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禍音来たれり

禍々しいゴブリンは理性の無い瞳で橙真を睨みつける

光も意思もない瞳だが、不思議と視線は真っ直ぐ橙真へと向けられているのがはっきり分かる

後ろで観戦しているルナと桜花には意識の一欠片も向けられず全てが橙真へと注がれる



(ルシフェルの力に8割は侵食されてる……身体は死体、再構築の跡があるけど強度的に目的は戦闘じゃない…?)



相手の出方を伺いながら軽い分析も行う

いくつか迎撃用に術式を構築し必要なら適当なスキルもすぐに起動、発動出来る



(中身がぐちゃぐちゃだ。様子見……?それにしてもおざなりだなぁ)



ルシフェルの力で精神的にも魂的にもぐちゃぐちゃに食い散らかされている為、恐らく1時間も相手をしていれば勝手に崩壊を起こして魂諸共消えて無くなるだろう

その場合内包されているルシフェルの力が放出されて何が起こるか分からない

それを目的にするほど相手も小者では無いのでその処理さえも見越してこれ程雑な相手を見繕ったのだろう



「ウゥゥゥ……」

「来るならいつでもどうぞ?」



橙真の言葉に反応したかのようにゴブリンの身体がブレて消える

瞬き一つもしない間に既に橙真の目と鼻の先まで移動したゴブリンはただ力任せに腕を振るう

大気を震わせ、大気ごと叩きつけたようなその一振りは橙真が展開していた障壁に阻まれる


本来ならば簡単に地面にクレーターを作り上げただろうその一撃は障壁によって余波さえも全て吸収され



「はい、お返しします」



とんっ、と腹部へと軽く触れた橙真の手から全てゴブリンへと放出された

それも衝撃が全て身体中を巡り1ミリ足りとも外へ逃げ出さないように調整されてから


痙攣したかのようにゴブリンの身体が弾けてその場へ崩れ落ちる



「す、凄い……一瞬であれだけの……?」

「えー!!!つまんない!!!!終わり?!トーマ君のいいとこもっと見たい!」



唖然とする桜花と戦闘内容にケチをつけるルナ

そんな事を言われても…と困ったように笑いながらも足元で苦しんでいるゴブリンへの警戒は解かない



(素体はゴブリンなのに……これだけルシフェルの力に侵食されているとあれを食らっても身体が弾けない………しかもこれは……)



すうっと橙真の瞳が剣呑な雰囲気を帯びる


それに気がついたゴブリンは鋭い爪による突きを放ち、橙真に避けさせると同時に距離を取る

身体が弾けなくともダメージは通っているようで未だに苦しそうに顔を歪ませている

瞳を今は憎悪の色に染めて橙真を真っ直ぐに見据える




「グ…ギギギ……ギザ…マヲ……ゴロジデ……アノオガダヘ……ザザゲル……」




途端に膨れ上がる魔力に橙真も迎撃用に魔力を練り上げる




(百合さんの魔力が混じってる……何が目的だ……?)




