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錬金術士の私とスライムの聖騎士  作者: 暇したい猫(桜)
第一幕 錬金術士の私とスライムの聖騎士
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第一章 3


 こうして、グリムは誤解が解けてやっとのことで自分の事……自分が聖騎士であることを説明した。逆に少女も自分が錬金術士であること、この《聖鐘の町リンド》でアトリエを経営している事を自己紹介交じりに答えてくれた。

 そして現在、少女の手によって救い上げられたグリムは三日程少女のアトリエに住まわせてもらっている。アトリエの片隅……東向きの窓際にぽつんと置かれたテーブルにグリムは乗せられ、太陽の陽を浴びながら少女は鍋を掻きまわす。そう、今グリムは少女と朝食をとっていた。


「それにしてもあの時はびっくりしました。聖王都聖騎士団《スレイグ》といえば、兵士の中でも魔力の才能がある人しか入れない聖王都で一番のエリート集団……それがこんな田舎に来るなんて」


 すると少女は懐かしむように呟く。自身でも三日前の事を思い出していたようだ。だが、あまり懐かしがられても困る。それというのも、


「で、その錬成失敗の効力(、、、、、、、)というのはいつまで続くんだ?」


 グリムは少し腹を立てながら少女を睨んだ。どうやら話を聞いてみる限り、自分は三日前とある錬成(、、、、、)の最中に転がり込んだため……それも失敗直後に玄関の扉を叩いたため被害を受けたようなのだ。

 とその時、グリムの腹の虫が鳴る……スライムでも腹は減るらしい。


「スープのおかわりはいりますか?」

「……もらおう」


 途端にグリムは身体全体を使って皿を押した……すると、少女はにっこりと笑う。その笑顔が頭に当てられた花の髪飾りと合っていて儚い美しさをはらんでいた。

 いや、さすがにもう『少女』と呼ぶのは失礼だろう。グリムはその少女の名を知っているのだから。

 そう、少女の名は、スフィア。その小さい身体でこの工房(アトリエ)を営むれっきとした錬金術士なのだ。


 ――錬金術士か……。


 グリムはスフィアから目線を逸らして、少しばかり考え込んだ。

 率直に言えば、油断ができないのだ。グリムの知る限り、錬金術士といえば得体のしれないアイテムを王やそれを取り巻く貴族に売りつけ、取り入る者たちのことを指していた。そうして富を得て、錬金術士はまた自分たちの研究に没頭するのだ。


 ――もしかして自分も狙われるかもしれない。


 ふと、グリムの脳裏に疑惑がよぎる。たとえ偶然だったとしても、人間に戻された途端に金を請求されるかもしれない。

 その時、差し出された皿が返ってくる。スフィアは尚も微笑みを崩さない。だが、もしかしたら自分は騙されているのかもしれない。故意ではなかったというのも嘘なのかも……。

 だが、グリムは首を横に振った。疑いだしたらきりがない……そもそもこのままスライムでいるわけにもいかないのだ。今はスフィアに頼るしかない。

 最悪、人間に戻れば脅されても追い返せるし、今はこのまま様子を見よう。そう思い、グリムはテーブルの上からその皿を器用に口でくわえて持ち上げた。

 さすがに三日もスライムの姿になれば慣れるというもの……どうやらスライムは手がない代わりに口で物を操作できるらしい。吸着性があるので、物が滑り落ちることはないし、もともと鍛えていたこともあって皿のような自分より一回り大きく重い物でも持ち上げることにそう時間はかからなかった。さながら曲芸師のようだ。

 そうしてくわえた皿から、スフィアが鍋から注いだ熱いスープが口へと流れていく……ふむ、今日はコーンスープか。

 なかなか舌を楽しませてくれる触感に、グリムは満足する。うん、少し疑いすぎたかな。

 その時だった。


「どうですか、錬成で作ったスープの味は?」


 一気に気分を台無しにする言葉が放たれ、グリムは勢いよく吹きこぼし、せき込みながら皿を落とす。

 な、なんとか身長が低いおかげで皿を割らずに済ませたが、それでも心臓に悪い……といいますか、


「なぜ、錬成で料理を作った!?」

「大丈夫です!! なぜか(、、、)料理の錬成はうまくいきますから!!」

「そういう問題ではない!!」


 なぜか自信満々に公言するスフィアに、グリムは息も止まらぬ速度で愚痴を言う。そして、すぐさま膝を折った。

 ふ、普通、錬成の失敗で事故にあった人間に、同じ錬成で作った得体の知れないものを飲ませるだろうか? トラウマになっているかもしれない、とか考えないのだろうか……うぅ、この子の思考が読めない。


