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錬金術士の私とスライムの聖騎士  作者: 暇したい猫(桜)
第一幕 錬金術士の私とスライムの聖騎士
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第二章 1 リンドの町を取り巻く状況


「で、なぜ俺はこんなところに押し込まれているんだ……?」


 グリムは腹を立たせていた。下手をすれば青筋の一本か二本がちぎれそうになるほどに。

 現在、太陽は真上に昇っている。そんな中、グリムはせまい物置のような場所に押し込まれ、財布に、薬瓶に、素材の入ったポーチと一緒に柔らかい布にくるまれていた。

 そう、つまりグリムはポシェットの中に押し込まれていた。揺れるたびにその中に入っていたものがスライムの柔らかな身体に突っ込んでは柔らかく包まれて元の位置へ返されていく。

 そんなかわいらしいポシェットの紐をたどればそこには白い花の髪飾りをつけた少女が日差しを浴びて微笑んでいる。

 その少女とはスフィア……この町でグリムが出会った錬金術士の素人だった。だが、そのスフィアは素人でありながら錬金術士の名に恥じぬよう、グリムの目の前で一人の女の子を助けて見せた。発作を起こした女の子に薬を作ってあげたのだ。

 そしてその女の子――サクラは症状が改善し、現在、スフィアの背に負ぶされて、満足そうに眠っていた。本当にこちらの苦労も知らなさそうに。


「……あれだけかき乱しておいて、当人はこの有様か?」

「申し訳ありません。サクラちゃんは駄々こねだすと止まらないですから」


 すると、スフィアがサクラの代わりに頭を下げた。グリムはそんなスフィアに慌てて首を横に振る。グリムが怒っているのはサクラであってスフィアではない。むしろスフィアも被害者に近いものだった。


 ――「やだやーだ!! 帰らないぃぃぃ!!!」


 そんなことを思っていたせいか、グリムの脳裏には、ほんの一時間前……アトリエ内、サクラに薬を飲ませた後の情景が甦る。その光景の中でやっと症状がよくなったサクラは駄々をこね始めたのだ。

 アトリエの一角。スフィアがいつも使っているベッドの上で「ケサラお姉ちゃんに怒られるぅぅ」とかなんとか言って、とにかく強引に引きはがしても、泣いて、喚いて、帰ろうとしなかった。そのうえ、


 ――「……」

 ――「……」


 何故かサクラはグリムの身体を掴んで離さないのだ。

 その時ほどグリムは無邪気という名のおぞましさを感じたことはない。サクラはキラキラとした眼差しを向けたが、グリムにはそれが『一緒に来ないとまた引っ張るぞ』という脅しに思えた。


 ――「サクラちゃん。ほら、スフィアお姉ちゃんも一緒についていくから」

 ――「スライムさんも一緒じゃないとやだ」


 いつの間にかサクラも『スライムさん』呼び……はともかくとして、グリムは徐々に強くなる掌の圧力に耐えかねて、背筋が凍り付くほど震えあがった。サクラにそんなつもりはないのだろうが、全身の毛が逆立つほど……スライムに毛があるのか、という疑問はあえて言わないことにして……悪寒が走る。スフィアもそのことに気づいて顔を蒼白にさせていた。あのまま抵抗して大切な何かを二度も失う惨状を思い浮かべると、グリムに拒否権はなかった。

 結局、グリムも一緒に街を降りることになったわけだが、それでも町民の目に触れるわけにはいかない。そこで、スフィアが提案したのが採取用に使うポシェットにグリムを入れて持ち歩くというものだった。錬金術士なら採取鞄を持っているのは自然なことだし、誰も目につかないというわけで、グリムはスフィアのポシェットに押し込まれるという目にあっている。

 だというのに、そこまで苦労したのにわがままを言った当人が先に眠るとはどういう了見か。


「きっと安心したんですよ。一人で寂しかったんでしょうから」


 む、そんなものか……グリムは首をかしげながらサクラの顔に視線を向けた。やはり女性とは訳が分からないものだ。

 だがさすがに機嫌を直そう。サクラの熟睡した寝顔は、いつまでも怒っていたらそれこそ子供みたいだ、とグリムに思わせた。

 なによりこもった場所にいると空気が薄くなる。グリムはあまりポシェットからはみ出さない程度に顔をのぞかせた。


「ふー」


 やっと落ち着けた気がする……グリムは外の空気を吸いながら、やっと冷えた頭に切り替えて周りを見回した。 

 とその時、鐘の音が響き渡る。ちょうど昼の三時を告げる音だ。外の空気はひんやりとしていて気持ちがいい。白木を基調にした街並みと相重なって暖かい気候の中を頬を撫でるかのように通り過ぎていく。その風に逆らって歩くスフィアの足音は軽快でこちらの心根も弾ませた。

