第三章 5
応接間はいわゆる王室の入り口と言われる場所だ。
応接間の奥は王室と呼ばれ、王族との謁見は、ほんの一握りの者にしかできない。それこそ『十二刻の会議』に出席する貴族以外は、自由に通ることができないのだ。
故に政権に関わる用件は、この応接間にて済ませられるようにできている。
その扉を叩き、ウェルスが一歩踏み入る。すると、ウェルスの喉元に剣が添えられた。「ひっ」とウェルスが喉を鳴らす。 応接室は上質な絨毯が敷かれ、花が飾られている。内外に向けた部屋なので当たり前と言えばそうだ。
けれど、視線を向ければ扉の前に立っていた兵士が、こちらに睨みをきかせていた。反対側の扉に控えていた兵士も武器を構え、その後ろで正装に袖を通した城遣いが、礼儀正しく頭を下げる……あくまで形式的なものだったが。
「失礼。この先は王のいる間……加えて、この緊急事態に不作法に足を踏み入れる愚か者は誰かと思いまして」
城遣いが鋭い眼光を向けた。やはりただで通してくれるわけにはいかないか……グリムは鞄の中から、ウェルスに目配せした。それを察して、ウェルスが口を開く。
「騎士学校、警備隊配属、ウェルス・アシュラ。警備隊の代わりに緊急の書簡をお持ちしました!」
なに……兵士と城遣いが首を傾げた。
これがグリムの考えた作戦だ。ウェルスは首筋の冷たい感触に喉を鳴らしながら慎重に丸めた書簡を取り出して、しゅるしゅる、と伸ばした。
書簡には『城内下層にて山賊が出没。抗戦に突入。すぐさま増援を求む』と書かれていた。
もちろん、これはグリムが書いた嘘である。憲兵室から紙とインクを拝借して、それっぽく書いただけのものだ。
――まさか騎士学校で習ったことが、役に立つとは。
グリムは少し罪悪感を抱えながらも状況を見守る。
よくみれば文面は端的で、詳しい状況は書かれていないのだが、それをおざなりにしてしまうのが『緊急』という言葉の魔法である。
「現在、憲兵室手前にて抗戦中。王室近衛兵以外は、すぐさま鎮圧に参戦すべし、とのことです!」
すると、ウェルスの首筋に添えられた剣が鞘に収まり、兵士がウェルスに向けて決まった敬礼をする。ウェルスは慌てて返礼し、飛びだしていった兵士を唖然とした表情で見送った。
反対側にいた兵士も追随し、応接室には城遣いだけになる。こんなにも上手くいくものなのか……ウェルスはあんぐりと口を開けて呆けた。
その気持ちはよくわかる。グリムもまたここまで素直に動くとは思わなかった。ただ少しでも隙ができれば、気絶させて通ろうとしていた。だから、逆にこの状況はやりにくい。
「先ほどは失礼しました。お勤め感謝いたします。書簡はこちらでお預かりしますので、あなたもどうか加勢に参られてください」
どうもグリムは聖騎士という立ち位置にいたせいか、無抵抗の相手を力尽くで押さえるという行為に抵抗がある。城遣いが歩み寄る中、グリムは頭を悩ませた。
実際には押さえつけて、先を急ぐしかないのだが、他に選択肢はないものかと決めあぐねる。
――このまま事情を話すか……いや、あり得ない。そもそも扉を守る兵士が簡単に持ち場を離れるなど……。
瞬間、山賊の隠れ蓑でシータが刺されている光景が脳裏をよぎった。グリムははっとして、大きな鞄から飛びだし、ウェルスの前に出た。
ちょうどウェルスが書簡を渡そうとした時だった。言われるまま手を伸ばす一方で、城遣いは聞き手と反対側の手を後ろに回す。
そして、受け渡しが行われる直前に、兵士から預かったのか、短剣をウェルスに突き立てようとする。
「させるかぁぁぁ」
グリムはその顔面に魔力を集中して立ち塞がった。その額に短剣が当たる。けれど、短剣はグリムの魔力に阻まれ、吹き飛んで、城遣いの肩に突き刺さった。
ウェルスはその間、わけもわからず立ち尽くしていたが、正気に戻ると慌てて声をかける。
「おい、隙を突くんじゃ……」
だが、その声も途切れてしまう。
静かだった。わめき声も泣き声もしない……あって当然のものがなかった。
振り返れば、城遣いは肩に短剣が突き刺さったまま、微笑んでいた。
「どウかしましたか? どこか具合デモ悪く……ゥ……」
「ひゃぁあああっ!?」
ウェルスが幽霊を見るかのように悲鳴を上げる。と同時に、城遣いが突き刺さった短剣を引き抜いて、振りかぶった。その横腹をグリムは体当たりで突き飛ばす。
「何をしている!? 走れ!!」
グリムの言葉でウェルスは目を覚まして立ち上がった。グリムを拾って、向かい側の扉に飛びつく。
向かい側の扉を開け放てば、そこは上層へ繋がる広間になっていた。そこは、それぞれの執務室に繋がる連絡網の要……絨毯と間接照明以外は質素な造りになっている。そして、その中央には聖王都の象徴、五つの竜が施された碑石が飾られていた。
――あれ?