「ま、まさかこのスライムの姿も『料理を作ってて失敗した』なんて言わないだろうな」


 グリムは疑惑の目線でじっとスフィアを眺めた。途端にスフィアは「ち、違います……」と視線を外しながら身振り手振りで否定した。

 だが、それでもスフィアは大事な本命……錬成失敗に陥ったとある錬成については何も答えない。


 ――……。まぁ、この際どうでもいいか。


 所詮は他人同士、お互い理解しているわけでもなし。全てを預けられるわけでもない。何より錬金術士はレシピなど錬成方法に関しては秘密主義なのが多い。話してくれる方がまれだった。

 そして、グリムはそれでも良いと感じていた……グリムもスライムの身体が治ったらすぐに出ていくつもりだったのだから。あまり長く居ては余計な情を招いてしまう。情は邪魔になるだけで、捨て去った方がいい。

 どちらにしてもスフィアは黙ったまま塞ぎ込んでいた。グリムはスフィアにとって信用されていないという証だろう……。

 そんな冷え切った中でスフィアはグリムの愚痴を真に受けてがっくり肩を落として始めた。


「申し訳ありません。私がもっと勉強していればよかったんですぅ」


 しまった、少し言い過ぎたか……グリムはばつの悪い表情をした。実はグリムは実は女性というものがあまり好きではないのである。

 特にスフィアのような手合いは苦手中の苦手だ。騎士として時にきつい言葉を告げるグリムにとって、すぐに落ち込む少女というのは扱いに困るのである……これではまるで自分が悪いようではないか、と。

 だがそうじゃなくても、愚痴を言えば怒る、かまわなければすねる、手柄をあげないと機嫌を悪くする、など女の都合のいい部分は苦手で――。


「それではお皿片づけますね」


 加えて立ち直りが早いところが一番腹が立った。

 すぐさまガチャガチャと食器が鳴り始め、スフィアが慌ただしく台所へと持っていく。


 ――ガチャガチャ、ジャー、ガチャガチャガチャ、ジャー、ガチャガチャガチャガチャ……。


「喝――――――――――ッ!!!!」


 ああ、もうだめだ……耳障りな音にグリムの沸点は急上昇し、頭を掻き毟る代わりに喚き声を上げた。

 そうして慌ただしく作業をしているスフィアが、びくっ、と肩を震わせて驚いた。そんなスフィアを呼んで地面に正座させると、グリムは深いため息を吐いて諭すように口を開く。


「……スフィアどの、自分が来てから今日で何日が経った?」


 一方、スフィアはとぼけた表情だ。自分がなぜ呼ばれたのか、なぜ正座させられているのかわかっていないようだった。彼女からしたら言われたから座っているようなものだろう……それもどこか楽し気に「三日ですね」と答える。


「そう、三日だ……三日も経ったのです!」


 そして、念押しするようにグリムは肯定すると、机を叩く代わりに激怒の意を持ってテーブルの上で地団太を踏んだ……それも結局はかわいらしくじたばたしているようにしか見えなかったのだが。

 しかし、それでもグリムは声を高らかに説教を口ずさむ。


「な・の・に、なぜまだ自分はまだスライムの姿なのですか!?」


 指先の代わりに鋭い視線を突きつけ、グリムはスフィアの膝に跳び降りた。と同時にすぐさまくるりと回って背中を見せた……これでもう女性の顔を見て一喜一憂する必要もない。なんと完璧な作戦!

 そしてゴホンとわざとらしくせき込むと、グリムはその小さな口を開く。


「いいですか……この際スライムになったことは仕方のないこととして聞きません。ですが、スフィアどのはせめて問題解決に向けての努力をすべきではないのですか!?」

「努力……ですか?」

「そう、言い換えれば誠意です」


 グリムは首を縦に振った。

 そう、スライムになったことは何の唐突もなく突然入ってきたグリムにも責はある。だから三日までは何も言わずに我慢してきた。

 しかし、さすがに堪忍袋の緒が切れた。何よりここ三日、スフィアは料理以外の錬成らしき錬成を一切していない(、、、、、、、)のだ……これを怠惰と言わず、何と言う!


