取り引き
最後の授業が終わり、終わりのホームルームが始まるまでの僅かな時間、結人の友人である沢木は結人の前の席に腰を下ろした。
「なあハーレム大臣」
「誰がハーレム大臣だ」
そう返した結人だが、最近女の子と一緒に居る時間が増えたことを自覚して、実は少し気にしている。
幸いいつも振り回されてばかりであることが、周知のものなので、誰も『女好き』などと小学生みたく咎めるものはいない。
それでも友人にほのめかすようなことを言われると、やはりショックである。
そんな結人の心情も知らずに、沢木は椅子本来の用途と逆向きに、背もたれに両腕と顎を乗せて呑気にヘラヘラしている。
「若菜ちゃんって可愛いよな」
沢木は自分の席で帰り支度を進めている若菜を見ながら言った。
幼なじみである彼女が、男子から人気があることはこういった形で散々に知っている。
今回も連絡先をくれなど、俺を紹介してくれ、などと自分でやればいいことを押し付けられるのかと先を読んでいたが、彼の要望は少し斜め上を行くものだった。
「ちょっと写真撮ってきてくれないか?」
結人はその言葉を少しの間吟味したが、意図は全くわからなかった。
彼が言うには、自然にデートしているような写真が欲しいらしい。
お前らも中学からの知り合いだし、自分で頼めばいいのでは、と結人は思ったが、思い返せばあまり話してる姿が見当たらない。
沢木は中学から親交もあり、コネ(?)である程度の要望には答えるつもりだったが。
結人の道徳心が葛藤していた。
若菜のほうからすると、迷惑極まりない話である。
いくら親友(形だけのもの)の頼みと言えども、容易に受けるわけにはいかない。
「そういえば昨日お袋が王様のプリン買ってきてたなー」
結人の肩が僅かに動く。
王様のプリン、それは文字通り偉大なプリンである。
結人はプリンが大好物であり、その中でも王様のプリンはトップ3には入るエリートである。
結人の中の悪魔が、天使を追いやろうとする。
「お前に一つやるよ。どうだ?」
「承った」
沢木のトドメの一言により、結人の天使は完敗した。
2人は腕を組み、輝いた目を交差させる。
結人は、幼なじみを売ったわけじゃない、プリンが偉大なだけだ、と少しの罪悪感を払拭していた。
教師の挨拶により1日の学校生活が終わる。
沢木はすばやく部活の準備をして、扉に肩を預けこちらにしつこくウインクをしてくる。
結人はそれを苦笑いで、手をひらひらとさせ振り払う。
それから視線を幼なじみへと移す。
彼女も今にも教室から出ようとしていた。
「ちょっと待った!!」
考えるよりも早く行動していた結人は、彼女の肩を全力で掴みにかかる。
普段滅多に見ることのない結人の必死なその姿に、彼女は目を見開いて驚いた。
「な、なに・・・・・・?」
両手を胸の前に付け、驚いた表情で呟く。
「これからカラオケでもどうだ?」
結人の発言に、若菜は顔を顰める。
なぜカラオケを提案したのかというと、昨晩見たドラマで男女がデートしていた場所がカラオケだったからである。
そういう知識に乏しい結人は、それを参考にする他になかっただけの単純な理由だ。
一方彼女は男子からのお誘いに照れることもなく、悩んでいた。
なぜならこの2人で遊ぶことはよくあることなので、慣れるも何もそういったことを意識したことがないからである。
「いいわよ。なら桜乃ちゃんも呼ぶ?」
純粋な彼女は結人にとって不都合な提案をする。
ヤツが来れば結人の作戦は台無しになってしまうだろう。
結人は考えるまでもなく、否むのだが。
「いや、今日は2人きりがいい」
洗練された言葉に、結人の真剣な表情。
勘違いを産むには当然であった。
「ひええっっ!? ふ、2人がいいの・・・・・・?」
コクコクと力強く首を立てに振る結人。
若菜はそんな結人を見て、顔を赤くしながら頷いた。
2人は家から近い通い慣れたカラオケボックスへと向かう。
その途中で結人はなにかと話題を振るのだが、若菜の返答はぎこちないものばかり。
不思議に思いながらも、結人は特に気にすることなく進んでいく。
目的の場所に着き、結人と店員とのやり取りを見ている若菜は、店員の目がいつもとは違った意図のように思えて、顔を俯けていた。
ほら行くぞ、と言う結人の後をそのまま付いていく。
店員からすればいろんな意味で怪しい2人だった。
「何歌うよ」
電子機器を操作しながら訪ねる結人。
2人でカラオケに来た時は、まず若菜が先手となるのがお決まりなのだ。
「じゃあ・・・・・・」
若菜が指定したのは、ゴリゴリのラブソングであった。
結人は心做しか、彼女がいつもよりも気合いが入っているように見えた。
まあそれも気の所為だろう、と再び電子パネルへと視線を落とす。
色々と操作している間も視線を感じる。
顔をパッと上げると、若菜が慌てて視線を逸らす。
結人は訝しげに彼女を見つめる。
彼女は歌が上手く、普段なかなか音程を外さないのだが、今日はところどころミスが目立つ。
ここで結人はとうとう悟った。
作戦がバレているのでは・・・・・・?