その碑石を見て、グリムは一瞬、首を傾げる。
きっと普段では気にもとめなかっただろう。だが、似たようなものを山賊の隠れ蓑で見たからか……微妙な違和感を覚えた。
というのも、五つの竜に守られているのは、王ではなく姫の方。そして、王は竜と戦っている。そう、隠れ蓑の壁画とは全く真逆の画だった。まるで『あの頃は間違いだった』と悔いて、埋めたかのように……。
「まさか、ここまで鼠が入り込むとはね」
けれど、思考を遮るかのように声が響く。碑石の上……王族の居住区に繋がる階段の壇上から真っ赤なドレスがなびいた。
ど派手なドレスが絨毯に映える。まるで舞踏会に来たよう……それだけにグリムは、ナーシャの格好を場違いだと認識した。せっかくのドレスも着る相手を間違えている。
「……誰だ?」
ドレス姿の女性にグリムは声をかける。そんなグリムにウェルスは「う、嘘だろ!?」と喚いた。
「ば、バカ!? ナーシャ様だよ。ナーシャ・フローラ……フローラ家の現当主だ!!」
ウェルスの言葉にグリムは目を丸くした。
実際に目にするのは初めてだ……でも、そうか。こいつが、今回の件の主犯であり、スフィアの家族を奪った張本人。
グリムは目を鋭くしてにらみ返した。その眼光を受けて、ナーシャが首を傾げる。
「スライムに睨まれる覚えはないんだけど……というか、なぜスライムが喋れるのかしら?」
そもそもスライムが城内にいる事すら不思議に思っていたようだが、
「まぁ、いいわ。邪魔なのにかわりはないのだもの」
と意に介さないように竪琴を構えた。
――あの竪琴はまさか!?
