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錬金術士の私とスライムの聖騎士  作者: 暇したい猫(桜)
第一幕 錬金術士の私とスライムの聖騎士
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第二章 2


 ケサラ……スフィアがそう呼んだ女性は髪を三つ編みにまとめて、肩から下げた人物だった。年はグリムより少し上。二十代前半、といったところだろうか。顔つきは穏やかで、眉は吊り上がっておらず、むしろ八の字のようになっていていつも困っている表情だった。『苦労が絶えないお姉さん』という言葉がぴったり当てはまる。

 そんな女性……もといサクラの姉、ケサラは呼び止められて振り返った。その額には汗をかいていて焦っていることがわかる。おそらく子供たちに聞きまわっていたのだろう……自分の妹を知らないか、と。

 それを証明するかのようにケサラは一目散に走ってきてスフィアの両肩を掴むと息を荒げながら問いただした。


「スフィアちゃん!! サクラ、サクラは!?」

「落ち着いてください!! サクラちゃんは今ここにいますから」

「え?」


 そんな慌てふためくケサラを宥めながら、スフィアは負ぶっているサクラの顔をのぞかせる。そして、サクラは少し陰に隠れながらもにこやかに手を振った。


「お、お姉ちゃん。ただいま……」

「……」


 そうすれば、さすがに誰でも目を点に差せるだろう。

 そして、こう思うはずだ。


「あ……あんたって子はぁぁああああ!!!!」


 だが、そこで一瞬だけグリムは驚いて肝を冷やした。

 次の瞬間、ケサラが着ていた作業着と思われる袖から小さな力こぶがむき出しになったのだ。ケサラは吹き上げるかのように眉を吊り上げて怒り出す。


 ――ああ、なるほど。


 途端に、グリムはサクラが嫌がる理由を理解する。このリンドの近くには『炭鉱』がある。ならば仕事も限定的になる。

 力こぶができるほどの重労働。すなわちケサラの仕事というのはその炭鉱で石を削る仕事――炭鉱婦なのだろう。


「お、お姉ちゃん、待って……それは勘弁んぅぅぎゃぁあああ!!!!」


 そんな炭鉱婦が力の乗った一振りを放てば、たん瘤ができるほどの衝撃は免れなかったのだった。



     ☆



 そうして、ケサラの手によってサクラの頭に拳骨が一発入れられた後、グリムたちは無事、帰路に立った。

 一時はケサラがグリムたちを……実際にはスフィアだけだが、家に招待したいと申し出たが、スフィアはその申し出を断ったのである。

 サクラが発作を起こしたことを知り、同時に助けてくれたお礼をしたいとのことだったが、さすがにグリムに悪いと思ったのだろう。


 ――「えー。スフィアお姉ちゃんに見てもらいたいものがあったんだけどな」


 サクラもそんなことを言って拗ねていたが、ケサラがそんなサクラをいさめた。


 ――「仕方ないでしょ。それより、また夜遅くにお仕事行くけど、サクラは発作で体力削られたんだから早く寝ること!」

 ――「えー」

 ――「……もう一発拳骨がいるかしら?」

 ――「はい。寝ます」


 その時はそこにいた全員が笑ったものだ。グリムも別れ際にそんな姉妹の会話を耳にしながら、顔をほころばせた。やはり家族はいいものだと。

 そうして、グリムとスフィアはどうにかこうにか折り返し地点に立ったのだった。

 ただ、


 ――「あ、でもスフィアちゃん気を付けてね。またあの方が街に来てるみたいなの」


 最後にケサラが言ったその言葉がスフィアの顔を曇らせた。

 だが、グリムはケサラたちの会話に集中していて見逃していた。これで一つの厄介ごとが片付いたとほっと一息ついていたのだ。

 そうして街中を歩き始めてからスフィアはグリムに声をかけた。


「サクラちゃん、元気になってよかったですね」

「ああ、元気すぎるほどだ……だが、これで自身の問題に着手できる」


 しかしその時、ぽっと白木の家に光が灯った。気づけば太陽は傾き、赤く染まる道は空と同じ色に染まっていく。つまりは……夕暮れ時になっていたのだ。


「もうこんな時間か」

「今日はもう帰りましょうか」

「その方がいいらしいな」


 グリムは視線を促して頭をひっこめた。視線の先には人だかりができていた。仕事場から帰ってきた人たちが今日の疲れを癒すために街に繰り出してくる。それに合わせて酒場や店がいっそう活気づく。街は一気に人で溢れていた。


