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錬金術士の私とスライムの聖騎士  作者: 暇したい猫(桜)
第一幕 錬金術士の私とスライムの聖騎士
9/48

第二章 3


 グリムは怒り狂う。ゆえに、その炎は瞬時に凍り、グリムの思考は冴えわたった。

 だが難しく考える必要はない。つまるところウェルスの言ったことはこういうことだ。


 ――おまえは自分の事を、嫌がる少女を差し出されて鼻の下を伸ばすバカ者に見えたわけだな……。


 まだ状況はわからない。スフィアとウェルスの言い合いも、それがどういうことも、何があったのかも、具体的なことは何一つ知らされていない。

 だが、ただ一つだけわかったことがある。目の前の青年はグリム・グロッケンという男を甘く見ていると。


「まったくもって不愉快だ」


 他の理由が何であれ、その一つがあればグリムは立ち上がることができた。まさしくウェルスはグリムが嫌いとする不誠実の塊のような人物だった。

 途端に周りは色を失くしたように暗くなる……夕日さえも峠に差し掛かって、どこか目を背けようとしているかのようだった。

 そんな夜とも夕暮れとも言い難い時の狭間で、ウェルスは奇声をあげて地面に転がった。怯えたように体を震えさせ、なおかつ「こっちに来るな!」と両腕を大きく振りかぶる……最弱のスライムに対して何をそこまで警戒しているというのか。


「も、モンスター!! な、な、な、なぜ街の近くに!? 魔女(ウィッチ)のかけた結界はどうした!!!!」

「坊ちゃま、落ち着いてください。ここは街の外です! それにそれはただのスライムです!!」

「す、スライム……というとあの最弱なやつか?」


 どうやら貴族学校に行っていないというのは本当らしい。スライムさえ知らないとは……この青年がいかに他人任せで生きてきたかが見て取れるほどだった。先ほども付き添いの青年が声を上げなければずっと泣き叫んでいただろう。

 そんなウェルスは何を勘違いしたのか、急に息を吹き返したように立ち上がり、自分が泣き叫んでいたことを忘れた口ぶりで公言した。


「ふっ。驚かせるな。こんなモンスターは僕がけちらしてやる」


 同時に片手で付き添いの者に武器を持ってくるように指示する。その時点で説得力の欠片もないのだが、グリムはそれでも気を抜かずに魔力を練った。その判断があとで功績を出すことをグリムは知っていた。


「スライムさん、逃げて!!」


 危険を察したスフィアが声をあげる。だが、グリムは安心しきった笑みで首を横に振った。


 ――心配する必要などない。誰だろうと油断するつもりはない。


 それがグリムの美徳だった。たとえそれが状況判断もできない素人だとしても、大人げないと言われても、状況を鑑みて全力を出す。

 それがグリムであり、この間にも魔力を前面に集中させる。

 すると、付き添いの青年が鋭くとがった武器を馬車から持ち出してウェルスに渡した。細身のその剣は突きに重点をおいたレイピアだった。グリムはそこでウェルスが完全な素人だと推察した。

 なぜなら、それは装飾が散りばめられた……いわば礼装用のレイピアだった。武器としては論外だ。

 そんなレイピア(飾り)を鞘から向いて、ウェルスは大仰なうたい文句を述べる。


「どこから紛れ込んだかは知らぬが、見るがいい! これが聖騎士の力だ!!」


 そして、ウェルスはレイピアを突き出した。その刀身はコンマ一秒も満たずに輝きだす。次第にそれは掌と筋肉に集まり、レイピアは異常なまでの速さとそれに見合う威力を獲得する。刀身からはキラキラと何かがこぼれだす……間違いなく聖騎士の魔力だった。

 だが、明らかに弱すぎる。あくまでウェルスが出したのは微量の魔力……本来であれば十分の一にも満たない。本当なら目で追う事もできない速さになっていないとおかしいのだ。

 そして、何より攻撃するまでの前置きが長すぎる。ここまでにかかった時間は一分……相手が自分でなければ確実に一撃をくらって、ウェルスは戦闘不能に陥っているだろう。

 グリムは溜息を吐いた。


 ――だから素人なのだ。


 集中力が足りなさすぎる……グリムは心の中でウェルスを謙った。その眼球の一寸前にレイピアの先が映り込む。途端にスフィアは見ていられなくなって目を閉じた。目が抉られあられのない惨状を想像したのかもしれない。

