第一章 1 学問都市
国境を超え、防壁をくぐった先は、聖王都とは別次元の空間だった。
「すごいすごいすごい‼」
スフィアのはしゃぐ声が響いた。
目の前には四角い建物……ビルと呼ばれる建物がそびえ立ち、道路は平らに固められている。石畳のような継ぎ目がなく、躓く要素が何もない。その上を人が行き交い、目まぐるしく状況が変わっていく。
「ここが学問都市ヘイスリーグ。聖王都から逃れてきた者たちが作り上げた街」
そこは学問を至上とする都市……そのあまりにも違う光景にグリムはただ唖然と立ちすくんでいた。
☆
時は遡り、《聖王都フィルガルド》の騒動から数日後。新たに山賊の少女を仲間につけたグリムは《学問都市ヘイスリーグ》まで、あと少しのところまでたどり着いていた。
「まさか一週間を経たずして、ここまで短縮できるとは……」
通常、聖王都フィルガルドから学問都市へイスリーグまでの経路は《フィール平原》を経由して十日ほどかかる。その間には山脈が連なっており、険しい山道を避けるために、《フィール平原》を経由する必要があったからだ。
それはグリムたちも例外ではなく、ナーテルから『入出国許可証』を頂いたこともあり、最初は関所だけを別ルートで超えるつもりだったのだが、シータがその意見に口を挟んだ。
――「それも悪くわねぇが、今回はうちに任せてくれないか?」
実際、シータの案内は最高品質だった。山賊というだけあって山道には慣れており、比較的緩やかな道を歩けた。山賊の魔力特性による探知でモンスターとの遭遇率も低く、持ってきた携帯食料も山の恵みを利用したおかげで消耗が少ない。結果、軽装のまま山脈を横断し、人通りも少ないおかげでグリムもスフィアのポシェットから出てこれた。
――え、なにこの快適さ。
加えて、日が暮れれば、木々の合間にて野営。スフィアが器用に竈や鍋を錬成し、シータが山賊仕込みの山菜スープを調理する。グリムの手は一切必要ない徹底さ。
――スライムだから手がないというのはさておき、このままではまずい。ただのお荷物になってしまう……。
せめて騎士学校の訓練仕込みの焚火を、とグリムは一生懸命に薪割りから荷運びまで奔走したが、できないまま息切れを起こしてしまった。口で一つずつ咥えて運んでいたら、そうなるのは当たり前である……くっ、不甲斐ない。
結局、残りはお皿を用意し終えたスフィアがくみ上げ、グリムは大人しくスフィアの隣で筋トレをしていた。腹筋しかできないのが悔しさに拍車をかけたのは言うまでもない。
こうして、グリムだけ居心地の悪さを感じる日々が数日続き、《学問都市ヘイスリーグ》まであと少しのところでまでたどり着いたというわけだ。
そしてその夜も、シータが自作の料理を運んできて配る。
「今日はきのこのスープか……きのこは見分けがつかないと自滅する食べ物だからな気をつけないと」
そう言いながら配られたスープを一口……こ、これは!!
「……山菜と隠し味のきのこの旨味が重なり、歯ごたえと満足感が味わえる一品となっている」
皿を傾け、さらに一口。きちんと胡椒で下味をつける丁寧さ、優しく包み込む舌触り……この味を一言で言うなら。
「うん、うまい!」
「スライムの兄ちゃんは静かに食べれないのか?」
こうして各々が食事と向き合い、夜も更け、木々の合間から夜行性の鳥が鳴き始める頃、シータは未だにスープを一口頬張りながら呟いた。
「さてと、一息入れたところで事前に学問都市ヘイスリーグの情報でも共有しておくか」
その傍らで先ほどグリムを軽く罵っておきながら「さすが、最高の出来」と自画自賛に余念がない声を聞こえたのは、気のせいだろうか………実際、うまかったから別に良いのだが。
しかし、
「共有といってもな」
グリムは渋い顔をしながら、食べ終わったスープの皿を地面に置いた。スフィアは聖王都から出たこともなく、グリムもこれから遠征に出るという直前でスライムになった……二人とも最低限の常識は知っているが、実用的な情報は何一つ持っていない。
「前回の遠征時も聖王都とは仲が悪いせいか、さっさと用件だけ済まされて追い出されていたらしいし……」
「まったく、そんな事だろうと思ったぜ」
そういうとまた一口パクリ……スプーンを咥えたまま手を放し、懐から鈴を取り出して鳴らした。すると、ちょうど上空を飛んでいた小型の鳥が地面に降りてきて、シータの足にすり寄ってくる。上手にスープをすくうスフィアが興味を持って声を発した。
「鳥を引き寄せるアイテムですか?」
「ああ、『渡り鳥の鈴』っていうアイテムだ。山賊が連絡のやり取りに使っているんだ」
つまり、準備不足な自分たちの代わりに山賊の仲間たちを先行させて準備をさせていたということか……グリムは舞い降りる鳥を見つめて、その足に取り付けられた小さい筒に気づいた。シータはその筒から情報の詰まった紙を取り出して、再び夜空へ飛び立たせる。
「へぇ、便利なものだな」
聖王都でも早馬を送ったりするが、どうしても時間がかかる。最低限の情報をこうして更新することができれば、すぐにでも各地の状況を把握することができる。人間に戻ったらナーテル様に進言してみるか。
それはさておき、スープを置き、紙を開いて読んだシータは顔をしかめた。
「なるほど……学問都市も様変わりしたみたいだな」
シータは紙をくしゃくしゃに丸めて焚火にくべる。くべられた紙は轟々と燃え、ぱちぱちと火花が散った。
「何かあったのか?」
ああ……シータは曖昧に返事をしながらも、しばらくグリムを見つめた後に意を決した。
「悪いことは言わない。学問都市についても人前には出ないようにしろよ」
「もちろんそうするが……」
訝しむようにのぞき込むグリムに、シータは口走る。
「どうやら最近、学問都市にもモンスターの姿が見られるようになったらしい」
「はっ!?」
同時にグリムとスフィアは叫んだ。一瞬、モンスターを呼び寄せてしまったかと思い、周囲を警戒したが、周りは今も鳥の鳴き声が聞こえている。シータも動かないし、大丈夫みたいだ……いや、いやいや、それどころではない。
「それって都市内にモンスターがいるってことですか⁉」
スフィアも目を丸くして代弁するかのように声を張り上げた。それぞれ詰め寄ってくるグリムとスフィアに、シータは「落ち着け」と一言添える。
「まだはっきりとしたことはわかってないんだ。ただ、夜な夜な街中から異様な唸り声が聞こえてくるらしい」
え、ま、まさか……急にスフィアの身体が硬直する。鳥肌が立ったかのようにぶるぶる震えあがった……もしかして幽霊か何かだと勘違いしているか。というか、怖いのか?