「スフィアちゃんは今日もかわいいなぁ」

「生が出るね。今日も『錬成』かい?」


 そうして、驚くことにスフィアが通り過ぎるたびに街の人が手を振った。通りすがりのおじいさんに、行きつけの食堂を経営しているお姉さん。スフィアは帰り道でもいろんな人に声をかけられ、窓から顔を覗かせた者もいた。グリムはその度に生きた心地がしなかったのだが、


 ――意外と慕われているんだな。


 その都度ポシェットに隠れながらそう感じた。

 スフィアは愛されている、街に愛されている……それはグリムの中の錬金術士のイメージとはかけ離れていた。



     ☆



 それから街はずれに出ると、やっと人気がなくなってグリムはポシェットから頭を出した。夕暮れ時ともなればさすがに温暖な気候も少し落ち着いて、高台の坂から駆け下りるかのごとく涼しい風が頬を撫ぜた。

 振り返れば街には光が灯り始めざわめきつつある。リンドの町にとってはこれからが家族と過ごしたり、活気の出る時なのだろう……聖王都とは真逆だった。

 すると、スフィアは軽く頭を下げた。


「ずっと我慢させてしまってごめんなさい。苦しかったでしょう?」

「いや、いい。むしろ反省しなければならない」

「反省?」


 スフィアは首をかしげて立ち止まった。その拍子にグリムはポシェットから抜け出して向かい合った。


「昼間はすまなかった」

「え、え!? ど、どうしたんですか!!」


 途端にスフィアは珍獣をみつけたみたいに驚いて一歩下がった……そこまで警戒されるとそれはそれで傷つく。

 だが、それは置いといてグリムは首を横に振った。


「昼間は少し投げやりになっていた。だが、スフィアが『街の人たちの役に立ちたい』と思う気持ちは本当なんだよな?」


 そう、そうでなければ街の人々に愛されることはないのだ。だからグリムは謝らなければならなかった。少なくとも勝手に……グリムの常識に無理矢理当てはめて図るのは間違いだった。得体の知れない怪しい奴、と決めつけていたことはグリムの失態ともいえた。


「スライムさん……」


 すると、スフィアも何か思い耽ったのか、そんなグリムを目の当たりにして、逆に肩を落とした。


「……だったら、私も謝らなければなりません」

「なに?」


 ――それはどういうことだ。


 だが、その前にガタンゴトンと慌ただしく鳴り響く物音がした。続いて馬の鳴き声……間違いない馬車だ。それを証明するかのように街の人混みから無理矢理掻き入るようにこちらへ駆けてくる馬車がみえた。とっさにグリムは跳んで、スフィアのポシェットに入り込む。

 それを確認した後でスフィアは振り返った。グリムはその様子をポシェットの隙間から覗き見る。

すると、やはり馬車はグリムたちに……正確にはスフィアに用があったのか、スフィアの目の前でゆっくりと停止した。

 そうして、邪魔するかのように声がかけられた。


「やぁ、もうお帰りですか? スフィアさん」


 途端に馬車のドアが開く。そこから現れたのは高級なめし革のベストを蝶ネクタイをした青年だった。だが、見た目よりも幼く、いかにも服に着せられたような『高級身分です』と言いたげな表情を浮かべていた。

 着ているものはどれも一級品の装飾品。おそらくはこの地方を管理している貴族だろう。確か西の辺境はアシュラ家が管轄しているはずだ。グリムがスライムの姿になっていなければ、今頃は挨拶に行くところだったはずだ。

 だが、今はこうして延期になっている……そういえばアシュラ家にはドラ息子の三男がいると聞いたことがあるな。アシュラ家の当主も頭を悩ませているという……。


 ――って、まさかこいつがそうなのか?


 地方の貴族といえど甘えは許されない。むしろ教養を叩き込まれるために聖王都の貴族学校へ通う義務がある。だが、その三男はろくに学校にも行かず、遊び呆けているらしい。まさか、こんなところにいるとは思わなかったが。

 だが、背後には同い年の青年たちを二人付き添わせ、街の入り口には馬車を控えさせている。アシュラ家の血縁としか考えられない所業だった。

 それも確かに彼は好青年というわけではないらしい。というのも、彼を目の前にしたスフィアが渋るように名前を呼んだ。


「……またあなたですか、ウェルスさん」


 ウェルス。間違いないアシュラ家の三男の名だ。その名を呼んだスフィアの顔は珍しく目を細めて、相手を睨みつけていた。だが、その相手であるウェルスは気にもせず……いや、むしろ好戦的な方が懐柔しがいがあるともとれる猫なで声でスフィアに一歩近づいた。

