遊びましょう
とある休日。
結人は机に向かい、黙々と課題を進めていた。
その背後では定期的に紙と紙が擦れる音がする。
パタンと本を閉じる音がして、本棚からまた新たな本を取り出す。
結人はそんな音に集中力を切らしはしなかった。
慣れていたからである。
「えええ!? 死んじゃうの!?」
「うるせえよ!」
さすがにボリュームを間違えた声には結人もツッコまざるを得なかった。
声の主は夏野若菜、結人の幼なじみである。
彼女は今日1日暇だったので結人の家に入り浸っていた。
しかし特にやることもなく、結人は1人で課題をしていたので、邪魔をするわけにもいかず、結人の本棚にあるマンガを適当に読んでいたのだ。
結人は椅子を半回転させ、若菜の方を見る。
彼女は結人のベッドに仰向けで、寝ながらマンガを読んでいた。
いくら幼なじみと言えども、異性のベッドに軽々と寝転がるのはどうなのか、というツッコミはこの2人には通用しない。
お互いそのようなことは、全く頭に浮かばない真面目ちゃんなのである。
しかし若菜は仰向けで、片足を立てて寝ているので、太ももの際どい部分までスカートがあがり、上半身は女の子らしいラインが浮き出てしまっている。
それを見ても何も思わない結人には、あの美少女の桜乃に言い寄られても平気でいることに納得もできる。
「課題は終わったの?」
「一応終わったけど・・・・・・」
「じゃ、私の相手しなさい」
一仕事終わった人にかける言葉を間違えている気がする。
まるでパソコンで資料作成を終えた父に、遊びをせがる息子である。
結人は世の父親たちの気苦労が、ほんの少しだけわかった気がした。
「いいけど、なにするんだよ」
若菜はうーん、と唸り声をあげている。
全くのノープランだったらしい。
その時結人の部屋の扉が重々しく開いた。
「若菜ちゃん、息抜きの相手して・・・・・・」
まるで生きた屍のごとく入ってきたのは結人の妹、澪だった。
彼女は中学3年生なので、受験勉強をしていたのだろう。
しかし行き詰まってこの部屋に逃げてきたのだ。
「澪ちゃん、いいところに来た!」
若菜は勢いよくベッドから立ち上がり、澪に抱きつく。
澪のしかめっ面は変わらないが、結人の頬が少々緩んだ。
「今から遊ぼうと思ってたんだけど、2人ですることが特になくて」
「けど3人になったところで、変わらないんじゃない?」
チッチッチッ、と澪に向かい若菜は人差し指を立てて左右に振る。
若菜の容姿が容姿なのであざといが、なかなか様になっている。
「この間お兄ちゃんが人生ゲーム持って帰って来たんだけど、する機会がなかったの。たまにはどう?」
「人生ゲームか。いいんじゃないか」
結人の肯定の言葉に、澪もうんうんと頷いている。
若菜には兄がいるのだが、もう立派な社会人なので人生ゲームなどしないのであろう。
その結果、若菜にそれが回ってきたらしい。
「よし、決定」という言葉と共に若菜は澪から離れる。
そして扉の前に立って、結人のほうに振り向いた。
「人生ゲームだし人数多い方が面白いわよね。あと1人呼んでもいい?」
「ああ、別に構わないよ」
「了解」と言い若菜は人生ゲームを取りに、結人の部屋を出て行った。
結人は若菜が呼ぶあと1人は、柊耶あたりだろうと思っていた。
彼女が結人の知らない人物を呼ぶほど分別がない訳では無いと、長い付き合いの中で結人はとっくに理解していた。
そこから考えるに、柊耶しか思い当たらなかった。
しかし今になって冷静に考えると、共通の知人がもう1人出来ていたことに気が付いた。
結人はひたすらに後者ではないことを、願うしか出来なかった。
人生ゲームを取りに1度結人の部屋を出ていた若菜が戻ってきた。
それなりに大きな箱を持っている。
結人はそれを受け取り、簡易テーブルの上に置いた。
『理不尽生ゲーム』
箱のケースに大きく書かれた文字。
箱にはスーツを来たサラリーマンが、膝から崩れ落ち、頭を抱えている絵柄がプリントされている。
・・・・・・なんだこの人生ゲームは。
訝しげにケースを見ている結人に気付いた若菜は、なぜか弁解するように言った。
「でもまあ・・・・・・、やりたくはなるでしょ?」
「確かにやりたくはなるな」
若菜のフォロー(?)に頷いた結人を見て、若菜は安心した。
人間不思議なものだ。
クサイとわかっていても匂いたくなってしまう。
結人の心情を表すにはそんな言葉がぴったりだった。
『ピンポーン』
インターホンが鳴った。
「来た来た」と言って若菜が玄関に向かう。
人生ゲームのために呼んだ助っ人だろう。
なにやら下で軽く談笑している。
そして2人分の足音が2階に近づいてくる。
結人は薄々勘づいていた。
おそらく『彼女』だろう。
「お待たせしました!」
若菜が勢いよく扉を開ける。
その隣に居たのは結人の予想通りの人物、春宮桜乃だった。
「ここが先輩の部屋・・・・・・」
桜乃は迷うことなくベッドの下を覗いた。
「おい、なにもないから覗くな」
その言葉通りベッドの下にはなにもない。
桜乃は不満そうな顔を浮かべる。
俺は何も悪くないだろう。
まったく、初っ端から飛ばしてくれる。
なんとか今のうちに桜乃を制することが出来ないものか。
結人は自分の限界まで思考を及ばせる。
いや、あるぞ一つだけ。
この前家に寄った時、桜乃は澪には愛想よくしていたな。
澪の前では彼女は暴走出来ないだろう。
結人は桜乃の肩を叩いて、こっそり澪のほうを指さす。
桜乃は指さす方を見た途端に、ビクッと体を震わせて大人しくなった。
そして軽く髪を整えて、美少女スマイルに切り替えた。
「澪ちゃん、こんにちは。久しぶりだね」
「こんにちは・・・・・・」
すっかり澪は苦笑いだ。
桜乃も額に汗を滲ませている。
今日は勝ったな。
結人はこの段階で彼女への牽制が成功したのを確信していた。
その間若菜は人生ゲームの準備を黙々と進めていた。
彼女自身相当やりたかったのだろう。
うっすらと笑みすら浮かべている。
さて、この胡散臭い人生ゲーム。
この後に大波乱を起こすことを、4人はまだ知らない。