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錬金術士の私とスライムの聖騎士  作者: 暇したい猫(桜)
第一幕 錬金術士の私とスライムの聖騎士
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第一章 4


 刹那、グリムとスフィアは二人して肩を震わせた。あまりに静かすぎる空気……突然、放り込まれた音が二人の心境を爆弾のように炸裂させたのである。そして、二人して『何事か!?』と振り向くのは五秒先の事だった。


「さ、サクラちゃん!!」


 すると、スフィアは振り向いた先で声を上げる。グリムはその方向へ視線を向ける。

 視線の先には白いワンピース姿の女の子がいた。背は低いから十歳くらいだろうか……肌の色は白く、どこか生気を帯びない感じだが、それでも声だけは元気であろうと明るくふるまう女の子だ。もしかしてリンドからやってきたのか?

 そんなサクラと呼ぶ女の子は茫然としたままこちらに視線を向けていた。結果としてグリムはサクラと目が合うことになる。


「……」「……」


 ――……な、なぜこっちをじーと見る?


 グリムは冷や汗を流した。サクラの目線が離れない……グリムに視点を合わせて捉え続けている。


「あーあー、あああ!! えっと、サクラちゃんこれはですね……」


 けれど、スフィアは慌ててその間に割り込んだ。それどころかとっさにグリムを背後においやって隠した。それで、やっとグリムは状況を掴む。


 ――そうだった! 今の自分はスライムの姿ではないか!!


 そう、スフィアが勘違いしたように目の前の女の子もモンスターが入り込んだと思うかもしれない……そうしたら町の大人を呼んで、事は大騒ぎに発展する。

 グリムは想像を働かせる。そうすれば自分は鍬やらおたまやらで殴り倒されるのだろうか……最悪火あぶりにされるかもしれない。スライムはきざまれるか、焼き尽くされないと倒れないのだから。

 いや、それならまだいい。むしろ問題はスフィアの方だ。グリムは頭を振って冷静に考える。下手をすればスフィアがモンスターを連れてきたと誤解を招くことになってしまう。

 もともと街の周りには『結界』が張られていて、モンスターは入ってこれないのだ。なのに、実際モンスターがいるとわかれば、それが街はずれとはいえ『スフィアが結界をこわして手引きした』という解釈をされてしまっても文句が言えない。言い訳がたたないのだ。そうなれば、街を危険に脅かした、として何を言い渡されるかわかったものではない。


 ――そ、それだけはだめだ!!


 被害者とはいえ、アトリエでご厄介になっているのは自分だ……迷惑はしているが、だからといって逆に迷惑をかけては騎士の名に泥がかかるというもの。だが、今度はスフィアと違って反抗できない小さな女の子……さすがに戦って止めることなど言語道断だろう。


 ――落ち着け、何かいい考えを……。


 グリムは必死に頭をひねりだす。そんな思考自体が落ち着いていないのだが、グリムは「はっ!?」と思いついてとっさに跳びあがって、スフィアの一歩前に着地した。

 そして真顔で言う。


「じ・ぶ・ん・は・ぬ・い・ぐ・る・み・だ」


 一瞬、冷たい風が吹き抜けたことは言うまでもないだろう。それっぽくグリムは片言で話しかけたが、全員がねじが取れたように見苦しい言い訳に対してポカンと口を開けた。

 だが、スフィアが問題点に気づいて顔を上げる。


「スライムさん、ぬいぐるみは言葉を喋りません!!」

「はっ、そうか!!」


 第三者から見れば『いや、そういう問題ではない』と突っ込まれそうだが、グリムは真摯に受け止めて頭を抱える。


「そ、それでは『言葉を喋れるおもちゃ』でどうだ……?」

「スライムさん……それはもうごまかす意味はあるのでしょうか?」


 うっ、確かに……スフィアの冷たい視線と指摘に、グリムは正気に戻る。そう、一度失敗すれば、もう何を告げようともただの嘘にしかならない……その事を二人とも深く理解していた。

 二人は再びサクラの方へぎこちなく首を回す。冷や汗がいっぱい、鼓動は高まりまくり。その対象のサクラはアトリエの玄関で立ち尽くし、静かに佇んだ。だけど、グリムは耳を疑った。


「かわいい……」

「え?」

「かわいぃーい――――――――――――――!!!!」


 直後、サクラは目の色を変えて跳びついてきたのだ。


「って、なぜ、そうなる!? うわぁぁぁ!!!!」


 必然として、グリムの身体にサクラはしがみついた。押し倒されたグリムは足をばたつかせるが、ぺたぺた、ぺたぺた、と冷たい掌と感触が伝わってくる……必死にはがしたくても『手』が使えないのだ。上から押し込まれると動けなくなる。

 そうして、覆いかぶさった柔らかい肌が張り付いて離れない……まるでこっちの方が(モンスター)のようだ。さらにはラッシュをかけるように暖かい掌が襲い掛かる。


 ――ぺたぺたぺたぺたぺたぺた、ぺたぺたぺたぺたぺたぺた、ぐにゅ。


「ぎゃぁぁぁぁ――――――――――――――!!!!」

「スライムさん!?」


 そんな小さな手は突如として、スライムの身体をちぎりだす。

 途端にわし掴まれ、引っ張られ……それはグリムにとって災厄と言わざるを得ない出来事だった。別段、痛いわけではない……だが、何か大切なものを落としてしまったかのような心の傷が深く刻み込まれる。

