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錬金術士の私とスライムの聖騎士  作者: 暇したい猫(桜)
第二幕 王子と竜の伝説

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第三章 1 芝居めいた何か


 グリムはひた走る……いや、跳び続けたというべきか。山賊の隠れ蓑を隈無く探し回った。

 ここか、ここか……誰かに聞けばきっとスフィアの居場所はすぐわかる。そのためにシータを側に置いたのだから。だが、グリムはあえて一人で探してみた。

 ここではない、ここでもない……そうしてスフィアをみつけられない自分は、まだ何一つ理解していなかったのだと自覚する。

 グリムは思い出す。


 ――まだ完全に信用されていないのか?


 フィルガルドに着いたその日、グリムがスフィアに思ったことだ。だが、今のグリムにしてみれば失笑ものだった……『リンドの町で関係を築けた? 何を言っている、そう思う時点でおまえはスフィアを信用していないではないか』と。

 そう、わかっている……本当はわかっていたのだ。だが、だからこそ、


「こんちくしょう!!!!」


 グリムは叫ぶ。

 純粋に悔しい。信用してもらえないのが悔しい。心配されたのが悔しい。『一人でも大丈夫だ』と言えないのが悔しい。『一人前じゃない』と認めるのが悔しい。


「悔しい、悔しい、くやしい……自分が憎たらしい!」


 これでも天才聖騎士とうたわれていたんだぞ。これからいろんな人を助けて、賞賛の声や、感謝の声や……なにより『役に立った』と『この道を進んで良かった』と思うはずだったんだ。なのに蓋を開けてみれば……いざ、聖王都の外に出てみればこのざまだ。

 畜生、ちくしょう、


「自分の馬鹿野郎!!」


 何、気付いていないふりしてんだよ……グリムは自身を殴りたい気持ちでいっぱいだった。


 ――『グリム、やるべき事をしなさい』


 カイエンの、父の声が頭に響く。

 結局、グリムは『無様』を認めたくなくて、言い訳を探していただけだった。スフィアのせいに、グロッケンという家名に、何より大事にしていた『騎士の役目』に託けていた。ナーテルもその事を見透かしていたのだろう。


「おいおい。叫び声がうるさいと思って来てみれば、スライムの兄ちゃんかよ」


 そんなみっともない姿のグリムに声をかけたのはシータだった。わざわざグリムの目の前に現れておおっぴらに立ち塞がる。顔を上げれば、その後ろにはスフィアが……無理矢理連れてこられたのだろうか、隠れるように身を屈めていた。目の下は涙を強引に拭き取ったせいで赤くなっている。


「まったく自身で言うのも何だが、幼女の背中に隠れるとはどういう了見だ? 兄ちゃんもピーピー泣きわめく前に少しは自身でどうにかしやがれ!」


 そう呆れたように言うとシータはくるりと回って、スフィアの背中を蹴っ飛ばした。わ、わ、わ……スフィアが跪くように転んで、グリムと目線が合う。

 途端にグリムとスフィアは目を逸らす。


「んじゃ、あとは若い者同士でってことで」

「え、あ、ちょっ!?」


 待って……と言う前にシータは素早い身のこなしでその場を立ち去った。あまりにもあっさりとした引き際にグリムたちは呆然とする。

 だが、それも数秒。次第と冷たくなる空気に絶えかねてグリムとスフィアの目が合った。


「……」

「……」


 気まずい。だけど、向き合わないと、


「あのだな、スフィア!」

「あの、スライムさん!」


 すると、スフィアも意を決したように叫ぶ。先にどうぞ、とアイコンタクトすると、スフィアは首を振って「スライムさんから」と言う。

 変なところで気が合い、二人は目が合って少し顔が綻んだ。緊張がほどけて言葉が口から出てくる。


「スフィア、先ほどはすまなかった」

「いえ……私も大人げなかったです」


 スフィアが頭を下げる。どうやら耳を貸してくれるほどには落ち着いているらしい。シータが何かと説得してくれたのかもしれない。


「スフィア、自分は騎士だ。誰かを守るためにありたいと願っている。それはスライムになってからもそうだ」


 はい……スフィアは相づちを一回うつ。


「だけど、自分は弱い。スフィアが言うようにスライムで、思うように動けなくて、スフィアを守ると言い切れないのがつらい」


 普通なら『足りない部分は補えばいいんだ』『一人で駄目なら皆でやろう』というのだろう。それは間違いではないのだと思う。それも一つのやり方なのだろう。

 だが、グリムは、グリムにとっては、


「嫌なんだ、一人で守る事ができないのが。そうでないと意味がない……それができて初めて自分は『誇り』を持てる。どこかで妥協したくないんだ」


 ――『好きなものはやるべき事をやった者にしか訪れない』


 父、カイエンが言っていた言葉の意味をようやく理解する……グリムが何を求めていたのか、最初からわかっていたんだ。

 でも……スフィアが言いよどむ。そうだ、そうはいっても現実は良くならない。グリムはスライムのままだ。


「だから、スフィアが叶えてくれ」

「私が……ですか?」

「そうだ一人でもできるように……自分を強くして欲しい」


 そのための方法は聞かなくてもわかるだろう。


「スフィアがあの技を……《凝固形態》を使えるようにしてくれ」

「使えるように……する?」


 スフィアが口ごもる。なぜ《凝固形態(ソリッドステイタス)》を使ったらいけないのかわからない。きっとスフィアにはスフィアの理由があるのだろう。だが、今の俺にはあの技が必要だ。