 しかし、前々から思ってはいたが、この町は汗がにじみ出るほど暖かすぎている。日差しのほかにも何か原因があるのかもしれない。

 すると、スフィアはそわそわとこちらに視線をむけて、ふとある方向を指さした。スフィアのアトリエからほぼ反対側という事は南東の方角だろうか。


「あ、あの! スライムさん、このリンドの町はどうですか!? 《聖鐘の町》といわれるだけあって銅を溶かして鐘を作っているんですよ。その炭鉱があちらの方にあるんです!!」


 ああ、なるほど……グリムはやっと得心が行った。

 魔力は星の生命の源……魔力が高ければ高いほど熱を持っている。そして、鉱石は、土に魔力が宿ってできる。つまり、炭鉱があるこの周りの地形は流れる魔力が多いという事でもあった。

 ならば少し暑い気候なのも頷ける。《ステラ》が資源に恵まれているのはひとえに魔力が熱を帯びるおかげなのだ。その熱で気候は安定し、緑は溢れ、資源もよく取れる。

 それを反映するかのように南東の方角は大地の息吹が感じられるほど青々としていた。その中を先ほどの心地よい風が山頂から下りてくる。


「街の中央には溶鉱炉もあって……あ! ほら、あそこがその作業場ですぅ!! ちょっと行ってみますか?」


 そして、忙しなくスフィアが次に指さしたのは街の中央だった。丸く真ん中が少しくぼんでいる特徴的なテントが民家の白黒の木造建築をから飛び出している。あれくらいだと半径十メートルは超える広さかもしれない。近くから見ればかなり圧巻な光景なのだろう。

 しかし、


「スフィア。今はその背中に負ぶっている子を家へ連れていくのが先なのでは?」

「ほぇ!? は、はい……」


 グリムは注意を促すと、見るからにスフィアは肩身を狭くして、どこか残念そうにサクラを背負いなおした。何をそんなにそわそわしているのか。グリムから見上げたスフィアはどこから見てもわかるほど浮ついていた。

 それを裏付けるかのように足取りは乏しく、石畳みはどこか『お役に立てなかった』と残念がるスフィアを表すかのようにコツコツと響く。そんなスフィアにグリムは溜息を吐いて頭に浮かんだ推測を言葉にした。


「……そんなに錬成を成功させたのが嬉しかったのか?」

「ほぇ!?」


 途端に口を塞いだが、実にわかりやすいほど図星を突かれて動揺している仕草だった。グリムがあからさまな動作に目を細めると、途端にスフィアはばつが悪いように口をへの字に曲げる。まるで『いじわるです』といいたげだったが、そんなわかりやすい挙動を取る方が悪い。

 そんなグリムの上から目線に、スフィアは仕方ないと言わんばかりに開き直って首を縦に振った。


「それは……もちろん嬉しかったです。きちんと実感を持てたのは初めてだったから」


 恥ずかしかったのか、その先ははっきりと聞こえなかった。だけど、その口はどこか誇らしげだった。

 スフィアはリンドの空を見上げる。小さな民家が立ち並ぶ風景を愛おしく眺めると、再び錬成を成功させた体験を思い出して微笑んだ。


「だけど初めて成功したわけではないんだろう?」


 だが、水を差すようにグリムは首を傾げた。実際、スフィアは自身で『料理の錬成はうまくいく』と公言していた。初めて成功したわけではないだろう。

 しかし、それでもスフィアは首を横に振った。


「そうですが、要は『まぐれ』だったんです。薬だっておばあちゃんが作り置きしていた物を切り盛りして少しずつ渡していたんです」

「薬……」


 グリムはその言葉に反応してとっさに顔を上げた。そして、スフィアの背に負ぶされているサクラに視線を向ける。すやすやと眠っているが、朝、その華奢な身体が命の危険にさらされたと思うと気が気ではなかった。詳しく聞くなら今のタイミングしかないだろう。


「この子は……『消失病』なのか?」


 直後、スフィアは眉をひそめた。ただそれだけで答えがイエスだとわかった。グリムは「そうか」とだけ言って前を向く。

 消失病。サクラが倒れた際に見当はついていたが、まさか当たっているとは思わなかった。

 消失病は最近、全世界で流行している原因不明の難病だ。主に魔力の才がある子供や体の弱った年配にかけて発症し、宿った魔力が勝手に抜け出すという発作を起こす。


 ――魔力は時として人間に……人間の血液(、、)に宿る。


 魔力の才がある者(グリムたち)にとって、魔力はなくてはならないもの。それがなくなるというのは死を意味している。そのことは魔力の才がある者にはついてまわる宿命といってもいいことだ。

 魔力はもともと地面に張り巡らされた血流のようなもの……一般的に『地脈』と呼ばれたところを循環している。そのせいか、人間に宿る魔力も性質が似た血液に多く宿る。

 だから正確に言えば、魔力を失くすということは、身体に流れる血液(、、)を失くすという事でもある。消失病でなくても、錬金術士が錬成をし続けて倒れた事例はあるし、聖騎士の中には三日三晩戦い続けて疲労困憊になったバカ者たちもいる。

