ありがとうございます、助かります」
ヴァッサーも何かを言っている様子だが、意識から外しているので途切れ途切れ聞こえた
熱く語る姿だけは一瞬だけ目に入れて困ったような顔だけは向けた
「俺はッ!!!許せませんッ!!!トウマ・キリシマ様とユリ・クロサキ様と言えば誰もが憧れる恋仲ッ!!!そんなお二人を引き離し乗っ取るなど気が狂うほどの拷問をもって裁きましょうッ!!!!!!」
そんな橙真の手を握り締めてきたヴァッサーの熱い言葉と熱い涙
その気持ちはとても有り難いのだが、あまりの勢いに困ったように笑うしか反応が出来ない
「しかし……救世の英雄が生きておったとはのぅ」
「確かに……もう500年以上は昔の英雄がまさか魔王となっているとは……」
「そうです!トウマ・キリシマ様!どうして魔王へ……?」
どんな職業も出現条件が複数ある
【料理人】なら料理が好き、オリジナルレシピが3種類以上ある、料理を教わったことがある、などから1つでも条件を満たしていれば職業選択時に【料理人】の選択肢が出現する
勇者や魔王など特殊な職業は更に複数条件の中でいくつか達成しておく必要があり、どちらかに一度なると相反するもう片方へは実質転職不可能とも言われている
そもそも魔王という職業はその職業になる、というよりは進化すると言われている
種族的要素も含まれている、というのが近年の研究で証明されている
転職だけではなく種族としても進化しているのが魔王であると
故に種族として進化が認められていない人間には魔王へ至るのは不可能である、と
だからこそ勇者として活躍していた橙真が今は魔王であることは目の前の3人には信じられない現象
勇者が魔王へ堕ちた事も、勇者が魔王へと至れた事実も、勇者が魔王転職の条件を満たせた事も
「それについては僕もよくわかっていないんです。魔王化した時には僕は自我を殆ど保っていませんでしたから」
「トウマ・キリシマ様……あの事件は私も当時よく聞きました……あの場所には私も実際訪れましたので」
ヴァッサーが言っている場所とは500年前に橙真と百合がルシフェルと戦い、百合を奪われ一帯に死の空間を広げた決戦の地の事だろう
困ったような顔でそれを受けて、未だにあの空間が消えずに存在している事を自分のスキルが教えてくれる
「さて……そろそろ解散しますか。後日改めて集合をかけたいと思います、次は勇者達や各国代表達と話し合って全世界連合軍といきましょう」
「ふむ……儂は構わんが人族が受け入れるかのぅ……」
「ゆゆゆゆゆゆゆ……勇者……ッ!」
「受け入れなければ滅びるだけです。下らない下心を出すのであればその欲望に燃やされて終わりです」
「だがリーリウム……いやトウマ・キリシマ殿、それではとても一月など間に合わないのではないか?」
一ヶ月、この短い間では時間は足りない
本来ならば数十年単位が必要な事を一ヶ月で纏めろと言うのだ、無理以外の何物でもない
「リーリウムで構いませんよ。間に合わなくて良いんですよ、協力関係なんてどの道結べませんから滅びたくなければしっかり用意しろ、と各々が理解できれば。死ななければ復興も再生も出来ますから」
「ふむ……それはそうじゃの」
「それにグランツ君の言葉と救世の英雄と呼ばれた僕の言葉なら少しは聞いてくれるかなぁ、という打算も少しは」
500年勇者の頂を守り続けたグランツ・ミストと500年前世界を救った救世の英雄、霧島橙真の2人から説明と協力を要請されれば納得は出来ずともそれを無下にし断る勇気のある国は無いだろう
無かったら良いなぁ、あまり揉めないと良いなぁと自信なさげに橙真は考えている
「まあ、僕らはこれでいいとして……ルナさん、そろそろ如何でしょうか?」
「ん?もうこっちは終わってるよ?ねー?」
にやにやと悪戯を企む子供のように橙真達を見ていたルナが、桜花を伴って近寄ってくる
少し遅れてファータも何故かもじもじとしながらその後へ付いてくる
あー、やだなぁ、と橙真が虚空を数瞬見つめてからルナへ問いかける
「一体何が…?」
「ふっふーん!ほら!」
これはダメだな、と戸惑いの視線を同じく戸惑っている桜花へと向けるも首を振られてしまう
その間にもじもじしているファータがルナに背中を押されて橙真の前へと一歩出てきた
絶対に良くない、これは確実に良くない逃げたい任せなければ良かった無理だけど、と後悔を一頻り心の中で吐き出して橙真も向き合う
「今まで意地悪してごめんなさい……お兄ちゃん」
「お兄ちゃん?!ルナさんこれは?!」
「男の子ってこういうの好きなんでしょ?我ながら良い仕事したよね!」
「いやいやいやいや!確かに好む人も少なからず居ますけど!僕の友人にも1人強烈なのがいますけど!僕は違うッ!!!断じて!違うッ!」
頬を赤らめたファータが媚びるように、伺うように橙真へ頭を下げた
ドヤ顔のルナへ詰め寄り図星でもつかれたように橙真は否定をする
そのあまりの剣幕にルナもえ…?ホントに好きなの…?とショックを受けた顔をするが
今までの橙真を鑑みて、ああホントに違うやつだ、と思い直して橙真を落ち着かせる
橙真が咳払いをして何となく切り替わったらしいのでそのまま顛末を話す
「元々さ、怪しいと思ってたんだよね」
「え…だから違うんです!」
「違うから、分かったからちょっと黙ってぶっ飛ばすよ?」
ファータが何故橙真にだけ悪戯をしたのか、なぜ飽きもせずにその悪戯を続けてきたのか
笑いながら橙真を窘めたルナはようやく本題へと入っていく
「まあ、簡単に言うと君に構って欲しかったんだよ。なんか悪戯しても怒んなそうだし、最弱だから立場も弱くて新人の自分と重ねたとかもあると思うけど」
「な、なるほど…?」
「このぶかぶかの服を好んで着てるのは君と仲の良い桜花ちゃんの真似だってさ。だから素直になれるようにちょっとね、ちょちょっとね、中身をね、軽くね……てへっ」
「やってくれましたね……本当にやってくれましたね……」
もじもじ、ちらちら橙真を見ているファータを前にして最早なす術は無いと諦めた
ルナが適当に弄った精神か魂を無理矢理なんとか戻そうとすれば悪化する可能性もある
考え無しに施したルナの適当さを考えれば悪化する未来しか見えてこない
素直を通り越えて既にダダ漏れなファータを見ていると頭が痛くなる
ただ、このまま帰せば帰したで問題があるので持ち帰らざるを得ない
同人誌みたいだなぁ、と元の世界で友人が布教してきた薄い本を思い出して現実逃避するが
それを軽く乗り越えて迫ってくる現実に逃げ出したい
「ウチでメイドでもさせよう」
「まさかそれが目的じゃ?」
「まっさかぁ!ちゃんと今思い付いたよ?」
今日の疲れが何倍にも膨れ上がってきたので、もう色々何も考えずにこのまま帰って今日だけは虚無に過ごす事を決定して各々と軽く会話をして切り上げる
その横でヴァッサーが心得や諸注意を細くファータへ熱く語っているのが見えて更に疲れていく
「橙真さん…頑張ってください。後程、お手製の栄養剤を届けますから…」
目尻を下げた気の毒そうに気を使ってくれる唯一の癒しである桜花に労われてそのまま帰路へと着いた




