恐怖の昼休み
朝のホームルームが終わり、1時間目までの5分間で結人は一部の人間に事情を話した。
すると普段結人は周りに気を使い、優しく接しているので、結人のピンチと聞いた友達が全力で彼のサポートを始めた。
そのおかげで移動教室の際に、荷物を全て友人が持ってくれたり、教科書をわかりやすいように解説してくれたりして、むしろ心地が悪いくらいになってしまった。
そうしていつもの倍疲れた状態で、お昼休みに入った。
しかし結人の表情は晴れない。
それは本日が木曜日だからである。
木曜日には桜乃がお弁当を作ってくるという約束がある。
普段でさえ疲れが溜まるのに、目が見えていないとなれば何をされるかわからない。
結人からすればたまったものではなかった。
「先輩! 屋上まで私が案内します!」
彼女が来た。
今日だけは本当に勘弁して欲しかったのだが、自分もOKを出した身だ。
自業自得ではないが、無下にする訳にもいかないので、重い腰を持ち上げて彼女の元へ行く。
ガタン、ガタン、ガシャン。
結人が歩く度に机の音がする。
友人が10人近く集まって、結人の肩を持つ。
大丈夫か、などと声をかけてくれるのはありがたいが、傍から見れば完全にけが人である。
女子もすごく心配そうな顔でこちらを見てくる。
すごく恥ずかしい。
この時結人は2度とコンタクトを忘れまいと決意した。
蛇行しながら桜乃の元へ行く結人を見かねて、声をかけた人物がいた。
「私も行く!!」
目が見えない結人だが、声だけでもすぐにわかるほどに親しい人物。
それは夏野若菜だった。
屋上までは若菜に手を引かれ、その後ろを桜乃が追いかける形になった。
そして今は左に桜乃、右に若菜が座る形。
まさに両手に花である。
桜乃が弁当からおかずを取り、俺の口に運んでくる。
結人はすっかり慣れたもので、素直に口を開ける。
2人からすればいつも通りなのだが、若菜にとっては衝撃の光景だった。
2人が時々一緒に昼食を取っていことは知っていたのだが、まさかこれほどにまでイチャイチャしているとは全く思っていなかった。
「桜乃ちゃん。い、いつもこんな感じなの・・・・・・?」
「? そうですね、こんな感じです」
桜乃はキョトンとした顔をしている。
彼女も特に意識しているわけではなかったので、質問の意図があまりわかっていないようだった。
結人は目が見えていない分、いつも以上に鈍感であり、2人の会話すら聞き流していたので、若菜の意図に気付くはずもなかった。
若菜は桜乃を止めようと思ったが、すぐに思いとどまった。
止めてどうするのだ。
桜乃は別に悪いことをしている訳では無い。
ただ『自分にとって都合の悪いこと』をしているだけだ。
思い悩んだ末、若菜はある一つの決断をした。
若菜は自分の弁当の卵焼きを箸で掴み、結人の口元まで持っていった。
「ほら、口開けなさい!」
これには結人も驚嘆した。
しかし驚きを口にする前に、目の前に差し出された黄色い物体が口の中に放り込まれた。(はっきりとは見えていない)
あ、うまい。
なんて言ってる場合ではない。
ほとんど噛むことなく卵焼きを飲み込み、結人はツッコまねばならぬところにツッコんだ。
「お前その箸じゃ間接・・・・・・」
「え・・・・・・? あああ!!!」
若菜は女子高生らしからぬ大声を上げた。
若菜は自分の食べていた箸で、結人にアーンをしてしまったのである。
桜乃はさすがに気を使ってか、自分の箸と結人の箸を分けていた。
若菜はアーンだけでもう動揺していたので、そこまで気が回らなかったのだ。
「むむ、先輩やりますね・・・・・・」
桜乃は若菜に対して対抗心を燃やしている。
いい迷惑である。
その対抗心を行動に示すように、桜乃は左側から結人の太ももに手を置いた。
結人はまた軽くあしらうつもりで桜乃を見た。
そこには目を閉じ唇を尖らせて、結人の顔に近づいてくる桜乃の顔があった。
結人は咄嗟に桜乃の両肩を両手で抑えた。
「何する気だ!!」
「若菜先輩だけずるいです! 私も先輩にちゅーしたいです!!」
「ちゅーした訳じゃないから!!」
こいつこんなに力強かったか?
男子高校生と女子高生では、圧倒的に男子のほうが強いはずだ。
しかし必死に顔を離そうとする結人と桜乃の距離は変わらない。
「私のを先輩の下の口に挿れさせてください!!」
「舌を口にだろう!! てか悪化してるから!!」
そこでなんとか桜乃を引き剥がすことに成功した。
桜乃は不満げに頬を膨らませている。
運良くここでチャイムが鳴ったので、再試合が行われることはなかった。
結人を除いた2人はお弁当を片付ける。
手持ち無沙汰な結人は、2人の少し乱れた襟元を直してやっていた。
これは結人だからこそ許されることだろう。
他の男子がすれば、『きもい』の一言で済まされるはずである。
女子2人は大人しくされるがままにされていた。
よし、OKと呟いた結人に、2人は軽く惚れ直していた。