 それでもある程度コントロールはできた。魔力はあくまでも使った後に抜け出るものだったからだ。折を見て休憩すれば何てこともなかった。

 だが、消失病の質の悪いところは突然、何の前触れもなく使う前(、、、)の魔力が抜け出る事だった。それまで平然としていた者が急に倒れ貧血を起こす。次第にそれは血流不足になり各機能が低下……ゆくゆくは心臓まで止める。

 それを回避するには、朝、スフィアがやったようにアイテムで魔力を補充してやるか、同じ能力を持つ預言者にその場しのぎの手当てをしてもらうしかない。


「そうか……もしかして三日前の錬成事故も」


 その時、電撃が走ったかのようにグリムの脳裏に一つの推測がよぎった。自分がスライムになった時ももしかして消失病の薬を作っていたのではないかと。スフィアは自虐的に微笑んで頷いた。


「はい。本当はきちんと錬成を学んで立派な錬金術士になりたかったけど、そうもいっていられなくなって……ずっと薬の錬成をしていました」

「何だ。それなら最初からそうといえばいいだろう」


 グリムは呆れ果てて肩を竦める。スフィアは最初、錬成の事を聞いてもはぐらかすように視線を逸らした。別に隠す必要などどこにもないのに。

 自分はてっきり何か自分の実力に見合わない錬成を……例えば、八百年前の創世記に語られる『賢者の石』を作っているのかと想像してしまった。まさかスフィアから見れば自分は話が通じない頑固おやじだと思われているのだろうか?

 すると、スフィアは首を横に振りながらも、顔を伏せて言う。


「だって、スライムさんの本名が『グリム・グロッケン(、、、、、)』だから……」


 グリムは首を傾げる。確かにグリムの正式名称は『グリム・グロッケン』だ。聖王都で税関を務める貴族、グロッケン家の長男である。

 だが、それが何だというのだ? 別にグロッケン家は今も由緒正しい家系だ。別段おかしい点はない……というか、きちんと名前を憶えているのなら、なぜ『グリム』と呼ばないんだ?

 礼儀として当たり前の事をしない。その事がグリムの沸点をあげていく。理解していないならともかく、理解しているのに訂正する気がないとはどういう了見か?

 すると、スフィアがそのグリムの燃え滾る雰囲気に気づいて、慌てて話を逸らす。


「と、とにかく今日スライムさんが教えてくれたことは私の宝物なんです!! これからはきちんと手順を踏んで錬成できる……薬をきちんと作れるようになる。やっと街の人たちの役に立てるかと思うと嬉しくて仕方ないんです!!!!」


 まるで触れられたくないように……「あっ、あぁぁ……!! 別に深い意味はないんですぅ」と言葉を濁す。だが、その慌てふためきようが少女特有の青臭さを出している。『嘘です』と公言しているようなものだった。

 だからなのか、グリムは、ふーん、と釈然としない気分で眺めた。何かを隠している……それはわかるのだが、スフィアの本心が感じられない。なぜ隠しているのか、なぜ話せないのか見当がつかない。

 だから、スフィアが


「何でも言ってくださいね! 私、役に立ちます……スライムさんには多大な恩がありますから!!」


 と言っても、グリムには全然響くことはなく、


「……でしたら早いところサクラどのを送って、自分の身体を治してください」

「ほぇ!? は、はい……頑張ります」


 と、スフィアを意気消沈させてしまう結果となってしまった。その言葉が後で後悔のきっかけになるとはつゆ知らず。


「ん、もうついたー……?」


 その時、騒ぎすぎたせいかスフィアの背に乗っかっていたサクラが眠気眼を擦って起き上がってきた。当然と言えば当然の結果だ。今はとにかくサクラを無事に家に届けるのが最優先だろう。


「もう、いい。込み入った話は後だ。先に用事を済ませるぞ」

「は、はい!」


 そうしてグリムとスフィアは街の路地を再び走り出す。グリムにとってはスフィアのポシェットに乗ったままだったが、それでも目まぐるしく変わる町の風景や世間の風に初めて『気後れ』というものを感じた瞬間だった。

 そして、街の東側……教会の前に来たグリムたちは道草通いの子供たちとすれ違う。授業が終わったのだろうか、教会から出てきた子供たちは元気よく走り出す。

 とっさにグリムは頭をひっこめた。子供の目線は低い……下手をすれば見つかってしまうと思ったからだ。その判断は正しかったようで、子供たちは一瞬だけポシェットに視線を奪われた。だけど何もないことがわかると、すぐさま通り過ぎる。

 そんな時だった。


「ケサラさん!!」


 スフィアが声を荒げて誰かを呼んだ。グリムが再び顔をのぞかせるとそこにはこじんまりとした一軒家から飛び出してくる女性がいた。

 スフィアより少し背が高く、三つ編みをゆらした女性だった。



直せば直すほど何が良いのかわからなくなってきたのでここでやめておこう。


《アイテム紹介のコーナー》

  ・心身統一の丸薬:スフィアのおばあちゃん作の一つ。それ自体は

           ある丸薬を応用したもの。

           魔力を高め、減った魔力を正常に戻す効果を持つ。

          (レシピ:きれいな流水+生きたキノコの傘+効力草)

                 

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