お泊まり会
「ちょっと桜乃ちゃん! どこ触ってるの!!」
「いいじゃないですか先輩。無礼講ですよ」
「いいなぁ。じゃあ澪も!!」
お風呂場から漏れてくる声。
彼女らは3人でお風呂に入っている。
通常サイズのお風呂場なので、女の子であろうとも3人も入るとさすがに狭い。
そうした近距離の空間で、目の前に全裸の美少女がいたら桜乃は手を出さないわけもなかった。
まあ楽しそうでなによりだ。
結人には覗きも、盗み聞きの趣味もないので、2階の自分の部屋に戻ることにした。
───────
結人が上がって15分前後。
彼女らが上がってきた。
そして当たり前のように結人の部屋に入ってくる。
若菜はのぼせているのか、顔を赤らめて入ってきた。
そこからかなりの苦労が見える。
女の子の甘い香りが部屋を満たす。
全員がパジャマなので、なんだか修学旅行を思い起こす。
「なんで俺の部屋に来るんだよ」
「別にいいじゃない。寝る時には戻るわよ」
若菜の理由のない弁解。
腑に落ちないが、追い出す理由もないので、黙認することにした。
「私は先輩と寝たいです」
桜乃の爆弾発言。
想定内といえば想定内なのだが。
「やめてくれ。そう言えば、お前親御さんに連絡したのか?」
「しましたよ。お母さんが『頑張れ』って言ってました」
主語も目的語も欠けた文。
あの人はいつも、こちらの想像に任せるところがある。
また桜乃のセクハラが、母親承認済みなのがタチが悪い。
「いいんじゃない?」
澪の謎の後押しフォロー。
結人は驚愕の目で、澪を見る。
目が合った澪はこちらにウインクをしてくる。
いやいや、俺はむしろ別で寝たいんだよ。
気の利きすぎる妹も、苦労するものだ。
「もう全員こっちで寝ればいいじゃない」
若菜も乗り気である。
女子陣は勝手に盛り上がって、布団を取ったり忙しく動いている。
1人取り残された結人は、渋々ながら大人しくテーブルを片付け、布団を敷くスペースを作った。
結人はベッド、女子陣は2つの布団に3人が川の字で寝ることで落ち着いた。
彼女らは、3人ともうつ伏せで、真田家のアルバムを見ている。
「先輩可愛いですねぇ」
「ほんと、この時は可愛かったのにね」
桜乃のつぶやきに、好き勝手言う若菜。
なら逆に言わせてもらうが、17にもなって幼児のような可愛さを持っていたら、それはもう『変人』だろう。
「若菜先輩も写ってますね。やっぱり小さい頃から可愛いかったんですね」
「もー桜乃ちゃん、お上手なんだからぁ」
オカンかお前は。
「お前らもう寝ろよ」
自分の小さい頃の写真を見られるのが、段々恥ずかしくなってきたので、都合のいいことで中断をほのめかす。
「そうだね。寝ながら話すのも楽しいし」
若菜の本命が寝ることではなく、お喋りなのは見え見えだが、アルバムを閉じてくれるならそれでも構わない。
「わかりました」
桜乃は立ち上がって当たり前のように俺の隣へ来る。
そして掛け布団に潜り込んできて、右腕に抱きついてくる。
パジャマなので、柔らかい感触がいつもに増して伝わってくる。
「入ってくんなよ!!!」
「まだ挿れてませんよ?」
ヘビーな下ネタが炸裂。
桜乃の頭を押して引き剥がす。
「ほら桜乃ちゃん、おいで」
若菜が左腕を伸ばし、腕枕の準備をする。
「はーい」と言って桜乃は飛び込んでいく。
うむ、いい眺めだ。
「おやすみ」
結人は電気を消す。
「おやすみなさい」と各々が答える。
1日色々なことがあり、疲れていた結人は、すぐに眠りの世界へ落ちていった。
──────────
眠れない。
疲労は溜まっているはずなのに、脳が覚醒している。
他の3人はとっくに寝てしまったらしい。
春宮桜乃は私の腕で静かに寝息を立てている。
彼女のことは知り合う前から綺麗な子だと思っていたけれど、こうして近くで見るとその気持ちは一層増す。
彼女のことは好きだし、仲良くしたいと心から思っている。
でも自分じゃない何かがそれを拒んでいる気もする。
原因は自分にもわからない。
そんな複雑な思いは、彼女が近くにいることでより膨らんでいた。
まったく、らしくないな。
自己嫌悪をため息と共に吐き出す。
「・・・・・・先輩眠れないんですか?」
腕の中の彼女が、眠たそうに尋ねる。
「ごめんね、起こしちゃったかな」
「いえ、大丈夫ですよ。もしかして腕が痺れちゃったりとか・・・・・・」
そう言い彼女は、私の腕から離れる。
確かに少し痺れてはいたが、不快感を与えるほどではなかった。
むしろ彼女との距離が近くなったのだと、嬉しく思っていたほど。
「関係ないよ」と言って彼女の頭を撫でてやる。
気持ち良さそうに目を細める。
彼女を好きになるほどに、反比例して芽生える自己嫌悪。
この気持ちを彼女には伝えられない。
「少しお話しますか?」
桜乃の提案。
もしかして顔に悩みがあるって出てたかな。
後輩に気を使わせちゃった。
でも今は彼女の優しさに頼りたい。
私は彼女の頭を撫でている手をそのままにして口を開く。
「桜乃ちゃんは結人のどこが好きなの?」
現実なのはわかっているけれど、夢心地の感覚。
友人が隣で寝ているというちょっとした非日常が起こす麻痺。
そんなものに流されて、私は思いもしないことを言葉にしていた。
違う、こんなことを聞きたかったわけじゃない。
それでも自分の思いとは裏腹に、気持ちは言葉を撤回しようとはしない。
怯えきった目で彼女を見る。
彼女は目を細め、優しい声色で返した。
「誰にでも優しいところです。若菜先輩はどうなんですか?」
心臓が飛び跳ねた。
全てを見透かされているような気がした。
彼女は私の目を真っ直ぐに見つめる。
もう偽れない。
彼女だけには素直になろう。
「誰にでも優しいところ、かな。例え私だけじゃなくても・・・・・・」
最後の一言はただの我が儘。
幼なじみの自分には人よりも少しは優越があってもいいじゃないか、そんな利己心。
確かに自分は特別だと感じてはいる。
だけど彼が私だけに目を向けることは決してない。
そして私はそんな彼を好きになった。
このジレンマが消えることはない。
もし彼が他の誰かを好きになったら・・・・・・。
それでもなお、私に優しさをくれるだろうか。
私は彼を好きなままでいられるのだろうか。
彼は私の傍にいてくれるだろうか。
そんなこと神のみぞ知ることだ。
今考えても仕方がない。
考えることを放棄した私は、疲れに引かれすぐに眠りへと落ちていった。