「それに自分は聖騎士……遠征を放棄していつまでもここに定住するわけにはいかないのです」

 

 そう、優先されるのは勅命だ。それが人々の平和を守ることにもつながる……グリムはそう信じていた。聖騎士の誇りに変えても達成しなければならない……早く各地を回って情勢を確認せねばならない。


「なるほど……つまり、また視察をしに来たわけですね」

「そう、だから一刻も早く治していただきたい……って、本を読んでるし!?」


 そんな大事な話を聞かせたつもりだったのに、振り返ればスフィアの手元には本が開かれており、その小さな頭を縦に振って「ふむふむ」と頷いていた。完全にグリムの話など上の空で聞いていなかったのである。

 さすがにこれはグリムでも青筋の一つや二つ、表面に出てもおかしくはなかった。


「スライムアタッーク!!!!」


 パンチの代わりにとっさに跳躍し、開いていた本ごとスフィアの顔面に叩きつける。すると、スフィアは悲痛な叫びをあげながら紙の中に顔を埋めた。

 そうして、グリムがスフィアの膝に降り立った後、スフィアは赤くなった鼻を擦り、本を引きはがす。


「あぅ……何をするんですか、スライムさん」

「それはこちらのセリフだ。人が話をしているのにその態度は何だ!? 本当に申し訳ないという気があるのですか!? あと『スライムさん』ではなく『グリム』だと何度言えば」

「だからこうして探しているんじゃないですか……スライム(、、、、)さん」

「……」


 はぁ……グリムはそれは深いため息を吐いた。どうやらまずスフィアは話を聞かない子ということを念頭に置かなければならないらしい。せっかく規律正しく『どの』と敬意を払ったのに、これでは無意味だ……もういいや、普通にスフィアと呼ぼう。

 しかし、がっくり肩を落とすグリムは気持ちを切り替えて、情報を整理する。スフィアは『こうして探している』と言った……つまりはここに解決策があるということだ。

 だが、周りを見渡してもあるのは本の塔……つまりは何冊もの本が幾重にも積み重なっている。それだけだ。


「この無駄に多いゴミのような本に何かあるのか?」

「ゴミ……ゴミとは失礼な!!」


 すると今度はスフィアが怒鳴り声をあげた。グリムが膝に乗っているにも拘らず、とっさに起き上がると両手を広げて抱くようにアトリエの本たちを愛おしくみつめた。


「ここにはおばあちゃんが街から買い占めた何千冊という知識があります。それに加え、おばあちゃんが残してくれた研究資料……すなわち、『レシピ』があるのですよ!!!!」


 なにやら『街から買い占めた』という不穏な言葉を耳にしたが、聞かなかったことにしておこう。

 それよりも、熱い。グリムは勢いよく膝から落ちてころころと床に転がっていたわけだが、次の瞬間スフィアに両手でがっしりと掴まれて持ち上げられた。途端に気迫という熱が伝わってくる。

 あ、熱い。そして、目が血走ってる……本気で怒っている。


「前言撤回を!!」

「え……?」

「――撤回を!!!!」

「は、はい……ごめんなさい」


 勢いに気圧されてつい謝ってしまった。途端にスフィアは「わかればいいんです」と頷いてにっこり笑う。さすが錬金術士……知識に関しては異様なプライドを持っている。ちょっと引いてしまった。

 と、今は『レシピ』だ。グリムは頭を振って気持ちを入れ替える。レシピ……確か騎士学校で聞いたことがある。錬金術士が記すアイテムの生成方法だったか。

 前にも言った通りだが、錬金術士の作る魔力の宿った道具『アイテム』を作る。だが、その幅は広い。爆弾から薬まで……錬金術士でも『専門』があるほど様々な物を作れる。もちろん錬金術士がその全てを記憶できるはずもなく、必然として錬金術士はレシピを作り、アトリエに隠すのである。

 だからこそ錬金術士の拠点であるアトリエは彼らにとって命の次に大切なところ……金庫であった。つまりは、


「スライムの身体を治す方法があるというのか!?」


 グリムは閃くかのように叫んだ。スフィアは首を縦に振る。


「はい。おそらく今のスライムさんの症状は、体内に別の魔力が混在してしまったせいだと思われます」


 そうして、スフィアはグリムを積み重ねた本の塔の上に乗せると、そのさらに奥から手探りで一冊の本を取り出した。題名は『体内と魔力循環の関係性について』。人体学の本だ。その一ページを開くと、スフィアは確認するかのごとく初歩の初歩を語り始める。


