家に帰るために、帰らないために
次の日、橙真は『落ち人』や『流れ人』が拠点としている場所へと来ていた
情報共有やこれからの動きを明確にしておく事、そもそも何が起きるかを全員に教えるため
「橙真君!」
「霧島さん!」
2年ぶりに中に入れば、見知った顔も見知らぬ顔も大勢いる
年齢も時代も国も、そもそも元の世界もバラバラだったりする
日本から来た、と言われて嬉しくなりいざ話をしてみれば並行世界の日本だったなどと言う話は割とある
意思疎通系のスキルがあるお陰で苦労はしなかったものの、一番最初は思い出すだけで疲れる記憶である
全員が翻訳や意思疎通のスキルを最初から保持している訳ではない事に驚きと悪意を感じる
良く読んでいた異世界転生モノの作品には説明すら省かれる程にテンプレだと言うのに現実は残酷だ、と当時の橙真は酷く落胆した
「皆さん、お久しぶりですね。それと初めましての方はよろしくお願いします」
誰だこいつ、と言わんばかりの視線と表情
ここに来るたびに毎回毎回向けられるそれにも慣れている
そもそも自分が頻繁に訪れないのが原因でもあるのでなんとも言えない
ふと奥へと目を向ければ汐里が小さくこちらに手を振っているのが見える
「一応自己紹介しておきますね、霧島橙真です。今回は急な招集をしてしまいすみません。この後に詳しい話をします」
今回集まれたのは25人ほど、総勢50人前後らしいので今回は約半分
少ないような気もするが国や組織の重要な人物となっていたり世界の反対側で冒険していたり、何かと多忙な者も多いので仕方はない
後々知らせておくようにすれば恐らく協力するだろう
今回の件は帰りたい帰りたくない以前に世界滅亡の危機でもある
人それぞれ帰還条件は違えど、戦いに参加すれば帰るための条件を達成できるかもしれない
帰りたくなくとも生きて乗り越えなければこの世界に残ることは出来ない
絶望してもうどうなってもいい、死んだ方がマシだと考えていない限り参加する他ないのだ
「では、全員飲み物は行き渡りましたね?これから詳しくお話ししますね」
席を見渡して、それから一度咳払いをしてから話を始める
「この世界は500年前に未曾有の危機に瀕しました。その原因は堕ちた天使ルシフェル、聞いたことがある方も居るでしょう。我々『落ち人』が神によって様々な世界へと振り分けられ、世界の境界が曖昧となり『流れ人』が世界を渡ってしまう原因でもあります」
「それじゃあ俺たちはルシフェルを倒すために?それにそれって神話の話じゃ……」
「いえ、必ずしもそう言う事ではありません。それにルシフェルと言っても相手がそう名乗っただけで本物のルシフェルかどうかは分かりません」
実際、神の世界に行ったことがあるわけではない
この世界に落とされる時に神に会っているが、神の名前もその堕天使の名前も聞いていない
そもそも神は堕天使を息子と言っていたので実際堕天使かどうかも怪しい
もっと言ってしまえば、会った神も自分を神のようなものと言っており明確に神かどうかも分からない
「神様に会った方は説明されているでしょうが、そのルシフェルは様々な世界を滅ぼし更なる力を得ているそうです。その存在が既に世界の毒、全てが混沌へと導かれてしまう。その力の余波だけでも影響はあり持てるはずのない力を持った魔物、発見される予定では無かった技術や物質など世界のバランスを崩壊させるそうです」
その世界には必要なかった、若しくはその時点では必要ではないものが生まれてしまう
逆も然りであり必要な強さを持って生まれない、その時点で必要な事が発見されない事もある
その結果世界はルシフェルが手を下さずとも崩壊へと導かれてしまう
いつか来るであろう終わりが明日に突然訪れる
それほど極端に終わりまでの時間が短くなってしまう
その崩れたバランスを元に戻す、戻せなくとも限りなく戻るようにする為に『落ち人』は様々な世界へと派遣されている
だからこそ求められていることはそれぞれ違い、人によって帰還条件が変わってくる
「500年前にこの世界にもルシフェルが現れました。魔物の凶暴化や増殖に始まり、人々の心が惑わされ魔物化し、ルシフェルの存在によるこの世界の侵食と崩壊。当時僕達は原因究明の為に奔走し翻弄され、結局全てが解決する頃には世界の7割が破壊、死亡、崩壊する事になりました」
「まさか……同じような事がまた……?」
「ええそうです。『ブレイブ・ハート』所属の方や冒険者ギルド所属の方はご存知かもしれませんが、既に魔物の凶暴化が始まっています、このままいけば恐らく500年前と同じ事が起きるでしょう」
どのタイミングでルシフェルが世界を渡り、この世界に現れたのかは分からないが
このまま行けばそう遠くない内にこの世界へ再び降り立ち次こそはこの世界を蹂躙するだろう
前回撃退出来たのは運が良かったからとしか言いようがない
「前回はルシフェルがかなり弱っていたので撃退出来ましたが、今回は分かりません。万全の体制を敷いても対応できるか、そもそも戦いになるのかさえも分かりません」
「それでは俺達に死ねと言うのか!」
「いえ、実際にルシフェルと戦うのは僕と勇者王くらいです。皆さんには凶暴化した魔物や魔物化した人々の対応をして貰いたいんです」
「2人だけで戦うんですか?!そんな相手に2人だけって!」
