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好きです。パンツください。  作者: 若めのわかめ
21/24

参観

 教室は騒然としていた。

 特に男子は理性という言葉を完全に放り出していた。

 そんな状況に結人は不満を募らせていた。

 

 本日の午後2つの授業は参観である。

 しかし高校の参観は、親御さんの仕事の都合もあり、観覧の数が多いという印象はない。

 今日もいつも通りに、片手で数えられるほどの人数しかいないのだが。

 1人の人物が全ての注目を攫っていた。


 春宮桜乃の母、結月である。

 娘が生徒なので、参観にこの学校を訪れることは、ごく普通なのだが、結人のクラスに足を運ぶのは、極めておかしな事である。

 男子陣は誰の姉ちゃんだ、と噂している。

 その中に一目見ただけで母親と見抜く強者はいなかった。

 結月は魔性の母であり、年齢を1発で当てる猛者はこの世にいないだろう。

 もしかすると現役のJKよりも制服を着こなしてしまう可能性もある。

 そんな美『少女』に男子が大騒ぎするのも、頷ける話だ。

 彼らに巻き込まれるのは、心底ごめんだったので、結人は気付かぬフリで通すことにした。


 「結人く〜ん」


 どこからか声が聞こえてくる。

 教師に聞こえるか否か程度の小さな声だったが、パニックを引き起こすには充分だった。


 「お前らどういう関係だ!?」


 結人の席の男子が、鬼のような形相で問うた。

 正直に真実を伝えても良かったのだが、桜乃の沽券に関わると思い、誤魔化すことにした。


 「し、親戚だよ・・・・・・」


 平静を装ったつもりだったが、思い切り言葉を詰まらせてしまった。

 しかしそれでも納得したらしく、彼は前を向いた。

 結人は大きく肩で息をつき、チャイムだけが味方だと、その訪れを願っていた。

 



