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ヘタレ魔王様

「待てっ!魔王リーリウム!今日こそ貴様を討伐し、世界に1つの平和を齎す!」

「もう勘弁して下さいよー、昨日も来ていたじゃありませんかー」



ここは魔王リーリウム・シュヴァルツの魔王城

様々な種族の生きるこの世界で魔族の国の1つを統治する彼の根城、活動拠点


そこには聖なる光を纏った剣を手に、その魔王を討伐せんとやってきた勇者が1人

普通ならば数多くの障害を乗り切り、数多くの試練に打ち勝ち、数多くの人々を助けてやってきた勇者の最後の戦い


そして魔王もそれに呼応かのように勇者を待ち受け、お互いが持てる力の全てを相手に注ぎ雌雄を決する



魔王が1人に対して、勇者は数人の固い絆で結ばれた仲間と共にここにやってくるのだろう

そうしなくては抗えない程の力を持っているのが魔王なのだから




しかしながら、この魔王リーリウム・シュヴァルツの城で起きている事は逸脱していた




「このっ!いつまで逃げているつもりだっ!正々堂々戦えっ!」

「ですから僕にはそのつもりがないんですよ!どうか!どうかお帰りください!」




必死の形相で追いかける女勇者、困り顔を浮かべながら勇者から逃げている魔王

本当に魔王かと疑いたくなるような泣き言を叫びながら、勇者から逃げている


聖なる光を纏った斬撃を飛ばそうと、聖なる光で構成された捕縛魔法を使おうと、聖なる力で身体能力を底上げしようと

その努力を最早嘲笑うかのように避けて、逃げて、時には転がり

兎に角戦闘を行わずこの場を収めて勇者にどうにか帰って貰いたいらしい



本人はかなり真面目なのだが、勇者からすればその姿は自分を馬鹿にしているとしか思えず益々攻撃の手は激しさを増す





「シャルロット様、本日は如何でしょうか?」

「⋯⋯⋯とても美味しいです、流石です」

「ご満足頂けて何よりです」





そんな二人の間抜けな絵面の脇では女勇者のパーティである小柄な女性と、魔王城のメイドがゆっくりと午後のティータイム中

魔王リーリウム・シュヴァルツ自慢のメイドが淹れた紅茶とクリームのたっぷり入ったシュークリーム、甘さを控えたマーブルクッキー


この騒々しい中で、騒動に巻き込まれること無く流れ弾や埃などを気にせずゆっくり出来るのは勇者パーティの小柄な女性が張った結界のおかげ




「シャルロットッ!君は毎回毎日何を呑気に敵のメイドとお茶をしているんだっ!いい加減こちらのサポートをしてくれないかっ!」

「⋯⋯お断りします、私の目的はステラさんのお茶とお菓子なので」




本来ならば、女勇者と魔王の追いかけっこに参加しているであろうシャルロットと呼ばれた女性は自分の役割など知らん顔

使命や役目よりも目の前のメイドとのティータイムを取る


その為ならば、 高位の結界も本来の用途外だとしても惜しげも無く使用する

それが例え普通の術者が四人がかりでやっと発動出来るような類の技術的にも実力的にも難易度の高い結界であったとしても、だ



「そもそもだっ!君は最初からこうして敵方のメイドとお茶をしていたなっ!おかしいだろうっ!」




女勇者はついには魔王からパーティメンバーのシャルロットへと矛先を変えた

彼女が魔王リーリウムの城へと来るようになった2年の鬱憤をぶちまける


定期的に来ては魔王を追い掛け、大した戦果も無く帰る

1ヶ月の内に平均して4度は来ていただろう

最初は魔王への意識で気にもならなかったパーティメンバーの行動

だが、回数を重ねれば攻撃をしてこない相手なのだから余所見をする余裕も出てくる




「その結界を魔王が逃げられないように張るだけでもしてはくれないだろうかっ!」

「⋯⋯はぁ」




ちらりと仲間は大丈夫かと視線を向ければ何と呑気にティータイムと洒落込んでいるではないか

しかも、魔王サイドのメイドと何やら楽しそうに談笑しながら


最初はメイドの手による影響かと急いでその場に駆けつければよく知った結界が張られていた

常人では辿り着けない域に達した仲間の結界


邪魔をさせないように張らせたのだなっ!と即座に推理をして、目を覚ませ!私が分かるか?戻ってこい!操られてるんだ!正気に戻れ!等などそれはもう感動的なセリフを投げ飛ばしシャルロットを取り戻そうと奮闘した