放たれた魔法は【火遊びの双子】という火属性の魔法

ルシフェルに乗っ取られた黒崎百合が考案した魔法であり、汎用性が高い

掌サイズ2つの炎の塊を術者が操ることができ、飛行機雲のように塊の移動跡には炎が残る


ただそれも術者が効果的に使えるのならば、だが

効果的に使えなければ生活魔法にも劣る

このゴブリンのようにただ闇雲に相手にぶつけるだけなら意味はない




「【水辺の蝶】」




反対に橙真が使う魔法は【水辺の蝶】

同じく黒崎百合が作り出した魔法の1つなのだが、水で作られた蝶を生み出すだけの言わば観賞用の魔法である

攻撃力も防御能力も無いただの目の保養に作られた魔法の1つ

ただその一頭の蝶に過剰に魔力を込めれば我武者羅に使用されたゴブリンの魔法を防ぐくらいは出来る


本来魔法を使えるのはゴブリンシャーマンへと進化したゴブリンくらい

それがルシフェルに力を注ぎ込まれたからとは言え、魔法を使える能力はない

無理矢理に魔法を使った代償か、火と水の魔法がぶつかり生み出された水蒸気の向こうから腕を振るったゴブリンの肩から先が崩壊した



「グ……グギギギ……」



橙真へと憎しみの視線で射殺さんとばかりに睨みつけるゴブリン

少しづつ崩壊していく身体を無理矢理起こそうと力を入れている

そのまま崩壊してしまうとルシフェルの力が放出され拡散されてしまうので、束縛用の魔法で動きを止めてからルシフェルの力を抜き出しスキルの1つで変換し吸収する


殆どの力を抜き出してしまったのでゴブリンの身体は崩壊に抗えない

そのまま砂のように崩れていくゴブリン、残った魔石は闇色の力を纏っている

それも身体が崩壊したようにすぐに砕けてしまうだろう

砕けた魔石も使い道があるとは言え、これだけ異質な力に染められてしまえば取り扱いが難しい

ルナに渡せば喜んで何かに使用するだろうと振り向けば、呆然としている桜花と不満そうに頬を膨らませたルナが目に入る

どうやら吸血鬼のお姫様にはまだ納得してもらえていない様子、そんなルナに困った顔を向けて歩き出そうと一歩踏み出すと魔石から声が聞こえた


それは500年前にこの世界に混沌を招いた張本人であり、橙真から黒崎百合を奪った人物

この500年決して忘れる事の出来なかった人物、憎まずには居られなかった相手



『霧島橙真……まさか生きていたとは……』

「ルシフェル……ッ!」



驚いたような信じられないような声が魔石から響き、橙真の耳を刺激する

必死に抑えていた感情が爆発的に溢れ出し、無意識に練り上げられた魔力にその感情が呼応するように所々に黒が混じる


怒りと憎しみ、当時の絶望と拒絶に虚無感。様々な黒い感情が心を支配して目の前が真っ黒に染まっていく



「トーマ君ッ!」

「ッ……!ルナさん!来たらダメだッ!」



視界が全て黒に染まりかけるその瞬間にルナの呼びかけによって我に帰る

咄嗟に振り返りこちらへ来ないように制止の声を掛けたが、その時には既に橙真を庇うように橙真と魔石の間に立ち塞がっていた



「態々そっちから何の用?」

『その声はルナ・エーデルワイスか……お前も生きていたか…だがお前には無関係な』

「何の用かって聞いてんの」

『なっ……!まさか逆探知をかけて……?何故お前にそんな事が!』

「黙れよ、アタシは何の用か聞いてんの。アタシが聞いてんだからアンタは答えれば良いんだよ」



ルナからの要求を遇らうルシフェルだが、魔石から逆探知をされて何かしら攻撃を受けた様子

普段のルナから敵対者に容赦のない魔王ルナ・エーデルワイスへと変貌を遂げる

魔石の向こうからため息が聞こえ、橙真の名が呼ばれる



『あの時の決着をつけよう。一月後、あの時と同じ場所で待つ。私がそちらに出ればあの時と同じような事が起こる、準備は怠るなよ』

「望むところだ、ルシフェル。その為にこの500年力をつけたんだ、君から百合さんを取り返してみせる」

『そうか……』



橙真の返答と決意にどこか悲痛さを含めた言葉を返したルシフェルのそれを最後に魔石は砕けて声も聞こえなくなる

力強く拳を握りしめる橙真の肩を桜花が優しく手を添えて、ルナがポンポンと頭を軽く叩く

深く長く息を吐いてから、横の桜花に次にルナへ困った笑みを向けてから背伸びをする

すっかり強張った身体が少し解れたような感覚に少しリラックスしてから未だに倒れている4人の魔王達へと歩みを向ける



「しっかしトーマ君」

「はい、なんですか?」

「啖呵切るならさ、『君』じゃなくて『貴様』とかせめて『お前』くらい言わないと格好つかないよ?」

「あの……変な所ダメ出しするのやめて下さいよ……」

「私は橙真さんらしくて良いと思いますよ?」



ピンと伸ばした指で顔を指されてルナからのダメ出しに困ったような笑みで答える

正直に言えば自分でももう少し格好付ければ良かったなぁと反省している所なのだ

口元を隠しながらニコニコと笑う桜花にフォローされても、それはそれで喜び辛い




「う……ううっ……」

「くっ……」



倒れた4人は軽く揺すればすぐに意識を取り戻した

朦朧としているようで、目が覚めてもボーッとした視線で前を見ている

橙真が目の前で手を振っても特に反応がなく、手を叩いても反応しない

これは暫く待つしかないと再びルナがテーブルと椅子を取り出して、その場でティータイム


紅茶を口に含みながら軽く解析の魔法をかけても特にルシフェルの力は確認できず、疑問は残る

彼等を手駒にすれば強力な戦力と成り得ただろうに、彼等はどうやら思考誘導等をされた程度

怪しい動きを敢えて見逃していたのはそれも理由ではあるのだが




「橙真さんは本当にあの悍ましい力の持ち主と戦うおつもりですか……?」



思いつく限りの可能性を思考していると桜花に質問されて意識を目の前に戻す

片腕をがっつりルナにホールドされているのに頑なに両手で口元を隠した桜花は心配そうに橙真を見ている



「ええ、その為にこの500年を過ごしましたから」

「そうですか……」

「それより桜花さん、今はルナさんに気をつけて下さいね。あの目は貴女を狙ってますから」

「え……っ!?」




橙真の返答に決意の表情で頷く桜花だが今はとても身近に危険が迫っていた、具体的には真横に

桜花としてはルナはスキンシップが激しくて多い人なのだろうと思っているが全く違う

然りげ無く触りながら桜花の着物の奥に隠された身体を探っているのだ

胸や尻の膨らみ加減柔らかさ、腕の太さやしなやかさ、ウエストのサイズや腰の位置から算出される足の長さまで


ニコニコと友好的な目を向けているが、その実目の奥では獲物を狙っている

自分のお眼鏡に叶う相手は1人でも多く囲おうとしているのがルナ・エーデルワイスなのだ



「でも大丈夫、大本命はトーマ君と百合ちゃんだから!」

「何がでも、で何が大丈夫、か分かりませんけど……」



キリッとした顔で橙真へと告げるルナ

そんなルナの事実を知った桜花は自分の貞操の危機を察して距離を離そうとするが、既に片腕がしっかりルナに捉えられて離れる事ができない


ただ気に入られただけなら良いなぁ、と橙真のようにルナへと困ったように笑う桜花であった

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