──────────────────────



 救いの音が奏でられたと同時に、結人は席から離れる。

 真っ先に廊下へと向かった。

 扉を開けたと同時に、轟音が聞こえてきた。

 その轟音とともに、廊下の端から、桜乃が全力疾走でこちらに向かってきた。


 「お母さん何してるの!?」

 「何って、参観だけど?」


 結月は頬に手を当てて、微笑みながらそう言った。

 桜乃は綺麗な顔が台無しになるほどに、眉間に皺が寄っていた。


 「ならなんで先輩の教室に居るの!!!」


 『ガオォォオオ!!!!』とでも聞こえてきそうな表情で叫んでいる。

 そんな娘を表情を崩すことなく、穏やかな笑みで見つめる結月。


 「ちゃんと桜乃も見たわよ。後頭部だけチラッと」

 「私は後頭部を見せるために学校に来てるわけじゃないの!!!」


 ド正論である。

 普段の言動が幻かと思えるほどに。

 まあまあ、と割って入る結人。

 結月は近づいてくる結人を見て目を輝かせた。


 「あら結人くん、こんにちは」


 結人に満面の笑みを向ける。

 教室から野郎どもの雄叫びが聞こえた気がした。


 「どうも・・・・・・なんで結月さんがここにいるんですか?」

 「可愛い娘婿を見に来たのよ」


 教室の雄叫びが驚嘆の声に変わっている。

 いつからあんたの息子になったのか、と全力で否定したい結人だったが、結月の淀みのない笑顔に制された。

 チラと隣を見れば、桜乃も頬を赤らめたまま俯いている。

 味方が全くいない、詰みである。


 「結人くんこの後暇かしら?」

 「え? まあ・・・・・・」


 結月の問いに反射で返答したばかりに、結人は言い終えたあと、かなりの後悔を覚えた。


 「ならこの後家に来ない? 美味しいアップルパイを焼いたのよ」


 ここは欧米か。

 なんだその口説き方は、と結人は頭では思っていた。

 これはある意味罠だとわかっていたのだ。


 「行きます」


 ただ、体は正直だった。

 結人の大好物である唐揚げを作った子の母親なのだ。

 その料理スキルは未知数である。

 結人の中の主婦魂が、好奇心を抑えられなかった。



 ───────────────────



 「あ〜ん」


 「あ、あ〜ん」


 口の中に、温かくハチミツの効いたアップルパイが運ばれてくる。

 リンゴの食感がアクセントとなり、絶品だ。

 結人はその味を1ミリも逃すことのないように、と頬張る。

 睨まれながら。

 結人の左に結月、正面に桜乃が座っている。

 桜乃は眉間に皺を寄せて、口をへの字にしながらアップルパイを食べている。

 そんな厳しい表情で、口周りに食べカスを付けているのがギャップとして愛らしかったが、笑って指摘できる状況ではなかった。


 「美味しい?」


 「ええ、とても」


 重さと甘さで飽和した空気の中で、急な結月問いかけに、なぜか紳士的な返答になってしまった。

 結人の言葉を聞いて、結月は嬉しそうに微笑む。

 そんな2人を言葉で表すには、『イチャイチャ』というものが、1番相応しい。

 とうとう桜乃の理性が音を上げた。


 「お母さん!! 先輩を賭けて私と勝負して!!」


 勢いよく席から立ち上がり、叫んだ。

 桜乃ちゃん!! 席に掛けて落ち着いて!!

 そんな結人の言葉は、虚しく消えていった。


 「あら、それは楽しそうね」


 結月は乗り気である。

 桜乃は不敵な笑みを浮かべる。

 何か得策でもあるのだろうか。

 結人としても、この状況を打破したかったので、これは好都合だと思い込むことにした。


 「最初はグー!!!」


 桜乃は拳を突き出す。

 まさかのじゃんけん。

 運以外に要素がないじゃないか。

 いや、家族だからこそ知っている癖がなにかあるのかもしれない。

 なにかしら勝算があるに違いない。

 結人はその一部始終を固唾を呑んで見守っていた。




─────────────────────



 「痛くない?」

 

 「はい、大丈夫です・・・・・・」


 結人の視界は90度傾いていた。

 甘い香りに、頬には柔らかい感触。

 耳は少しくすぐったいが、心地よい。


 「息子がいたらやってみたかったのよ」


 結月はリズミカルに耳かきを動かす。

 彼女の要望に、否応なしに付き合わされた結人。

 結月はじゃんけんにあっさり勝ち、結人を自室へ引き入れた。

 そしてなすがままにしていたら、こうなっていた。

 しかし満更でもなかった。

 彼女が集中して前傾姿勢になるたびに、胸が顔に当たるのである。

 いくら天然神経散漫大臣の結人でも、それを意識の外に追いやることは出来なかった。

 彼女の髪が結人の頬をくすぐる。

 羞恥で逃げ出したいほどだったが、無理に動くと耳にダメージを食らう。

 それになにより、ほころんだ顔の彼女を、無下に出来なかった。


 「いつもありがとうね」


 彼女の声色が、穏やかで大人びたものになった。

 結人もつられて、気を引き締めた。


 「あの子友達があまり多くないから、あなたが初めて家に来た時、すごく嬉しかったの」


 結人の意識が声に集中する。

 顔を見ることは出来ないが、その表情を想像することは出来る。

 きっと、優しいお母さんの顔だ。


 「それに可愛いし♡」


 そう言い結人の頭を撫でる。

 その手もさっきとは違って感じられる。

 少しだけ照れくさかった。


 「これからもあの子をよろしくね」


 結月は最後にもう一言加えた。

 結人は彼女の膝から離れる。

 もう耐えられなかったのだ。

 結月は笑顔で手を振っている。


 「おばさんだけど、また遊んでね」


 この世で1番『おばさん』という言葉が似合わない人だ。

 結人はその言葉に、少しだけなら付き合ってもいいかな、なんて思ってしまった。


 結人は扉をそっと開けた。

 そこには雑誌を丸めて、耳に当てている桜乃がいた。

 冷や汗を垂らしている。

 結人は全てを察した。

 そりゃ自分の好きな人が、自分の母と何を話しているのか気になるだろう。

 結人は特に咎めるつもりはなかったのだが、桜乃にとっては恥ずべき行動だったようで。


 「違うんです先輩!! ゴキブリがいたので・・・・・・」


 両手を振り回して、必死に弁解する。

 結人は壁に一瞥をくれると、そこに黒いブツがいた。

 少し驚いたが、特別苦手な訳でもないので、声を出すほどではなかった。

 なるほど、本当に盗み聞きをしていないなら、誤解の糸を解きたいはずだ。


 「俺がやろうか?」


 そのブツを指して、助け舟を出す。

 桜乃は判然としない顔で、そちらに視線をやる。

 すると彼女は目を瞠り、たちまち顔を青白くする。


 「ぎゃぁぁぁああああ!!!!!」


 その声は最寄り駅まで聞こえたという。

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