「そうだ、スフィアはできないことをできるようにするのが『錬金術士』なんだろ!?」


 スフィアの瞳に光りが灯る。なぜそんな簡単なことに気付かなかったんだろう、と言わんばかりに俯いていた顔を上がる。


「スライムさん、私は」

「――――Queeeeee」


 その時だった。大きな鳥の鳴き声と共に轟音が耳をつんざく。二人して振り向けば、最奥……初代フィルガルド王の壁画が爆砕し、その向こうから海鳥を模したモンスターが白い翼をはばたかせていた。



     ☆



 ――「スフィアの姉ちゃんはさ、言い分はあっていて、やることは間違ってんだよ」


 スフィアは数分前、シータに言われたことを思い出す。スライムさんと喧嘩して、テントを飛び出して、隠れ蓑の隅っこでピーピー泣いていたスフィアをいとも簡単に見つけ出したシータは慰めついでに呟いた。


 ――「スライムの兄ちゃんは、言い分は間違っていて、やることはあっていた。そして、二人ともちぐはぐなのに、なぜか一緒にいる」

 ――「……」

 ――「変な奴らだよ。変に性が合っている。羨ましいぐらいに」


 それがどういう意味か泣いていたスフィアにはわからなかった。だけど、スライムさんの前に戻ってきて、向かい合って、


「そうだ、スフィアはできないことをできるようにするのが『錬金術士』なんだろ!?」


 スライムさんからそう言われた時、気がついた。なぜ気付かなかったんだろうと思った。

 そう、スフィアは錬金術士だ。アイテムを作って不可能を可能にする。断じて戦いに飛び込むことではない。それは聖騎士の仕事であって、錬金術士の仕事は《凝固形態》だって制御できるように調整すれば良いのだ。

 スフィアは錬金術士の役割をはき違えていた。上手くいかなくて当然だった。


「スライムさん、私は」

「――――Queeeeee」


 その瞬間、鳴き声が辺り一面に轟いた。スフィアは目が覚めたように振り返る。

 視線の先には白い翼に水色の胴体。それはグラデーションのように目に映り、傍目から見ればとても美しい海鳥のようだった。

 だが、なによりスフィアの目を見張ったのは、その頭上にいた白装束だった。間違いない、中層で襲ってきたユミルという女性だ。

 すると、スライムさんが飛び上がった。慌てた様子で走り出す。


「スライムさん、どこへ!?」

「あそこにはナーテル様がいるんだ!」

「えっ!?」


 スフィアは目を丸くする。あそこは隠れ者の最奥部……大きな壁画があった場所だ。だが、今は見るも無惨に散り散りになっていた。

 やはり、あのユミルという女性はフローラ家が差し向けた者だったらしい。モンスターは翼をはばたかせて抵抗している。おそらくシータや山賊の方々が気付いて対処しているのだ。

 と、その時、きーんと耳をつんざく音が聞こえた。遅れて突風が吹き荒れ、スフィアたちを襲う。モンスターの羽ばたきが気流を生み出したのだ。


「うわぁぁあああ」


 その突風に呑まれてスライムさんが吹き飛ばされていく。スフィアが慌ててキャッチしてそれを止めた……危うく落とすところだった。


「ふぅ……だ、大丈夫ですか、スライムさん?」


 けれど、スライムさんは黙り込んだ。深く考え、再び呟く。


「やっぱり、このままだと駄目だ。足手まといになる」


 そして、突風が収まったのと同時にスフィアの手から飛び降りたスライムさんは向き直った。次の言葉は言わなくてもわかった。


 ――「自分を強くして欲しい」

 ――「Gyhaaaaaa――――――――!!」


 次の瞬間、スフィアの脳裏に咆哮が響いた。リンドの町の一件でスライムさんが竜になった時のものだ。

 そうだ、もし失敗したら今度こそスライムさんはスライムさんではなくなるかもしれない。


「スライムさん、私は……きっと聞くのが怖かったんだと思います」


 あの時は力を抑えようとした薬を作ったが、今度はこちらから引き起こそうとするのだ。どうなるかわからない。

 それでも、


「私を信じてくれますか?」


 スライムさんはその愚問に微笑んだ頷いた。



     ☆



「まったく子守の次は、鳥の調教かよ」


 シータがモンスターの喚き声を聞いて来てみれば、隠れ蓑の最奥は、酷い有様だった。テントは飛び散った瓦礫に押しつぶされ、蓄えていた武器や物資はモンスターの起こす突風で吹き飛ばされていた。