このままではプリンがお預けになってしまう。
なんとかして相手に隙を作らせるしかない。
結人は必死で思考を巡らせる。
そして一つの希望を見出した。
結人は最終兵器の楽曲を転送する。
曲が終わり、若菜は一息ついて腰掛ける。
その反動のように、すっと結人は立ち上がった。
額にはうっすらと汗を浮かべている。
過去に1度やったきりのもの。
はっきり言って自信はなかった。
それでもこれに賭けるしかなかったのだ。
結人は大きく息を吸った。
剽軽な声がスピーカーから流れる。
長〇剛コ〇ッケバージョンである。
隣で若菜は笑い転げている。
どうやら作戦は大成功を収めたらしい。
戦場から帰還した兵士のような顔で、結人はマイクを置いた。
若菜はよほど面白かったのか、目には涙を浮かべている。
若菜が次に予約した曲は、さっきと打って変わって最近流行っているJ-POPだった。
ノリノリで体を揺らしている。
このチャンスを逃しては、さっきの捨て身の芸が台無しになってしまう。
結人はおもむろに携帯を取り出した。
カメラアプリを起動し、フォーカスを若菜へ当てる。
若菜は向けられたスマホに気づき、上機嫌にピースとウインクを決める。
タイミング良く響いたシャッター音。
画面にはばっちりカメラ目線の若菜が映し出されていた。
これはプリンが2つきてもおかしくない、そう思えるほどのベストショットだった。
その後1時間ほどで、カラオケボックスを後にし、今はなぜか結人の部屋でくつろいでる。
若菜は今、マンガを夢中で読んでいる。
忘れないうちに沢木へと写真を送ろう、と結人はメッセージアプリを起動した。
写真と共に『プリン頼む』といったメッセージを付け加える。
すぐ目の前に張本人がいるので、多少指が震えたが、なんとか文字を打ち終えて送信。
そのあとタイミング良く、若菜の携帯が着信を知らせた。
まさかと思った結人だが、別に不思議なことではないと思い、ベッドに置いてある本を手に取った。
それでもやはり、という思いがあり、もう1度若菜の方へと一瞥をくれた。
彼女は顔を真っ赤にして、胸を右手で隠していた。
リアクションからして、変な迷惑メールでも届いたのだろう、と結人は杞憂だったと本へ視線を移した。
すると若菜はずんずんと足を鳴らして、こちらへ近づき、結人の目の前にスマホの画面を向けた。
「どういうつもり!?」
どうやら間違えて彼女へ送信してしまったらしい。
しかしそれだけでは怒る理由にならない。
彼女の写真を送ることに問題はないし、『プリン頼む』のメッセージの意味もわからないはずだ。
やはりなにかあるのだろう。
結人は画面をのぞき込む。
そこにはこう書かれていた。
『ボインたゆん』
我ながらなんという誤字だ、と顔をしかめる。
これをわざわざ本人に送るなど、今世紀を代表する変態ではないか。
必死にとぼけるが、若菜の怒りは治まらない。
「そんな風に思って写真撮ってたの!? 最低!!」
「違う!! これは・・・・・・」
結人は言葉を詰まらせた。
この誤解を解く術がないことに気がついたのだ。
正直に話すのはもちろん、ここまで限定された文章には弁解の余地もない。
「消しなさい!!」
若菜は右腕を結人のスマホに伸ばす。
まだ沢木に送信していない時点では、彼女に渡すわけにはいかない、と結人は必死にその右腕を避ける。
それも狭い部屋では限界があり、結人はとうとうベッドまで追い込まれた。
若菜は不気味な目と笑みを浮かべて近づいてくる。
結人は鷹に怯えるウサギのようにベッドの端で震えていた。
「捕まえた!!!!」
若菜はベッドへ飛び乗ろうと大ジャンプ。
悪魔が近づいてくるのが、スローモーションで見える。
結人は骨の2、3本を覚悟した。
その時だった。
「お兄ちゃんー、夕飯は・・・・・・」
結人の妹である澪が部屋の扉を開け、呆然としていた。
目の前には、息を荒らげ、服を乱している2人。
澪は一言の謝罪をして、バウンドしたかのように、素早く戻っていく。
2人は事情を理解し、何も出来ずに固まっていた。
「勘違いって怖いだろ?」
「・・・・・・そうね」
結人の言葉を肯定する若菜。
誤解は解けなかったが、なんとか許してもらえた結人だった。
後日、沢木の軽率な言葉で事の全貌が明らかになったのだが、怒られたのは沢木のみであり、頬に紅葉を刻まれた。
それでも嬉しそうなのが彼の凄いところだな、と結人は少しだけ彼を見直した。
そしてプリンは無事に結人の手に渡った。