 だけどそれはあくまで想像だった。グリムの目の前で火花が散る……結果的にはそれだけしか起こらなかったのだから。その証拠に、あまりに静かすぎるとスフィアが目を開けた。すると、あり得ない光景にポカンと口を開けて呆ける。

 そう、目の前で火花が散る……つまりはグリムの、スライムとなった眼球にレイピアが到達することはなかったのだ。

 いや、表現が悪かった……レイピアの切っ先は確かにグリムに触れている。触れてはいるのだが、そこで何かに阻まれるかのごとく動こうとしないのだ。

 途端に虚を突かれた表情でウェルスは立ち止まった。レイピアに力を込めるが、それでもレイピアは進もうとしない。


「……!? この! くそっ!! 何なんだ!! なぜ動かない!」


 その後もウェルスは何度もレイピアで突こうとする。それでもスライムであるグリムに一太刀も浴びせることはできなかった。

 当たり前だ。自分より硬いものは貫けない……レイピアはごく単純な物理法則に従っているまでだ。たとえ魔力で補強していようとも、グリムがさらに強い魔力で身を包めばレイピアは跳ね返される。そして、その時間はあくびができるほど有り余っていた。

 だというのに、そんな単純な思考にも行きつかず、レイピアがガラクタだと決めつけて、投げ捨てた。


「もういい!! このスライムを倒せ!!」


 同時にウェルスは付き添いの二人に命令を出した。直後、付き添いの青年たちがベルトに下げていた剣を取り出して構えた。彼らの方がよっぽど優秀だ。警戒は素早く、構えは迅速に済ましている。

 きっと彼らはきちんと貴族学校に行っていたのだろうな。そのありがたみが実によくわかる。おそらく習んだのであろう……獲物を取り囲むように陣形を組んだ。一方が攻撃を受けたら、一方が獲物の背後を討つ。的確な判断だ……人間ならともかく、自分がただの(、、、)スライムなら負けていた。

 そう、自分が元はモンスターならこの時点で負けていた。


 ――だが、生憎と人間だ……モンスターと違って知恵がある。


 刹那、グリムは足に魔力を集中させた。そして、大きく跳びあがる。

 先に魔力を集中させておいて正解だった。高く、高く……五メートルほど跳びあがるとある地点に目を付けた。

 それはウェルスたちが乗っていたであろう馬車。グリムは溜めていた自分の魔力を一気に解放、その身に覆わせた後、重力に任せて落下した。

 一メートルにつき九秒。加速度的に速度をあげていくグリムは、次第に高速となって馬に激突する。直後、馬は嘶きを上げた。同時に荒れ狂い、周りを巻き込むように大暴れする。

 その大暴れする馬車に一番近いのは自分だが、魔力で防御していたため痛くもかゆくもなかった。そして、すぐさま石ころのように蹴飛ばされると今度はウェルスが一番近い存在になった。

 そこでやっとウェルスは事の重要さに気づく。自分が身の丈以上の馬に下敷きにされるという恐怖を。


「な!? く、来るな……!!!! ぼ、ぼくはアシュラ家次期当主よていの……」


 そんな肩書などただの馬には何の意味もない。それくらいはわかっていてほしい、とグリムは切実に思った……馬に懇願する貴族など見ていて恥ずかしくなる。

 そんなウェルスにも天からの加護があったのか、腰を抜かしておろおろと立ち竦むウェルスを守るように付き添いの二人が立ち塞がった……どういう経緯でウェルスを主に据えたかはわからないが、彼らには深く同情をせずにはいられなかった。