ポロンと弦を弾く。と同時にグリムは周りを見回した。すると、城の遣いの者たちがぞろぞろと現れる。
それぞれ短剣やらナイフを手に持ち、こちらに敵意を示していた。酷い者ではフォークを逆手に握って、突き刺そうとしてくる。その襲いかかる手を掴んで押し返し、ウェルスが再び「ひぃぃ」と喚いて震え上がった。
「こいつら何なんだよ!? 死んだ魚の目しやがって!!」
「間違いない。全員操られている!!」
「操られ……は、はぁ!?」
ウェルスがわけがわからないと言った様子で、頭を抱えた。ただその間にも、襲ってきた城遣いを突き飛ばし、防戦に徹するあたり、成長していると言わざるを得ない。
「操られているって、ナーシャ様は聖騎士の魔力持ちだぞ!! どういうことだよっと!!」
ウェルスは鞘に収められた剣をそのまま持ち上げ、リーチを生かして、ぶん回している。この使い方では剣というよりメイスのようだが、操られている者を無闇に傷つけない意味では有効的だった。
グリムも負けじと体当たりをかまし、ウェルスの剣から逃れた者を叩く。
「さっきも話しただろ。山賊の隠れ蓑で戦った奴が竪琴でモンスターを操っていた……そいつと同じ物を持っている!」
おそらく先ほど、応接間にいた兵士もまた術中に嵌まっている。
その証拠に、ナーシャが「あら?」と顔を上げ、初めて興味を持った。まじまじと見つめる瞳に光りが灯る。
「あら、あらあらあら、もしかして報告にあった邪魔者ってあなたの事だったのかしら?」
「報告……それじゃ、自称ユミルを語る奴はやはり」
「そう、わたくしが雇った者よ」
聖王都フィルガルドから南東に、世界の様々な商品が集う商業都市がある。ユミルはその商業都市から大枚はたいて引っ張ってきたという。
商業都市は召喚術士が多く生まれる地域だ。そのため、信憑性はあるだろう。だが、ナーシャは不服そうに呟いた。
「でも、注ぎ込んだわりには役に立たなかった。満足に王子を捕らえられないし、憎き山賊の壊滅を命じれば、返り討ちにあう……本当に使えない」
報告を聞いた時はとても信じられなかったわ、と語るナーシャ。しかし、すぐさまその表情は微笑みに満ち、手に持つ竪琴に頬をすりあわせる。そのコロコロと変わる様にグリムは戦々恐々とした。
よく見れば、頬をすりあわせる竪琴には黒々とした宝石が嵌められている……禍々としたそれはユミルの竪琴にはなかった装飾だ。
「ああ、でも、誤解しないで。あなたには感謝しているの……おかげでこのアイテム『セイレーンの音色』が完成したのだから」
アイテム……その言葉にグリムは違和感の正体に気付き、壇上の気配を探る。だが、ナーシャの側にいるはずの姿はどこにもなかった。
「……ユミルに何をした?」
うふふ……グリムの問いに、ナーシャは微笑みだけで返す。
その代わりに黒いアイテム……『セイレーンの音色』の事を懇切丁寧に説明する。
「実はね、アイテム自体はもうできていたの。でも、どうしても召喚術士の魔力特性を覚えさせる必要があった……あとはわかるわよね?」
グリムは全てを察して歯ぎしりする。すると、一人必死に城遣いを牽制するウェルスが口を挟んだ。
「え、なに、どういうこと? わかんないんだけど?」
剣を振り回しながら、間の抜けた事を言うウェルスに、グリムは苦虫を噛みつぶして口にする。
「『結界』と同じだ……コアに魔力特性を覚えさせるためには、魔力特性の宿った血液がいる」
「それって、そいつはもう……」
腰は低いが、勘は鋭いらしい……ウェルスは背筋に寒気を感じて身震いした。
グリムは静かに禍々しい宝石をみつめる。まず間違いなく、あのアイテムにはユミルの血を染みこんでいる。
おそらく『セイレーンの音色』は、染みこませた血で、魔力特性を無理矢理、発動させるアイテムなのだろう。だとしたら、宝石のような核の形をとっているのも頷ける。
そして、決め手はこの広間を埋め尽くすほどの城遣いだ。これほどの人数を『拘束』するには、同じ規模の魔力を出せるユミル本人の血が大量に必要だろう。
「道理で禍々しいはずだ。あながち雇ったのも、最初からこれが目的だったのかもな」
「あら、わかっていただけますの」
肯定するかのようにポロンと竪琴を弾くと、ナーシャは自慢げに語り出す。