「この世界ステラは『魔力』という流体エネルギーがあるのを、スライムさんも知っていますよね?」


 グリムは頷いた。これは騎士学校でも基礎として勉強した項目だ。ステラには星の核があり、そこから血流のように魔力が循環しているのだと。それを受けて初代フィルガルド王が『星は生きている』と後世に言葉を残したのは有名な話だ。

 そして、その流体エネルギー……もとい魔力は時々血流に反して湧き出してしまうことがある。そのわずかな魔力が乾いた大地に宿り、緑で覆うきっかけになった。これが八百年前――世界の始まり(、、、、、、)だと言われている。

 スフィアもその見解に語弊はないと同意した。


「だけどそれだけではなくて、ある時を境に、大地を覆いつくした魔力は大地だけではなく物質にも宿り始めた。それがいつかはまだ解明されていないのですが、生物や無機物に宿れば『モンスター』か『素材』に、人間は『力』として顕現する事は確認されています。この時、人間に宿った魔力は感受性が高かったせいか体内を循環するのです。そして、魔力にある六つの特性のうち、どれかが表に現れる」


 なるほど……グリムは自ら推考し、納得する。

 さすがにもう説明されなくてもわかる。《ステラ》の魔力が人体に様々な影響をもたらすという事は、逆に宿っている魔力に影響があれば、人体にも反映されるということだろう。

 特にグリムは聖騎士だ……その身体能力を上げる『集中』という特性は、体内と深く関係している以上、魔力の変化が体面に現れてもおかしくはなかった。

 そうして、スフィアはスイッチが入ったかのように本を閉じた。気持ちを切り替えて、深く考え込む。すると、グリムに質問を投げかける。


「三日前、私は錬成に失敗しました……スライムさんはその様子をよく覚えていますか?」

「え? あー……確か玄関の扉を叩いて、それから」


 釜から光が爆散した。

 覚えている。それからはその光に包まれて、身体を遊び道具のようにいじられた。まるで意識も何もかも、光に取り込まれる(、、、、、、、、)ような感覚に身体を引き裂かれる想いをした。

 グリムはそのことを包み隠さず話すと、スフィアは再度頷いた。どうやら自身の仮説に確証を持ったらしい。そして、スフィアは告げる。


「間違いありません。それは私の魔力です」

「スフィアの……魔力?」


 グリムはオウム返しのごとく聞き返した。だが、すぐさまその意味に気づいて顔を上げる。


「そうです、私の……錬金術士の使う魔力は『放出』。自由に取り出せる(、、、、、、、、)魔力の特性です」


 グリムは息をのんだ。そうだ、思い出した……確か、錬金術士の使う錬成は、自身の魔力を取り出して練り込み、アイテムを生成する。

 という事はつまり、


「あの時、錬金術士の(、、、、、)魔力が入り込んだ(、、、、、、、、)ってことか!?」


 ――そのせいで錬成が起きたと!!


「さすが、呑み込みが速いですね」

「って、そんな悠長な場合か!? 要は事故とはいえ、人体を使って(、、、、、、)実験させられた(、、、、、、、、)ということじゃないか!!」


 感心したように拍手を送るスフィアに、グリムはいきり立つ。

 元に戻るのか、一度錬成されたものは戻るのか。聞きたいことは山ほどある。自分は聖騎士に戻れるのか。もともとあった魔力はどうなるのか。それに……それに……。

 そう、グリムの頭の中はもうぐちゃぐちゃにかき乱されていた。もしかしたら戻れないかもしれない……そんな不安がグリムの精神を蝕む。

 すると、スフィアもさすがに暢気すぎたと思ったのか、慌てて身振り手振りで「大丈夫です!」と答えた。


「要は錬金術士の魔力を取り除けばいいんです!! この本に『人体に宿る魔力特性は一つだけ』って表記されています。つまりはアイテムで取り除ければ錬金術士の魔力特性は収まるはずです。そうすれば」

「身体も元に戻る!!」


 スフィアは首を縦に振った……つまり、今はスフィアの出した錬金術士の魔力が悪さをしているだけで、きちんと処置をすれば元に戻ると。

 途端にグリムはほっと安堵の息をついた。それはスフィアも同じで顔をほころばすと、周りを見回して自身が本を読んでいた理由を話す。


「……実は別の魔力が入り込んだという事例は前にもあったんです。それで一度だけ高熱を出した人が来て、その時おばあちゃんが治した薬があるはずなのです。その時のレシピがあれば薬も作れるはず」


 ――なんだきちんと考えていたんじゃないか!!


