朝帰り
心地よい眠りから覚醒させるように、光が瞼を通って意識を呼び起こす。
もう朝か。
でも今日は日曜日、起床を急ぐ必要は無い。
この世には二度寝という快楽が存在する。
それに身を任せるのも悪くはない。
誘惑に立ち向かうこともなく、不戦敗した結人は寝返りを打とうと、体に力を入れた。
・・・・・・動かない。
これが俗に言う金縛りか?
もう一度体に力を入れるが、やはり動かない。
え、めっちゃ怖いんですけど。
瞼を一層強く閉じる。
しかしこうしていても全く埒が明かないのでは。
金縛りに立ち向かわなければ二度寝はできない。
結人はゆっくりと瞼を開いた。
「先輩、おはようございます」
目の前にあるのは桜乃の顔。
結人は視界を横に向ける。
両腕が桜乃に抑えられていた。
原因はこいつか。
「・・・・・・お前なにしてるんだよ」
「夜這い兼おはようのキスをしに来ました」
「夜這いとおはようって矛盾してないか?」
相変わらずの『変態のイデア』が目の前にある。
そういえば、昨晩は桜乃と若菜が泊まりに来ていたんだった。
床に敷かれた布団を見ると、その2人の姿が見当たらない。
階段の奥からリズミカルなまな板を叩く音が聞こえる。
下で朝ごはんを作っているのだろう。
そして色々な意味での疫病神は、興奮丸出しの顔でまっすぐ見つめてくる。
「うへへへぇぇ・・・・・・。犯されるのも良いですが、犯すのも悪くないかもしれません・・・・・・」
目がマジだ。
やばい、掘られる。
本能的な恐怖を感じた結人は、桜乃を押し返した。
「ああん」と不服そうな声を出して、桜乃は尻もちをつく。
そんな彼女を置いて、結人は足早に階段を降りた。
リビングの扉を開けると、やはり澪と若菜が2人で朝食を作っていた。
ちょうど澪があーんをして、味噌汁の味見を若菜にさせているところだった。
朝から眼福、もうお腹いっぱい、と結人は幸せに満ちた顔で洗面所に向かう。
顔を洗い、軽く寝癖を直す。
それらを終えて、リビングに戻ると、食卓には色鮮やかな朝食が並んでいた。
若菜の料理の腕前はかなりのものである。
結人が料理をできるようになったのは、全くもって若菜のおかげである。
すなわち彼女は結人の師匠なのだ。
「ほら、さっさと食べなさい」
若菜はこれくらいなんとも無い、と言った顔をしている。
将来いい奥さんになるだろうな、旦那さんが羨ましい、などと考えている結人が若菜にとって都合のいいものか悪いものかは、神のみぞ知るのであった。
「「いただきます」」
4人は目の前に並べられたご飯、味噌汁、卵焼き、焼き鮭を口に運ぶ。
ひたすら黙ってご飯を食べていた結人と違い、若菜と桜乃は姉妹のようにじゃれついていた。
「お前らそんなに仲良かったっけ?」
結人は疑問を素直に口にする。
2人は顔を見合わせ、そして微笑んで若菜が答えた。
「昨日色々話したからね。距離はうんと縮まったかも」
桜乃も若菜の言葉に頷いている。
結人は話の内容まで踏み込むことは無かった。
興味がなかったと言えば嘘になるが、探る必要がなかったからだ。
2人がより仲良くなったという事実、それだけで結人は満足だった。
「桜乃ちゃん、今日はどうするの?」
澪から桜乃への問いかけ。
今日は日曜日なので、1日休みだ。
昨日に引き続き遊び倒すことも可能なのだが。
「ごめんね。今日は用事があるから、朝ごはんごちそうになったら帰るつもり」
桜乃は優しい口調でそう言う。
そこには「本当は今日も遊びたかったんだけど・・・・・・」といったようなニュアンスが取れる。
そこに嘘はなさそうだった。
「そっか・・・・・・ なら若菜ちゃん遊ぼうよ。どうせ暇でしょ?」
「何よその言い方!? まあ暇だけど・・・・・・」
若菜は澪の自分に対する扱いに不服そうだが、結局自分が暇人だと明かした。
今日も1日真田家は騒がしくなりそうだ。
─────────────
朝ごはんを食べ終えて、食器の片付けを終えてから桜乃は帰りの支度をし始めた。
「桜乃ちゃん、また来てね」
「うん! 次はちゃんと準備して来ようかな」
この1日で澪は桜乃のことをかなり気に入ったらしい。
割と社交的な澪だが、自分から誘うことは珍しい。
結人は桜乃にその点だけは感謝していた。
「おじゃましました」
桜乃が扉を開けて出ていくのを、3人で見送る。
友達が帰ると少し部屋の空気が寂しく感じるのは、いくつになっても変わらないのだろうか。
1人分静かになったリビングで結人の携帯が鳴った。
画面には桜乃からのメールが表示されていた。
さっきお礼を言って出ていったのにもうお礼のメールか、と結人は感心しながらメールを開く。
『結人先輩の可愛い寝顔です♡』
そこには結人が気持ち良さそうにしている寝顔の写真が添付されていた。
「あいつ!!!!」
結人の声に澪と若菜は反射的に結人を見る。
結人は「ごめん、なんでもない」と2人を落ち着かせて、もう一度画面に目を移す。
おそらく朝起こされた時に撮られた写真だろう。
彼女を2度と家に泊めるまい、と心に誓った結人だった。
───おまけ───
『先日は娘がお世話になりました。写真見せてもらいました。可愛いかったです。今度は私の隣でもその顔を見せてください』
と桜乃の母から意味深なメールが届いたのは、また別のお話。