「これに関して言えば、戦うのはというより戦えるのはと言う方が正しいです。この500年でルシフェルの影響によりこの世界の力は減退しています、戦いの技術もスキルの精度も魔法の研鑽も全てが昔に比べるまでもなく低くなってしまっている。そんな状況下で他の世界の力も吸収したルシフェルと戦う事が出来るのは極限られた者だけです」
言外に今の戦力では足手纏いだ、という思いを込めたのが伝わったのかその場の全員が表情を暗くする
予想ではここで反発が起きて自分の実力を見せつける流れになるかと思ったが、そうならないようでホッと一安心
500年生きている事が信じられているのか、実力の話が伝わっているのか分からないが無駄な争いをせずに済むのならそれが一番
信頼を得られるならば能力を見せる事も吝かではないが戦って納得させろと言われるのが一番面倒ではある
そう言われた場合にどうやって納得させるか、それくらいで対応すれば良いのかがここに来るまで全く決まっていなかったのだ
実力行使は橙真には得意な分野ではなく、人に見せつける事も得意ではない
500年経とうと苦手な事は苦手なんだ、と橙真はしみじみ思っている
「それとこれが今のルシフェルの姿です。出現時には恐らく対応できると思うのですが念のため覚えていて下さい、そして遭遇したら絶対に挑まず逃げて下さい」
橙真がスキルにより紙を写真化した物を配る
そこにはふわりとした黒髪ミディアムに上品ではあるがルナの妖しい色気とは違った魅惑的で蠱惑的な色気
少しタレ目気味の右目下にある泣きぼくろがその色気をより感じさせ、ゴシック要素のある服装によりまるで芸術作品のような女性が写されていた
「女の人……?しかも日本人……?」
「ええ、彼女は黒崎百合さん。僕と同時にこの世界に来て、ルシフェルに身体を乗っ取られた日本からの『落ち人』です。ルシフェルはそうして乗っ取りなのか憑依なのか分かりませんが、宿主を必要としているようで僕の能力が正しいのなら今もその宿主は彼女です」
500年前ルシフェルが弱っていたのはその時の宿主が限界を迎え、次の宿主を探していたからだと橙真達は推測している
だからこそ次の宿主を会得した後にこの世界を滅ぼさず消えてしまったのだろうと
消える前に一方的に向けられた言葉によればそれだけでは無いのだが
その時の橙真は絶望と喪失感により記憶が曖昧になっている
「僕はどうしても500年前の決着をつけたい。例え百合さんが助からないのだとしても、ルシフェルに使い潰されて死ぬよりはマシなはずです。どうか皆さんの力を貸してください、ルシフェルと戦うのに邪魔をされる訳にはいかないんです」
「勿論だよ橙真君!私は全力で協力するよ!この世界に来て何も分からなかった私をここまで面倒見てくれたんだから!今度は私が恩返しをさせて!」
「橙真さん!俺もやるぜ!」
「手を焼いてくれた君の頼みならば!」
「どの道やらなきゃ死んじまうんだもんな!」
深く頭を下げる橙真にいち早く反応したのは汐里
そんな汐里の反応に周りにいた者も次々と協力を申し出る
勿論橙真はこうなる事を予想して予め汐里にサクラ役を頼んでいた
汐里なら頼まなくとも結果は変わらないだろうが、より周りを巻き込みやすいようなセリフを考えて発言して貰った
いきなり説明をして戦うしか無いと言われても混乱と情報整理であやふやなまま終わってしまうだろう
それだけで終わらないよう、全員で協力して今回の件に取り組むという意識だけは頭の中に残せるように
少しでもやる気を起こして流れを作っておければ、後は自分が何もしなくともある程度は機能するだろうと楽もできるように
上に立ち率いるのが得意な者もここにはいるのでそういった役割は丸投げ出来る
苦手な自分がやるよりは効果的に且つ効率的に動いてくれるだろう
戦いに関して知識不足ならどこかの国の参謀かでも会わせれば解決する
兎に角自分の負担は出来るだけ無くし、ルシフェルと戦うことだけに集中出来る環境をいち早く構築しなければならない
「では汐里さん『ブレイブ・ハート』との連携や各国、各種族との相互協力はお願いします。人員配置などは僕等があれこれするより各現場での需要が変わってくるでしょうから」
「うん、任せて!もう全体のリスト化は終わってるからこれからどこのどんな人材が欲しいか検討して貰ってる所だよ!」
「頼もしい限りです。では皆さん、まだ混乱や整理がつかないと思いますがこの世界の為にも尽力よろしくお願いします」
もう一度深く頭を下げてから橙真は建物から出て行く
後は任せれば勝手に事は進むだろう、と結論づけて
例え一部のみしか戦わないとしても構わない、最初からそれは考えていた
最悪は敵となって殺す事になった場合である、それが自分の意思だろうとなかろうと
戦わないのなら安全な場所でじっとして居てくれたらいいのだ
これ以上無駄な被害で帰還者が減るのは見たくは無い
殺した後に後悔をしてやれる時間があればいいが500年前の経験からそれを感じる暇なく
魔物を屠るのと同じように何も感じてやれないだろう
全てが終わった後では死体も残って居ない可能性が高いので埋葬してやることもできない
少し過去を思い出して憂鬱な気分になりながら近くの街でお土産を物色する
城で普段と変わらないように見えて実は不機嫌なステラにご機嫌とりをしなければ後が怖い
正式に開催の決定された七芒星若しくは七凶星には連れて行くとしてもだ
彼女が好みそうなお土産を手にとってため息とともに会計をすませて、橙真は自分の城へ帰る