「とっても苦労したのよ。相手も生業としているせいか、なかなか隙を見せてくれなくて……でも、あなたが弱らせてくれたおかげで、不意を突くことができた。とても感謝しております。ありがとう」
グリムは眉間に皺を寄せる。スライムに眉間があるかどうかはわからないが、少しも嬉しくない事だけは確かだった。
――『甘いわね。甘甘で安心したわ』
グリムの脳裏にユミルの声が木霊する。
きっと山賊の隠れ蓑での事が原因だろう。あの時、ユミルは山賊たちに加えて、大型のモンスターを『拘束』していた。そのせいでかなりの魔力を消耗して、隙ができていたとしても不思議ではない……ないのだが、
「ユミルはあんたにとっての味方じゃなかったのか?」
グリムはナーシャに訴えかけた。
ユミルはシータ率いる山賊を傷つけた。だから、同情のしようがない。仕方ないとも思う。それでもナーシャはユミルの雇い主だったはずだ。味方だったはずだ。
「なぜ信じて」
「味方じゃないわ」
しかし、ナーシャはグリムの言葉を遮った。まるでグリムの語る理想を、押し付けないでと言わんばかりだった。
「わたくしに味方はいらない。上も下もいらない。いるのは忠実に動く駒だけ」
良く通る声は、苛立ちをも携えていた。その声に確固たる意思を感じて、グリムは一歩退く。ナーシャにはグリムの知らない……計り知れない何かがある。
だが、その想いを知るよりも速く、ナーシャはグリムを拒絶した。
「裏切られるのも、裏切るのも、もう十分。だから今度はわたくしが主権を握るの。もう誰の言うことも聞かない」
それ以降、聞く耳を持たず、ナーシャの指は竪琴を奏でる。
同時に、操られていた城遣いが勢いを増して襲ってきた。
「うわっ!?」
「ウェルス!! くっ」
振り返れば、左右から同時に城遣いが攻めてくる。ウェルスが右側から来た奴を剣で払うが、左側からフォークを掲げて振り下ろしてくる。グリムはその盾になるために、自ら飛び上がった。スライムの身体にフォークが刺さる。
「お、おい、無事か!?」
「ああ……平気だ」
フォークを突き刺されても、それほど痛みはなかった。まさかスライムの身体が、役に立つとは。
だが、負傷したせいで足がうまく動かない。すぐさまウェルスが突き飛ばし、フォークを引き抜くが、やはり状況は同じだった。
じりじりと城遣いが包囲網を縮めてくる。
「なぁ、これって絶体絶命ってやつ?」
「こんな時に冗談が言えるとは、意外に度胸があるな。まぁ、言うほど冗談でもないが」
グリムとウェルスはお互いに死角を補いながら、背中を合わせた。そんな時だった。
「あは、あはハ、良いわ。召喚術士の魔力……もう絶対ニ放さない。絶ッタイニニニニ」
頭上にいたナーシャが異様な声を漏らして、二人が顔を上げる。気付けば、禍々しい宝石が光を放ち、文字通り、ナーシャの身体に吸い込まれていた。
「そうだワ、イイことを考エた……聖騎士の魔力で強化してアげましょう……キっと良いことがオこるわぁ」
まるで手を取り合うかのように竪琴を奏でる指が溶け出して、みるみるうちに弦と一緒に融合してしまう。
だというのに、音色はそのまま響き、その音色が響くほどにナーシャの身体が変異していく。
一方で、赤いドレスは着用者を包み込んで、まるで繭のような形を取った。そして、禍々しい光りが胎動のように何回か煌めくとひびが入った。
「な……」
「おいおい、またかよ……」
そして、次の瞬間、グリムは愕然とし、ウェルスは冷や汗を掻きながら既視感を覚える。
蛇のような胴体に鱗がついた小さな翼。砕けた赤い繭の殻は、宙に浮き、人の掌を模して、それを賞賛する。
「――――Niiikyuuueee」
ぱちぱちぱちぱち。
異様な喝采が鳴り響く中で、ひな鳥のごとく産声を上げたそれは、階下に描かれているものと同じ……碑石に描かれた『竜』と同じ姿をしていたのだった。
「自分、やっぱり世界設定作るの苦手だな」と考えさせられる回だった。
《設定メモ》
アドミレイションドラゴン……
《召喚術士》の魔力が宿った眷属。周りの子機は常に称賛し、主の想いに答えた形に変わる。変幻自在。
主な攻撃は音による攻撃。自らの鱗を立たせて振動させることで操ったり、物を共振させる。子機は主を守るために光(=スポットライトみたいなもの)で焼き殺そうとする。