それを察したのか、シータがにやにやした顔で手を前に。次第に縮こまっていくスフィアを怖がらせようと音もなく忍び寄って、一気に両手を上げる。
「足音がしないのにそろーり、そろり。気が付くと後ろから……キェェェェェぇえええ‼‼」
「いやぁぁぁぁっぁぁああ‼‼」
「おい、話の腰を折るな」
耳を押えて叫ぶスフィアとは裏腹に、グリムは白けた表情で突っ込んだ。今は真面目な話をしているものだと思ってたが、ただの冗談か?
すると、「わりぃ、わりぃ、いじりたくなっちまって」とシータはあか抜けた表情で一歩下がった。スフィアも涙目になりながらも反省したように項垂れる。
「ま、怪談はここまでにして……本気で何かが起きているのは事実だ」
どうやら先行させていた仲間の山賊がモンスターに似た魔力の波を探知したらしい。原因を追究しているところだが、そもそも潜れる場所が見つからず、難航しているという知らせだった。
「今でこそ怪談話で落ち着いているようだが、『モンスターの姿を見た』って怯えあがっている奴もいる。曰く、怪しい人影も見たとな」
「怪しい人影……」
それを聞いて聖王都で起きたことを思い出した。聖王都第三王子ナーテルを襲った事件……その騒動にも怪しい人影がちらついていた。同一人物ではないにしろ、連想するのは致し方ないだろう。
なにより、
――眷属化……。
この場にいる誰もが口にはしなかったが、脳裏をよぎったのは言うまでもない。王城の上空で暴れたモンスター……眷属は聖王都にいた者全てに強烈な印象を与えた。
それは国民も同じで、王室が必死に鎮静化を図ったおかげで落ち着きを取り戻したが、国民の一部には聖王都が祀っている五つの竜に因んで騒ぎ出す者もいたとか。
――「終わりだ。世界が、星が怒り狂っている」
これは余談だが、その後、フローラ家の不祥事もあり、聖王都では王家による求心力が増したらしい。もちろん情報はシータの耳にも入ってきており、頭を悩ます原因となっている。
「本当に大丈夫でしょうか……」
世界がおかしくなっていく……それを知ってか知らずか、スフィアが心配そうに顔を伏せた。モンスターと騒動が結びついてくる。グリムも目じりを上げながら後ろを向いた。
少しばかりの沈黙。しかし、シータがスープを一気に掻き入れると、気を取り直して声を発した。
「ま、それについては何を言ったところで仕方ない。それよりも、まずはうちらのことだ」
わざわざ自ら渦中に飛び込むことはない。それにグリムたちのやるべきことは、後にも先にもスライムの身体を人間に戻すこと……そのために必要なのは情報を集める事だ。
「学問都市についたら、うちは一旦、離れるぜ。裏ルートで情報がないか探ってみるつもりだ。スライムの兄ちゃんたちはどうする?」
裏ルートという不穏な言葉にも引っかかったが、聞かなかったことにしよう。
それよりもシータの問に答えられず、グリムはため息を吐いた。
「結局、そこなんだよな……調べようにも何があるかわからない」
こうなったら、シータについていくか。だけど、スフィアが恐る恐る手を上げて提案する。
「あの、だったら一つ行きたい場所があるのですが」
「行きたい場所?」
グリムは首を傾げた。すると、シータが呆れたように肩をすくめる。
「おいおい、スフィアの姉ちゃんは錬金術士で『学問都市』で『行きたいところ』といえばわかっているだろ」
学問都市は聖王都から逃げてきた錬金術士が集まる場所だが、それだけでは発展はしない。世界中の知識が必要で、錬金術士なら尚更かかせない。
だが、世界中の知識を集めるには、いろんな国の者を入れなければならない。しかし、いろんな国の者を入れれば、いらぬ価値観や争い、反感を招く。
そこで錬金術士たちは考えた……『ならば、御しやすい子供を受け入れればいい』と。
そこまで思考が追いついてきてグリムは「はっ」と気づいた。
「ま、まさか」
視線を向けると、スフィアは首を縦に振る。そう、スフィアの行きたいところとは学問都市の象徴であり、来るもの拒まずの教育研究機関。
その名も、
「フローライト学術総合学園」
目指すは世界各地の異業種、天才が集まる錬金術士の園……謙虚な顔して大胆な事を言うスフィアにグリムはただ冷や汗を流すしかなかった。
やっぱり今回から一つずつサブタイトルつけようと思います。