 途端にスフィアがポシェットに右手を突っ込み、グリムは慌てて避けた。


 ――うっ。


 よく見ればその手はポシェットの奥深くで眠っていたものを掴んでいた。刹那、グリムは口を必死に閉じながらも息をのんだ。バツ印にドクロの泣き顔……それはグリムがスライムにされた直後にスフィアが放った爆弾だった。


 ――というか、爆弾をポシェットの中に入れていたのか……。


 グリムは多少の冷や汗を掻く。グリムの耳には未だに『とんでけぇー』と叫ぶスフィアの声が染みついている……よし、これは『とんでけぇー爆弾』と命名しておこう。

 それはさておき、ポシェットの外では先ほどと裏腹な緊張した空気が続いていた。


「おお、麗しのスフィア嬢。最近、街に降りてきていなかったようですが、何かありましたか?」

「あなたには関係ありません」


 スフィアに護身用の爆弾を持たせるほどの相手。グリムはそのことを念頭に入れて会話に聞き入った。念のため、魔力を高めながら。

 そして、スフィアは早く済ませたいと言わんばかりに本題を繰り出した。


「それで、今日は何が必要なんですか? 人を惚れさせる媚薬ですか? それともひ弱なあなたでも力持ちになれる麻薬ですか?」

「やだな、麻薬は罪ですよ。スフィアさんは僕の事をなんだと思っているのですか?」

「錬金術士の尊厳を貶める貴族ですよ」


 ――……!?


 グリムは息をのんだ。錬金術士の尊厳を貶める……スフィアの言葉は驚きと共にグリムに響いた。手に取るようにスフィアの怒りがにじみ出してきてグリムの身体に浸透してくる。

 それはウェルスという青年にも伝わったらしく、眉をぴくぴくさせた。


「はは、何を勘違いしていらしているか……」

「忘れたのですか? 貴族(あなたたち)が錬金術士を囲い込みした件ですよ」


 ――……!?


 そこでグリムはやっとスフィアの意図に気づいた。

 わざとだ。スフィアはグリムに説明するためにわざと説明するように誘導している。謝りたい……その意思を見せようとしているのだ。

 それを証明するかのようにスフィアは一回グリムに視線を向けた。まるで頭を下げているようだった。


「……本当はこの聖王都にもいい錬金術士はいたんです。便利な道具を作ってもっと街の人たちを楽にしてあげようって、もっといろんなことができるようにと四苦八苦していた……」


 だけど次の瞬間、スフィアは怒りの矛先を向けるかの如く、指先をウェルスに向けた。


「なのに、あなたたち貴族が錬金術士のアイテムを面白おかしく捉えたせいで錬金術士(私たち)は聖王都での居場所を失くした!!」

「……!?」


 次の瞬間、グリムはつい声を漏らしそうになった。

 スフィアの歯ぎしりがかすかに聞こえる。その音はふつふつと煮えたぎる泡のように募っていく。


「錬金術士のアイテムを『娯楽』としか考えていなかった|貴族《

あなたたち》はアイテムをありとあらゆる所から買い占めた。それも、反抗した錬金術士は妨害し、弱ったところで錬金術士の掌に富を握らせた……錬金術士を買収した!!」


 それもこれも貴族が錬金術士の『誇り』でもあるアイテムで勝敗の優劣を決め始めたからだ……スフィアは歯を食いしばって抗議する。


「だから、お母さんたちはいなくなった……現役だったから」


 そして、何かがグリムの頭上に落ちて、グリムはスフィアの気持ちを理解した。 スフィアは啜り声を必死にかみ殺して、睨みつける目から涙が溢れ出していた。その頬には一筋の涙がしたたる。

 なるほど道理で『グリム・グロッケン』と呼びたくないはずだ。いや、正確にはグリムを貴族だと認識したくなかったのだろう。グリム自身、スフィアを得体の知れない存在と感じていたように、スフィアもまたグリムを警戒を緩めてはいけない存在だと感じていた。