 だが、これでほぼ計画通り付き添いの二人は無力化できた。その間にグリムはこっそりとウェルスに近づく。


 ――つんつん。


 そうして、脇腹をつつくとウェルスは手でそれを払った。


「誰だ!? 僕は今忙しいのだ!!」


 それでもグリムは諦めずに横腹をつついた。


 ――つんつん。


「あー!! やめんかと言うてお……る……。あ」


 そして、振り向いたウェルスは目の前のスライム……グリムと目を合わせた。刹那、グリムはこの上もない微笑みを向ける。

 もちろんそれは、


「その性根叩きなおしてこい!!!!」


 という意味を込めて、グリムは思いっきり飛び跳ねて腹に一撃を加えるためだった。

 直後、ウェルスの横腹は異常なまでにへこみ、彼自身気を失うほどの衝撃と共に馬を飛び越え奥へと……街の入り口方面へと吹き飛ばされる。


「ぼっちゃまぁぁああーーーーーー!!!!」


 その光景は見る者に屈辱以上に惨めさを植え付けるものになった。次第に騒ぎを聞きつけた街の者が哀れなウェルスの顔を拝みにやってくるだろう。付き添いの青年二人は何とかそれを阻止したいのだが、馬が暴れて近づけずに悶々とする。

 そんな中、一歩退いたグリムはスフィアのもとへ駆けつけた。


「す、スライムさん。大丈夫ですか!?」

「平気だ。騎士の名は伊達ではない。それよりも、今のうちにここから立ち去るぞ」

「えっ!?」


 すると、スフィアは困ったように暴れた馬と襲われそうになっている二人組へ交互に視線を向けた。きっと怪我をしないか心配したのだろう。その証拠に、スフィアは言った。


「でも、その……あのまま放置して大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫だ。付き添いの二人は戦いの心得がある。あのウェルスとか言うバカ者も気絶させたし、むやみやたらと挑発などしないだろう」


 むしろ、この場で一番危険なのはスフィアだった。錬金術士はアイテムを作れる才能はあっても戦闘面では一般人とあまり大差ないのである。グリムが人間ならともかく、さすがにスライムの姿で守り切れる保証はつけてやれない。

 それに、


「スフィアはあのバカ者から逃げたかったんだろ?」


 その言葉にスフィアは息をのんだ。直後、大きく頷いてグリムを抱える。

 ウェルスの付き添いの青年たちはまだ気づいていない。その間にもスフィアは坂へ。高台にある自身のアトリエに全力疾走で走り去ったのだった。



     ☆



 そうして、高台への坂を上り切った時にはもう日は落ちて夜が訪れていた。周りを見下ろせば街の光が星のようにきらびいている……時々、馬の鳴き声と「ああ……坊ちゃま、坊ちゃま!!」という奇声が聞こえるが、空耳だと思うことにしよう。

 そんな中でスフィアは緊張の糸が切れたのか、膝に手をついた。息を荒げたままアトリエの前で立ち止まる。その拍子にグリムは地面に落ちたが、軽々と体勢を変え着地してみせた。


「どうやら撒いたみたいだな」

「はい……あり、がとうございます。スライムさん」

「いや、いい。自分もあんなバカ者を相手にしたくはない」


 どう育てば、あんなわがまま放題になるのやら……グリムにはウェルス自体が同じ貴族出身として理解できなかった。

 だが、グリムが今一番気になるのは別のところだった。


「しかし、自分はまだ知らないことが多いのだな……」


 なるほど……今にして思えば、王が騎士を遠征に向かわせる理由が見えてくる。実戦育成のためだと認識していたが、国が広ければ広いほど裏ができやすいということなのだろう。その王が見ていない裏でこそこそと何かを企む者は多いということか。

 おそらくスフィアは何か問題を抱えている。キーワードはスフィアが貴族嫌いであった真実、ウェルスという野蛮な貴族、そして私利私欲のために錬金術士を囲い込みしている事実……か。

 そして、それがまだどういうものかはわからないが、まだ解決されていない。それが悲しくもあり、また悔しくもあった。騎士として正しくあろうとするグリムには、少しの不正も認められず、また自分は騎士としてはひよっこだと感じずにはいられなかった。

 だけどその時だった。


「うぉっ!?」


 思考を遮るようにドサッという音が重なり、グリムの身体を揺らした。

 直後、スフィアがグリムの……スライムの顔面に倒れ込む。案の定、スライムの柔らかい身体に包まれてどこも怪我はなかったが、スフィアはひどく憔悴していた。


「お、おい!! どうした、返事をしろ!! スフィア!!」


 その後、グリムが必死に呼びかけても、スフィアの声はなかった。まるで電源が切れたかのように、グリムの背に覆いかぶさり続けた。



9/14 人物名変更(メヘラン→ウェルス)

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