 やはりスフィアもれっきとした錬金術士というだけはある……途端にグリムは一気に気分を昂らせた。グリムの答えとスフィアの答えが一致し、一気に元に戻る道が開けて、グリムは期待を膨らませた。

 そのせいか、グリムはスフィアが少し心苦しい表情をしていたことに気づかなかった。


「だから……もう失敗しないようにしなきゃ」

「そうだな! よろしく頼む」

「え?」

「ん?」


 同時に二人して呆けた。

 グリムは「何だ、レシピの事を言っていたのではないのか」と問うと、スフィアは困ったように顔を逸らした。そのまま、ニコニコ顔に戻って「あはは……」と笑ってごまかす。

 その様子に、グリムはしこりのような不快感を覚えたのだが、今は我が身可愛さのあまり、不思議に思わず声をかける。


「で、そのレシピはどこにあるんだ!?」


 それさえあればグリムはまた元通りの聖騎士に戻れるとわかったのだ。だから一刻も早く戻りたかった。


「わかりません!!」


 だが、スフィアの言葉で、一瞬にしてグリムの希望は砕けて、アトリエの中に冷たい風が吹き、誰もが押し黙る……そろそろ玄関の穴も塞いだ方がいいかもしれない。


 ――……ではなくて!!!!


「なぜそこがわからん!?」


 グリムはプルプル震えながら吠えた……元の姿に近づいたかと期待させておいて、また通り過ぎてしまったではないか。

 すると、スフィアは部屋を見渡して申し訳なさそうに頭を下げる。


「えっと、この通り私、整理整頓だけは駄目でなんです……」

「あぁ……なるほど……」


 この部屋の荒れようはやっぱりスフィアのせいか……不覚にもグリムはそう言わざるを得なかった。だけど、まぁいい。戻れる方法が見つかっただけでも上々だ。

 グリムは溜息を吐いて地面に降りる。そうして手近にある本を頭で掬い上げると器用に開いて読み始めた。

 途端にスフィアは首を傾げる。グリムはそんな彼女に目を反らしながら呟いた。


「別にスフィアのためではない。自分の身ぐらいきちんとせずには聖騎士の名が廃る。だから、仕方なく……仕方なくだが手伝おう」

「スライムさん……!!」


 と、その瞬間、突如としてスフィアが涙ぐんでグリムを持ち上げた。そして、思いっきり抱きしめる。ついでに頬をすり寄せられ、グリムは慌ててじたばたする。


「ありがとうございますぅ……スライムさんは優しいです」

「や、やめろ!! 抱きしめるな!! 自分が男ってことを忘れているだろう!!」

「大丈夫です! 今はスライムさんですから」


 な、なぜそうなる!! やはりスフィアは思考が読めない。それに、逃げ出そうにもいかんせん胸が当たって身動きがしにくかった。


「……ついでに整理整頓もしてくれませんか?」

「しません!!」


 もう、女という生物はわけがわからない……そう思ったその時だった。


「スフィアお姉ちゃんいるぅ――――!!!!」


 まるで助け船が出るように、もしくは新たな災難が降ってくるかのごとく、女の子の声が穴の開いた玄関から響いたのだった。



5/1 一文追加(せっかく規律正しく『どの』と敬意を払ったのに、これでは無意味だ……もういいや、普通にスフィアと呼ぼう。)

  会話文修正(「要は錬金術士の魔力を取り除けばいいんです!! この本に『人体に宿る魔力特性は一つだけ』って表記されています。つまりはアイテムで取り除ければ錬金術士の魔力特性は収まるはずです。そうすれば」)(「……実は別の魔力が入り込んだという事例は前にもあったんです。それで一度だけ高熱を出した人が来て、その時おばあちゃんが治した薬があるはずなのです。その時のレシピがあれば薬も作れるはず)

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