 要はグリムはこねられているのだ……無邪気な子供の手によって。その感覚は人間だったグリムには考えられない不快感だった。

 とっさに事の重要さに気づいたスフィアが引きはがそうとするが、子供の握力は馬鹿にできないもの。しっかり掴んだサクラの手は離れなかった。それどころかスフィアの力も加わって、グリムの身体は真っ二つになるかと思うほど引き延ばされてゆく。

 ああ、心身を抉られていく、という気持ちはこんな感じなのか……ついには悟りを開きかけていたグリムは天に願った。


「誰か止めてくれぇぇぇぇ――――――――!!」


 無邪気な子供は恐い……その後グリムにトラウマができたことは言うまでもないだろう。

 だが、それでもグリムは一大事にならなかったことだけ安堵したのだった。



     ☆



 そうして少しの時間が経ったのち、スフィアはやっとサクラをはがし、グリムは解放される。

 とっさにグリムはもぎられそうになった部分を撫でようとした。だが、手がない事に気づき意気消沈する。身体をくねらせても頭には届かず、じんじんとくる不快感はグリムを苛み続けた。

 そんな中、スフィアははしゃいでいたサクラを正座させて説教をし始める。


「どうしてここにサクラちゃんがいるの?」


 その声はどこか怒気がこもっていて、スフィアの眉間にもしわが寄っていた……珍しいことに怒っているらしい。


「ケサラさんは? 一緒に来たんですよね……どこにいるのですか?」

「ケサラ?」


 誰かの名前か……そう思ってグリムが尋ねた。

 そもそも事情が掴めない。そのサクラという女の子とスフィアはどういう関係なのか……親戚か、それとも友人なのか。すると察したのか、「あ、そうか」とスフィアは申し訳なさそうに手を合わせた。そして、サクラの肩に手を添えると改めて自己紹介がなされる。


「そういえば話していませんでした。こちらはサクラちゃん……見てのとおりリンドの町の女の子。ケサラさんはサクラちゃんのお姉さんで、時々野菜とかもらってお世話になっているのですぅ」

「サクラだよ! よろしくね!!」


 なるほどつまり『ご近所さん』というやつか……グリムは納得して頷いた。そして、反省の色がなく元気よく手を上げるサクラに、スフィアは再び「ケサラさんは?」と質問を投げかける。その答えは、


「いないよ」


 という簡単なものだった。同時にスフィアは「ほぇ?」と間が抜けた表情を見せる。だから、サクラが言葉を増やして説明した。


「いないの。お姉ちゃんお仕事から帰ってこないから、一人で来たの」

「ぇ……ぇぇぇええ―――――――――!!!!」


 直後、グリムはその音量に目を回した。スフィアの絶叫が鼓膜を揺さぶって、意識をかき乱したのだ。途端にあっちへふらふら、こっちへふらふら……スライムに鼓膜があるかはともかくとして、手がない分、耳を塞げない。

 それでなくともスフィアの絶叫は大きく、街の中ならば確実に迷惑になっていただろう。街はずれだったからよかったものの、スフィアにはもう少し後先考えて行動してもらいたい……。

 けれどスフィアはそんな事は二の次だと言わんばかりに、朦朧とするグリムをよそ目にサクラの両肩を掴んでゆすった。怒りを通り過ぎて焦っていた気がする。


「だ、駄目だよサクラちゃん、今すぐ帰ろう! お姉ちゃん、家まで送ってあげるから!」


 サクラは「えぇ……」と駄々をこねる。だけど、それでもスフィアはサクラを立たせて背中を押した……さすがにちょっと性急過ぎるんじゃないだろうか?


「別に少しくらいいいんじゃないか?」


 だからグリムは、頭をかばいつつ言葉を差し込んだ。確かにサクラが無断で家を飛び出してきたなら、そのケサラという人物は心配するだろう。だが、夜ならともかく、今は朝早くだ。朝ごはんを食べた後なら子供ははしゃぎまわる時間でもある……そんなに深刻になる時間帯ではないはずだ。

 もちろん親しい間柄ならアトリエにも来る可能性もあるし、グリムのスライム姿を見られないようにしないといけない。長い間は無理だろうが、それでも『すぐに帰れ』と突っぱねるのは些か無礼に当たる気がした。

 だけど、スフィアは精一杯に首を横に振った。


「いけません!! だって、サクラちゃんは……サクラちゃんは!」


 その時だった……グリムの視界の中で小さな肩がスフィアの掌から離れていく。

 同時にグリムはその先で、コツン、と響く音を聞いた……それはかわいらしい音ではあったが、唐突に違和感を与える音でもあった。

 そう、視線を向けてみれば先ほどまではしゃいでいたサクラが地面に倒れている。それは小さな肩が地面につくにはあまりにも軽すぎる音だった。全てが唐突で、不自然で……それに加えて、急に息が荒く、呼吸が乱れている。

 スフィアは言う。


「サクラちゃんは病気を患っているんです!!」


 その言葉はグリムに不意打ちを食らわせるかの如く降りかかった。



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