その結果返ってきたセリフは何とも冷たい「⋯⋯は?」と言うお前どうした?大丈夫か?と逆に問うような顔




「なんだその生返事はっ!君は何がしたいんだっ!」




結局自分からこうしてティータイムを楽しんでいる事が分かり、その日は怒りで別の生物へ変わるかと自分でも錯覚する程だった





「まあまあ、今日は終わりにしてゆっくり紅茶を飲みませんか?」

「貴様ッ!この戦闘中にッ!どれどけ私を馬鹿に………ッ!」





呑気に紅茶を楽しむ仲間に問い詰めればいつの間にかその輪に加わっていた魔王に宥められる

まるで自分だけが必死になり、自分だけが間違っているようなこの扱いにギリッと剣を握り締める


途端にギョッとした顔で席から立とうとする魔王を見てなんだか馬鹿らしくなり握り締めた剣から力を抜き鞘に収める




「………もういい、帰る。シャルロット、君は好きにするといい。私は本部に帰ることにする」

「⋯⋯⋯そうですか、お疲れ様でした。またの機会にお願いします」

「ああ、その時はよろしく頼む」





疲れた顔をした女勇者とその仲間であるシャルロットは敵陣の、しかもその大将を目の前にして撤退の話を進める


どこか哀愁をも感じさせる背中を見せ、その場から去っていく勇者へシャルロットは今作戦最後であろう言葉を投げ掛ける





「⋯⋯⋯ご忠告はきちんとしましたよね」

「……その、通りだったな」





苦笑いを浮かべて、女勇者はそれに答える

今作戦が決定し、メンバーの選定時にタイミング良く身体が空いていたシャルロットに協力して貰えないだろうか、と尋ねた時に彼女はこう言われていた




『⋯⋯⋯構いませんが、止めておいた方がいいと思いますよ?魔王リーリウムとは戦いになりませんから』





内心馬鹿にされたのかと憤った

『勇者』になってから、自分の武器となる物を鍛え、難易度の高い仕事も率先してやってきた

流石に魔王種の討伐は果たせていないものの、それに近しい功績は残している



そんな自分が『最弱』と呼ばれる魔王リーリウム相手に手も足も出ないだろう、と馬鹿にされたのだと思った


もやもやしながらも、いざ魔王と対峙すればその時の言葉が正解だったと理解させられた

否が応でも理解させられた


魔王リーリウムの行動はまず謝る、帰らせようとするから始まり、逃げる避けるに続き、結局こちらが諦めて帰るまで攻撃の一つもせず、こちらが帰る意思を示せば途端に安堵の息を吐く



相手が戦うという選択をしないのだから、それはもう戦闘にはならない

故に魔王リーリウムとは戦いにならないのだ、ただの鬼ごっこと化す




「⋯⋯⋯今回も大変なご迷惑をおかけしました」

「いえいえ、気にしないで下さい。シャルロットさんも大変そうですね」

「⋯⋯⋯そうですね、ここに来るとついつい美味しい糖分を摂取し過ぎます」





勇者のパーティメンバーである筈のシャルロットが魔王に謝罪をする

感情の宿らない表情で告げられようとも、リーリウムは特に気にした様子もなく困ったような顔で笑う


魔王リーリウムが頻繁に表す顔の表情である、困ったような笑み

苦笑とも違ったその表情




「⋯⋯⋯その笑い方、見るとなんだか安心しますね」

「あはは、昔からついついやってしまうんです。今更治せるものでも無いですし、治す気もありませんけど」





じーっと無機質な瞳で見つめられ、またも困ったような笑みを浮かべる

メイドのステラはそんな二人の会話に参加する事は無く、恭しく紅茶のお代わりを注いでいく





「⋯⋯⋯さて、私もそろそろ本部へと戻ります。勇者王さんへ報告もしなければいけませんから」

「流石ですね、シャルロットさんは。勇者王へ直接の報告を任されているなんて」

「⋯⋯⋯面倒以外の何物でもないです」





お互いが2杯ほど追加で飲み干した後に、シャルロットがお代わりを断ってリーリウムへと帰還を告げる


ちゃっかりお土産のクッキーを仕舞い、シャルロットは席から立ち上がる





「⋯⋯⋯不老不死とは言え、そろそろ引退してくれれば私も面倒が減ります」

「まあまあ、そう言わずに。彼も引退したくても出来ない理由があるんでしょう」

「⋯⋯⋯理由ですか………心当たりでも?」

「ふふふ、さて?討伐対象の僕にはさっぱり」






少しうんざりした顔で椅子の位置を直しながらシャルロットは唯一の上司である勇者王へと愚痴を零す

窘めるようにリーリウムはこれまた困ったような笑みで返すが、シャルロットが瞳に少し挑発的な色を宿してリーリウムを見る


そんなシャルロットへ、リーリウムはいたずらっ子のような顔を浮かべクッキーを口へと運ぶ






「⋯⋯⋯ああ、そうです。暫くは我々『ブレイブ・ハート』がこちらへお邪魔することは無くなると思いますので」

「おや、それはどうしてです?」

「⋯⋯⋯勇者王さんが今回も失敗に終わるだろうからこれ以上無駄に戦力を注ぐわけにはいかないと禁止令を発令する筈ですから」







そう告げられたリーリウムは途端に目を輝かせリラックスしたように脱力する

暫くは平穏な日々を、愛すべき平和を堪能出来る筈だと期待に心弾ませ

それと同時に今まで溜めてしまった仕事の処理をさせられるだろうと言う憂鬱を抱く



平穏でも大量の仕事に追われるのと、ある程度危険でも仕事に追われず生きている有り難さに感謝するのと

どちらが良いのだろうとジレンマに襲われたが


まあ、深く考える必要も無く平穏で平和な毎日が良いなぁと自己完結をする




「⋯⋯⋯では、また再び相見えるその時まで息災を願っております」

「ありがとうございます、シャルロットさんもお元気で。たまには個人的に遊びに来てくださいね」

「⋯⋯⋯ええ、ではお言葉に甘えて暇を見つけてはお邪魔をすることにします」





リーリウムのお誘いに、瞳の中に喜びの色を宿してシャルロットは扉の前まで移動する


見送るようにリーリウムは席から立ち上がり、ステラも佇まいを直す




「⋯⋯⋯ステラさん、『魔王様』御機嫌よう」

「お気を付けて、シャルロットさん」




会釈をしてから自身のスカートを軽く摘み、リーリウムへと悪戯な笑みを向けて勇者パーティの魔法使いシャルロットは先に出た女勇者は追いかけて魔王城から立ち去った


困ったような笑みを浮かべたリーリウムと、礼儀正しくシャルロットへと頭を下げていたステラはお互いを労い、雑談をしながらティータイムを続行するのであった

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