理不尽生ゲーム③
「買ってきたわよ」
ジュースを買いに行っていた若菜が戻ってきた。
額にはうっすら汗を滲ませている。
今はもう7月の中旬、暑いに決まっている。
結人は若菜の元へ行き、ジュースの入った袋を受け取る。
そして手に持ったタオルで、軽く額を拭いてやる。
「ありがとな、暑かっただろ」
「・・・・・・別に、ゲームの指示だし」
頬が赤くなっている。
それほど外は暑かったのだろうか。
結人は袋からジュースを取り出し、それぞれに手渡す。
「ありがとうございます」
「若菜ちゃん、ありがとね!」
部屋はエアコンの冷たい空気で満たされていると言えども、夏はジュースが重宝する。
2人とも聖水を飲んだあとのような顔をしている。
若菜はそれだけで満足そうだった。
「さて、続きやるわよ」
休憩していないはずの若菜が一番元気に再開を宣言する。
元気なやつだ。
残り3人も出来ればやりたくなかったが、中途半端に終わるのは嫌なので、渋々席につく。
「次は澪だね」
オレンジジュース片手にルーレットを回す。
ぼやけた数字達は徐々に輪郭を露わにする。
「6!! えっと、・・・・・・子どもが8人産まれる」
「また!?」
澪の呟きに若菜が驚きを口にする。
子どもに見立てた棒人間を澪は車に乗せていく。
「数が足りないんだけど・・・・・・」
「今何頭だ?」
「子牛が14頭・・・・・・」
車に空いている穴は8つ。
7つほど足りていない。
「もう一つ車出したら?」
「それしかないよね・・・・・・」
若菜の提案を肯定して、澪はその通りにもう一つの車に棒人間を差し込んでいく。
子だくさん過ぎて気持ちが悪い。
あまりここで止まっていると可哀想なので、結人は「いくぞ」と言ってルーレットを回した。
針は『5』に当たる。
車を5マス進め、そこに書かれている文字を読む。
『朝目覚めると四足歩行になっていた。生活保護として15000ドルもらう』
「ラッキーだけどこんなお金の貰い方嫌だ!!!」
結人は晴れて四足歩行のサラリーマンとなった。
確実に営業は出来ない。
渋々若菜からお金をもらう。
なんと理不尽なのだろう
「先輩災難ですね。私は先輩のぶんも強く生きます!」
まるで結人が死んだかのような言い回し。
桜乃は結人を軽くイジリながら、ルーレットを回す。
『朝目覚めると四足歩行になっていた。生活保護として15000ドルもらう』
「なんでですか!!!」
「四足歩行のアイドル・・・・・・」
頭を抱えて膝立ちの桜乃。
人生ゲームのイラストと同じじゃないか。
なんと切ない光景だろう。
そしてそんな桜乃の境遇に、同情を呟く若菜。
四足歩行のアイドル、カオスである。
それにしてもこのゲーム、少しギアを上げてきたな。
こちらも気を引き締めないとやられてしまう。
結人は背筋に力を入れる。
「私は四足歩行になんかならないわよ」
そう言って若菜がルーレットを回す。
少々軽はずみではないか?
針は『8』を指し、車を運んでそのマスを見る。
『睡眠中に飼っていたクワガタが鼻を挟んで窒息死。GAME OVER』
「「ええええええええええ!!!???」」
ゲ、ゲームオーバー・・・・・・?
アクションじゃなく人生ゲームだぞ・・・・・・?
これには一同驚愕である。
誰よりキルされた本人は、目を点にし、お決まりのブサイク顔。
同情するが、リバイブは施せない。
妹にされ、パシリにされ、挙句殺される。
なんと可哀想な子だろう。
ああ、神よ、彼女に救いを・・・・・・。
「若菜先輩・・・・・・」
「若菜ちゃん・・・・・・」
女子陣2人も動揺を隠せていない。
それもそうだ。
理由が酷すぎる。
「クワガタにやられた・・・・・・」
若菜もそこを気にしているらしい。
「まあ夜行性だからな」
「そういう問題じゃないわよ!!!!」
おお・・・・・・、めっちゃ怒られた。
もう黙っておこう。
「じゃ、じゃあ私いくね・・・・・・」
空気を読んだのか、澪が再開を宣言する。
さすが我が妹、出来る子だ。
ぎこちなくルーレットを回す。
『10』が出た。
「えっと、ゴ、ゴールしました・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
誰も口を開かない。
気まずい空気が流れる。
俺達はただゲームを楽しみたかっただけなのに。
なんと理不尽な。
なんとかこの悪い雰囲気を取っ払おう。
ルーレットを回し、コマを進める。
『最近歯磨きすると噦くのが悩みです』
「知らねえよ!!!!!」
ここにきてまさかのクリエイターの悩みが書かれてある。
しかしこれでなんとかこの雰囲気を断つことが!
「・・・・・・・・・・・・」
一同無言。
もう嫌だ。
桜乃が冷や汗を滲ませて、ルーレットを回す。
針が『8』を指したということは、彼女もゴールである。
「ゴ、ゴールしました・・・・・・」
一同無言。
さっきまでゲームをしていた雰囲気とは思えない。
俺も早くゴールしよう。
結人はルーレットを回し、無事にゴールした。
結果は結人が28000ドル、桜乃が31000ドル、澪が子宝14頭、そして1名死亡。
なんと理不尽な人生ゲームだろうか。
一同は未だ口を開かない。
ここで我が妹、澪がファインプレーを見せる。
「若菜ちゃん、今日泊まっていかない?」
若菜はお泊まり会が大好きだ。
というよりお喋りが大好きなのである。
夜通し親愛なる澪と話せるのが楽しくて仕方が無いのだろう。
今の若菜を慰めるにはそれしかない、澪はそれに掛けるしかないと踏んだのだろう。
「・・・・・・いいの?」
若菜は涙目だが、少しだけ表情が和らいだ。
作戦は成功へ進んでいる。
「なら私も泊まっていいかな?」
桜乃がその提案に乗る。
2人の空気を読んだのだろう。
澪が「もちろん!」と何度も頷く。
いい感じだ。
若菜は涙を拭き、笑顔を浮かべる。
「なら着替え取ってくるね」
少し高めの声。
スキップ気味で部屋を出ていく。
こいつのテンションの上下が1番理不尽かもしれない。
若菜が出ていってから、残りの3人は揃ってため息をつく。
思わぬイベントが発生したが、幼なじみの機嫌が治るならまあいいか、と妥協気味に結人は納得した。