「アンカーを打ち続けろ! モンスターを宙に逃がすな」


 先に着いていたのであろうナユタの号令と共に四方に待機していた山賊が一斉に重りの着いた金属矢を放つ。矢には頑丈な縄がつけられ、大砲のようにでかいバリスタに繋がれていた。

 目の前には一際大きな白い翼の青い鳥。一地方には青い鳥は幸せを呼ぶそうだが、そうではない鳥もいるようだ。モンスターなのだから当たり前か。


「――QuQupeeee」


 モンスターが悲鳴を上げる。シータの比ではない大きな金属矢は、青い海鳥の足を穿ち、ずしりと地面に戻される。

 けれど、地面に着いた途端、海鳥のようなモンスターは翼を羽ばたかせ気流を起こす。気流は呑み込んだものを悉くは吹き飛ばした。武器も物資も何もかも……飛ばされなかったのはただ一つ、モンスターの足に打ち込んだバリスタだけだった。


「武器の半数が破損。物資は一週間分がおじゃんってとこか……このっ、タダじゃねぇんだぞ、デブ鳥が」


 とっさにシータは機械弓を展開、大暴れするモンスターの右に回り込む。すると、モンスターも右を向き、風を巻き起こした。同時にシータは翼の付け根に金属矢を撃つが、モンスターの生み出した風が、矢の勢いを削いで地面にたたき落とす。

 風はさらにシータを襲い身体が浮いた瞬間、飛ばされないようにナユタの操作していたバリスタにしがみついた。

 他の山賊もまた各々のバリスタにしがみついている。皆、やるべき事は理解している。


「副長!!」

「戦況報告はしなくていい。ただ一つ教えろ。なぜ気付かなかった(、、、、、、、)?」


 風に煽られながらシータは問う。だが、これは失態を責めているわけではない。失態というのなら自身にあるだろう……シータは舌打ちする。

 山賊の得意技は『探査』。その内範囲、強度ともに二番目に強いのがシータだ。そのシータの探査(センサー)に引っかからなかった……いきなり魔力の塊が現れ、次の瞬間、最奥にある壁画が爆散したのだ。

 それを裏付けるようにナユタが語る。


「わかりません……ですが、隠れ蓑を中心に遺跡全域を探査できるよう要所に人員を配置していたはず。何の偽装工作もなく突破できるとは思えません」


 そうだよな……シータが考えを巡らせる。

 この何の対策もされていない空き地同然を山賊の隠れ蓑にするに当たって、シータは探査範囲が重なるよう、編み目状に人員を配置した。これによって緊急事態が発生しても、揺らぎを検知してすぐさま援護、退避が可能になるはずだった。

 何かおかしい。出現ポイント、突発性、ともに違和感を覚えずにはいられない。こちらにとってタイミング(、、、、、)が良すぎる(、、、、、)のだ。

 もし、警戒網を編み目を抜けられる方法があるとして、なぜもっと早く強襲しなかったのか……そう、まるで『芝居めいている』ような、


「あら、随分余裕なんですね」


 瞬間、思慮をせき止められる形で頭上から若い女性の声が降り注いできた。

 見上げれば、モンスターの頭上から白装束の女性が竪琴を片手に見下ろしていた……自称ユミル・トゥルース・フィルガルド本人である。本物かはどうかは知らないが。


「でも、まぁ、そうだよな……このモンスター、王城で襲ってきたやつと同じだもんな。そりゃ、操ってる奴も出てくるわな」

「覚えていてくれたのですね! 凄く嬉しい! 私、幼女大好きだもの」

「うわー引くわー……」


 強風の中、わりとまじで目を輝かせるユミル。さすがに背筋に寒気を感じたが、さすがにお遊びが過ぎたらしい。ユミルはわりとまじで肩を落としながら「でも残念」と呟いた。


「さすがに仕事しなさいって依頼人に怒られちゃったからさ。王子様、殺すが生け捕りにしないといけないんだって。で、どこにいるかな?」


 ユミルが周りを見渡す。どうやら完全に裏を掻かれているわけではなさそうだ。少なくとも見える範囲にナーテルの姿はない。危険を感じてどこかに隠れたのならば好都合だ……よし、ひとつ鎌をかけてみるか。


「はっ、わざわざ教えてやるかよ。それとも教えたらモンスターを引っ込めてくれるの……か……」


 言葉が途切れる。痛みが全身を襲い、そして、理解する。


「うん、じゃあ、勝手にやらせてもらうね」


 ユミルが竪琴を構えてポロンと奏でる。けれどその音色に不協和音が混じり、ぽちゃん、ぽちゃん……しずくの音が耳に障る。赤い血が投擲ナイフに滴り落ちる。


「なるほど、あんた本来は『召喚術士(サモンテイマー)』なのか……」


 シータが背後を振り返る。すると、背後ではナユタが首を傾げながら、投擲ナイフをシータの腹に突き立てていた。



久々に苦戦した……(なんか段々と想定していたものと違うものになっていく)

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