 ――ああ、そうか……そうだったのか。


 グリムの開いた口がギュッと引き締まる。


「お母さんを盗られたのか……」


 グリムは誰にも聞こえない声で呟いた。

 思えば三日前……スライムになったグリムとスフィアが初めて邂逅した際、スフィアは聖王都聖騎士団(スレイグ)の名を出しただけで攻撃の手を止めてくれた。あれは井戸の中で木霊してやっと少女の耳に声が届いたからではなく、騎士団を知っていたから思いとどまってくれたのだ。

 考えれば辺境に行けば行くほど名声は届いていないはずだ。スレイグの名を聞いても頭の上に疑問符を浮かべるのが普通だった。


 ――スフィアは聖王都から逃げてきたんだ。


 だとしたら、こんな辺境に錬金術士(スフィア)がいるのも納得がいく。

 きっとスフィアも聖王都出身だったんだ……だけど、そこでスフィアの母は貴族たちに連れ去られたんだ。そして、スフィアは叔母に連れられ逃げてきた。この《聖鐘の町リンド》に。

 グリムは涙が落ちてきた方を見上げて目視した。貴族への疑心感……スフィアがグリムに抱く気持ちは計り知れない。だが、グリムのことを『スライムさん』と呼ぶのはそういうことだろう。『貴族は悪い奴ら』……言わなくてもスフィアの言葉が聞こえてきそうだ。

 しかし、ウェルスが抱く感情はグリムとは違うらしい。


「……はぁ、下出に出ればこのざまか。この尼」


 ――……なっ!?


 どうやらウェルスには響かなかったのか、それともスフィアの想いなど眼中にないのか、顔色一つ変えず微笑みながら、声はドスのきいたものへと変わっていく。


「いいからさっさとこっちに来ればいいんだよ。金は払うって言ってんだ。それの何が悪い」

「……」


 その開き直った言動にさすがのグリムもあきれ果てるしかなかった。これが貴族のやることか……否、貴族だからといって到底許せるものではなかった。

 そもそも貴族は聖王都の城主である王が民を守るために遣わした者たちだ。特権を与える代わりに管轄するものを守るために動かなければならない。大きい屋敷はもしもの際に避難場所となるように、税の徴収は天災が起きた際に民へ食料や物資を分け与えるために行われる。それほどまでに貴族は気高くあらねばならないのだ……なのにこの男はどう見ても私利私欲の事しか考えていない。


「だいたい、このアシュラ家の次期当主となる予定の(、、、)僕に何度も爆弾を投げつけやがって……せっかく未熟でも雇ってやろうとしたのに恩知らずめ」

「……いくら来ても変わりません。私は貴族(あなたたち)には一切就きません」

「ふん。言ってろ」


 それに何を血迷ったが、目の前のウェルスは鼻息荒く地団太を踏むように歩いてきてスフィアの手首を掴んだ。同時にスフィアも爆弾を取り上げて放とうとしたが、それよりも早くウェルスは高く上がった手首を力強く握りしめた。

 刹那、スフィアがうめき声あげて爆弾を取りこぼした。


「悪いな……こうみえて僕も魔力を持っている。それも聖騎士の特性だ。本当はもっと紳士に済ませたかったが、こうなれば実力行使でいかせてもらう」


 そうして、スフィアを思いっきり引っ張って、引きずるように馬車へ連れ込もうとする。その掌にはキラキラと白く濁った魔力が零れ落ちる。

 そのせいか、スフィアはウェルスの掌を払えなかった。それどころか、むしろ跡ができるほど握り返された……また魔力を集中させたのか!?


「な、なにするの!?」

「いいから来い!! やっとチャンスが来たんだ!!」

「チャンス?」

「もうすぐここに聖騎士の中でも随一の者が来るんだ……聞けば貴族出身と聞く。錬金術士(おまえ)を差し出せばうまく取り入れるかもしれん……そうすれば僕も」


 ――……。


 途端にグリムは自然と頭が冷えていく感覚に捉われた。何だろうな……スライムが人を語れるかはひとまず置いておくとして、驚いたことに人は度が過ぎると怒りの炎も凍てつくらしい。

 そして、グリムはスフィアのポシェットから跳びだした。そのまま体当たりする要領でウェルスの掌を振り払った。

 刹那、スフィアが目を見開いてグリムをみつめた。一方のウェルスはまだ状況がつかめないのか、口を開けてポカンとしていた。それはまるで、ありえない、といわんばかり。


「まったくもって不愉快だ」


 そうしてスフィアとウェルスの仲に割り込んだグリムは、アシュラ家の三男に冷たい視線を向けた。



9/14 人物名変更(メヘラン→ウェルス)

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